今朝、母が突然「中華街で昼ご飯を食べよう」と言い出した。雑誌で「これは…!」という店を見つけたと言うのだ。今日は火曜日。ちょうど横浜でコンピュータ講習がある日だ。「では関帝廟前で午後1時」というわけで、私は一足お先に講習へ(後からわかったが、母の真の目的は元町の「チャーミングセール」であり、中華街はそのおまけだった)。12時30分に講習が終了し、根岸線で石川町へと向かう。
石川町駅には、ちょっと怖い思い出がある。まだ小学生だった頃だからかなり昔だ。ある土曜日に横浜へと繰り出し、石川町駅で祖父たちと待ち合わせをしていた。私と父は駅の前で「時間なのに、じいちゃんたちはどうしたのかねぇ…」とひたすら待っていた。石川町駅は高架で、駅前から見上げると、電車の車輪部分が少し見えるようになっている。そこへ何回も何回も電車が行き来しているのに、来る気配は全くない。当時は携帯電話なんて便利な物などないから、ヘタに動くこともできずに駅前にたたずんでいたが、そのうちにまた電車がやってきた。「今度こそ…」しかし、その期待はまたしても裏切られ、駅から祖父たちの姿は現れなかった。
ここで、ちょっとした異変が起こった。下から見える電車が発車しないのだ。いつまで経っても止まったままである。父と「どうなってるんだろうね」なんて話していたが、状況はさっぱりわからない。そのうちに、やっと祖父たちがやってきた。何かの勘違いで、祖父たちはホームでずーっと待っていたのだという。「観光客でごった返しでねぇ。参ったヨ」祖父たちも、なぜ電車が止まったままなのかはホームが大混雑でわからなかったという。「まぁ、いいか。行こうや」我々はようやく歩き始めた。
翌日、叔父の家に遊びに行った私と父は、新聞を見て仰天した。昨日のあの時間あの場所で、以前から親子仲の悪かった女が、混雑のどさくさに紛れて母親を線路に突き落とし、その母親は入ってきた電車にはねられて即死したという事件が載っていたからだ。あの止まった電車がそうだったのか…ガクガクブルブル。
怖い話はさておき、横浜という街自体は大好きである。生まれた都市ということもあるが、海沿いの空気がたまらなくいい。こればかりは理屈抜きであり、同じ東京湾でも隣の川崎市や、東京都、千葉県の海沿いの空気とは全然違うのだ(あくまで比較の問題で、川崎や東京や千葉の空気が気持ち悪いと言っているのではありません、念のため)。
かつて東急東横線が桜木町終点だったころ、電車が反町駅を過ぎて高島山トンネルをくぐると、それまでのイマイチあか抜けない空気がガラッと一変して、理由もないのにワクワクしたものだ。逆に、帰りの横浜駅のホームに佇んでいる時は、なんとも名残惜しく、寂しかった。まるで、夢から覚めて現実に引き戻されたような気分。あれは一体何だったのだろう。
みなとみらい線直通になって中華街などへは行きやすくなったが、東白楽駅の先から地下になってしまい、あのワクワク感が薄れてしまったのは非常に残念である。地下には、風情がない。
さて、中華街である。子供の頃はよく連れられて行ったものだ。私の父も、祖父によく連れて行ってもらったという、なじみの地だ。父の青年期、祖父から自宅に「今中華街でメシを食ってるから来い」と電話がよくかかってきたそうだ。で、弟(双子)とかと出かけていくと、着く頃にはラストオーダーは締め切られ、祖父はたらふく食って飲んで一人上機嫌。結局何にも食わせてもらえずガッカリ、ということが度々あったという…。
母一族は代々ハマッ子で、特に祖父は長者町の生まれだから、中華街はもはや庭に近い。昔の人だから「中華街」ではなく「南京町」と言う。母も若い頃は南京町と言っていたそうだ。
父と母が結婚する際には、ここの「同發」という有名なレストランで結納代わりに食事をしたぐらいで、大変縁の深い場所である。
