KADOKAWA発の文芸情報サイト「カドブン」で、
自閉症の作家・東田直樹さんのエッセイ(毎週水曜更新)
「東田直樹の絆創膏日記」
第60回 「ドラマは最後に訪れる」【連載 最終回】
が掲載されました。
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2019年1月12日
こんな風に月がきれいに見える夜は、僕たちも宇宙の中で生きていることを実感させられる瞬間がある。普段の生活の中では、あまり意識したことはないが、夜空を見れば、地球も宇宙の星の一つだとわかる。
月を見ていると、哀しい気分になることがある。それは、月に託した人々の思いが、僕に伝わって来るからに違いない。今はもう、この世にいない人たちの分まで。
思いが残るというのは、どういうことだろう。
人が、何かを伝えようとする時、誰かに向かって話をする。けれども、自分の気持ちの全てを伝えることは難しい。なぜなら、人の思いは、次から次に溢れ出るものであり、どれだけ話をしても、これで充分だとは思えないものだからである。ああ言えば良かった、こう言えば良かったと後悔することも多い。そんな時には、月を見上げ、独り言みたいに心の中にたまった言葉をつぶやき、気持ちを整理する。ため息まじりの言葉は、ゆっくりと天にのぼり、やがて宇宙の闇に吸い込まれていく。
迷い子のような言葉たち。お母さんみたいな月のそばで、静かに昇華されるのだろう。
誰が何を言ったかは関係ない。昔も今も、僕と同じように、この月を見つめ、嘆いた人がいた。
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