ボギー転輪の解説の続きです。
ボギー転輪はダブル・ボギーに発展しましたが、そのままでは普及しませんでした。
いくつかの改良例を紹介します。
● 35(t)戦車のサスペンション
35(t)戦車は第二次大戦前にチェコスロバキアで開発された戦車で、ドイツに
工場ごと接収され戦車の不足している初期のドイツ軍によって使用されました。
サスペンションはダブルボギーにリーフスプリングを組み合わせてショックを緩衝する
ようになっています。
前の二輪ボギーの動揺が後ろのボギーにスプリングを介して伝達されることによって、
テコの原理が働いて車体の持ち上がりを減免します。
車体側の軸は三箇所になりますが、中央に集中していることが分かると思います。
四輪の荷重をこの部分で受けるので構造的に脆弱になるのが欠点と言えます。
平時に使う車両ならば大事に扱ってもらえるのでこの設計でも良いかもしれませんが
兵器では耐久性の点からも好ましくありません。
35(t)戦車は一線を退いた後、牽引車などに使われています。しかし、同じ素性の
38(t)戦車は自走砲の車台に設計が受け継がれ、長く使用されました。
● RSOのサスペンション
RSO(RaupenSchlepperOst)とは、ドイツ軍が使用した牽引車のことです。
ご覧のとおり典型的なダブルボギーで前後にリーフスプリングを取り付けてショックを
吸収する方式になっています。
このようにすることによって前後方向の動揺を抑え、車体への固定箇所を分散する
配慮がなされています。
四輪を支えているのは中央の車体側の軸ですが、障害物を乗り越えた時に前後の
スプリングが荷重を一時的に受け持って軸への負担を減らします。そのため、純然
としたダブルボギーより効率は落ちますが、前後に不安定な欠点をフォローした構造
になっています。
● RSO(東部用装軌式牽引車)
ドイツ軍が使用した牽引車と言えばハーフトラックやケッテンクラートが有名ですが、
RSOは29,000輌あまりが作られた代表的な牽引車で、単一で製造された装軌車両
としては最多数を誇ります。ソ連戦での泥濘による移動の困難を受けて設計され、
当初はオーストリアのシュタイヤー社が製造しました。簡潔で大量生産に向いた構造
になっていて、パイプフレームのダブルボギーの採用もその一環のように思えます。
使用実績から見る限り、RSOのダブルボギーに欠点があったとは考えにくいのですが、
それはこの車両の最高速度が時速17kmに過ぎなかったためとも考えられます。
このスピードの遅さゆえしばしば進軍の足枷になったといいますが、悪路では期待
された性能を発揮ました。
トーションバーやオーバーラップ転輪を使用したドイツのハーフトラックも悪路走破に
威力を発揮しましたが、複雑な機構故に生産を阻害したと思われます。
一方、アメリカのハーフトラックは上記の35(t)戦車に類似のダブルボギーを採用し
キャタピラもゴムにワイヤーを内臓した簡素な構造でした。
どうやらダブルボギー転輪は軽いソフトスキン車両に向いた機構だったようです。
● 日本戦車のサスペンション
日本が戦車の開発をはじめた時期は早く、第二次大戦前の時点では先進的な技術
をいくつも持っていました。
九四式軽装甲車に初めて使われたサスペンションもダブルボギー転輪の中では
最も発達した機構を持っていたといえます。このサスペンションは結局終戦まで使われ
続けましたが、それは戦車の開発が一時中断したためとはいえ、信頼に足るもの
であったからと思われます。
二つのボギー転輪を支える車体側の軸は、前後に離れた二箇所になりました。
これによって、ダブルボギーの緩衝力と欠点であった前後の安定を両立させています。
前方の転輪が起伏に乗り上げると、ボギーの支点が1/2だけ持ち上げられ、さらに
その一部はスプリングを介して後方のボギーを押し下げ、車体の上昇は1/4になる
というものです。
このサスペンションは一見独立している二つのボギーが中央のバネを引っ張り合って
干渉している特徴があります。バネは左右から引っ張られることで縮み、お互いの荷重を
分散させる働きをします。
バネにこういう繊細な機構を取り入れたのは日本の生産するバネの性能が安定して
いなかった為でもあります。強力なバネを生産する技術があれば、トーションバーなどの
高級なサスペンションへ移行していったはずですが、日本では兵器研究が艦船や飛行機
に集中したため、戦車の開発は著しく阻害されてしまっていたのです。
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様々な改良によってダブルボギーは生き残ったわけですが、その応用範囲は軽量の
車両に限定されているように思います。重量のある車両はもっと機構の簡単なボギー
転輪や独立懸架になっていて、やがてトーションバーの独壇場となってゆくのです。
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日本戦車に用いられているこの独立懸架用の弦巻ばねは実に良く考えられていますね。
良く知られているのは、引っ張り型のばねには応力が材質の降伏点を越えるとばねとしての性能を失う為に伸び切ってしまう(引っ張られ過ぎると壊れる)欠点があります。これをばねと力の関係を逆にして"引いたらばねが押される"事に拠り、ある一定以上の引き応力を越えるとばね自体が最高圧縮され一応それ以上変形はしない様に作ってあります。実は圧縮型のばねは引っ張り型のばねよりも丈夫に作るのが楽なのです。
現在でもこの様な機構を持つ"圧縮引っ張り型"のばねは引っ張り過ぎ防止の役割を持たせて使用する用途で用いられていますね。
この圧縮引っ張り型のばねは戦車の懸下ばねとしてかなり普及していた様です。
それにしても面白い構造ですね。しかも良く考えられた構造です。諸外国がこの構造を採用していたのか?日本独自開発なのか?も知りたいですね。
日本戦車のサスペンションはバネの製造技術の未熟からこのような形になったのではないか
という推測を本稿で述べましたが、もしもう少し高性能のバネを作ることができたなら
長さを短縮できたはずなので、バネを両側から押し合う形にできたと思います。
これとよく似たサスペンションがシトロエン2CVに使用されています。
2CVは1次大戦後に開発が始まりましたが、その内容は秘密裏に行われ、ドイツ等
には漏れなかったようです。戦後具現化された2CVは簡素で頑丈なコンセプトが受けて
VWビートルや英国のミニと並ぶベストセラーとなりました。
このように耐久性にも優れた機構であることは間違いありませんが両者に関りは
ないようです。
バネをガイドロッドで引っ張って圧縮する方法はAKライフルにも使用された
極ポピュラーな方法と言えます。