ドラクエ9☆天使ツアーズ

■DQ9ファンブログ■
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時々ドラクエ風味ほかゲームプレイ漫画とかとか

たからばこ

2015年09月05日 | ツアーズ SS

ある夜更け。

普段通り自室のベッドで眠りについたはずのミカは、ふと、自身のおかれた状況に、

(ああ、これは夢だな)

と、判断する。

それを自覚したことによって、ベッドで就寝しているはずの体は、屋敷の執務室で机に向かっていた。

次いで、見慣れた部屋を確認し、窓からの風景を明るく感じられたことで、午後の執務であることを理解する。

夢の中での己についての認識はといえば、壮年期と言われる、「人生においてもっとも充実した」年齢であるということ。

そしてそれに違いなく、公私ともに手ごたえのある毎日を送っていることを認める。

侯主としてシュタイン城の重鎮を勤め上げ、屋敷の全権を握り、広大な領土を治めている平穏に身を任せてはいるが。

(こんなものか?)

と、別の視点を持つ自身が問いかけてくる。

世界は、闘争心は、欲望は、こんなものなのか?と、誰かに問われることで、意識は目覚める。

(いや、何かが足りない)

その空虚に気づき、手にしていたペンをトレイに戻す。

何か、屋敷が騒がしい。

執務室の隣に控えている秘書が、様子を見てまいります、と声をかけてくることに対し、いや、と声が出た。

「いや、構わない。通せ」

それは確信。

屋敷が今ざわついているのは、急な来訪者にどう対応するかを判断しかねているのだろう。

それもそうだ。こんな不躾に、侯爵家当主の部屋に直行してくる人間など、王をおいてはいないのだ。

(まったく、人騒がせな奴だ)

だが、かねてより屋敷の人間には言い置いていたはずだ。

彼らの訪いには、何をおいてもまず当主である自分の部屋へ案内せよ、と。

それが徹底されていないのは、この数年の間に何かあったのか。いや、何もなかったから、周知されていないのか。

そんなことを考える。それは創造、あるいは想像。

そうだ、いつだって「彼ら」の急な来訪には、世界の存亡がかかっている。

屋敷の回りくどい手順を踏んで丁重にお迎えしている場合ではない。

今度は何が、と先読みしかけた時、秘書が明けた扉から、体格のいい壮年の男が顔を出す。

「ごめん、なんか大騒ぎになっちまった」

今来ちゃまずかったか?という言葉に、来ておいて言うな、と真顔で返せば。

「それもそうだ」

と、数十年変わらない、人懐っこい笑顔が返ってくる。

そんな無頓着な友人の態度に知らず笑顔になるのは、安堵か、諦念か。

気を効かせ部屋を出ていく秘書に、「あ、お邪魔します」、なんて間抜けな挨拶を一つ。あとは勝手知ったるなんとやら。

四十いくつにもなったのだろうヒロは、適当なソファに腰を下ろした。

自分もそれに倣い、執務机から立ち上がりヒロの対面のソファへと移動する。

「何かあったのか」

と単刀直入なやり方には慣れきっている間柄だ、ヒロは、うん、と一つ頷いて。

「招集がかかった」

と、いたずらを仕掛ける子供のように、期待や喜びを抑えきれない様で身を乗り出す。

それは、足りない何か。

自分自身、どれほどの充実や安定を手に入れても、世界規模の野望やはるか高みを制圧しても、それでも渇望してやまないもの。

それをもたらす招集通知には、どうあっても心が抗えない。

「先週届いた手紙には、それらしいことは何も書いてなかったが」

そう口に出したのは、筆まめな彼女から数十年来、欠かさず、定期的に届く手紙のことだ。

彼女のそのマメな記録こそが、世界に散っていった仲間たちと互いに絆をつなぎ止めあうものではあったが。

いつも大体、個人的な日記に終始しているような内容なので、…ここの所、自分は油断していたのだろうか?

そういえばヒロが、思わず、というように軽く吹き出し、まああれは近況ってよりは日記だよなあ、と続ける。

「ミオちゃんは今俺の村に籠ってるから、情報が遅いかもな」

でもまあすぐ届くでしょ、と言ったヒロが一枚の用紙を取り出して、机に置く。

「多分、俺が一番目」

宿に戻ったら置いてあった、という事だから、おそらく本人が訪ねてきたのだろう。

そうして、他の仲間を順次、訪ねているのは想像にたやすい。だから自分は真っ先にここに来てみた、というヒロ。

「俺らは自由がきくけど、ミカはどうかと思って」

今、王城は忙しいのかと聞かれて、いいや、と首を振る。

数年前から行われている貴族たちの代替わり、その権力抗争も、かの従弟殿とうまく挟み撃ちにできている。

城を空けることには、何の問題もないだろう。

「家は?いいのか?」

と、机を指され、そこにある書類の山に視線を向ける。

そうだな、あれも問題ない。自分は、あの書類の山を確認していただけに過ぎない。

「大丈夫だ、執務はほぼ代行できるようになっている」

その言葉に、大げさに身をのけぞらせるヒロ。

「えっ、もう?!早くねえ?あいつ、まだ成人の祝いしてねえよな?」

えーと、18?9?と、確認してくるヒロ。

その「あいつ」に対する世話の焼きっぷりといえば、お前は乳母か?と突っ込みたくなるほどの、子煩悩さだった。

半分は俺が育てた、と今でも豪語するほど(そしてもう半分を主張するのはここにいないやかまし屋の彼女だが)。

今年で19だ、と返せば、

「ええー?俺らの19っていったら、まだまだ目的もなくその辺遊びまわってたよな?」

と、大げさにお手上げ状態、を両手を広げて表現してくるヒロに、不敵な笑みを返す。

「ま、俺の息子だからな」

優秀すぎてこの程度の執務なら軽く持て余すくらいだ、と言ってやれば、それにはヒロも乗ってくる。

「あー、あいつミカ以上に頭固いからな、謀反起こされないように気を付けろよ?」

家空けて帰ってきたら居場所ねえかもだぞ?などという軽口には、鼻で笑ってやる。

「10,20のガキに謀反起こされるほど老いてねえよ」

まだまだ片腕一本でやりあっても負ける気がしねえ、と言えば、とんだ暴力おやじだよ、と苦笑され。

「お前の所はどうなんだよ」

まだ子供も幼いのに家を空けて心配じゃないのか、と訝しむミカに、今度はヒロが鼻息を飛ばす。

「もう6歳だ、腕っぷしは強えし、いっぱしの口きくし、もう押し売り撃退とか余裕だぜ?」

その下は子供を武器にした接客が得意だし、その下は数字にめっぽう強くて大人を負かせる程だし。

「商人三兄弟っつって、隊商では有名どころでさ、あちこちから目をかけてもらってるから心配ねーし」

うちの息子たちは俺がいなくても将来有望だよ、だって俺の息子だもん、などと、ふざけた面に一発。

「親ばか」

「なんだよ、ミカほどじゃねえよ」

「俺は親ばかじゃねえよ、事実を客観的に述べてるだけだ」

「いやいやいや、鏡見ろ鏡!息子自慢ですんげーにやけてっから」

「にやけてるお前に言われても説得力がねえな!」

互いにつかみかからん勢いでくだらない悪口の応酬に、一呼吸。

「それほどの大事なんだろうな」

と問えば。

「神の復活祭だ」

と、ヒロが不敵な笑みを見せる。

それに怯むことなく、笑みを返す。

そうでなくては。そんな思いが誰かからもたらされたと同時に、天使が窓を叩く。

ヒロと二人、そちらへ目を向ければ、変わらない少女のままの姿がそこにある。

隣で、ヒロが愉快そうに笑って何かを言った気がする。

その言葉がなんであったのかを気にすることもなく、ミカは立ち上がり、その窓を開けるために手を伸ばす。

自分にとっての天使像とは、己と、外の世界とをつなぐものだ。

そして、旅とは、それを開く鍵。

誰も開くことのできない、大切なものを詰め込んだ箱。足りないものは全てこの中にある。

きっと、その時まで自分はそれを守って生きていくのだろう。

 

そんな思いも、垣間見た見た未来も、夢のはざまに落ちていく。

夜明けとともに、現実(ひかり)になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとここの所取り込んでおりましたが、ぼちぼち活動再開したい具合です!

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Heroic Woman

2015年07月08日 | ツアーズ SS

(なんだか疲れた…)

シオはつい今しがたの父とのやりとりを反芻しながら、上の村に戻る。

自分は確かに、母の強さを追いかけ、それに追いつきたいと思い、ひたすら武を極めてきた。

母の名に恥じぬように、村の中でも、外でも、一切の妥協を自分に許すことなく高みを目指した。

その自分をミオが追いかけてきているというなら、なぜ、どうして、こんな状況になるのだろう?

と、その光景を目の当たりにして、シオは苦いものをかみ殺した。

 

「あ、シオ姉!今、チョー面白いことやってんだわ!」

 

