草むしり作「ヨモちゃんと僕」前12
(冬)おひげクリンクリン君③
次の朝目を覚ました僕は、窓の外が真っ白になっていたので驚きました。軒下のプランターの中のパンジーの花や、庭の泉水の水も真っ白で、倉庫の屋根がキラキラと光って見えます。新聞を取りに行くお父さんの後について、僕も外に出ていきました。
「おお、寒い」
お父さんはブルブルと身ぶるいして肩をすぼめ、上に羽織った丹前の中に新聞を持った手を仕舞い込みました。ぼくも寒くなって、お父さんと一緒にすぐに家の中に戻りました。
「お父さん、お外を歩くと脚の裏が冷たいね」
「フサオ、お腹がすいたのかい」
台所からは味噌汁の香りがしてきました。
「あっ、ヨモちゃんだ」
ストーブの前で、ヨモちゃんが煮干しを食べていました。ヨモちゃんは味噌汁のだしを取る煮干しが大好物です。毎朝お母さんが味噌汁を作り始めると、何処からともなくやって来て煮干しをおねだりします。
煮干しはヨモちゃんにとっては特別な食べ物なのか、決してお皿の中では食べません。お皿の中から煮干しを取り出し「これは獲物だ」と言わんばかりに、ボリボリと頭から噛み砕きゆっくりと味わって食べます。煮干しを食べている時のヨモちゃんは凄みさえ感じられます。
ぼくがストーブの前に行くと、ヨモちゃんは煮干しをくわえてお父さんの椅子の上に飛び乗ってしまいました。ぼくはひげを焦がさないように注意してストーブの前に座りました。
「フサオ、ひげ焦がすなよ」
お父さんはヨモちゃんと一緒の椅子に腰かけて、新聞を読み始めました。TPPのことが新聞に載っているのでしょうか。テーブルの上に新聞を広げて熱心に読んでいます。
面白いのはお父さんとヨモちゃんがいつも同じ椅子に座ることです。他に椅子が沢山あるのにいつも同じ椅子にしか座りません。だいたいお父さんとお母さんの二人だけなのに、この家はテーブルも大きければ、椅子もたくさんあります。
「ヨモギ、そこに座ると新聞が読めないでしょう」
困ったようなお父さんの声がしました。ストーブの前でボーっとしていたぼくは、どうしたのだろうと振り返ってみて、思わず笑ってしまいました。だってヨモちゃんがお父さんの広げた新聞の上に座っているのです。読んでいた記事の上に座られたお父さんは、新聞を持ち上げて続きを読もうとしています。でもそんなことであきらめるヨモちゃんではありません。頑として新聞の上に座ったままです。
「ほら、ヨモギのせいで破れちゃったじゃないか」
お父さんが無理に引っ張るから、新聞が破れてしまいました。それでもヨモちゃんは新聞から降りようとしませんでした。
でも本当に驚いたのはそんなことではなかったのです。お父さんの隣の椅子に、お仏壇の部屋のまんまんさん達が座っているのです。お父さんやお母さんは気がついてないようです。ヨモちゃんはどうなのかしら、知らん顔をしています。
「ヨモギにはかなわないな」
お父さんは新聞を読むのをあきらめて、ヨモちゃんの頭を撫で始めました。すると男のまんまんさんが、お父さんが開いたままの新聞を読み始めました。熱心に新聞を読む男のまんさんの横顔は、お父さんにそっくりです。
それからますます寒くなっていきました。
「ひげ焦がすなよ」
お父さんにいつも言われるのですか、僕はあれ以来一度もひげは焦がしていません。けれどもたった一回だけ焦がしたひげは、クリンクリンと縮れたままです。
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