貿易港マリウポリ タラス・ シェフチェンコ(詩人)像 wikipedia
ウクライナ危機によって、アメリカとロシアの敵対関係は最悪のものになった。現在の緊張は冷戦終了後最悪と言われる。冷戦の時期よりさらに危険な状態にあると警告する識者もある。核戦争の危険に対する警戒心が、以前にくらべあいまいになっているからである。
11月22日、「西側はロシアの体制破壊をたくらんでいる」と、ラブロフ外相は非難した。「西側は、ウクライナ政策の変更をロシアに要求しても無駄だと考え、ロシアの政府を転覆する決心をした。そしてそのことをあからさまに示した。」
「西側の公的な役職にある人たちが、ロシアに対する追加制裁が必要だと言い立てている。新たな制裁はロシアの経済を破壊し、国民の抗議を引き起こすだろう。」
「公的な役職にある人たち」の筆頭が、バイデン副大統領である。11月21日、彼は訪問中のキエフで、「ロシアは、9月5日の停戦合意を破っている」と非難した。そしてロシアに対するさらなる経済制裁の必要性を語った。
ラブロフ外相が「ロシア政府打倒」の陰謀について発言するのは異例である。陰謀とと言っても、武力を用いるものではなく、ロシアに対する新たな経済制裁である。ラブロフ外相の発言は大げさなように思えるが、実はそうではない。経済制裁は、真綿で首を絞める、という表現にぴったりの武器なのである。
<経済の重要分野への制裁>
マレーシア機撃墜事件のあと、7月29日、EUとアメリカは、ロシアがウクライナの親ロシア派への支援を続けているとして、追加制裁に踏み切った。追加制裁は、ロシアの政府系金融機関との取引禁止やエネルギー関連の技術供与禁止など、大がかりなものとなっている。金融・石油・軍需などロシアの基幹産業への大きな打撃となっている。
ロシアの主要銀行のほとんどは、取引禁止の対象となった。欧米市場での金融取引が禁止されれば、資金調達ができなくなり、行き詰まる。あおりをうけて、中小の銀行はすでに破たんの不安におびえている。
最新の石油開発技術が提供されなければ、北極海大陸棚の開発は不可能になる。ロシアの天然ガスと石油は汲みつくされ、埋蔵量が減少しており、北極海開発は死活問題である。
ラブロフ外相が追加制裁を深刻に受け止めるのは、故なきことではない。
経済制裁が与える影響について、モスクワのセルゲイ・グリエフ新経済学院前学長は次のように指摘した。(8月17日付モスクワ・タイムズ紙)
ーー前例のない欧米の経済制裁は、既にロシアに強力な打撃を与えている。ロシア政府も投資家も追加制裁を恐れている。ロシアは自給自足経済になりつつあり、それは国民の生活水準を低下させ、プーチンの支持基盤を揺るがしかねない。ーー
<追い打ちとなる原油価格の下落>
今年の6月から10月にかけて、国際原油価格が25%以上暴落した。産油国のロシアにとって、大幅の収入減となり、経済制裁とあいまって、ダブルパンチとなっている。原油価格の下落がいかにロシアの経済を左右するか、名越健郎が理路整然と説明している。 彼がHufington Post(日本版)に投稿した9月20日の記事から一部紹介する。
ーー ロシアの国家歳入の約半分は石油・ガス収入といわれ、1バレル=104ドルを前提に国家予算を策定している。1バレル12ドル下落すれば、ロシアの国家歳入は400億ドル減少する。原油価格の下落はロシア経済を破壊する。過去の歴史がそのことを如実に物語っている。
<原油価格が低いことがゴルバチョフとエリツィンを苦しめた>
1980年代中盤から1990年代末まで、原油価格は1バレル=10-20ドル台で推移した。これがソ連経済を直撃し、ペレストロイカを破綻させた。プラウダは「原油価格の下落がソ連崩壊の真の理由だ」と書いた。
またソ連崩壊後、新生ロシアのエリツィン大統領が試みた改革も、原油安が足かせとなって失敗した。