見ればわかる。

面白いかどうかは別として、と、シオは村の闘技場で馬鹿騒ぎを繰り広げている有様を見て、その中心にいるらしき人物に苛立つ。

紛うことなき末妹と、弱腰おべっか上手の下僕である。

またあいつが口先三寸、周囲を丸め込んでくだらない騒ぎを起こしているのかと思えば。

それに口出しできない脆弱な妹の不甲斐なさを目の当たりにさせられているようで、イライラする。どっちが下僕なんだか!という所か。

闘技場では、4対4で入れ代わり立ち代わり、対戦が行われている。

それが、普段とはまるで違う光景であるのは、まるで対戦ごっこのようだということ。

いったい何をやっているのか、とそれを見守っていれば、延々とレベルの低い戦いが繰り広げられている。

「ねえねえ、シオ姉もやらない?」

と声をかけてきたトーリに、何をやっているのか尋ねれば、トールも駆け寄ってくる。

「すごいよ、賢者って!ダーマのさとり、とかいうのが使えるんだってさ!」

なんだその聞きなれない呪文は。そんな思いは言わずとも心得たように、トーリが続ける。

「転職の呪文なんだって。みそ子が使えるのよ。だから、今あたし、魔法使いなの」

あたしは僧侶、とトールが笑う。

「全員、レベル1の職業になって、その場でやっつけのパーティ組んで対戦してるのよ」

ミオの呪文だけで転職ができるという。なんだそれは、出張ダーマ神殿か。そんなことができるなんて…。

と、にわかには信じがたいが。

なるほど事の次第を見ていれば、誰もが未経験の職業に転職し、村の派閥の垣根も越えて、直感でパーティを組んでいる。

名乗りを上げたら、ヒロが対戦表を作って戦闘開始。勝っても負けても、再び対戦したいなら、またレベル1の職業に転職。

「何それ、つまんなそう!って思ったんだけど」

やってみたら意外と面白くて、皆いつの間にか転職を繰り返しているのだ、と説明を受けているうちに。

「はーい、終了~、終了でーす!」

と、ヒロが闘技場の向こうで声を張り上げているのが聞こえた。

「あーん、あたしまだリベンジしてないのに」

「よっし、抗議に行こう!」

と、双子も、周りの人間も、ヒロとミオのいる場所へ集まっていく。

人の波が好き勝手動く中、その場を離れ自宅に戻ろうと足を運ぶシオにも、様々な声がかかる。

「シオさんの妹、面白い冒険者になったよね」

「変な男引き連れてきちゃってさ、ま私たちにはいい退屈しのぎになってるけどね」

なんて声をかけてくるのも、冷やかし半分、おちょくり半分、決してシオを愉快な気分にさせるものではない。

面白い冒険者じゃなく、強い冒険者として戻ってくるのが筋じゃないのか。

従えるにしたって、「変な男」とか言われるのでなく、なんかこう、もっとこう、…絶対あんな下僕なんかじゃないことは確かだ。

というシオの不満をよそに、妹たちと変な男は、ついさっき戻った家の中で今日の成果を話題にしている。

それぞれにテーブルについて、ミオがお茶を淹れて回って。

何なのあんたたち。夕べは、下僕は納戸で寝ろ、寝室があると思うなとか言ってたんじゃないの。

何仲良く一つのテーブル囲んで、和気あいあいとしちゃってるのよ。

…シオにしてみれば、半日下の村に姿を消していただけで、「どうしてこうなった」である。

この男は油断ならない。口が軽い。そして場の雰囲気を作るのが天才的だ。

昨日から思っていたことだが、外の人間には反発心しかない村の女性が一斉にこの男の口車に乗せられたのだ。

それは初日の、ただ自分たちに取り入るための苦肉の策かと思い、それなりに見逃していたことではあったが。

今日の、村を巻き込んでのお祭り騒ぎには、何の狙いがあっての事か、と警戒心すら覚える。

普段、双子である自分たち以外には心を許さないトールとトーリが懐いているのも解せないが、

それ以上に普段からかかわりのあるミオに至っては、都合のいいように洗脳でもされているのかと不安になる。

実はこいつがパーティの黒幕なのでは…、と目を光らせているシオには構わず、話は盛り上がっている。

「いーじゃん、明日またやろうよ!ミオの魔力回復したら、また転職し放題なんでしょ?」

よほど未経験の職での対戦が面白かったらしい。

トールが乗り気になっていることで、村の誰もが興奮しているのは想像にたやすい。

「うーん、でももう、みんな一通り職を経験しちゃったんだよなー」

と、何かをたくらむ黒幕野郎、と目を付けられているのを知る由もないヒロが、手元の紙を広げる。

名簿と、転職の履歴、パーティメンバーの記録と、対戦表。

それらをミオと二人で管理して、この対戦を主催していたらしいことは解った。だが。

「別にそれくらい、どうでもいいでしょ?今日の続き、っていうだけじゃないの」

そういうトーリに、シオは今日の対戦を外から観戦していて思うことを、胸のうちにつぶやく。

それじゃ、だめだ。今日のはただのお遊びだから。だから純粋に楽しめただけで。

このやり方じゃ続けても…、そう考えたのと、ヒロが言葉を発したのとが同時だった。

「このやり方じゃ続けるだけで、すぐに飽きられてしまうよ」

その言葉に、トールとトーリがきょとんとヒロを見る。それを受けて、ヒロがミオと顔を見合わせた。

「今日の対戦が盛り上がったのは、全員が初めて、ってところが肝だったんだけど」

「はい、そうですね」

隣同士に座るヒロとミオ、トールとトーリが向かい合う。

「どういうこと?初めてだから、皆、手探りだったわけじゃん?」

「もう大体わかったんだから、次から戦略練ったり構成が決まったりして、より面白くなるんじゃないの」

「うん、それは中身の話で。中身が成熟していくなら、外側はそれよりももっと精巧に頑強に作り上げないとだめだって事」

そう言ったヒロが、テーブルの上に両手で輪を作って見せる。名簿をぐるりと囲むように。

「外側っていうのは、つまり主催のことね。中身は、姉さんたち。姉さんたちは対人戦をよくわかってるから」

次からこうすればうまく行くだとか、この敵にはこんな戦法が相性がいいだとか、構成の弱点だとか、

きっともう解ってきているだろう、とヒロは言う。

「そうなってくると、それは単に職が低レベルだってだけで、普段姉さんたちがやってることと変わらないよ」

「そうかしら?」

「職が違うと、やることは全然違うんだけど」

トールとトーリはまだ解らないようだが、ヒロはよく解っている、とシオは思った。

この村の習性、戦うことに頭脳と肉体の全てを捧げてきたからこそ、小手先のだましは一度しか効かない。

未経験の職、という制限があったからこそ、未知の体験として脳も体も最高の興奮状態になったのだろうけれど。

それは、所詮、お遊びの範疇でしかない。

「姉さんたちは勝つことにすべてを賭けてるから、職が違うことくらい大した制限にはならないでしょ」

だから、これを続けるなら、外側を強化していかなくてはならない、とヒロが続ける。

レベルの制限でもいいし、対戦者の制限でもいい。武器を制限してもいいし、とにかく戦い辛い!という方向にして、

中身である人間がさらに成長する仕組みを作ってこそ、この遊びは、競技として成り立つ。

「と、俺は思ったんだけど」

と、ヒロがミオの意見を聞くように、そちらを見れば、ミオもそれにただ頷く。

それを見ているだけで、やはり、とシオは不安を拭い去れない。ミオはただヒロの言いなりになっているだけじゃないか。

それを、下の村に身を引いたあの二人の言葉を借りれば、「自分を殺して、一歩引いた立ち位置にいる」ということ。

二人の言葉には確かに心ひかれたが、しかしシオの目にはそれほど理想的な関係には見えない。

「うーん?そうかなあ…、制限されて面白いかなあ…」

「レベル10の戦士が、レベル1の魔法使い倒しても面白くならないっしょ?」

「え?それは面白いじゃん」

「え?面白いんだ?!」

「弱者は徹底的に叩きのめす!二度と這い上がれないくらいに!」

「…ははぁ…そうですか…」

そういう村ですか、とやりあっているこっちも、あまり建設的な話はできていそうもないが。

ヒロが頭を抱えたのを見て、ミオがトールを見た。

「お姉さんが、レベル1の魔法使いです」

「は?」

「わ、私がレベル10の戦士です」

「なんだと、この野郎」

「私がお姉さんを徹底的に叩きのめしますけど、…面白いですか?」

「面白いわけないだろ!」

そんな状況になったら、後で絶対ぼっこぼこにする!というトールに、あの、例え話ですから…、と気弱な面を見せて。

「あ、あの、それで、武器使用は禁止、っていう制限を付けます」

「んん?」

レベル10の戦士と、レベル1の魔法使いが、丸腰で対戦。

「どっちが勝つか、それはもうレベルとか関係なくて、純粋な強さだと思うんです」

「でも魔法使い、防御すんごいザルじゃん?素手で殴っても倒せると思うけど」

というトールに、でも、と黙って聞いていたトーリが口を出す。

「魔法は遠距離イケルわよ?」

開幕早々、遠距離でぶっぱされたらちょっとわかんないかも、と言って、あたし今日魔法使いだったから、とトーリは笑う。

そうなると、レベル10の戦士がレベル1の魔法使いを徹底的に叩きのめすよりも、レベル1が10に辛勝する方が。

「何倍も爽快感があるような気はするわ」

そういう事いいたいんでしょ?と、確認するトーリに、ミオが頷く。

その隣で、ええー?あたしは絶対上からぼこぼこにする方が楽しいな、というトール。

長年妹たちの面倒を引き受けてきたシオにとっては、双子の意見が割れることも驚きだったが、

その双子と末妹が普通に普通の会話をしている光景も、信じられない思いで見やる。

それは、考えなかったことがないわけじゃない。

ミオが成長して、自分たちに物怖じしなくなれば、いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。

4姉妹でテーブルを囲んで、明日はどこへ行こうか、と夜ごと冒険者としての議論を白熱させる。

その足で世界を巡り、母の足跡をたどり姉妹揃って再会を果たす。母はきっと喜んでくれるだろう。

そんな、子供のような夢物語を大事にしていたなんて、妹たちには口が裂けても言えないけれど。

「制限を付けることで、逆に戦い方が何億通りにも変化するってことだよね」

と、ヒロが言えば、あ!そうです!と、ミオが声を上げる。

「私、昨日戦ったとき、3人だったのでいつもと全然違うって思いました」

「あー確かに!最初ミカが前にいないから賢者がすごく自由になってたな、ってのは解る」

「はい」

「ミオちゃんに言われたから、俺は後ろに下がったけど、視界がすっげえ広くて何にでも対応できそうだったもん」

「できてなかったじゃん」

「負けてたじゃん」

「へい、ま、そうなんですけど。それはほら、まだ未熟ってことで」

へら、と笑って双子をかわすヒロを助けるように、それに、とミオが口を開く。

「ヒロ君は前衛だから、いつもなら後衛を補佐する前衛の動きが後衛の役割を前衛として奪ってしまったんだと思います」

「…何言ってんの、この子」

「いや、ちょっと解んないわ」

「ごめん、俺もわかんない」

と、三者に困惑の視線を向けられて、あああスミマセン!と赤面したミオが、ひたすら困窮している。

ミオの言いたいことはわかる。多分それは、戦ったシオも感じていたことだから、戦闘に対する感覚は近いものがあるのだろう。

だが、それにどう助け船を出してやろうか、と考えあぐねた時。

「あの」

と、ミオが顔を上げた。

「私、今、戦闘の指揮をとる勉強をしています」

今までは回復要員として戦闘の流れには口を出さず、前衛が戦闘の流れを組み立てて、それを補佐しているだけだった、と言う。

「後衛って、そういうもんじゃないの?回復が重要でしょ?」

「そうよ、前衛として、後衛に戦闘組み立てられちゃ、やりにくくて仕方ないわ」

「私も、そう思ってました」

しかし、それではパーティ全体の力量がそこで打ち止めになってしまうのだと、気づいたから。

「今では私が戦闘の指示を出しています。あ、あの、もちろん、まだ全然、全然満足のいくようにはできないですけど」

前衛が純粋に自分の力だけを発揮することに没頭できるように、いちいち周りの状況を確認しなくても動けるように、

全体を見通せる場所から、ミオが全員の動きを把握して、戦闘の流れを読んで、一つの戦局を操る。

それは、パーティにおいて、シオがこなしている役割と同じことだ。

リーダーであるシオと同じことを、後衛に控えているミオがやってのけているということに、シオも双子も驚く。

「そうすることで、パーティ全体の力と速さが、もう全然違うくらい、変わったんです」

だから、後衛は必ずしも統率力が無用な立ち位置ではない、とわかった。

「ふうん?で?だから何?」

今一つ実感できていないようなトーリの言葉に、ミオが再び窮地に立たされているように口ごもると、トールが手を叩く。

「あー、解ったかも!あたし今日、僧侶をやってみて思ったんだけど」

前衛が戦士と武闘家だったのね、でその武闘家はいつも盗賊やってる子なんだけどさ、と言えばトーリがトールを見る。

「…あたしのこと?」

「違うよ、トーリ別の子と組んでたじゃん、そうじゃなくってさ」

どっちも動きがもたもたしててイラついたから指示出したわけ、と、その場の全員を見渡す。

「なんで僧侶がそんなことしなきゃなんないのよ、って思ったんだけどさ、あたしの方が適役だった、ってことでしょ?」

で、それからは僧侶に従え、というやり方を通していて気づいたこと。

一度僧侶を経験していた子は、こちらの指示を難なく理解する、ということ。

「その戦士と盗賊、盗賊の方が年上で冒険者としても格は上なんだけどさ、戦士やってる子の方が上手いわけ!」

あとで聞いてみたら、僧侶からの視点がよく解ったから指示の意図がすんなり飲み込めた、と言った。

「そういうことでしょ?」

「え?ええー…と、えーと?」

「なによ、違うの?どういう事よ?!」

それには、すかさずヒロが助け舟を出す。

「いやいやうん、そういうことだと思うよ?前衛も後衛も、互いの視野を持つことで動き方が全然違ってくるって事っしょ?」

「は、はい」

「うんそおね」

「そういうのさ、外の世界だと何が起こるかわからないから常に変化し続けていくよね」

と言ったヒロが、机の上の名簿を指さす。

「でもこの村は、闘技場では、そういう変化には乏しいからいずれ戦い方は定石が確立されて、ただの作業になるよ」

それが、今のこの村の現状だ、とシオは思う。

力と力、人と人のぶつかり合いという単純明快な戦いの末の勝敗で決着する。

その風潮に誰もが、どこかで飽いていたのだ。だから、ミオとヒロが企画したこの斬新なお祭り騒ぎに沸き立った。

もちろんそれはそれで、一時の遊戯として終わるならそれもいいけど、とヒロが双子を見る。

「村の定期的な起爆剤としてずっと続けていける祭りにしたいんだったら、もっと企画練らないとね、ってこと」

「うーん、あたしは今が面白いからそれでいいんだけど」

「そうよね、そんな見もしない先の話されてもね」

あまり乗り気でない双子に、シオは苦笑する。何事にもほどほどの現状で満足している双子にはそういうものだろう。

それを惜しむのは、この男の勝手だが。

「えー、勿体ねえ…、定期的に開催して近隣からも人呼び込んで、参加費用とかとったらすごい儲け出そうなのに」

などと不届きなことを言う。

なんなのだ、こいつらは。と、もう何度目かわからないこの言葉だったが、さらに目が点になる妹の一声に。

「あ、世界大会とか開くようになると良いですよねっ」

「世界大会?!」

と、その場の全員が声をそろえたのは無理もない。

「おー、世界大会か。そっか世界中の猛者が、一斉に集まるわけだ。そりゃすげえ儲かるね」

