hiroべの気まま部屋

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父からの手紙:第17回(1992年10月10日)

2013-09-10 09:10:05 | 父からの手紙
 父からの手紙17回目をお届けします。

 父の字は自己流の崩し字で読めない字が各所にあります。次のように一部加工しましたので
ご承知置きください。

 ①句読点もない文章のため、句読点は適当に補いました。
 ②誤字、脱字はそのままとしました。旧漢字も可能な限りそのままとしました。
 ③略字、当て字は「カタカナ」表記としました。
 ④個人名は、関係者しかわかりませんが、一応仮名(イニシャル)としました。
 ⑤一部私の説明を追記しましたが、追記部分は‘  ’で囲みました。

 1992年10月10日 父79歳

 ‘義母からの贈答に対するお返しに添付された手紙’

 久しく御無沙汰申志居り申訳有りません。

 其の後、御体の様子如何ですか。御父様が居られませんので、何かと御苦労も多く、御心労と
推察申上げます。御体十二分御自愛下さいます様、切に御願申上げます。

 先般、結構な品頂戴致し、折返しの御?書親と入違いに御便り頂戴致し、一度御?書差上げねばと
想ひながら、延引致し誠に申訳御座いません。

 私も今年丁度八十才に成り‘翌月が誕生日で80歳’、自分ながらよく此れ迄生きれたと感謝致し居り、
婆さん共々よたよたですが、生有る間は出来るだけ迷惑をかけるのを少なくする様にと、心掛度いと想って
居ります。

 昨日は、老人クラブの慰霊祭が有り、相憎の雨天でしたが、東公園に世尊寺と云う寺行はれました。
(此の寺は、岡崎生まれの世界的な地理学者、志賀重昂が昭和初年頃、市依り土地の寄附を受け建立した寺です。)

 先日、SI‘三兄’達から話が有り、今月二十一日、二日岐阜県の湯屋温泉に(飛騨小坂?)連れて行ってくれる
と云ふ話が有り、婆さんは体がえらいからと余り進まぬ口振りでしたが、近いし車で行くので、無理はしないから
との話で、連て??つて貰ふ事に致しました。下呂温泉のすぐ上の辺で、飛騨川べりで大変渓谷の美しい処の様で、
私は楽しみに致し居ります。

 此の前の日曜日(十一日)梅園小学校の運動会が有り、御蔭て快晴に恵まれ、近いので半日遊んで来ました。
KO‘姪’は、親りで尻から二番でした。私はいつも尻から一番でしたので「じいさん」譲りかも知れません。

 (旧道で見付けました。御笑味下されば幸です。)
 御体、皆々様大切にして下さいます様
                                     SK‘父’
 皆々様