てんちゃんのビックリ箱

~ 想いを沈め、それを掘り起こし、それを磨き、あらためて気づき驚く ブログってビックリ箱です ~ 

あいちトリエンナーレ 名古屋市立美術館 感想

2019-09-08 09:26:53 | 美術館・博物館 等
訪問日 2019年9月5日

 名古屋市立美術館の展示品は12点、そのうち2点が例の抗議のため不展示、もしくは改変された展示になっている。
 展示されているものは、これまで2か所の展示よりもまとまっていて、現代美術について余裕を持って考えたいという人に、質量ともに適しているとおもった。通常展示も実施しているので、頭が引っ掻き回されたら、そちらを見ればいい。

 印象に残ったものを以下に書いていく。


1.碓井ゆい 作 「ガラスの中で」

入口の天窓のある部屋にある作品。さりげなく、女性の繊細さを感じさせ浮遊感があり、好きです。アプローチから見えるから上を見るけれども、もし独立した部屋なら半透明なので上を見ずに通ってしまいそう。
 展示の高さや上からの光に影響される作品であり、また違う光の状態で見たいと思った。

・アプローチから



・見上げて




2.画面の大きさに関わる2作品
 入った場所に大きな画面を5つ使った作品があり、また最後にタブレットや携帯を使った小さな画面の集合体の作品があった。


(1)藤井光作 《無情》

 入り口の画面で台湾が日本であった頃の日本人化教育、側面で愛知県内外国人の訓練の状況を映す4面の画面があり、作品紹介としては下記のようにプロが写真を撮っている。 https://aichitriennale.jp/artwork/N03.html

 紹介には、過去と現在とをつなぐものと書かれている。

 私と同じ位置からの構図で残念と最初は思ったが、私の撮影意図は、小さい人と大きな画面の対比が意味するものということで全然違う。 これだけの大きな顔の横を歩くと、小さな人への圧力は凄い。 ジョージ・オーウェルの1984年、ブレードランナーの大きな人のネオン、ヒトラーの映画を想った。


<大きな顔の圧力>



大きな眼
貴方の気持ちは
丸裸
大きな声に
貴方は侍る


 こちらは、台湾の古い動画。





(2)Sholim作  「 Inspired by Tokyo Story」

 

タブレットとスマートフォンにgifの違う画像を並べている。 きっとgifの内容に加え、これら機器の配置とgifの選択、gifの位相のずれが芸術的意味を持つのだろう。
gif画像は、多分公開先を紹介してもいいと思う。
https://gifmagazine.net/users/32966/profile
個々の内容は ボスやブリューゲルの時代にスマホがあればこんなのを作るかもと 想ってしまう。 画像の繰り返しが、海の波の繰り返しを見ているよう・・

こちらは、こっそりと1人1人個別にその人に応じた内容で浸透していく恐ろしさを想った。


<小さな箱の引力>



小さな箱
一人一人に
与えれば
電磁の海へ
みなが融けゆく




3.生と不死について
 熱帯樹林における生物の全滅、また陶器と生命体との融合に関わる作品があった。


(1)今津景作 「生き残る」

 絵画表現を追求し、photoshopで拡大等加工後に油絵で仕上げる過去と現在をつなぐ手法で,現在の課題等を表現したとのこと。インドネシアに住み熱帯雨林中に住む生物の全滅を描いいていると思う。この場合 雨林と言う入れ物は残るけれど、今アマゾンで起こっている雨林火災については、どう描くのだろう。


<生き残る>



生き残る
せめてこの子が
育つまで
笑えない明日
創らないため




(2)桝本佳子 「壷」?

 高度な技法によって、壺や器に対して有機的な動植物や人工的な造形物が一体となっているものが作り出されている。一目で陶芸であることが分かる明快さを示しながらも、今までだれも見たことのないユニークさとユーモアさを湛えているそうです。
 私はむしろ有機体と言うのではなく、命をなくしたものが現実の中を通りすぎていくというイメージを持ちました。


<突き抜ける>



不死なれば
人も陶器も
突き抜ける
忘れてしまった
実体の在り処


・その他の融合した作品

  





3.モニカ・メイヤー作 The Clothesline

 これは、準備したピンクの衝立に女性差別、セクハラを受けた人がその状況をその中でメモ書きしクリップで止めていくというプロジェクト。いろんな場所で継続実施されているが、今回は例の問題で作者が抗議に参加し、クリップからメモが取り外され、床に記載前のメモ用紙が散らばった状態で放置されている。
 本来はぎっしりのメモによって衝立の中は見えないが、現在はスケスケであり、そして女性しか入れない衝立内の椅子に、男がドスンと座った。

<主役は誰だったのか>



クリップから
抜け落ちたメモ
床に散り
護りの壁は
抗議に消えた



4.パスカレハンドロ(アレハンドロ・ホドロフスキー&パスカル・モンタンドン=ホドロフスキー)作 
「アレハンドロ・ホドロフスキーのソーシャル・サイコマジック」 「サイコマジック:アレハンドロ・ホドロフスキーへの手紙」

 作者は、抑圧を解放するためのセラピーを実施している。その方法はある種の儀式によるもので、集団に対して実施することもある。それによって解放された人にはその経緯に関する手紙をお願いし、金銭等の移動はない。
 ここでの作品は、劇場を借りた儀式で集団が解放され熱狂する様子の映像と、感謝の手紙である。映像はなかなか感動的である。でも危険・・・?
 

<美術とは・・・・>



そうなんだ
何かが変わる
美術とは
抑制された
人の開放




 これが美術ならば、新興宗教等での儀式も美術になってしまう。認めてもいいが・・・

 ずっと前 感動を呼び起こすならば、一種の麻薬みたいなもの、もっと直接的ならばエンドルフィンを与えればいい。するとそれが美術になるのかと考えたことがあったが、そんな方向だってありうるのではと考えさせる展示だった。



 トリエンナーレは他に豊田会場があるが、遠いので暫く後になります。

 写真は美術館の外で、飼い主を待っているワンちゃん。

コメント (2)
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