「は、はい、上級職の人もいっぱい来て、もっと複雑にできると思うんですけど」

「なるほど、うん、いいかも。姉さんたち乗り気じゃないなら、俺の村でやろうかなあ…」

「あ、私お手伝いします!ヒロ君の村も有名になっていいと思います」

などと言って、ミオとヒロが盛り上がっている所に、双子たちが参戦する。

「ちょっと待てい!あんたの村はここに負けないくらいの武の村だっての!?」

「え?いや全然」

「それで武の世界大会とか、ちゃんちゃら可笑しいってのよ!」

「…なんで姉さんたち怒ってんの、どーでもいいんじゃねーの?」

「どうでもいいけどうちの村の十八番を横取りされると腹立つわ!」

「そうよ、だてに村の猛者が世界中に散ってるわけじゃないのよ!舐めんじゃないわ!」

その双子の言葉には、シオも思わず目を見張る。

こんな双子なりにも、この村に対する愛着と誇りがあったわけか。あまりにも意外すぎて、どう考えればいいかわからない。

と、完全に傍観しているシオに、双子が噛みついてくる。

「ちょっとシオ姉、こんな暴挙許されて言い訳?!」

暴挙も何も、まずあんたたちはまだ何も起こしてないでしょうに。

「ここで立ち上がらないと、シオ姉の、コハナの誉れとしての名が廃るわよ?」

そうやってすぐ人任せにしないで自分たちで何とかすることを覚えなさいよ。

鼻息の荒い双子の弁は軽く内心であしらって、それでもその場の全員の視線を受け止める。

それぞれに何かを期待するかのような目は何なのだ。

「双子。まずアンタたちはそれを任されて、やれるわけ?」

「もちろん、シオ姉の一声で村中大賛成よ」

「そうよ、シオ姉の一声は偉大なのよ?」

だめだわ、これは。

「ミオ、あんたは?」

「わ、私?私はー…」

「世界大会とか言ってたのは、何なのよ」

「私、は、…そういう場所が村にあったらいいな、って思っただけで…」

そういう、とは、どういう場所だ。

「あの、仲間を統率する戦士、っていうのはできないけれど、戦闘を統率する僧侶だったらできる、とか」

カリスマある武闘家にはなれないけれど、仲間の窮地によって攻守どちらでもこなせる旅芸人にはなれる、とか。

と、いくつかたとえを上げて、ミオは顔を上げる。

そんなふうに、自分が得意なことを発見できる機会なんて、狭い世界では簡単に訪れることはないから。

「自分で自分の可能性を広げられるような、そういう制限のある場所が村にあったらいいな、って思ったんです」

それは世界中を見てきた今だからこそ、この村にあることが相応しいような気がして、とミオは言うけれど。

「え?これそんな複雑な話だっけ?」

「みそ子、あんた一人、なんか違う方向に行ってるわよ?」

そう双子に突っ込まれて、スミマセン、と恐縮している姿に。

ああ、そうか。と思う。

思慮深い。自分を殺して、一歩引いた立ち位置にいる。…あの二人が言っていたことが、解ってくる。

シオは今、ただひたすら内向的で人との争いごとを苦手としている妹の、内なるものを見ているのだと思った。

「でもそれがヒロ君の村興しにもなるなら、それが実現出来るように私、武の育成に頑張りますから」

ミオにも闘争心がないわけではないのだ。

ただ、シオの持つそれとは全く違った形で、シオには思いもよらない方向へと、発揮されている。

だから、だれも気付かない。

「うん、頼りにしてます」

と言うヒロと顔を見合わせて、ほのぼの笑いあっている姿からは想像もできないけれど、確かにある。

確かに息づいている、それが今やっと、成長を始めているのだ。

だからこそ、今目を離すことは得策ではない。

「ミオちゃんは経験者だから、俺なんかより良く解ってるだろうし」

「だーかーら、それを許さないって言ってるの」

「どーなのよ、シオ姉!」

双子の抗議に、ヒロがまたへらっと笑顔を見せる。

「いやー俺の村、開催以前にまず道つくったり橋かけたりしないと人これねー村だから」

お先にどうぞ、などとたわけたことを言うのには呆れるしかない。

まったくろくでもない仲間を捕まえたものだ。

シオは夕飯前、妹たちとヒロが離れ一人になった隙を狙い、何を企んでいるのよ、と問い詰める。

今日の村中を巻き込んでのお祭り騒ぎ、あれにミオを言いくるめて何の理があるのか。

そういえば、ヒロはまるで悪びれもせず、口を割った。企みなら二つ、と。

「姉さんたちの、意識改革、ができたらな、ってとこで」

この村では後衛の地位は割と軽んじられているようだったので、回復要員はただおとなしく控えているだけの職ではない、

ということを出来れば全員に経験してもらいたかった、と言う。

武の村だから、前衛が至上の職だと言われるのは良い。

だが思い込みだけで後衛の立ち位置を、パーティのオマケのように認識されているのではミオが報われないと思った。

「あとは、まあミオちゃんが村に戻りやすいように」

遊びでも、お祭りでも、これが定期的に開催されるなら、ミオの賢者としての能力は重宝されるだろう。

村を離れても居場所がある、乞われて歓迎される、そういう役割をミオが旅の間にでも心のどこかで意識していることで、

もっと頻繁に、気楽に、村に戻れるのではないかと考えた。

「そんなとこ、ですかね」

というヒロの言葉は、そのちゃらけた見かけによらず、一途に真摯で、普段からミオのことを思いやっているのは明白だった。

自分たちが理解しあっていれば解ってもらわなくても良い、と言っていた二人と。

自分が解っているからこそ、理解してもらいたい、と言うヒロと。

まるで違う考え方なのに、どちらもミオと言う個人を尊重している姿勢は違えることのない現実。

姉として、自分はそれを出来ていただろうか。いや、血のつながりがそれをさせなかったのではないか。

姉と妹、という関係がミオを、自分とは別の、独立したただ一人の人間として見れていなかったのではないか。

そんな思いを味わわされ、ますますこの仲間たちが嫌いになりそうだ、と唇をかみしめるシオに、ヒロがおどける。

「あとは、村興しが現実になれば、主催報酬として何らかのゴールドが懐に入れば尚良し!」

その笑顔には、ただ呆れるしかない。後悔が馬鹿馬鹿しくなるほどの悩みのない能天気さにどうでもよくなる。

冒険者として名乗りを上げて、その目的が村興しだなんて、いい笑いものでしかないわ、とため息をつくが。

村中に笑われても、それでもミオはもう泣いて逃げ帰ったりはしないだろう。

ろくでもない仲間がいて、ろくでもないことをしでかして、それで満ちたりるというならそれもいい。

あの父ですら安心しているのだから、間違いない。

そうさせてくれる仲間たちと世界中のどこへでも行って、好きなように名を上げてくればいい。

情けなくても、みっともないことでも、シオだけがそれを叱ってやれるのだから、問題ない。

そうか、困った妹たちを叱り飛ばすために、自分はまだまだ上を目指していかなければならないのか。

(それでいい)

はるか高みを、その孤独を、妹たちの成長が埋め合わせてくれる。

この村は、始まりの地。

試練の旅から戻ってきて、また新たな始まりの世界へと旅立っていく。

それぞれの、志をもって。

 

 

 

 

 

見送りの日。

「どうでもいいけど、もっと頻繁に顔見せなさいよ」

と、シオが言えば、驚いて飛び上がる勢いで、ミオが返事をする。

「ス、スミマセン!!」

気を付けます、とまで言われて、別に叱ってるわけじゃないんだけど、と知らず苦笑する。

それにもまた、スミマセン、と返してくる。条件反射なのか頭まで下げるのを、片手で無理やり上向かせ。

「ほんと、出てったら出ていきっぱなし、ってね。母さんそっくりね」

そんなところは似なくてもいいのよ。

「え、…っと」

「父さんが寂しがるから」

近くに寄ったら顔くらい出しなさい、と言ってやれば、はい!と笑顔を見せた。

そうして待ち構えている仲間の元へ一目散に駆け寄っていく後姿に、胸が突かれるような痛みを覚える。

寂しいのは、父よりも自分なのか。と考えて、即座に首を振る。

「いやだ、歳かしら」

などとつぶやいた背後から。

「独り言いうようになったら、そりゃもう立派な歳だよ」

「だから早くお婿さん捕まえないと、ますます老化の一途よ?」

と、哀愁の一幕さえも吹っ飛ばす憎たらしさで、双子がからかいの声を投げる。

「うるさいのよ、アンタたちは!さっさと旅に出なさいよ!」

「やーよう、シオ姉がちょっと感傷的になってるもん!」

「そーよう、あたしたちはまだもうちょっといてあげるから安心してよ!」

ありがた迷惑!

ただひたすら、ありがた迷惑!!

「シオ姉、父さんとこでご飯食べて帰ろうよ」

「今ならシオ姉の好物作ってくれるわよ」

なんなの、なんで皆してちょっとかわいそうな姉、とかいう扱いになってんの!

腹立たしい!と踵を返す。

小生意気な双子が手招く、父の待つ家へと向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハチャメチャ若草物語…ちゃんちゃん♪

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現実は志高く

2015年07月07日 | ツアーズ SS

長い間、村を留守にしていた末の妹が戻ってきた。

放浪癖のある母親に代わって、長姉である自分が育ててきた妹だ。

いや、姉の厳しい扱きに四六時中弱音を吐き父親のもとに逃げ隠れしていたような妹だから、

自分が育てたというより、父が育てた、というほうが正しいのか。

いやいや、それは語弊があるな、とシオは一人眉をひそめる。

 

ここは下の村にある父の家だ。シオも幼少期はここで父に甘やかされて育った。

よくあるように、蝶よ花よと可愛がられ、お姫様扱いという言葉通りに大事に大事に育ててもらった。

だが、コハナの武は大輪より勇ましい、と近隣の村にも知れ渡るほどに、武勇に明け暮れる女性たちの村だ。

シオも物心ついたころには、母に習い、周囲の女性たちを打ち負かし、武でもってその地位を確立した。

今では後輩でシオに逆らう者はおらず、同期にも一目置かれている。

いや、年頃の女性たちはほどよく所帯を持ち、子供の育成に力を割いているという事情もあるのだが…

 

それは置いておいて

 

と、面白くない思考から意識をそらすように、シオは窓から外を見た。

あまりにも父が庇いだてし、それに甘えてすっかり敗者としての癖がついてしまった妹の将来を案じて、

「一人前になるまで帰ってくるな」と言い置いて、無理やり村の外に出した。

シオもよく世話になった顔なじみの冒険者の酒場に預けたので、心配することもなかったが。

(そう、私じゃなくて、父さんが心配するから)

時折、身を隠して様子を見に酒場を訪ねれば、そこの女主人は、「うーん、ちょっと今ね」と言葉を濁した。

対人関係が苦手で、争い事に向かない、内向的な妹だ。

村から出して、強引に冒険者として紹介させても、そうそううまく行くはずがないことは解っていたので、

女主人の言葉にはそれほど落胆はしなかった。

おそらく、宿の下働きでもして日を稼いでいるのだろう、と考えれば、そのまま酒場に乗り込んで引っ叩いてやろうかと

何度思ったことか。

この場合、シオが落胆しないのは、達観しているからではない。単に、落胆するより激昂してしまう性格だというだけだ。

…それを女主人になだめられて、村に戻る。

そんな往復を、幾度繰り返しただろうか。

「僧侶として他の冒険者に求められて旅に出た」…と酒場の女主人に聞かされた時は、にわかには信じられなかったものだ。

もちろん、それを望んでいた。

一人の冒険者として見知らぬ人間たちと関わり、揉まれ扱かれ、切磋琢磨しながら闘争心を目覚めさせられれば全て、思惑通り。

妹の性格を鑑みれば高望みであるような気もしていたし、周囲からはやりすぎだと非難されるのも仕方がないと思っていた。

思っていたけれど、現実に、ミオが旅に出たと聞かされて一番に思ったことは。

 

「よりによって僧侶かよ!!」

 

だった。

…うん、思ったというか、実際、その場で叫んだことなのだが。

目的や旅の工程にもよるけれど、大体においてパーティに回復役は必須だ。

僧侶などは多少腕が悪くても、宿に引き返す手間や回復薬で荷物が嵩張ることを思えば、(そう多少腕が悪くても)優先して雇われる。

雇われて、あまりの腕の悪さに解雇されたりすることもあるだろうが。

あの子はどっちだろう、と旅に出た妹を思う。

腕の悪さと効率を秤にかけ、この程度は仕方ない、と、誰かの旅に引き回されているだろうか。

それとも頻繁に解雇されて、酒場に戻ってくるという事を繰り返しているのだろうか。

どちらにしても情けない状況に、手放しでは喜べなかった、というのが親代わりとしての自分の感想だったが。

 

旅の仲間を引き連れて、末妹のミオが戻ってきている。

 

快活で口は達者そうな小娘と、へらへら弱腰でおべっか上手の男が一人、なぜか始終極限まで偉そうな男が一人。

なんだ、このパーティ。

どういう意図で集められたのか皆目見当もつかない上に、普段の交流も成り立つとは思えないちぐはぐさが気持ち悪い。

しかも、どの人間ともミオがうまく付き合えている気がしない。

村にいた頃のミオの交流関係といえば、自分と、父と、レンリという同世代の子が一人。

家族を除けば、唯一付き合えていたのがレンリという事になるが、さすが類は友を呼ぶ、というだけあって

ミオとレンリ、どちらも村では後ろ指をさされ嘲笑されるほどの、出来の悪さだった。

それを思えば、このパーティでのミオの立ち回りなどは、とうてい望ましいものではないだろう。

おそらく誰にも何も言い返せず唯々諾々と従い、体のいい回復要員として下っ端同然なのだろう事は、容易に想像がつく。

これでは、あまりにも情けなさすぎる。

村を出したのは、そんな事をさせるためじゃない。

シオは、自分の失態をこれでもかというほど、突きつけられたのだと、思った。

父にも、母にも合わせる顔がない。やはり、どんな嘲笑があってもミオは手元で育てるべきだった。

それが、一人前になるまで戻ってくるな、と突き放した妹の結末だと思っていたのに。

 

「あいつにあるものは、責任感と正確さだ」

 

と、仲間の一人が言った。

 

ミオが戻ってきた初日、武の村で行われた対人戦、長姉対末妹、という布陣で決着をつけた時の事。

掟に従って、敗者として村の外に追い出されたミオの仲間の様子を見に行ってみれば、二人してのんきに野宿をしていた。

その二人に、ミオが縄を解きにきた、と聞かされて驚く。

あの妹なら、勝者の女性たちに萎縮して行動を起こせないだろうとふんで、自分が縄をほどきにきたのだが、それも無駄になった。

ミオにそうさせる仲間、というものに興味があったので家に招いてみたが、拒絶された。

まあ、この年頃は虚勢をはって上等、と思ったので手を変えてみる。

下の村に行くという情報を与えてやれば、シオの思惑通り、勝手についてきた。扱いやすさでいえば、単純だ。

だからこの際、ミオと引き離してしまおうと思った。このままミオを村にとどめ置いて、仲間たちは勝手に村を出ていけばいい。

彼らが多少ごねても、力尽くならいくらでもやり様はある。現に、今彼らは敗者であるということ。

それが。

シオの真意を聞いた瞬間、彼らは敗者らしからぬ不遜さで、シオに牙をむいた。

ミオのもつ真価を解らない人間にミオを引き渡すつもりはない、そう堂々と宣告する。

ミオの真価?なんだそれは、と訝しむ間もなく、示された答え。

責任感と、正確さ。

「ミオちゃんはどんな時でも最後まで自分のやるべきことをやり遂げようとするんだよ」

「そんなこと…」

それは当然の事。それが出来ないというのは、まず人としての起点に立てていないも同然ではないか?

