霧雨の午後。
低い曇の空を見上げながら、ビルの谷間で雨宿りする。
そういえば朝から何も食べていない。
雨に濡れて走るか。
重いかばんに引き留められて、ひとつ大きく溜息をつく。
意を決して足を踏み出すも、かばんに揺られて小さくよろめく。
冷たい雨。
傘は持たない。
傘は持てない。
今日は何処へ行こう。
予定は持たない。
予定は持てない。
明日は何処へ行こう。
濡れるのは仕方ない。
離れていくのは仕方ない。
冷たい雨。
誰かと誰かの小さな隙間に、持て余す自分の体をねじ込ませる。
誰かと誰かの小さな隙間に、持て余す大きなかばんを置いておく。
カウンター席のビジネスマンは、誰もが無言のまま、ただひたすらに目の前に出されたものを食べていた。
これは笑い話なのか。
これは悲しい話なのか。
自分には、まだわからない。
ウインドウの外を過ぎて行く人の流れを眺めながら、ひとつ大きく溜息をつく。
雨に煙る街並みは、このまま静かに結末を迎えるかのような別世界に思えた。
背広姿の人達は、下を向きながらみんな早足だ。
自分も今、あの中を通り抜けてきた。
冷たい雨。
やがて、落ち着かない一人の食事は終わった。
隣の人に当たらぬぬよう、かばんを勢いをつけて抱え上げる。
立ち上がると、かばんに揺られて小さくよろめく。
これから何処へ行こうか。
雨の下に出て、ただひとり立ち止まって空を見上げる。
東京の雨は、なぜか街の臭いがしない。
何人かの人の流れが、自分にぶつかる。
何も言わない。
誰も咎めない。
何事も無かったかのように、流れは途切れることはない。
濡れるのは気にしないから。
離れていくのは気にしないから。
ひとつ大きく溜息をつくと、それで何かが軽くなる。
そろそろ自分でも感づいていたのだ。
帰るべき場所へ。
帰るべきだと。
都会の夜。
ソルティーライムの香りを残して。
雨がすべてを消してくれるはずだ。
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