何度行っても飽きない。あの狭い敷地、細い道路を中国の濃いテイスト一色で埋め尽くす、ゴチャゴチャした雰囲気が良いのだ。あれがみなとみらい地区のような広い道路の大きい土地にあったら魅力半減どころの騒ぎではない。
我々の今回のターゲットは、関帝廟通りにある秀味園(しゅうみえん)という店である。見た目、メチャメチャ狭い。ガラスはスモークがかかっていて中の様子が全く見えない。ヤバイ店じゃないだろうね、これ。ドアを開けてみると、外見よりさらに狭い。4人がけのテーブルがスペースギリギリで2つ、カウンターなし。えー!?こりゃこぢんまりどころじゃないよ。しかも誰もいないぞ。店員までもいな…あ、奥にいる。我々に気付いて出てきた。奥は普通の居間かと思いきや、座敷席だ(一応、店内は40人まで収容できるらしいが)。それにしては随分と商売っ気のない座敷席である。なんか道具が置いてあったし、おばちゃんがそこで何か作業してたし(ワンタンを作っていたのかな?)。
母は焼きビーフン(700円)を、私はこの店の超人気メニュー・魯肉飯(ルウロウファン)(500円)をそれぞれ注文、母があまりの安さにワンタン(500円)を追加した。魯肉飯とは、「秀味園」のリンク先を見ていただくと写真と説明が出ているのだが、煮付け玉子、豚の角煮、ひき肉とネギの味噌炒め、高菜をご飯が隠れるほどたっぷりとのせたボリュームたっぷりの丼飯である。豚肉が軟らかくて、高菜の辛さがさらに食欲を湧かせるスグレモノ。昨年秋に行った台湾の美味しい味が、横浜で楽しめるなんて。しかも500円ですよ、500円。いつもなら行列ができるほどの名店なのだそうだが、我々は1時過ぎに来たのが良かったのか、すんなりとありつけた。横浜・中華街へ観光の際は、是非チェックしていただきたいお店である。
ちなみに動画は、秀味園の並びにあった豚まん屋脇の「豚まん之像」である。正体、由来共に全くの謎。検索しても、ほとんどヒットしなかった(リンク先は「豚まん之像」のクリアな画像)。豚まん屋に聞けば良かったかも知れない。中華街、まだまだミステリアスな街だ…。
石川町駅には、ちょっと怖い思い出がある。まだ小学生だった頃だからかなり昔だ。ある土曜日に横浜へと繰り出し、石川町駅で祖父たちと待ち合わせをしていた。私と父は駅の前で「時間なのに、じいちゃんたちはどうしたのかねぇ…」とひたすら待っていた。石川町駅は高架で、駅前から見上げると、電車の車輪部分が少し見えるようになっている。そこへ何回も何回も電車が行き来しているのに、来る気配は全くない。当時は携帯電話なんて便利な物などないから、ヘタに動くこともできずに駅前にたたずんでいたが、そのうちにまた電車がやってきた。「今度こそ…」しかし、その期待はまたしても裏切られ、駅から祖父たちの姿は現れなかった。
ここで、ちょっとした異変が起こった。下から見える電車が発車しないのだ。いつまで経っても止まったままである。父と「どうなってるんだろうね」なんて話していたが、状況はさっぱりわからない。そのうちに、やっと祖父たちがやってきた。何かの勘違いで、祖父たちはホームでずーっと待っていたのだという。「観光客でごった返しでねぇ。参ったヨ」祖父たちも、なぜ電車が止まったままなのかはホームが大混雑でわからなかったという。「まぁ、いいか。行こうや」我々はようやく歩き始めた。
翌日、叔父の家に遊びに行った私と父は、新聞を見て仰天した。昨日のあの時間あの場所で、以前から親子仲の悪かった女が、混雑のどさくさに紛れて母親を線路に突き落とし、その母親は入ってきた電車にはねられて即死したという事件が載っていたからだ。あの止まった電車がそうだったのか…ガクガクブルブル。