「それが出来ないこともあるんだよ。自分の行動で、誰かが失われる、最悪の事態になる、全てが終わる」

そんな状況を目の当たりにして竦まない人なんていないよ、と仲間の少女が言う。

それは月明かりのない道で聞かされたこともあって、ひどく、寒々しい響きに感じられる。

ミオは、このパーティは、どんな旅をしてきたというのだろう?

「誰だって失うのは怖いし、最悪を引き起こした責任を一人で背負うのは恐ろしいよ」

だから躊躇する。少しでも楽になれる方法を考えあぐね、その判断を他者に委ねることで平静を保とうとする。

無意識に、誰かに、何かに救いを求めて慟哭する究極の戦慄。それでも。

「ミオちゃんは答えを出せるんだよ。ウイたちが迷った一瞬で、答えを出してくれるの」

「しかも、それが恐ろしく精確だ」

そういった二人が、カンテラの炎に互いの姿を確認して、うなずき合ったように見えた。

「ミオちゃんはいっつも自分以外の誰かを優先するっていうか、一歩引いた立ち位置にいるっていうか」

「自分を消して常に全体を見ることができる視野の広さは、衆において何よりも貴重だ」

「お喋りだって、ゆっくりだけど、ウイたちが思いもよらないこと言ってくれたりするし」

「思慮深いのは良い。普段の何気ない状況にでも意味や意義を考えることで、緊急時に思考が停止することがない」

そういうのがミオちゃんだって解ってるから、とウイがシオのそばに駆け寄る。

「ウイたちは心底ミオちゃんを信頼してるし、すごいんだって尊敬してるよ」

だから村に連れ戻すなんて言わないで、という声は真剣そのものだ。

なるほど、ミオはないがしろにされているわけではないようだけれど、とシオはやや気圧されている自分に気付く。

こんな、10ほども年の離れた子供たちに。

「それでも」

と、シオはかるく咳払いをして、気圧されていた自分をはらい落とすように、語気を強める。

「この村では、後衛なんて地位が低いものとみなされてしまうのよ」

姉として、ミオをそんな処遇のまま預けておく気にはならない、と嘯く。

自分たちの方がよほどミオを理解している、と主張する彼らへのせめてもの抵抗だ。

解っている。しみったれたプライドだという事も。

だがそれを気にすることなく、ウイが、なーんだ、と笑った。続けて、背後から低い声が。

「そんなもの、あいつがその気になればいくらでも前衛でやれるだろ」

それは、まるでこのパーティでは当然の事であるように、「そうだよね」と、ウイもそれに同意する。

このパーティに必要なのは僧侶ではなく、ミオなのだ、という事を示すように、その後に続く会話は淀みない。

「ミオちゃんが前衛やるんだったら、ウイが僧侶になってもいいし」

「あほか!お前にだけは命預ける気にならねえよ!」

「ええー?じゃあミカちゃんが僧侶やる?ウイはそれでもいいけど」

「やれるわけないだろ、俺が!」

「え?じゃあどーする?」

「ヒロがいるだろ。あいつ、意外と僧侶に向いてると思うけどな」

「あ、それはウイも思ったことがある!なんでヒロは武闘家やってるんだろうね?」

「…盾買わなくていいからだろ…」

「あ、そっか、そういえばそんなこと言ってたよね…」

今はお金あるし頼んだらやってくれるかも、なんていう会話を背中で聞いて、シオは。

(脱力感が半端ないわ…)

と、夜道を進む。

(なんなの、この子たち)

それは、今日はもう何度目か解らないほどだけど、あきれ返るしかない。

ミオが冒険者として強く立派に振る舞えること、共に旅をしてきた自分たちが一番解っているという。

だから、今日の敗戦も自分たちにはどうでもいいことなのだ、と主張されては、ただのインチキ集団なのかと感じたり。

ミオは自分たちに絶対必要なのだ、と乞われては、たちの悪い詐欺集団のようにも思えたり。

(したけれど)

村に戻ってきたミオの成長の具合は、結果ではなく、過程なのかも知れないと思う。

不覚にも、こんな奇妙な仲間の証言で、そう思ってしまった。

村から出したこと、妹と見ず知らずの他人の手に委ねたこと、間違ってはいないと思いたいのは自己弁護ではないと言えるだろうか?

そんな複雑な思いを、唯一話せる相手、父親が戻ってきてシオは愚痴を吐く。

上の村にはミオともう一人の男を残してきている。それは自分が見張っているからいいとして。

下の村に連れてきたウイとミカの二人の様子を見張っておいてね、と、昨夜に言い置いたことを、今再び確認しに来たのだ。

「あの二人、どう?」

と、今日の様子を尋ねれば、父親はお茶を淹れてくれながら、穏やかにほほ笑む。

「いい子たちですよ。今から、シバ君のところでお昼をごちそうになるんだそうです」

気になるならシオも行ってきたらどうです?とからかわれて、「い や で す」 と一言一言区切るようにして返す。

あの家とは昔から仲が悪い。シオ自身の世代から、ミオとレンリの世代にまで一貫して、友好的関係にはない。

それにただ笑って答える父に、よく知ってるくせに、と内心で毒づいて。

あれだけミオを甘やかして、庇いだてしてきた父にしては、随分、どうでもいいように見える、とシオは父を観察する。

「ミオがリーダーなんですって」

どう思う?

「ああ、だからミオはあんなに張り切ってたんですねえ」

「それだけ?!心配じゃないの、父さん!」

ミオが村にいた時は、あれやこれやと様子を見に来ては大丈夫かと心配し、やりすぎてないかと口出ししてきたくせに。

それをシオがいうと、父は困ったように笑う。

「あの頃はミオが毎日べそかいてましたからね」

でも今のミオはとても楽しそうですよ、と言われて言葉を失う。

楽しそうだから、生き生きしているから、何も問題はないと思っていると言われたら、…返す言葉もない。

はいはいスミマセンね、毎日泣かせてたのは私ですよ。と、シオは投げやりにお茶を飲む。

「その毎日があったからこそ、ミオは村の外でも頑張れたのでしょう」

と、へそを曲げた娘に気を遣う風でもなく、自然に穏やかな声で父が続けた。

「君が、お母さんを追いかけているように、ミオも君を追いかけて強くなっていくんですよ」

そういわれて、シオは年中家を空けている母の面影を脳裏に描く。

その面影は、シオには理想だった。身近な母の強さに憧れ、母を理想像として常に意識を高く持ち続けている。

母のように世界で通用する冒険者になるために、その後姿を追ってどこへでも行ったけれど。

「そうかしら」

ミオが、この自分にそんな憧憬を抱いているようには思えない。

「毎日怒鳴られて、嫌々稽古をつけられて、無理やり冒険に連れ出されて、揚句、たった一人村を追い出されて」

と指折り数え、父を見る。

「どこにあこがれの要素がある姉でしょうね?」

その何に対する嫌味だか解らないシオの言い様に、父は破顔一笑だ。

「そういえば、ただの鬼婆ですね」

「ちょっと!婆はないでしょ、婆は!」

年頃の、いや年頃をちょっと上回っていることは認めるが、年頃の娘に対しての気遣いがない言葉に、傷つく。

それでなくても、お互い以外の人間に容赦のない双子から、行き遅れだの骨董品だの惨憺たる悪口雑言を食らうのだ。

父親ならそこのところ、ちょっと慮ってくれてもいいんじゃないの?と抗議すれば、

「いやいや、あの子たちも悪気はないんですよ」

と、毒にも薬にもならない言葉が返ってくる。

「どこが!悪意の塊でしょ?魔界から生まれ出でたる悪意の権化が奴らだ、って言われても驚きゃしないわよ」

「君もなかなか言いますねえ…」

「それだけ割りを食ってるのよ、長女なんて」

母親は常に不在で子供たちを放任し、双子はまるでいう事を聞かず好き勝手、末妹は顔を見れば逃げ回る。

それでも、この気苦労を誰かに肩代わりして欲しいと思ったことはない。それはきっと。

「わかっていますよ」

と、いつでもシオに寄り添ってくれる父の存在があるからだ。

「あの子たちも、長姉の偉大さを感じているからこそ、君に期待するんですよ」

姉を追いかけたいけれど、その高みには到底かなわないことを知って、自分たちの理想をシオに託すのだ、という。

村での名声、世界への覇権、それをもつ姉に、誰もが羨む伴侶と、子孫繁栄という完璧な理想を手に入れてほしいのだ。

「一般では優秀な姉を妬んだり仲違いすることもあるような中で、あの子たちの思いは純粋ですよ」

「…いや、ちょっと待って…」

だから悪意はないのだと言われても。

「よっぽど質が悪いようにしか思えないけど」

というシオの言葉にはただ笑って、父は穏やかにシオを見る。

「ミオも、やっとそこに到達したばかりなんでしょう」

村にいた頃は、偉大すぎる姉の影にただ隠れていれば良かったけれど、村を出たことでわかる事がある。

自身を覆っていた影、その全形を捕らえることで初めて姉を認識することになるだろう。 

姉の影、それがミオにとってこれからどんな存在になるかは、まだ解らない。

「あの子は人よりちょっと遅かっただけです」

これから急成長するのかもしれないし、ここが成長の打ち止めなのかもしれないけれど。

これからです、と、シオに理解させるように放たれた言葉。

いつでも娘たちに心を砕き、それぞれの立場に寄り添ってくれる父の言葉が素直に響く。

母の代わりに家を守り、妹たちを導き、村の先頭にたって全力疾走してきたシオの、孤高にも。

いつも寄り添ってくれているのだ。

「じゃあ、うかうかしてられないわね」

と、立ち上がるシオに、父は首を傾げた。

「急成長することもあるんでしょ?」

信じがたいけれど、と、知らず笑ってしまったのは自虐なのか、優越か。

「油断していて末妹に追いつかれた、なんて笑い話にもならないわ」

それは姉として妹の潜在能力を見誤ることに他ならない。そんな失態を、己に許すわけにはいかない。

そのシオの意思をくみ取って、父は苦笑する。

「君はそろそろ、妹より自身に目を向けてもいいかと思いますよ」

「?」

自身に?もちろん、いつでも目を向けている。厳しく、妥協を許さない目を向けられるのは、自分しかいない。

「そうではなくて。…ああ、でも、そうだから結婚相手にも一切譲ることがないんですかねえ」

その発言には、あるまじきことだが、思いっきり動揺させられる。

「村にも、妹にも、自分にも、その志の高さは父としては愛おしいばかりですが」

結婚に対してまでも、そう志高くある必要はないと思いますよ、なんて言われても。

「なっ、何よ、何を言ってるのよ、私はミオに対する責任を言ってるのであって…」

そうだ。ミオがどう成長するかというこの一大事に、行き遅れだの骨董品だの関係ないではないか。

と、焦って退散しようするシオとは真逆に、座ったままの父はのんびりと振り返る。

「今では月一でくる商隊の彼くらいでしょう、随分長い間シオを気にかけてくれるのは」

ちょっとー!!シオ、心の中で、大絶叫。

どうして父が彼を知っているのか。いや、父も商隊とは懇意なのでそりゃ知っているだろうが!

いや待て、どうして自分は彼とか呼んでいるのか、あのどうでもいい朴訥とした男の事を!!! 

「何それ何それ!知らないわよ、勝手に父さんの都合で話を進めないで!」

「おや、そうですか?」

「そ う で す !!」

と、話を断ち切るように一音一音渾身の力を込めて発し、それ以上会話が続かないように家を出た。

何か父の声がした気がしたが、もう扉を閉めていた。

おそるべし、父。

何もかもを見透かされ、それでもシオの望むように、とただ見守ってくれているのは知っている。

知っているからこそ、母の面影にも、妹たちにも、常に高みからの自分を見せることができる。

それ以外の自分なんていらない。

いらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

綺麗に完結、でもオマケでヒロの「面白いこと思いついた」やっちゃいます

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理想は美しく2

2015年07月06日 | ツアーズ SS

ヒロにおやすみなさいと告げた後、自室に戻ろうとしていたミオを呼ぶ声。

「みそ子ーッ、ちょっと来なさーい!!」

この声は、双子の姉のトールだろうか?トーリだろうか?

