てんちゃんのビックリ箱

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父の思い出 ー 本当に真っ赤な夕焼け

2021-06-08 09:48:45 | 昔話・思い出

 消滅したSNSに以前投稿した記事の整理をしていたら、父の思い出の記事が出てきたのでここに掲載します。20年くらい前の記事です。


 父は町の元有力者の息子で収入はそれほどでなかったが、武道の高位有段者であることもあり肩で風を切って歩いていた。しかし母親は、「自分勝手のいいかっこしいで迷惑ばかりかけてばかりだからああいったようにはならないように」と私たち子供にいつも言っていた。
 
 彼は多量の酒を飲み、煙草を吸い、そして塩辛いものが本当に好きだった。そういった不摂生のせいか、晩年はある意味悲惨だった。まず心筋梗塞でバイパス手術を行い、次に脳梗塞で倒れた。そして完全に回復しないうちに、今度は胃がんが見つかった。
 
 胃がんの手術終了直前に私は病院につき、母や先に到着していた弟と一緒に、手術結果の説明を聞いた。
 医者は胃の全摘だったことを述べ、横に置いていたステンレスの皿から、ピンク色の大きなハンカチぐらいの厚い革状のものを取りだした。広げてひらひらさせて両面の赤くなった部分を指し示しながら、スキルスガンであったこと、幸運にも転移は見当たらないと述べた。3人とも手術が成功したことに安心し、特に口をはさまなかった。

 医師から最後に、これから集中治療室に移動するが、麻酔が醒める時に錯乱することがあるので、身体はある程度固定するけれども、家族でだれか今晩中は付き添って欲しいとの指示があった。
 前日から付き添っていた母、前夜に車で移動してきた弟は疲れているので、私が付き添うことにした。

 真夜中の12時ごろ、偶然に母や弟が父と私の様子を見に来たとき、突然父が眼を醒まし騒ぎ出した。「ここはどこだ、お前たちは誰だ。」
 点滴や計測機器の配線だけでなく、お腹の中へ入っているチューブ等いろんなものをつけていたのだが、「これは何だ。」といって、ベッドにゆるく縛りつけている手を動かし、それらをはずそうともがき始めた。前述のように武道の有段者であったため力が強かったので、私たち3人は必死で押さえ込んだ。

 「なぜ俺を押さえつけるんだ、お前たちは強盗か。」 なんと言われても必死で押さえ込まなければならなかった。意味不明のことを散々言った挙句、また眠りについた。「一回眼を醒ましたので、次はそんなことはないはずですよ。」と看護婦さんがいったので、動いたことで強く締まってしまった固定具をまたゆるめ、母と弟は出て行った。

 その後横に座りじっと父を見ていた。暫く時間が経ってから、父の片手を持つと薄眼を開けて柔らかく握り返してきた。いきなり手があったかくなった。そしてかわいく言った。
 「おかあちゃん、お空が真っ赤だよ。すぐ暗くなるから早く帰ろうよ。」
 私から不思議と自然に言葉が出た。
「そうだねえ。1番星、2番星を探しながら帰ろうね。」

 父は静かにまた眼をつむった。手は強くまた弱く遊ぶように握ってくる。私もつられて眼をつむると、本当に真赤な夕焼けが身体の周りに広がっていた。
 輪郭は谷内六郎の描いたもの、右の山に沿って道が伸びている。左は刈り取られた田んぼ、近くにススキが揺れているし、刈られた稲が干されている。バッタや蟷螂もいる。そしてそれがみな朱色の世界。正面に沈みつつある赤い太陽、そして空は太陽よりも赤い、本当に真赤な夕焼けだった。こおろぎが鳴いている。

 違う世界に持っていかれる恐怖を感じて、慌てて眼を開けた。虫の音は消え、目の前は集中治療室、エアコンの音が聞こえてくる。その中で父は眼をつむりながらも楽しそうな笑みを浮かべ、私の手の中で、指で遊びだした。
 しかし頭の上そして背中の向うの、眼で見えない世界には、頭蓋骨の内面に真赤な色がついたように、先ほどと同じ世界がひろがっているのを感じた。

 「おかあちゃん、あそこに一番星見つけた。・・二番星あそこにあるけど見える?」
 歌うように、そう言った。 暫くすると握力が弱まり、私の頭の中の夕焼けも、薄れていった。

 その後朝になるまでに、私の知らない人格が2人出てきて同様に驚いた。これらは父の頭の中の、どこかにあった記憶が出てきたに違いない。
 しかし眼をつむるたびに出てくる真赤な世界に私は押しつぶされる思いだった。

 朝起きたとき、父は手術どうだったと聞いて、成功したよというと本当にうれしそうな顔をした。母が来て、昨日の暴れたのを押さえ込んだ話をしても、当然思い出すはずもない。弟も起きてきて立ち会うということで、私は帰路についた。

 私は大きな病気もせず、なんとか父より長く生きています。





コメント (8)
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