哀しみのページに秘めし薄紅葉母の匂ひの微かなりけり つゆ草
昨日は母の命日でもあり、お墓のある栃木に姉と娘と3人で一周忌の法要に行って来ました。お坊様の重厚な読経に重ねて自らも慣れない読経をしながら、この一年よく姉は哀しみに耐えて頑張ったと、いろいろな思いが錯綜しました。お坊様は特別に、御経の中でも母という女性の偉大な存在を記した箇所を解読して下さりました。実は私の中ではまだ母が亡くなってしまった事が認められずにあって、不思議な気持ちなのです。何故、姑が亡くなった3日後に母が亡くなったのか、理解出来ないのです。でも逢いたい母はもう居ない、まだ話したい事は一杯あったのに・・と写真を見つめながらやるせない気持ちで哀しくなります。姑と質素という面では似ていたけれど、母は短歌を愉しんだり、楽器を弾いたり、文化的要素を持っていたし、何よりもお洒落で素敵な母でした。そして何より私を理解してくれていました。昨日は母の着ていた喪服とコートを着て母を感じながら過ごした一日でした。この日まで頑張ろうと姉を励まし続けた1年でもあったので、無事終わってホッとすると同時に、哀しみを改めて感じた一日でもありました。
昨日は母の命日でもあり、お墓のある栃木に姉と娘と3人で一周忌の法要に行って来ました。お坊様の重厚な読経に重ねて自らも慣れない読経をしながら、この一年よく姉は哀しみに耐えて頑張ったと、いろいろな思いが錯綜しました。お坊様は特別に、御経の中でも母という女性の偉大な存在を記した箇所を解読して下さりました。実は私の中ではまだ母が亡くなってしまった事が認められずにあって、不思議な気持ちなのです。何故、姑が亡くなった3日後に母が亡くなったのか、理解出来ないのです。でも逢いたい母はもう居ない、まだ話したい事は一杯あったのに・・と写真を見つめながらやるせない気持ちで哀しくなります。姑と質素という面では似ていたけれど、母は短歌を愉しんだり、楽器を弾いたり、文化的要素を持っていたし、何よりもお洒落で素敵な母でした。そして何より私を理解してくれていました。昨日は母の着ていた喪服とコートを着て母を感じながら過ごした一日でした。この日まで頑張ろうと姉を励まし続けた1年でもあったので、無事終わってホッとすると同時に、哀しみを改めて感じた一日でもありました。