ともあれ、ミオは急いで引き換えし、皆で食事をとる部屋へと駆け込む。

「はいっ、何でしょう!」

その部屋のテーブルには姉3人がそろっていて、ミオが顔を出したのと同時に一斉に振り返る。

知らず気おされて入り口で立ち止まるミオに、トールが手にしていた紙を突き出す。

「これこれ、どういうことよ?あんたが書いたの?!」

これこれ、が何なのかわからなくて、ミオは恐る恐る3人が囲んでいるテーブルへと近づき、その上に広げられている紙の束を見た。

「シオ姉が、モモタロちゃんから預かってきたんだって。アンタの荷物でしょ?」

と、トーリがミオのカバンを椅子から取り上げて、ミオに見えるように示す。

それは確かにミオのカバンで、テーブルの上の紙の束は、ミオが書き記してきた旅の記録だった。

 

「これを見てもらったらいいんだよ」

 

家に戻る前日、ウイがそう言ってミオの荷物にいれたものだ。

冒険者として成し遂げてきたこと、これから成さなければならないこと、それを姉にうまく説明する自信がない。

どうしても姉の前では萎縮してしまうであろうミオの不安に、ウイが提案してくれたことだ。

数々の村を訪れ多くの事件を解決した事だとか、天界の危機や地上の壊滅を救った事だとか。

それはミオの冒険者としての功績というにはおこがましく、それそのものがどのように説明していいのか解らないほどの壮大さ。

村を離れていた間の事を父や姉にどう伝えようかと悩んでいたミオに、ウイが笑った。

「ミオちゃんは、ただいま、って言うために帰るんでしょ」

そしてお土産には、この記録があればいい、と言う。

 

旅の間に戦ってきたモンスターたちの記録。

 

出没地域、外見の特徴、戦闘の特性や注意点、強さのしるし。

ヒロやミカの意見も取り入れて書き上げた記録は、今やちょっとした図鑑のようにもなった。

その出来には、「これ、どこかの書店に持ち込んで製本してもらったらベストセラー狙えるんじゃねえ?!」と

ヒロが興奮し、また何を言ってるんだかとミカがあきれ返っていたものだが。

そうか、これを見てもらえば、何を説明するまでもなく、ミオの旅路は理解されるだろう。

今の自分にはまだ、村の役に立ったとか、誰かを救ってきたとか、胸を張って言える強さはないけれど

世界をその足でめぐり、この目で確かめてきたことは間違いなく自分の力になったのだ。

ミオが恐れることなく認めてもらえる真実。

それを、ウイがシオに預けてくれた。

三人の姉が視線を向けてくる中、深呼吸を一つ、ミオはしっかりと頷いた。

「はい、皆で旅をして実際に戦ってきたモンスターの記録です!」

そのミオの返事を、長姉は無言で、双子の姉は疑わしげに声をあげて、それぞれに受け止めた。

「あ、ま、まだ完全じゃないですけど…、でも一度でも戦ったモンスターは漏らさず記録してます」

「ええー?ほんとに?ほんとにコレ、あんたら全部の地域を旅してたって事?」

前のめりにミオに食って掛かるトールを横目に、そうね、とシオが手にしていた束を机の上で綺麗に揃える。

「私が行った砂漠の島と、草原と、雪原、…確かに記憶とそう相違はないわね」

揃えた束をトールに渡せば、それを受け取って椅子に座りなおしたトールが、不満そうにそれを眺める。

「けど、シオ姉が行ったことない地域もあるんでしょ?」

と、トーリが手にしていた束をシオに差し出せば、それを受け取ったシオがミオを見る。

「竜の門を超えたの?」

火山地域の紙束を示し、どうやって?と問うてくる視線に、そうか、とミオは息をのんだ。

ウイは、世界中の事件を解決したことや人々を救ってきたことを、誰にも解ってもらえなくていいんだよ、と言っていた。

誰に話しても信じてもらえない事は、ある。ただ、自分たちが関わってきた人たちとの絆があればそれでいい。

それにそういう武勇伝は自然と伝え継がれていくものだ。「吟遊詩人さんのお仕事とっちゃかわいそうでしょ」…と。

そんな話をしていた時は、ウイらしい、軽やかにおどけた捉え方だ、とほほえましかったものだが。

この記録を見せるだけで、その地域へ入った証になる。自力で道を切り開いて来たことの、証になるのだ。

「え、っと、…話せば、長く長くなるんですが…、何から、話せば…」

壮絶だった旅路を、あの厳しかった時間を、共有していない人に解って欲しいと思うことがもう途方もない願い。

ウイのいうことは正しい。

と、思ったと同時に、トーリが「長いのいらなーい!」と声を上げる。

その声に姉たちを見れば、それはこの場の総意なのだと解った。

そんなこと言われても。手短に要点だけ、話下手な自分には難易度が高すぎる。いやそもそも要点ってなんだ。

要点。閉ざされた地域に足を踏み入れたこと。どうやって?

 

「じっ、自力で!実力を認められて、行ってきました!!」

 

その瞬間、部屋に張りつめたような沈黙。

うわー言っちゃったー…、と固まったものの、それ以上の言葉は出てこない。

三人の無言の威圧を感じながら、居心地の悪さをどれくらい味わっていただろうか。

ああそう、とシオが再び紙の束を机の上で揃えて、それを中央に置いた。

「えー、シオ姉、信じちゃう?今日の、あの戦い方見ても?」

「あれはアンタたちも十分ひどかったわよ」

後から混戦になったから有耶無耶になっただけよ、と言い放つシオに、双子の猛抗議。

「それはシオ姉があたしたちの戦い方を理解してないからだと思う!」

「そうよー、だから普段からあたしたちを旅に連れてけって言ってるでしょ?」

「まったくだよ、普段から連携できてたらあんなの瞬殺だよ」

「てことで戦犯は身勝手なシオ姉よね」

 

「あんたらに身勝手とか言われたくないわ!!」

 

長姉と双子の姉とのやり取りを見ることは稀だ。

小さい頃は姉たちといるより父といる方が多かったし、上の村で過ごすようになってもほぼ下の村に逃げ帰っていた。

そうしている間にも双子の姉たちは連れだって旅に出ていることが当たり前だったのだ。

双子の姉たちにはからかわれ苛められていた思い出しかなかったが、自分だけでなくシオにもそういう態度なのか、と

ミオが目を丸くしていると。

「まあ、いいわよ、シオ姉はいつも勝手に旅に行っちゃうんだし」

「そーよね、たまーに連れてってくれても口うるさいったらなかったし」

「アンタたち、追い出すわよ」

いいよーだ、とシオに笑ってみせると、トールがミオの方に身を乗り出した。

「もー、みそ子がいるもんねー」

え?とミオが驚くのもお構いなしに、トーリが身を寄せてくる。

「そーね、まあ昔よりは全然使える子になったわねー」

と、双子の姉にがっつり左右を固められて、ミオ自身、硬直するしかない状況で。

「攻守いけるんでしょ?賢者?いいじゃん、次はあたしらと行こうよ」

「そうよ、あたしたちが行ったことないところに、みそ子が連れてってくれるのよね?」

期待してるわよ、とニコニコ笑顔で取り入ってくる二人には言葉もない。

これはどういう状況だろう?

「いえ、あの、えっと」

と、目が泳いでいるミオを知ってか知らずか、シオが、盛大な溜息をつく。

「やめなさい」

ぴし、っとした一声に、何かを言いかけた双子を遮るように、さらに厳しい一言。

「今のアンタたちじゃ、ミオの足手まといになるだけよ」

その言葉には、双子の抗議とミオの戦慄の絶叫とが重なった。

「えええー!!!」

それに対しても、うるさい、と一言で返しておいて、アンタたちは、と続ける。

「自分の思い通りに動かない人間とはうまくやれないでしょう」

「そりゃそうでしょ!」

「勝手なことされちゃ、たまんないわよ」

その言葉に頭痛でも覚えるかのようなしぐさを見せて、シオがいうことに。

「…あのね、普通の人間は、アンタたちの思い通りになんて動かないのよ」

「そんなことないわよ?」

「私たち、息ぴったりよ?」

ととぼけた返事をして、トールとトーリは再びミオの両腕を捕まえる。

「みそ子は、当然!あたしたちの言うことは何でも聞くでしょ?」

「聞くよね、あたしたちには逆らえないもんねえ?」

「アンタたちのそれは、ミオを奴隷扱いしてるだけよ!」

「えー?下っ端はそういう扱いでしょーよ?」

「アンタたちのそういうのが、上達を妨げてるって言ってるでしょう」

「もー、またシオ姉の口うるさいのが始まったー」

そんなやり取りの合間にも、ミオはトールとトーリの言葉を考える。

それは、どうあれ、二人がミオを認めて旅の仲間に誘ってくれているということ。

そのこと自体は、信じられないほど嬉しいという思いがある。涙が出そうなほど、嬉しい。

ずっと思い描いていたこと、弱い自分が嫌いだった頃。いつか強くなって、冒険者になれるはずの未来。

シオがリーダーとしてトールとトーリを従え、世界中で名をはせる冒険者の一団に、いつか自分も加わる。

それがミオの思い描いていた、理想。

シオはきっと褒めてくれる。トールとトーリにも苛められたりせず、もう父にも心配をかけることはない。

理想、完全に完璧で最高の状況。

それは思い描くだけで素晴らしく、苦もなく労せず、望む全てが手に入る美しいもの。

けれど、どこかで思っていた。

美しくて、あまりにも美しすぎて、まるで叶うとは思えなかった。

理想とは、手に入らないもののことをいうのだと、どこかで思っていたのだ。

それを。

 

「ミオちゃんは、両方手に入れられたね」

 

ウイが、そういってくれたことがある。

村の一員として恥ずかしくない、一人前になって、世界のどこにでも行けるような冒険者になること。

それが理想だけど、できるなら静かな家の中で日がな一日布を織ったり服を縫ったりしていたいのもまた事実だ。

名立たる冒険者になるには自分の力が及ばない事、裁縫職人になるには姉たちの手前許されないこと。

どちらの理想も、対立しあっていてどっちを捨てても、きっとどちらかは叶わない気がする。

そう思っていた幼い日の頃の事を打ち明けた時、どちらも捨てなくてよかったね、とウイが言った。

「だって今、ウイたちと一緒に冒険者になれたでしょ」

世界のどこにでも行った。誰も踏み込まない土地に、土地とは言えない天界に、…想像もしなかった冒険者になった。

そして村を出てきたからこそ、自由になって。

「冒険者の合間に、好きなだけお裁縫しててもウイたち怒ったりしないでしょ」

むしろミオちゃんに色々作ってもらえてウイたち大助かり!ね?と、言ったウイは、皆が幸せだよ、と笑った。

完璧で完全で最高の理想、とは少し違っているけれど。

それが、現実。

そうだ、さっきヒロが言っていたことも、同じだ。

理想と現実は違うのだということ。理想に囚われるあまり、現実をおろそかにしてしまってはいけない。

理想を現実に近づけるのではなく、理想は高く、美しいまま。

現実を、理想に近づけるのだ。

そうすることで、見えてくるものがある。

「私…」

ミオの現実は、まだ始まったばかり。

「私、まだお姉さんたちと一緒にいけません」

「ええー?何よー、断るとかー?」

「生意気ー、なんでよー?」

「だってまだお姉さんたちをぶっ倒してないですから!」

「はあ?」

シオと、トールとトーリ、三人と一緒に世界を旅することは美しい。

コハナ村の四姉妹として一目置かれる一団になる、父には孝行ができ、村中に絶賛されるだろう。

けれど。

「私、今一緒に旅をしている人たちを尊敬してます。だから皆の力になりたいし、頼られたいです」

そんな仲間が、ミオの立場を思って、村の女性たちに下ってくれた。

まだミオがこの村では未熟で力がない、という現実を受け入れ、今はそれでいいと許してくれた結果だ。

許し、受け入れるという心は、どんな力よりも強いと思う。だからこそ、全員でこの旅を続けてこられたのだ。

「そんな人たちを、皆に強いって認めてもらいたいんです」

そのためには、ぶっ倒すしかない。この村では。

「でも今の私じゃ、まだまだだから…、だから、まだお姉さんたちと一緒に行けません」

自分の言葉は、姉たちにどれだけ心を伝えられただろう。

どんな形を選べば、この思いは届くだろう。

姉たちに認められた嬉しさと、それを断らなくてはならない痛みと。

そこに続く沈黙、それを最初に破ったのはシオだった。

「アンタは、それを私たちに認めさせて、…どうしたいの?」

「え?」

どうしたい?

それはミオも考えていなかった事。村の皆が認めてくれて、それで、自分はどうしたんだろう?