1998年には原油価格は1バレル9.8ドルの最安値を記録し、ロシアは同年夏、デフォルト(債務不履行)に陥った。
<プーチンの時代に原油価格が高騰>
21世紀に入ると中国など新興国の需要が増加した。これに中東の混乱が重なり、原油価格は急騰した。2007年に1バレル=147ドルの史上最高値を付けた。
このように2000年代、ロシアは20年ぶりに繁栄を謳歌した。プーチン時代の繁栄はひとえに、原油価格の高騰による。
プーチン政権はエネルギー企業の国家統制を強め、膨大なオイルマネーを国庫に還流させた。そしてこの資金をもとに、給与・年金の引き上げなど、バラマキ政策を推進した。ロシアは毎年6-7%台の高成長を達成し、世界トップ10の経済大国となり、プーチン大統領は「救世主」として高い支持率を誇った。
しかし1008年のリーマンショックで原油価格が一時1バレル=40ドル前後に急落すると、ロシア経済は翌年、マイナス7.8%成長に転落した。その後、ロシア経済低成長時代に入った。
そして2014年9月の現在、国際原油価格はじわじわと下落しており、ロシアは戦々恐々としている。
ロシアは、輸出収入の7割を石油・ガスというエネルギーに依存しており、原油価格の下落はロシア経済に大打撃を与える。国民生活が困窮し、政府批判が高まりかねない。
原油価格が1バレル=91ドル台となった9月15日、ロシアの通貨ルーブルは1ドル=38.18ルーブルとなり、プーチン時代で最安値を更新した。
《たぬき注; その後もルーブル安は止まらず、11月6日には、1ドル=46ルーブル台となった。年初は1ドル=33ルーブル台だったから、ルーブルは3割近く価値を減じた。》
ウクライナ問題に端を発した「新冷戦」の推移は、原油価格がカギを握っている。ーーー
(本文)名越健郎;「原油価格」でロシアを追い詰める「新冷戦」の構造http://www.huffingtonpost.jp/foresight/russia-oil_b_5847700.html
<再び緊張が高まる東ウクライナ>
バイデン副大統領は11月21日、「ウクライに対するロシアのやり方は容認できない」と発言し、新たな経済制裁をほのめかした。これがラブロフ外相の過剰な反応を引き起こしたことは冒頭に書いた。バイデン副大統領の発言はウクライナ東部の一触即発の緊迫した状況を反映している。それについて、11月22日のリビア・トゥデイがAFPの報道を再録している。
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11月22日、ウクライナの国防相が「東ウクライナには、7500人のロシア兵がいる」と言って、ロシアを激しく非難した。
新国防相ステパン・ポルトラク (写真) Al Jaseera
EUの政府筋によれば、ロシア軍の戦車140両がウクライナ領内に進入しており、黒海沿岸の港湾都市マリウポリの防衛が危ぶまれているという。
マリウポリの奪取は親ロシア派の悲願である。それが実現すれば、ロシア本土とクリミアを結ぶ陸路を獲得することになる。
《たぬき注: マリウポリは鉄鋼・穀物など東部の産物の輸出港であり、経済的価値は州都ドネツク市に劣らない。経済的観点からすれば、マリウポリを獲得せずにドネツク州の残余の地域を獲得しても、意味がない。親露派の根拠地を維持するという点では意味があるが。》 (地図)BBC
(説明) 地図の最南端にアゾフ海がある。アゾフ海に面し、ロシアとの国境に近いところに、ノヴォアゾフスクがある。ノヴォアゾフスクから海岸沿いに西進するとマリウポリに至る。
<ロシア軍が向かっているのはマリウポリだけではない>
「重装備部隊20個からなるロシア軍が22日、国境を超え、親ロシア派の陣地に向かっている。」と、ウクライナ政府の東部軍事作戦の司令官が語った。
ウクライナの国防相と東部作戦司令官の発言の数日前、NATOは次のように警告していた。