怖い話はさておき、横浜という街自体は大好きである。生まれた都市ということもあるが、海沿いの空気がたまらなくいい。こればかりは理屈抜きであり、同じ東京湾でも隣の川崎市や、東京都、千葉県の海沿いの空気とは全然違うのだ(あくまで比較の問題で、川崎や東京や千葉の空気が気持ち悪いと言っているのではありません、念のため)。
かつて東急東横線が桜木町終点だったころ、電車が反町駅を過ぎて高島山トンネルをくぐると、それまでのイマイチあか抜けない空気がガラッと一変して、理由もないのにワクワクしたものだ。逆に、帰りの横浜駅のホームに佇んでいる時は、なんとも名残惜しく、寂しかった。まるで、夢から覚めて現実に引き戻されたような気分。あれは一体何だったのだろう。
みなとみらい線直通になって中華街などへは行きやすくなったが、東白楽駅の先から地下になってしまい、あのワクワク感が薄れてしまったのは非常に残念である。地下には、風情がない。
さて、中華街である。子供の頃はよく連れられて行ったものだ。私の父も、祖父によく連れて行ってもらったという、なじみの地だ。父の青年期、祖父から自宅に「今中華街でメシを食ってるから来い」と電話がよくかかってきたそうだ。で、弟(双子)とかと出かけていくと、着く頃にはラストオーダーは締め切られ、祖父はたらふく食って飲んで一人上機嫌。結局何にも食わせてもらえずガッカリ、ということが度々あったという…。
母一族は代々ハマッ子で、特に祖父は長者町の生まれだから、中華街はもはや庭に近い。昔の人だから「中華街」ではなく「南京町」と言う。母も若い頃は南京町と言っていたそうだ。
父と母が結婚する際には、ここの「同發」という有名なレストランで結納代わりに食事をしたぐらいで、大変縁の深い場所である。
何度行っても飽きない。あの狭い敷地、細い道路を中国の濃いテイスト一色で埋め尽くす、ゴチャゴチャした雰囲気が良いのだ。あれがみなとみらい地区のような広い道路の大きい土地にあったら魅力半減どころの騒ぎではない。
我々の今回のターゲットは、関帝廟通りにある秀味園(しゅうみえん)という店である。見た目、メチャメチャ狭い。ガラスはスモークがかかっていて中の様子が全く見えない。ヤバイ店じゃないだろうね、これ。ドアを開けてみると、外見よりさらに狭い。4人がけのテーブルがスペースギリギリで2つ、カウンターなし。えー!?こりゃこぢんまりどころじゃないよ。しかも誰もいないぞ。店員までもいな…あ、奥にいる。我々に気付いて出てきた。奥は普通の居間かと思いきや、座敷席だ(一応、店内は40人まで収容できるらしいが)。それにしては随分と商売っ気のない座敷席である。なんか道具が置いてあったし、おばちゃんがそこで何か作業してたし(ワンタンを作っていたのかな?)。
母は焼きビーフン(700円)を、私はこの店の超人気メニュー・魯肉飯(ルウロウファン)(500円)をそれぞれ注文、母があまりの安さにワンタン(500円)を追加した。魯肉飯とは、「秀味園」のリンク先を見ていただくと写真と説明が出ているのだが、煮付け玉子、豚の角煮、ひき肉とネギの味噌炒め、高菜をご飯が隠れるほどたっぷりとのせたボリュームたっぷりの丼飯である。豚肉が軟らかくて、高菜の辛さがさらに食欲を湧かせるスグレモノ。昨年秋に行った台湾の美味しい味が、横浜で楽しめるなんて。しかも500円ですよ、500円。いつもなら行列ができるほどの名店なのだそうだが、我々は1時過ぎに来たのが良かったのか、すんなりとありつけた。横浜・中華街へ観光の際は、是非チェックしていただきたいお店である。
ちなみに動画は、秀味園の並びにあった豚まん屋脇の「豚まん之像」である。正体、由来共に全くの謎。検索しても、ほとんどヒットしなかった(リンク先は「豚まん之像」のクリアな画像)。豚まん屋に聞けば良かったかも知れない。中華街、まだまだミステリアスな街だ…。