またもや言葉を失うミオを見て、シオが、下に送っていった二人は、と言葉をつづけた。

「ミオの強さは自分たちが十分わかっているから、誰に解ってもらえなくてもいい、って言ってたわよ」

他の人間は解らなくていい。それは、自分たちの功績を解ってもらわなくていい、と言っていたウイの真意に通じる。

あの二人はそう思っているのだ。それもまた、強さの表れだと思う。

では、自分は。

ゆっくりと自分の思いに向き合う。どうしたいわけじゃない。ミオも、仲間のもつ様々な形の強さはわかっている。

わかっているからこそ。

「…私の、ただの意地です」

そう、告白する。

それは少しの情けなさを含んだ感情を吐き出した言葉であったのだが。

「いいねえ!」と、トールがテーブルを叩いた。

「え?」

と、驚いてトールを見れば、そういうの好き!と、快活な笑顔を見せる。

「いいじゃん、意地。みそ子、アンタは昔っからそういうの無かったじゃん?」

それにトーリが続く。

「そうね、少なくとも昔みたいにめそめそしないで話できるんだもん」

あたしも今の方が好きよ、と、にやり、と笑ってから、意味深に続けた。

「誘いを断るくそ生意気なとことかね」

「ほんとだよ、みそ子のくせに生意気だよ」

生意気で、意地っぱりで、めそめそしない子なんて。

「もう、みそ子とか呼べないね!」

と、トールが思いっきりミオの背中をひっぱたく。

ねえ、ミオ!、という力強い声と。

ひゃあっ、という情けない悲鳴が重なった。

平手打ち一発とはいえ、旅で鳴らしてきた剛腕にくらわされた背中の痛みに、声も出ず床に這いつくばる。

それを面白そうにのぞき込んで、トーリが笑う。

「あたし達の誘いを断ったこと、後悔すればいいわ。アンタが強くなるよりあたし達が強くなるから」

「そーねー、お土産ありがとねー」

と、トールも上機嫌でモンスターの記録を、ひらひらと振って見せる。「こういうのって、後続が有利だよね?」

「…は、はい」

と、答えるしかないミオに、シオが一枚の紙を差し出した。

何だろう?とそれを受け取る。

「渡せ、って言ってたわ」

何あれ?なんであんなに偉そうなわけ?というシオの言葉で、ミカの事だとわかってしまう。

四つ折りにされた紙を開けば。

<呼び戻し不要!!>

と、美しく整っている見慣れた文字が、紙いっぱいに書かれていた。

つまり、どういうことだろう。

いや、どういうも何も、下の村で勝手にやっているからお前たちはお前たちで勝手にやれ、という事だろう。

そうか、ミカはとりあえず下の村に不満はないらしい。

それは良かった。と思いながらも、ミカとウイがいないことが気にかかることが一つ。

ヒロが思いついた「良い事」は、ミカたちがいなくて不都合ないだろうか、と考えて。

(ミカさんの分まで、私がやれば良いんだ)

それだけのことだ、と気づく。

ミカは女性と戦うことを苦手としているらしいから。

この村でそれを当たり前のこととして育ってきた自分が、ミカの分まで活躍すればいい。

皆が、そうしている。

少しずつ、助け合っている。

ミオは、その短い手紙を丁寧に折りたたんで、お守りのように手の中に包み込む。

シオがそれを見ている。トールとトーリも、ミオが何か言うのを待っている。

目線が、違う。

あの昔、見上げているばかりだった姉たちは、今ミオが並んで立つことを認めている。

理想にばかり目を向けていた小さな自分は、世界に出て、そこからやっとこの村を直視する。

村を、姉を、自分を、真正面から見て。

「ただいま帰りました」

向き合うことで、言える言葉がある。

3人の姉は、それぞれの笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分、そのあと、ぼこられた

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理想は美しく1

2015年07月02日 | ツアーズ SS

故郷の村に戻って、仲間たちと一泊。

父に親しい仲間を紹介して、姉に冒険者としての自覚ができたことを報告する。

ただそれだけの簡単な帰省のはずだったが、現実はそうそううまくいかないものだ。

いつも、だいたいそう。

ミオが自分の中で思い描いている通りに事が進んだことなんてない。

あまりの不甲斐なさに、ひたすら落ち込むしかない。…今までなら。

そう、今までなら無力を嘆いて、背を向けて、家の中に閉じこもっていれば良かったけれど。

今の自分には、守りたい人たちがいて、その人たちの役に立ちたいという願望があって、落ち込んでいる暇なんてないのだ。

と、ミオが一人で自身を奮い立たせていると、「まあまあ、力を抜いて」と、ヒロにやんわり両肩を揉まれた。

そんな肩ひじ張ってると疲れちゃうよ、と笑われて赤面する。

 

姉たちとその取り巻きの女性陣を相手に、対戦を挑んで惨敗した。

ミカは村の外に出され、ウイとは、はぐれてしまった。

ミカの方には「絶対戻らねえ!」と拒否されてしまったので、致し方なく、はぐれてしまったウイの方を探して村を訪ね歩く。

その最中に、ミオはすれ違う女性たちに声をかけられては立ち止まり、また声をかけられては立ち止まり…

という状況になってしまっていて、一向にウイと合流できそうにない。

どこかにいるのだろうけれど、お互いすれ違ってやしないだろうか?そう思っていた矢先、また一人の女性に声をかけられる。

「あ、あんたさ、さっきボロックソに負けてたでしょ」

と、からかうように声をかけてきた女性は、姉たちの派閥ではない。

だから対戦には加わっていなかったけれど、村の闘技場での対戦は日常でそれを観戦するのもまた当たり前のことだったから。

ミオとヒロは、さっきからそうしているように、彼女に応えるため足を止める。

「混戦になる前も思ってたけどさ、おっ上品すぎて見ていらんなかったわ、ひどすぎ!」

と、あからさまに攻撃的なその口調に、昔の自分なら泣き出すか、逃げ出すかしていただろうな、と思う。

だが今は。

不思議なことに、村の女性たちの厳しい物言いや上から目線の態度にも、ひるむことなく向き合える。

ヒロがそばにいてくれる、という安心感もあるが、ミオにはそれ以上に、自分の変化がわかっていた。

「は、はい、私たち対人での戦闘が初めてだったので、守りに入ってしまって気が付いたら身動き取れなくて…」

私の判断ミスです、と返事を返すと、あーなるほどねー、とその女性はうなずいた。

ただそれだけの事。ちゃんと人に向き合えば、相手は話をしたがっているのだ、ということが解る。

言葉は荒くても、口調はきつくても、ミオが返事をすれば女性たちはちゃんと話を聞いてくれた。

「やっぱり対人は一歩でも引いたらダメよ、礼儀正しく、相手を尊重して、とかやってたら馬鹿みるわよ?」

攻めて攻めて攻めて、卑劣だって言われるくらい攻めるのよ、とこぶしを振り上げられて、思わず身を引くと。

「ほら、それが駄目だっつってんの!」

と、即座に説教されてヒロと二人で、はあスミマセン、と身を寄せ合う。

そんな様子を呆れたように見て、まあでもさ、と彼女はミオを見て笑った。

「ああいう戦い方、村じゃちょっと見ないじゃない?面白そうだな、と思ってさ」

そう言われ、思いがけない言葉に戸惑っていると、いつまでいるの?と、聞かれる。

「あ、明日には、発とうかと思ってるんですけど…」

「ええー?つまんないわね、ちょっとやりあってみたかったのに」

もう少しいなさいよ、と言って、ね?今度はあたしとやろうよ!と、ミオとヒロの肩を叩く。

「味方でも敵でもいいけどさ、ま、考えといて!」

そういって、今から酒盛りだけど一緒に行く?と誘われたのを、仲間を探しているので、と断る。

それにも気分を害することなく、あ!そう、じゃあね!と笑って彼女は村の西側へと消えていった。

「いい酒のつまみにされてるんだろうなー、あれ」

という声に、え?と顔をあげると、ヒロが笑う。

「俺たちのさ、対戦。それをみんなであーだこーだ言って、酒飲んで盛り上がる」

そういわれれば、確かに村のあちこちで盛り上がっているのは想像にたやすい。

今の女性以外にも、賢者が珍しいから仲間になれ、とか、話を聞かせろ、とか、次は私の指示で闘ってみてよ、とか。

すれ違う女性たちにはとても好意的に、…いや好戦的に、声をかけられてきたのだ。

「お上品、って言われちゃいましたね」

その感想も、ほぼ全員の思うところだったようなので、今更意外には思わないが。

話をきちんと聞かなければ、好意的解釈だ、とは思えなかっただろうな、とミオは考える。

「まあ、ミカのやり方を実践してるんだから…、宮廷式だと姉さんたちにはそう見えるんだろうなぁ」

「そうですね」

否定されて傷つく。そこで心を閉ざして、人から逃げてばかりいた昔の自分。

今ならわかる、言葉はただの形で、その形におおわれている中身の方が大事だということ。

思えば出会ったばかりのミカの言葉が恐ろしくて、ミカという存在そのものを怖がっていたけれど、

ウイとヒロが傍で、「そういう意味で言ってるんじゃないんだよ」と、一つ一つ、拙いミオの受け取り方を補佐してくれた。

そんなやりとりがあって、ミカという人柄を理解して、今では彼と他愛ない会話をすることもできるようになった。

大事に積み重ねてきた日々が、今、村の中にあっても、自分をしっかりと支えている。

村の女性たちの気性や言葉は荒いけれど、恐れ逃げ出すような悪意を持ってはいないのだ。

(どうして、あんなに皆が怖かったんだろう)

ミオがそう考えてしまうくらい、女性陣は気のいい人たちに見える。

決して過去がなかったことにはならないけれど、それでも今この村は、目を背け逃げ出すような場所ではない。

そう思ったとき、ヒロが勿体ないな、というのが聞こえ、ミオは一人の思考に閉じこもっていたことを知る。

慌てて、ごめんなさい何ですか?とヒロを見上げれば、ミオではなく、村を見まわしていたヒロが、うん、と振り返った。

「明日、帰っちゃうんだ?」

「あ、はい、そう思ってたんですけど」

ミカにはもちろん、下僕扱いのヒロにも、遊ばれているらしいウイにも、なんだか申し訳ないな、と思う。

ヒロの村に遊びに行ったときには、総出であんなにも手厚く歓待してもらったというのに。

やっぱり、今の自分ではまだこの村での地位は低すぎて、皆をもてなすことができない。

それを素直に告げると、ヒロは、そんなことか、と笑った。

「俺はねー、村中総出で、めちゃくちゃ手厚く歓待されてると思ってるけど」

と言われ、ありえないヒロの言葉に、ええー?!と、大声をあげて立ち止まる。

「え、そんな驚く?」

「だって、だって…、ど、どこが?どうして?」

「だってミオちゃんの村って、武の村でしょ?武をもって全を制す…?」

「あ、えーと、はい」

「その村で、姉さんたちがめっちゃ戦え戦え、言ってくるのって、この村流の歓待でしょ」

「…え?そ、そうですか?」

うん、この村らしい流儀だと思う、と村外のヒロが難なくそう理解を示す。そのことも驚きだったが。

「ミオちゃんも一人前って認めてもらえたみたいだし」

そういわれて、さらに固まる。

「え?」

「さっきから、いろんな姉さんたちが声かけてくれるじゃん」

良かったね、と言われ、どう返したらいいのか解らないでいると、ヒロが先に立って振り返り、歩くように促す。

それに、黙ってついていく。

「だからさ、明日帰るの勿体ないな、って思って。こんな機会、そうないでしょ」

ヒロは、この事態を楽しんでいる?

じゃあウイは?ミカは?

