私が社協に入って4年目になったある日、在宅福祉係に異動になって間もない私が仕事をしていると、こわーい顔をしたおじさんが現れました。
「おう、とよさん(とよっちのこと)いるか」と低い声で話しかけられたのですが、Oさんとの初めての出会いがこのときだったような記憶があります。後にきくと、若いころは、アイスホッケーにラクビー、柔道など、スポーツばかりやっていたそうで、体育会系のはっきりした厳しい方で、正直で真っ直ぐな性格のおじいさんという感じの方でした。
物事を遠まわしにでなく、はっきりと言い、いつも怒ってばかりいたような気がしますが、正直で真っ直ぐな性格のOさんを慕う人は、たくさんいます。わたしも、Oさんが大好きです。
ボランティア愛ランドを苫小牧で開催した時も、「事務局がやりすぎだ」「もっと計画的にやれ」「もっと問題点を整理しなさい」など、厳しいことをいいながらも、わたしのことを毎日事務所に来て励ましてくれ、実行委員長とともに実行委員会のリーダー的な役割を担ってくれました。
また、平成10年に立ち上げた自らが代表を務めるボランティアサークルも、施設などでのボランティア活動を継続し、会報も200号まで、250号まで、300号までと、目標を延長しながら、291号まで続けてきました。
しかし、悪性の腫瘍が見つかり入院をすることとなりました。病床でも、「まだやり残していることがある」「寝る時間がもったいない」「やりたいことが次々とでてくるんだ」と、何度も話していました。たくさんの実績を残してきていながら、80歳を過ぎてもなお、向上心を持ち続けていることに感動しました。
先日の9月9日朝、Oさんは亡くなりました。「やり残したことがある」と、最後まで悔しい思いを口にしていましたが、「Oさんはたくさんのことをわたしたちに残してくれましたよ」
そのことを最後まで伝えられなかったことを悔みながらも、Oさんの思いを引き継いでいきたいと思ったのでした。
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