町内の公園では午前8時になると月曜日から土曜日まで、高齢者が集まってグランドゴルフをして、にぎやかに過ごします。
公園まで行く途中には、家の周囲に何本かの柿の木が植えてあり、実が付いたまま朱色が青空に映えて、柿の実がなっても、葉が全部落ちてもそのままで、以前よりも手付かずの状態が増したように思います。
兼業農家が多かったこの町は、大家族時代は遠い昔の話で、子どもはサラリーマンとなって町を出て行き、老夫婦が二人で暮す、あるいは独り暮らしの家が増え、柿を収穫することもなく、実が熟せば鳥と分け合うことで、それも自然の成り行きですが、ただ、チョットだけ寂しい思いがします・・・
戦後の食べ物の不足していた時代に、競って植えた柿の木も、この様な飽食状態へと変化しました。少子 高齢 化が進み、収穫したくても高いところの実は採れない位置にあり、渋を抜くことも、皮をむいて干すことも、難儀な作業のことから放置されたままです。
陽が西に傾くころ、誰もいない町内の公園へ行き、ブランコに乗ってみました。揺れる度に「ギー・ギー」と、どことなく寂しい音がし、カエデの葉が風に乗って広場をコロコロと舞う様子を見て、晩秋の風情を胸に納めながらブランコに揺れて帰って来ました。