二人にもこれは受け入れられることだろうか。

「あー、ミオちゃんは俺の村が気に入ってくれたみたいだけど」

「はい、すごく!」

「うん、それは嬉しいけど、ミカにとってはここの村より俺の村の方がストレスだったと思うよ?」

「えっ」

「ミカにとって耐えがたいのって、環境が粗悪なのと他人に構われることだから」

俺の村は風呂トイレ共同だし寝床はほぼ雑魚寝だし、チビたちまとわりついて離れないし大人も寄ってくるし。

それに比べると、下の村に小奇麗な宿があって個室で泊まれて、姉さんたちには追い払われて一人ぼっち、って

超快適!な状況じゃねえ?と、二つの村を比較されて、なるほどあのミカにとっては尤もだ…と思ったが、

それを口に出すのもヒロに失礼な気がする、と悩んでいると。

「まあ、ミオちゃんが気になるならウイ見つけた後で、俺はミカと一緒のとこで野宿しても良いし」

二人くっついてたらミオちゃんもそんなに不安じゃないでしょ、と確認されて、じゃあ私も、…と

ミオも、その野宿に加わろうかと口を開きかけた時。

「その必要はないわよ」

と、背後からいきなり声をかけられ、驚いてよろめいたところヒロとぶつかる。

ひゃーごめんなさい、いやいや大丈夫?とやりあっている自分たちを、呆れたように姉が見ていた。

「あ、お姉さん」

「今、二人を下の村まで送ってきたわ」

そう言われて、ミオとヒロは顔を見合わせる。

「え?今?ウイとミカを?あの道を?」

と、ヒロが確認しているのに、ええそうだけど?と事もなげに、長姉、…シオが答える。

この姉ならば月の光も乏しい下の村への道も、明かり一つで往復するくらい、たやすいことなのだろう。

本当なら、それをミオがやらなくてはならなかった。

「あ、あの、お姉さん、ありがとうございました」

慌ててミオがそれを言えば、あんたも早く戻りなさい、とだけ言って家の方へ戻っていく。

「姉さん、優しいな」

とヒロが感心したようにつぶやくのにも、ただ黙ってうなずく。

村で一人前と認められたようにヒロは言ってくれたが、それでもまだ力が及ばない。

まだまだ、姉のようにはいかない。

どれだけの努力を積み重ねれば、姉のようになれるだろう。

姉はどれだけの努力を積み重ねてきたのだろう。

力のみが義とされるこの村で。

そんなことを考えながら、姉の家にもどる。

元々は、母の家だ。その前は祖母の、そのまた祖母の。そうして代々、女で家を守ってきた。

今、この家を守るのは長姉。

そこに小さいミオの部屋がある。

あるけれど、いつも下の村にある父の家に逃げて暮らしていたので、自分の部屋に戻ったという感じはあまりしない。

そのどこか他人行儀な部屋をヒロにお披露目すると、入り口から中を覗いてヒロが言ったことは。

「でもちゃんと掃除してあるんだね」

いつ戻ってもいいように、とヒロに言われて、改めてそのことにも気づく。

シオも村では名立たる冒険者だ。家を空けることも多い。それでも、こうして整っている。

村を出なければわからなかったことが、そこここにあって、ただただ姉の偉大さに圧倒される。

「えっと、じゃあヒロくんが泊まってもらう部屋を…」

用意してもらってるか確認しよう、とミオがヒロを促して部屋を出る。

それを待ち構えていたのは、双子の姉。トールと、トーリ。

「よう下僕!」「やあ下僕!」

と、見事なハモリでヒロをからかう。

「あんたの泊まるとこは納戸よ、な・ん・ど!」

「下僕なんだから、私たちと同格に泊まれると思ったらダメよねー」

そう言った二人がヒロを連れて行ったのは、普段使わない家具や衣類を整頓してある部屋だ。

かろうじてソファーはあるがヒロには小さいだろう。

「ええ?そんなあんまりです!」

いわば物置部屋だ、お客様を泊める部屋では断じてない。というミオの抗議を、二人はせせら笑う。

「あれだけ大口叩いて負けといて、不満とか?」

「感謝して欲しいわ、本当は外の納屋だったのを格上げしてあげたのよ?」

下僕には納屋で十分だが、料理が意外に美味しかった功績を考慮して納戸に待遇改善してやったのだ、という。

それを聞いて、ははあ、なるほど、なんてヒロは感心しているけれど。

あんまりだ。…あんまりだが、今の自分にはそれを覆せるほどの権力はない。

まさかこんなことにも「力が欲しい」、と切実に思うようなことがあるなんて、昔の自分には想像することさえもなかっただろう。

「ごめんなさい、ヒロくん」

姉たちが寝静まったら、ミオと部屋を交換すればいい。…というか、それくらいしかできないことが申し訳ない。

わざわざ家に招いておいてこれだ。もう謝るしかない状況だが、ヒロはあっけらかんと部屋を見渡す。

「いやいや、料理つくっただけで待遇改善してくれるんだから良心的だよ」

「だって、それは…」

それはただの詭弁だ。双子の姉たちは単純にいやがらせで、ヒロをここに押し込めたのだと思う。

それは、ヒロにだってわかっているはずなのに。

「双子の姉さんは、可愛いよね」

どっちがどっちか見分けつかないけど、と言われて、もう何度目かわからないけれど絶句する。

可愛い?可愛いって、なに?

「いやさ、嫌がらせなのか、からかわれてるのか、…どっちでも良いんだけど」

俺こういう状況、別に苦じゃないんだよね、とヒロはミオが持ってきた毛布を受けとっていう。

「金ないとき、宿屋のかび臭い地下室とかで寝かせてもらったりしてたし」

冷えるしじめじめしてるし床は水とか染み出して来てるし、それに比べたら天国、と笑う。

しかし、それと今の状況と、比べられることだろうか?

いつでも優しいヒロの心遣いは、今、素直に受け入れられそうにない、と落ち込んでいるミオにヒロが続ける。

「それに宿がない村で泊まり交渉するとさ、納戸とかもう高待遇、納屋でも有難いくらいだし」

名もない旅人をそんなに信用する方が珍しい。

家畜小屋でも雨風がしのげるだけで十分、場合によれば軒下を借りられるだけでも御の字、そういうものだ。

「俺はそういう旅をずっと経験してきたから」

この程度じゃ嫌がらせの域には入らない。

だから、これを本気で嫌がらせのつもりでとった行動なら世間知らずで可愛いな、と思うし、

ただからかっているだけなら、洒落が効いていて可愛いと思う。

 「シャレ?」

「だって普通に部屋に泊るよりさ、会話は広がるわけじゃん?」

夕べの寝心地はいかがでしたか?はいおかげさまで、なんて味もそっけもないやり取りなんかより。

「姉さんひでえよ!とか言えるし、それを言うことでまた何らかの交渉とかもできるわけだし」

他人行儀な関係を覆すことができるし、連泊することに対する引け目も面白おかしく駆け引きできる。

少なくとも、何らかの行動が起こしやすく、受け入れられているのを感じられる。

そうヒロはいうけれど、それはヒロがそうできる人だからだ。

自分にはとてもそんな発想はない。

「じゃ、じゃあただの意地悪だったら?」

「ただの意地悪だったら、あれだよね、子供みたいだなって思えるよね」

自分たちがどう思われようとも嫌いな人は嫌い、好きな人には好き、まっすぐな感情は子供の素直さ。

「俺の村のチビたちみたいだな、って思って」

チビたち相手なら慣れてるし、本気でムカついたりしないし、と笑われて、本当にヒロはこの状況を苦にしていないのだと分かった。

なぜだろう。

負けたからアンタは下僕ね、と上段に構えているはずの姉たちを見るヒロの方が、優位に立っているようなこの感じ。

目に見えない力関係では、実は、ヒロの方が姉たちを軽くあしらっているようにも思えるから不思議だ。

「あ、もちろん、一番上の姉さんはすげえな、って思うよ?」

「お姉さん?」

「上に立つ人なんだな、ってのが解る。あの姉さんにはちょっと頭上がらないな」

ということは、やはりヒロも双子の姉は取るに足りない相手だ、と思っているのだ。

まーそれはそれとして、とヒロがそれまでの軽い口調から、真剣な面持ちに切り替わったのを見て、ミオも思わず居住まいを正す。

「俺の村に先に遊びにきちゃったから、ミオちゃんはあれが理想だって思ってしまってるんだよ」

「理想…」

そうだ。精一杯の心づくし。笑顔で接してくれて、細やかに世話を焼いてくれて、不便がないようにいつも気にかけてくれて。

そういうのが、ミオの理想とする「おもてなし」だ。ヒロたちにもそうしなければ、と思っていたのだが。

「それはミオちゃんの理想であって、この村の現実とは違うんだよ」

理想と、…現実。

「ミオちゃんがそういうおもてなしをしたいって思ったら、それはミオちゃんが自分の家を持った時にそうしたらいいだけで」

この村や、姉さんたちがそうしてくれないからと言って、ミオが落ち込むことはないのだ。

「だって、ようやく冒険者として村に戻ってきたばかりじゃん?ミオちゃんはさ」

そして俺たちは新顔だ、とヒロが自分を指す。

「さっきの対戦は負けちゃったけど、ほら、初陣としてはかなりの印象を残せたと思うんだよね」

そう言われて、ミオは自分の身の回りの変化を思わずにはいられない。

道行く人に声をかけられ、戦ってみない?と興味を持たれていた。

村に戻ってきて、今やっとミオは、村の女性たちとの抗争に名乗りをあげた。

「あとはここからのし上がっていけばいいだけでしょ」

それがミオの現実だ、と言われて、あ、だから…、とミオはつぶやく。それにヒロが頷いた。

だからヒロは、「勿体ない」と、言っていたのか。

負けたからと言って、敗者は去れ!と言われて、素直に去る愚があるだろうか。

ここは、武の村なのだ。

何度でも挑戦することを、この村の女性たちは拒まない。

「ミカは乗り気じゃないみたいだけど、それは俺たちが勝手にやってればいいことで」

あの負けず嫌いなら、俺たち対人戦得意になった、って言ったら俺にもやらせろって参戦してくるよ、

と、さも当たり前のように言われて、ミオも笑った。

「そうですね」

「そうそう」

だから今はこれでいい。初めの一歩としては、申し分ない。

そんな話をされて、ミオは、納戸と自分の部屋を交換しようとしていた自分の過ちを知る。

ヒロは自力で姉たちに認められ、その部屋を確保した。この村では、それは当然の報奨だ。

そしてこの村で、パーティのリーダーはミオだと認識されているのだから、ミオは堂々と自室のベッドで眠らなければ、

そういう構図を作ってくれたヒロたちの心遣いを無下にすることになる。

ここから這い上がっていく。ミオがその力でもって、皆の待遇を改善していくことの、はじまり。

「それが今の私の、おもてなしなんですね」

「うん、そういうの、俺も、ミカもウイも、嫌いじゃないと思うよ」

だってそうやって少しづつ力を付けて、高みを目指して、世界中を旅してきたんだから。

だから大丈夫、とヒロが背中を押してくれる。

ミオがしっかりと頷くと、それを見たヒロが。

「それに俺、ちょっと面白いこと思いついたんだよね」

と言って、笑った。

「面白い、こと?」

「うまくいけば、姉さんたちを引っ掻き回せる」

「え、ええ?!」

それにはミオの賢者の力が必要だ、という。

「だから、すぐ帰るとか言わないで」

もう少し楽しんでいこうよ、と言われて、それまでの自分たちの置かれている状況が全て、

楽しむべきものだったのか、とミオが驚けばヒロが苦笑する。

「ミカはさ、いつも負けたくせにへらへらして、って俺に怒るんだけど」

もちろんそれは、真剣に戦った相手に対して無礼だ、というミカの主張もわかるのだけど。

「俺そういうの苦手なんで」

負けて畜生くやしいぜ、って思うのはミカに任せて、俺は俺にできることをするよ、というヒロ。

敗者であることを優位に変えて、楽しむという、…それは確かにヒロにしか持ちえない視点。

そしてそれが周囲を変えていくことも、ミオにはもう解っている。

「わかりました!じゃあ今日はしっかり休んで、明日に備えます!」

「うん、完璧に回復しといて」

親指をたてて、よろしく!というヒロに、ミオも親指を立てて、お任せください!と返す。

お休み、といういつもの笑顔に送られて、納戸の扉を閉めた。

双子の姉たちに連れられて、この扉を開けた時とはまるで違う気持ちで、おやすみなさいと言えた。

ミオを取り巻くこの村の全てが、変わっていく。

それを恐れることなく受け入れることで、自分も確かに変わっていくのだ。

良い方にも、悪い方にも変わるけれど。

(大丈夫)

今日の敗北は、終了宣言ではない。

 

ただの前哨戦だ

 

今ここにいない二人が、そういった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちの戦いはこれからだ!

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コメントにお返事のコーナー

■貴沙羅サン

他愛ない二人の掛け合いを楽しんでもらえているようで何よりでございます

そうそう、マント!マント!私自身、幼少期にはシーツをマントに見立ててごっこ遊びを

していたくらいマント好きなので、マントに反応してもらえると、よっしゃー!!です(笑)

書きたいネタはたくさんあれどいかんせん手が遅いのが最大の悩みどころ…ですが

楽しみにしててもらえるとほんと励みになりますアリガトウ

私も言いたいことはついつい長文になってしまうので解ります解ります全然オッケーです

愛です、愛


2015年03月07日 | ツアーズ SS

対外交官執務室。

その末席に所属し、公使としての権限を与えられている身の上では、やはり細やかな報告は義務だろうと思う。

ので。

ここ一週間程、ヒロの故郷に滞在していた間の事を報告しに登城したミカだったが。

室長が不在であり、代わりに出迎えた書記官は、一通りの報告を記録し終えてから、深々とため息をついた。

「本当に貴方は融通の利かない性分ですね」

一応聞き取りは行いましたが、と、机上の書類を公式文書として保管するのを、もてあましているような素振り。

何が言いたいのか、と口をつぐんでいれば、ミカに対応した年若い書記官、ヤン=ナルナーは顔を上げる。

「これは友人の宅に招かれた、娯楽で済まして構わない事例だと思いますが」

そんなことまでいちいち報告にくるな、とでも言いたげだ。

しかし、未発達の地に暮らす人々の行いや質、それによってもたらされている益と害、その先の展望、

そのような類は、国の導には十分な視点だと考えたからこその、報告。

ミカがそう言えば、その言葉をしばし吟味したヤンは、書類に公式の印鑑を押した。

「貴方がそう判断したのであれば、一つの材料として手配するようにいたしますが」

なんなんだ。

さっきから随分と歯切れの悪いヤンの態度が、納得いかない。

いや、さっきから、というか、ミカが登城する度、その所在を明確に報告する度、出迎えるヤンは、

決まって、このように思い切りの悪い反応をしてきたように思う。

自分の行動に不備があるなら、明確に言ってもらいたい。

その旨を告げると、書類を公式の綴り箱に保管したヤンは姿勢を正す。

「いえ、貴方の好きにさせるよう公爵様には言いつかっているのですがね」

また、「が」、だ。

と、いい加減、聞きあきた逆接「が」に知らず眉根を寄せているミカを見て、ヤンが苦笑する。

「一辺倒というか、堅物すぎるというか、柔軟性がないというか、機転が利かないというか」

全部同じ意味だ!