「ウクライナ国内と国境のロシア側に、ロシア軍の兵士・重砲・対空ミサイルシステムが終結しており、その数量は恐るべきものだ。」
<NATO加盟を望むウクライナ>
11月21日、ウクライナの新内閣は、NATO加盟が最優先の課題であると明言した。そしてNATO加盟を正式に要請するための法律を今年末までに制定すると決めた。
《たぬき注; 現在の法律は軍事同盟を禁じている。それを改正するということである。ヤヌコビッチ大統領の時代には、国民の8割がNATO加盟に反対していた。東部の戦闘が始まってから、NATO加盟を望む国民が急激に増えたという。》
しかし専門家の多くが、ウクライナ政府の意に反し、NATO加盟は実現しないだろうと考えている。
《 たぬき注: 平和主義のEU諸国にとってロシアとの戦争は論外である。また実際問題として、NATOの戦力ではロシア軍に勝てないし、評判通りの弱さが暴露されてしまえば、東欧・バルト諸国だけでなくアフリカでも威信を失い、収拾がつかなくなる。》
「NATOが、ロシア軍と交戦中のウクライナと同盟を結ぶことはありえない。そんなことはサイエンス・フィクションの世界の話だ。」
と、ウクライナの元高級官僚ヴァシーリ・フィリプチュクが述べた。彼は現在、キエフにある政策研究国際センターの所長をしている。
<米国が迫撃砲探知レーダーを供与>
バイデン副大統領のキエフ訪問中の11月21日、米国は迫撃砲探知レーダー3台をウクライナに引き渡した。副大統領の飛行機を追うようにして、レーダーを積んだ輸送機が飛んだのである。
続く数週間の間に、さらに20台を引き渡す予定である。オバマ政権はこれまでウクライナに対して武器・弾薬の援助を断ってきた。攻撃的ではない、という理由により、レーダー・暗視眼鏡・防弾装備は許可してきた。
《 たぬき注: ポロシェンコ大統領は9月19日のオバマ大統領との会談の際に、最新鋭の武器の援助を米国に求めた。しかし、オバマ大統領は断ったようである。ポロシェンコは「毛布と暗視鏡をもらっても、勝てない」と嘆いている。
状況が緊迫している現在、9月の約束に含まれていなかった「迫撃砲探知レーダー」が、ウクライナに与えられることになった。
このレーダーは、敵側の迫撃砲の位置を正確に測定できるので、かなり強力な武器である。レーダーと砲・ミサイルが連携し、敵が発砲すると、弾道から発射地点を測定し、そこに向けて反撃できる。独ソ戦において、ナチス・ドイツ軍は敵の重砲・ロケット砲の位置を把握する能力に優れていたので、ロシア軍の連射砲は射撃が終わると、すぐに遮蔽物の陰に逃げ込んだ。》
イスラエルの対砲台レーダー shilem wikipedia
国連の報告によれば、7か月間の戦闘で約4300人が死亡した。撃墜されたマレーシア航空機の犠牲者298人がこの中に含まれる。9月5日の停戦以降、約千人が死亡している。
原文;Russia regime change West’s real aim in Ukraine row: Lavrov
<http://www.libya-today.com/russia-regime-change-wests-real-aim-in-ukraine-row-lavrov/
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<クリミアのロシア軍が著しく増強された>
11月26日、NATO欧州軍のブリードラブ最高司令官が、クリミアのロシア軍が増強されていることに懸念を示した。ロシアはクリミアを足場として黒海全域を制覇しようとしているのではないか、とブリードラブ最高司令官は疑っている。「クリミアに集結している軍事力は、黒海全体を支配できる能力がある。巡航ミサイルと地対空ミサイルが多数集まってきている。」と彼は語った。
別の情報は、空軍の中でも最精鋭の戦闘機が、クリミアに移って来ている、と伝えている。