以前、「人生は演劇である-セネカ(古代ローマの哲学者・劇作家)」で、後輩の芝居を見に行くという話を書いたが、いつの間にやらまた手伝いをすることになり、昨日、今日、明日と高田馬場行きである。昨日は、夕方からの公演だったので時間があり、高田馬場に行く前に神保町に寄ることにした。約半年ぶりである。
神保町は活字中毒患者の聖地だ。あそこへ行けば、大概の本は手に入る。私が購読しているバスの雑誌はどうしたわけだか、近所の本屋では売っていない。それで、以前は二月に一度は神保町に通っていたのだが、ここ最近は何かとタイミングが合わず、ご無沙汰になっていた。今回、神保町の隣の九段下から高田馬場方面へ「飯64」系統の都営バスが走っている点に目をつけ、「これはちょうどいい!」と、神保町行きが決定したのだった。
私の神保町詣でが始まったのは、高校に入ってのことである。中学まではお小遣いも乏しく、また一人で遠出する習慣というものがなかったが、高校に入って、それまで潜んでいた思いが爆発するかのように、毎日寄り道癖がついた。行きは普通に行くとして、帰り方を毎回変えてみたのだ。あっちへフラフラこっちへフラフラ。わざと家とは逆方面の電車に乗ってみたり、バスの定期を使って、1本の路線で帰れるところをわざと2~3本使って大回りしてみたり。
そんな中、ふと「神保町へ行こう」と考えついた。昔から本の街として有名な神保町、本好きとしては一度は行ってみたい…高校からなら、地下鉄新宿線直通のヤツに乗れば1本だ。ヨシ!
そして、初めて神保町に行ったときの感激といったらなかった。書店にある本がみんな私に「おいでおいで」しているようだ。まさに聖地である。書店というのは不思議なもので、普段興味のない分野でさえ、本棚を見ているとやたら面白そうに見えるのだ。最初の頃は、それでつい買ってしまい、家に帰ったら興味が冷めてあまり読まなかったという失敗も多かった(面白さに目覚めたこともあったが)。しかし、書店の楽しみはまさにそこであり、通販じゃこうはいかない。特に目的を定めずにあらゆるジャンルの棚を見て歩き、波長の合う本を見つけたときの喜び!活字中毒者ならきっとおわかりいただけるかと思う。
毎回神保町の空気を満喫した後は、当時お茶の水駅から神保町経由で渋谷駅行きのバスがあったのだが、それに乗って帰るのがまた楽しみだった。何せ渋滞する道路ばかり走る路線で、時間通りに走った試しがないのだが(そのせいで後年廃止された)、そのおかげで地下鉄と違って空いているし、車内でゆっくりと買った本が読めたのだ(爆)。現在は、自宅の最寄り駅から地下鉄三田線直通の電車に乗ればすぐ行けるので便利になったが、あのバス路線の廃止は昔の思い出がなくなるようで寂しい思いもあった。
大学の前半2年間は千葉通いだったが、それでも二月に一度の神保町詣では欠かさなかった。そして後半2年間は、大学に行く日=神保町詣でだった。なぜなら、校舎が九段下にあったからだ。こうして神保町で私の活字中毒はより一層悪化し(爆)、現在に至るのである。
半年ぶりだったので、本屋に入った途端「棚にある本全部欲しい症候群」に襲われ、財布を固く握りしめて「いかん、いかんよ。ビンボーなんだから。散財しちゃダメー!」と自らに強く言い聞かせるのに大変苦労した。…それでも、5000円ぐらい一気に使ってしまった。やはり、適度に神保町詣でしてガス抜きをしておかないと、反動が怖い。ある意味、麻薬的な魅力の街である。
神保町は活字中毒患者の聖地だ。あそこへ行けば、大概の本は手に入る。私が購読しているバスの雑誌はどうしたわけだか、近所の本屋では売っていない。それで、以前は二月に一度は神保町に通っていたのだが、ここ最近は何かとタイミングが合わず、ご無沙汰になっていた。今回、神保町の隣の九段下から高田馬場方面へ「飯64」系統の都営バスが走っている点に目をつけ、「これはちょうどいい!」と、神保町行きが決定したのだった。
私の神保町詣でが始まったのは、高校に入ってのことである。中学まではお小遣いも乏しく、また一人で遠出する習慣というものがなかったが、高校に入って、それまで潜んでいた思いが爆発するかのように、毎日寄り道癖がついた。行きは普通に行くとして、帰り方を毎回変えてみたのだ。あっちへフラフラこっちへフラフラ。わざと家とは逆方面の電車に乗ってみたり、バスの定期を使って、1本の路線で帰れるところをわざと2~3本使って大回りしてみたり。
そんな中、ふと「神保町へ行こう」と考えついた。昔から本の街として有名な神保町、本好きとしては一度は行ってみたい…高校からなら、地下鉄新宿線直通のヤツに乗れば1本だ。ヨシ!
そして、初めて神保町に行ったときの感激といったらなかった。書店にある本がみんな私に「おいでおいで」しているようだ。まさに聖地である。書店というのは不思議なもので、普段興味のない分野でさえ、本棚を見ているとやたら面白そうに見えるのだ。最初の頃は、それでつい買ってしまい、家に帰ったら興味が冷めてあまり読まなかったという失敗も多かった(面白さに目覚めたこともあったが)。しかし、書店の楽しみはまさにそこであり、通販じゃこうはいかない。特に目的を定めずにあらゆるジャンルの棚を見て歩き、波長の合う本を見つけたときの喜び!活字中毒者ならきっとおわかりいただけるかと思う。
毎回神保町の空気を満喫した後は、当時お茶の水駅から神保町経由で渋谷駅行きのバスがあったのだが、それに乗って帰るのがまた楽しみだった。何せ渋滞する道路ばかり走る路線で、時間通りに走った試しがないのだが(そのせいで後年廃止された)、そのおかげで地下鉄と違って空いているし、車内でゆっくりと買った本が読めたのだ(爆)。現在は、自宅の最寄り駅から地下鉄三田線直通の電車に乗ればすぐ行けるので便利になったが、あのバス路線の廃止は昔の思い出がなくなるようで寂しい思いもあった。
大学の前半2年間は千葉通いだったが、それでも二月に一度の神保町詣では欠かさなかった。そして後半2年間は、大学に行く日=神保町詣でだった。なぜなら、校舎が九段下にあったからだ。こうして神保町で私の活字中毒はより一層悪化し(爆)、現在に至るのである。
半年ぶりだったので、本屋に入った途端「棚にある本全部欲しい症候群」に襲われ、財布を固く握りしめて「いかん、いかんよ。ビンボーなんだから。散財しちゃダメー!」と自らに強く言い聞かせるのに大変苦労した。…それでも、5000円ぐらい一気に使ってしまった。やはり、適度に神保町詣でしてガス抜きをしておかないと、反動が怖い。ある意味、麻薬的な魅力の街である。