食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

香り立つコニャック-フランスの大国化と食の革命(11)

2021-08-02 18:09:59 | 第四章 近世の食の革命
香り立つコニャック-フランスの大国化と食の革命(11)
ブランデーはワインを蒸留して造られるお酒で、フランスのブランデーが質・量ともに世界一とされています。特に有名なブランデーが「コニャック」で、ボルドーの北100㎞ほどにある町コニャックから命名されました。

ボルドーと同じように、コニャックでも古くからワインを造っていましたが、ボルドーのワインの方が有名になったため、あまり売れなくなってしまったのでした。その窮地を救ったのがブランデー造りです。ブランデーが売れるようになったため、コニャックは裕福な町になったのです。

さて、コニャックと言えば、飲んだ後で口や鼻腔に残る芳醇な香りが特徴です。コニャックで栽培されていたブドウはボルドーのものとは違って、酸味が強い種類でした。この酸味が芳醇な香りに重要だったのです。

今回は、コニャックを中心に、近世フランスのブランデー造りについて見て行きます。



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現代では、酸味の強いブドウから造った白ワインを蒸留したのち、オーク(樫)の樽に詰めて2年以上熟成させたものをブランデーと呼んでいる。

また、コニャックは、ユニ・ブランなどの決められたブドウで造った白ワインを、決められた銅製の蒸留器(シャラント式アランビック蒸留器)で2回蒸留し、リムーザンもしくはトロンセ産のオークの樽で2年以上熟成させた原酒をブレンドすることで造られている。4年以上熟成させた原酒からは「V.S.O.P.(Very Superior Old Pale)」などの表示が、10年以上熟成させた原酒からは「XO(Extra Old)」や「Napoleon」などの表示がされたコニャックが造られる。

ブランデーの製造に欠かせないのが「蒸留器」だ。アランビックと呼ばれた蒸留器は、8世紀にイスラムの錬金術師ジャービル・イブン・ハイヤーンが考案したとされている。また、9世紀には同じくイスラムの錬金術師のアル=キンディがアルコールを初めて蒸留したと言われている。

蒸留器はイスラム勢力が支配していたイベリア半島を経由して西ヨーロッパに伝えられた。そして、14世紀にはフランスでブランデーの製造が始まったとされている。しかし、その頃のブランデーは品質が悪く、庶民が飲む安酒だった。

コニャックとともに有名な「アルマニャック」は、ボルドーを流れているガロンヌ川の上流域のアルマニャック地方で造られるブランデーだ。この地方では、15世紀からブランデーの製造が始まったとされている。ボルドーのワイン商人が他の地域のワインの輸送にガロンヌ川を使用することを禁じたことから、ブランデーの製造を始めたと言われている。

アルマニャックのブランデーは最初の頃は品質が悪かったが、製造方法が次第に洗練されて、コニャックに並び立つほどの評価を受けるようになった。アルマニャックでは、アルマニャック式蒸留器と呼ばれる蒸留器で、1~2週間かけてゆっくりと1度だけの蒸留が行われるのが特徴だ。



一方、コニャックで高級酒であるブランデーの生産が始まったのは17世紀になってからだ。そのいきさつは次のようだったと考えられている。

コニャックを含むシャラント地方は古代ローマ時代からブドウの栽培を行っていた。やがて、塩田による塩の生産が盛んになり、この地方のラ・ロッシェル港は塩とワインの交易で栄えた。しかし、ワインの方はボルドーのワインが台頭するにつれて、あまり売れなくなって行った。

宗教革命ののちはコニャックには多くのプロテスタントが住むようになったため、プロテスタントのオランダ商人が取引のために頻繁にやって来るようになった。コニャックでのブランデー造りに大きな役割を果たしたのが、このオランダ商人たちだった。彼らは船を使った長距離の輸送に耐えるような、保存性の高い酒を求めていたのだが、あまり売れていないコニャックのワインを見て、蒸留することを思いついたのだ。近くには広大な森があり、燃料となる木材が手に入りやすいことも好条件だった。

早速蒸留してみたところ、1回の蒸留では美味しい酒はできなかったが、もう1度蒸留してみるとかなり良いものになった。そして、これを近くのリムーザンのオークで作った樽に入れて保存しておいたところ、さらに香り高い素晴らしい酒に変身したのだ。コニャックで栽培されていたフォール・ブランの強い酸味がオークの樽の成分と反応して、芳醇な香りが生み出されたのである。

こうして誕生したコニャックは、体を温めるために強い酒が好まれた北ヨーロッパを中心に愛好家を増やして行った。特にイギリスの上流階級に大人気となり、大部分のコニャックがイギリスに向けて輸出されるようになった。コニャックの等級が「V.S.O.P.(Very Superior Old Pale)」のように英語表記なのは、このような理由からだ。

ブランデー(brandy)」という言葉を造ったのもイギリス人だ。オランダ人が焼いたワインを意味する「brandwijn」と呼んでいたものをイギリス人が「brand wine」とし、さらにそれを略して「brandy」としたとされている。

なお、「ナポレオン(Napoleon)」というブランデーには注意が必要だ。コニャックとアルマニャックでは高品質のブランデーにしか付けられない名前だが、それ以外ではどんな安いブランデーに付けても良いのだ。このため、コニャックとアルマニャック以外のナポレオンは総じて美味しくないのである。


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