冬の露天風呂は思い出させる。
よく行ったスキー場近くの温泉旅館。
湯気の向こうの夜空。
思い出は、
言葉でも写真でもなく、
ひんやりとした肌寒さと足下からの温かさで蘇ってくる、
あのえもいわれぬ高揚する官能。
苛むものは何もなかった。
明日も明後日も、
やって来るのが楽しみだった。
そんな官能が、体の中から湧き出てくる。
自分が休みのたびに露天風呂に誘われるのは、
きっとそんな理由もあるのだろうか。
でも最近、少しずつ、少しずつ、
自分の中から、そんな官能が薄れ消えていくのがわかる。
入れば入るほどに・・・。
離したくないのに、
だからまた戻って来てしまうのに、
そのせいで感じられなくなっていく。
湯船に浸かって、
ゆっくりと身体を後ろに倒す。
風呂場の明かり、
湯気、
夜空。
上を向いたまま、
半分の頭を湯船に沈める。
湯気、
星。
目を閉じる。
雪。
あの時に見た、雪。
首を左右に振る。
温かい世界が、耳の中まで入ってくる。
鼓動。
自分の鼓動。
聞こえてくる自分の鼓動。
心を鎮め、耳を澄ますと、
さらに自分の呼吸する音が聞こえる。
自分の呼吸する音。
呼吸する音。
生きているのだ。
生きているから。
確かに、ここにいるから。
ゆっくりと、目を開ける。
湯気の向こう・・・、
そこに見えたのは、
やはり綺麗な星空だった。
明かりに照らされる湯気の光は、
ゆらゆらと幻想的に星空を彩っていた。
いかん、いかん。
このままでは自分は、
いつまでたっても、ゆらゆら原人のままだ。
。