よれよれ日記

谷晃うろうろ雑記

死んでいる、ぞ、と。

2007年05月27日 | Weblog
内田樹という人の説を聞いた武田鉄矢の話。

「こら、鉄矢!なんばしよっと!?」の母親は、亡くなったが、死んだのではなくて「死んで+いる」のだと。

母親の肉体は確かに「死んだ」けれど、その言葉・生き様・いのちは、あの「こら、鉄矢!」の唄とそれにまつわるエピソードの中に「生きている」。

これをあわせて「死んで、いる」と。

そう言われると、ずいぶんたくさん「死んでいる」人を思い出す。
身内で生前の様子を覚えているのは、祖父母の代までだが、それでも自分が五十を超えると、生きている人より実は「死んでいる」人の方が多いことに気がついて愕然としている。私の祖父母はみな兄弟姉妹が八、九人いたから、父も母も従兄弟まではたくさん居た。

その父が八十歳を過ぎ車いすを押していると、思いの外軽くなっていて父は本当に生きているのか、もしかしたら心は「死んでいる」のか疑ったことがある。

父は大正末年生まれの関東育ちで、旧制高校の同級生の運動神経の良い人は「学徒出陣」で航空隊にとられ、「赤とんぼ」というあだ名の練習機での訓練中に米軍グラマン戦闘機群に遭遇しそのまま突っ込んで行った、と聞かされた。

私の母も高知でグラマンの機銃掃射にあったことがあるが、すぐそばをかすめる操縦席のパイロットは、ガムをかみながらニヤニヤしていたという。装備のない「赤とんぼ」が重装備のグラマンにどんなことをされたのか。

東京空襲では、同級生のお姉さんが絨毯爆撃に追われ隅田川で焼夷弾の油で蒸し焼きになった。

その頃のことなどを字が書けるうちに書き残したらどうかと勧めると、
「本当のことなんか書けるもんか」とおそらく四十年ぶりに、ニヒルに笑った。

親父は生きている、ことがわかった。

こんどはこちとらの心配。

もしかしたら、
もう、、、。

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