そんなことはもう、自分でも十分自覚している(今ではやいのやいの言う奴らがいるので)。

それを不都合だと思うのならば、そちら側から弊害の具体性を示せばいいのではないか。

と、ミカ自身は思っている。

口に出すべきかどうか考えあぐねたのは、まず、やいのやいのいう奴ら、の存在が頭をよぎったからだ。

ウイやヒロは、ミカの態度に障りがあれば、モノ申す!と言わんばかりに騒ぎ立てる。

その非難に納得できる事もあれば、感心することもある。必要なら、勿論改める。

そうした関係は、あの仲間たちにしか成り立たないものなのか、と、ふと思い。

何故成り立たないのかを考えようとした矢先。

「貴方を見ていると、つい、心配になりますよ」

と、意外な事を言われ、思考は完全に中断された。

心配?

「臨機応変に立ちまわれないで、この先、城の内部に関わっていけるのかどうか、とか」

対外交執務室内では、若造、と揶揄され、経歴も立場も未熟である事を自他共に把握しているヤン。

そんな彼が、ミカに対して抱く不安要素。

それに興味をひかれたが、ヤンは、軽く首を振った。

「いえ、それは過分でした」

捨て置いてください、と言われても、もう言葉は取り消せない。

互いに、その「過分」を挟んで向かい合う構図が出来あがってしまった事。

この年上の書記官は、頭が良い。むしろ、それを狙って失言したのではないかとも勘ぐれる。

では、ミカに対してそう策略しなくてはならない闇の部分とは何だ?

立場か、階級か。あるいは、もっと深淵の部分。貴族社会に巣くう闇の、脅かし。

そう考えざるを得ない自分からは、おいそれと返答するわけにもいかない。

無言を貫くミカを前に、ヤンは何事もなかったかのように、口を開く。

「たとえば、公使としての貴方に城下での調査を依頼したとして」

簡単なお使いを済ますことは容易い、けれどそこに突発の事故が発生した場合。

「ひったくりにあったとか、負傷したとか、手助けを乞われたとか」

そんな、単純すぎる突発の事故の例を上げて、ヤンはわざとらしく、ミカの顔を覗き込む。

「そういう事一切を無視して、任務一直線、最短でここへ戻ってくるでしょう」

公使の宝飾を奪われて、血みどろで、人々に罵られながら戻ってくる貴方が見えるようです。

と、やれやれと言いたげに首を振って見せるヤンに、呆れて文句の一つも出てこない。

ばかばかしい。

ひったくりには対処できるし、負傷すれば応急処置に時間を割く。

他人の手助けも要不要を判断し、助けるか人員を手配するかくらいはできる。

そう返せば、ヤンは、大げさにのけぞってみせた。

「えっ、そう言う事はできるのですか!」

小ばかにしているのか、と目を据わらせるミカに、全く動じず、ヤンは感心した風を見せる。

そして。

「はー、では何故それが、外の国ではできないのでしょうね?」

と、新たな問いかけ。

いや、外の国でも同じだ、と反論すれば、出来ていませんよ、と返される。

「貴方がこうして律儀に国を離れる報告と戻った報告を繰り返すのは」

つまり、今のたとえ話と同じ事です、とヤンは言う。

それも、ばかばかしい話だ。

城下での立場と、外国での立場を同じに考える事がおかしい。

そういえば、どちらでも公使としての立場ですよ、と重ねて「同じ」を主張する。

いや、同じであるわけがない。

城下では、公使としてのミカは侯爵家を背負う。その権力に守られている。

だが、国を出れば、侯爵家の肩書などお飾りに過ぎない。公使としての権力を背負うのだ。

守られるのではなく、自分が国を守らなくてはならない。

そのミカの主張を、真摯に聞き入っていたようなヤンは、しばらく考え込み。

「なるほど」

と、ようやく顔をあげた。

「貴方は、自分より立場が上の方に就いたことがないのでしたね」

それもまた、意外なことを言われた気がした。

幼少より、立場が上の者たちにはおのずと関わってきている。

侯爵家の実権を握る祖父を初め、幾人もの家庭教師、そして学校の教師、近衛では師団長、と

何事も彼らにつき従い、導きを受けて来た。

その事を、ヤンは、「いいえ」、と退けた。

そのどれらも貴方より立場は下です、と続ける。

「何しろ、あなたは時期侯爵家の正統なる後継者ですからね」

誰もミカには逆らえない。

そして。

「誰も、貴方を守りえない」

それは。

階級の話を持ち出されれば、それを認めざるを得ないことも確かだ。

その階を、一度たりとも忘れたことはない。だがそれをあえて行使したこともない。

そんなミカの言い分に、そうでしょうね、とヤンは頷く。

「貴方は、この私にも一様に礼儀正しいですから」

余程、気高く教育されてきたのでしょう、と言われ、それは嫌味か論いの類か、と困惑する。

ヤンには、随分と居丈高に振る舞っていると思うが。

率直にそう言えば、ヤンが苦笑した。

貴族社会での権力を行使した振る舞いなど。

「貴方のそれとは比べ物になりませんよ」

その物言いは、初めて彼が見せた本音のようなものだと思えた。

内面を悟らせず、常に沈着冷静、およそ一己とは無縁のように執務に身を置いている彼の、

抱えているもの。

その不穏さに気づかれた、と悟ったのか、一瞬、ヤンの表情が硬くなったが。

すぐに、平静を装って見せた。

「そういうことではなくて、ですね」

今、貴方は公爵様に仕えているということがどういうことか解っておられないようなので、と前置いて。

「あの方が、貴方に、好きにせよ、と仰られているのは、それだけの権力がおありだからです」

対外交の権力でもって、国中を掌握し、国外を把握できる。

加えて、公爵という貴族世界での最高権力者。

王の信任を引き受ける重責。

「貴方よりはるか高みにあるものなのですよ?」

…それは、理解している。

侯爵家の後継者として、かの公爵との間がもっとも緊迫しているのは、まさにその高みだ。

「ええ、理解できてはいても、実感してはいないようですね」

実感?

これ以上、何を実感しろと?

「貴方の、国を出るときの覚悟は相応にふさわしいものだと、恐れ入りますが」

そんなものは、あの方にとっては塵も同然でしょう、と言い放つ。

「貴方がどこで何をしようと、好きにさせているのは、それだけの権力で」

あなたを守っているのだ、とヤンが言う。

公使として、ミカが国を守るのではない。

国を守っている公爵が、自分の使いとしてミカを守っている。

城下で、侯爵家の跡取りとしての盤石の地位、それは外つ国においては、そっくりそのまま、

公爵の地位に置き換えられる。

侯爵家をいとも簡単に囲い込める、公の爵位。

「だから、貴方が何をしようと構わないと、思っておられるのですよ」

ミカのとるどんな失態も、愚行も、国と国にとっての致命傷にはならない。

そうさせないだけの確証も、実力も兼ね備えているからこその、今の地位。

どれだけ今のミカがあがこうと、あの権力の前には無に等しい。

「貴方の誇りを傷つけるつもりはありませんが」

と、すっかり押し黙ったミカの様子に、ヤンの口調が柔らかくなる。

「つまり、それだけ貴方のことを高く評価していると言ってもいいでしょう」

あの方を失望させない限り、貴方は何があっても守られる、と断言する。

だからもっとよく考えてみてください、とヤンは言う。

城下でできることは、外の国でも同じようにできるのだということ。

わかっているようで、わかっていない。

「あの方が貴方に期待しているのは、任務ではないんですよ」

じゃあなんだ、と問えば。

「貴方自身です」

と即答されては、それ以上、どうやっても突き詰めることができない。

ミカの中では未消化のまま、話が終わってしまった。

 

 

 

守られている、とヤンは言った。

確かに、公爵家に守られるという意識はなかったな、と城を出ながら、考える。

立場が上の者に就いたことがない、と言ったヤンの言葉も理解できる。

だが、期待されていると言われ、それに応えるために自由になれと言われても

何もかもがあいまいで、確固たるものがない。

と。

背後から突然、軽い物に体当たりされ、思わず前のめりになるのを踏ん張ったと同時に。

「ひゃっほぅ、ミカちゃん!おかえり!」

と、よく聞きなれた声が背中から聞こえ、抱きつかれたのが解った。これは。

コノヤロウ!

怒りの形相で振りかえっても、どこ吹く風、ウイはいつも通り笑顔を見せた。

「やー、丁度良かった、昨日ヒロも帰ってきたよ」

これで全員揃ったね、と無邪気に喜ばれては、怒りよりも脱力しようというものだ。

とりあえず人々の好奇の目から逃れるために足早にその場を離れれば、ウイもついてくる。

ウイのこの背後から飛びかかってくる神出鬼没っぷりは、どうにか改まらないものか。

と、苦く考え、そういえばウイの突撃だけは防げないな、と気づく。

ミカは、常に周りに気を張っている。

それは侯爵家の後継者としての自覚と責任の成せる習性だ。

日常の中で闇雲に不意を突かれたり、出し抜かれたりしたことはないと言っても良い。

なのに。

ウイにだけは、どうしてもダメだ。

「ん?なあに?」

ウイの様子に他の者たちと何か違いはあるのかと、そんな話をすればウイは首をかしげた。

「それは、うーん、ほら、…ウイは天使だから?」

天使たちが地上を守っていたころ、羽も光の輪もあった頃、人は天使を認識することがなかったから。

その名残かな?と、逆にミカに問うてくる。

そんなことを聞かれても困るが。

天使、という言葉に、もうひとつひらめいた事があった。

地上で天使の任務を遂行し、天に還る。それは、今の自分と同じ形態に思える。

「あー、ホントだね、ウイも地上で光を集めて持って帰るっていうお仕事だったよ」

じゃあそれを自由にやれ、と言われたらどうか。

「ええ?自由に、って何?光を集めてー、帰るー、…でしょ?それ以外にないよ」

そうだよな、それ以外にないよな。それが当たり前だよな。

と、ようやく孤軍奮闘から解放されたような気がしたが。

あーでも、と言うウイの声にそちらを見る。

「羽をなくしちゃってた時は、自由だったかな」

それが自由?

羽がない状態の時は、まず自由以前に任務が成り立たないのではないか。

「そうだね、だからウォルロ村を離れてどこまでも行けたし、何でもできたよね」

ミカ達にも出会った、果実集めも手伝ってもらえた。天界にも付いてきてくれた。

本来、人は天使を見ることも、存在を確かめることもなかったはずなのに。

「こうして今も手をつないでいられるし」

あの自由がなかったら、今はなかった、というウイの言葉を考える。

ヤンが言っていることは、…公爵が期待しているのは、そういうことなのか。

では、ミカにとっての「ウイの羽」は、侯爵家か。

それを切り離し、世界を好き勝手にひっかきまわしてこい、と言われているのか?

そんな話をウイに聞かせてやると、遠慮なくウイが笑った。

「無茶いうよねー、型物なのがミカちゃんの良い所なのにね?」

なんだそれは。

その言われ方もなんだか心外だ。

「良いって良いって、ウイはミカちゃんのこと大好きだから」

ウイにはそれでもいいが、自分は対外交室では困るのだ。

「ほほう、困っている?それはなかなかミカちゃんには珍しいね」

面白がってるな、コノヤロウ。と、軽く睨みつけても、ウイは全く動じない。

「まあ人なんて勝手に期待して、勝手に失望したりするんだよ」

そういったウイが、ひょいっ、と通りがかった橋の欄干に飛び乗る。

知らず手をつないだままだったので、おい!と、慌てたが、ウイはその手を離さず、欄干を歩きだす。

「その期待をぶっつぶすにはー」

ウイは時々、幼い顔や甘ったれた態度に似合わず、好戦的な事を言う。

そういうところは嫌いではないが。

「その人の期待をはるかに超えた高みに登ることかな?」

そういうのミカちゃん得意でしょ?と、上から見下ろされ、一瞬、天使像を見上げている錯覚に襲われる。

天使の指導というには粗く、乱暴で、めちゃくちゃだ。

だが。

期待なんていう生易しいもので大人しく飼い慣らされているようでは、ぬるいということか。

そう考えて、対外交室という檻の中で飼われようと従順になりかけていた自分に気づく。

既存の檻を窮屈だと否定して飛び出しておきながら、だ。

ミカがその事に気付いたのと、欄干からウイが身軽に飛び降りたのが同時だった。

「でもね」

と、ウイが並んで歩みを進めながら、ミカを見る。

「その人が心配しているのは、本当なんだと思うよ」

心配?

ヤンが、ミカの堅物なところを問題視し、立ち入りすぎたから無かった事にしてくれ、と言った件。

それをウイは、ウイなりにこの話の要だと、判断したらしい。

「その人が、真実、ミカちゃんの味方になるかどうかとかウイには解らないし」

そう、世界が違うから。

「ミカちゃんが、策略とか陰謀とか常に警戒して疑わないといけないのは解るけど」

世界が違いすぎて、ウイには不似合いな単語が出て来たな、とどこか意識が散漫になる。

それらを一気に引き戻す言霊。

その人が心配しているっていう部分は信じていい、とウイは言い切った。

「その人は今のミカちゃんの在り様だと心配だから、忠告してくれたんだと思うよ」

誰も、ミカには逆らえない。

そして、誰もミカを守りえない。

そういう立ち位置であるミカのことを注視したヤンが、言いたかった事はたった一つ。

「お城にはミカちゃんを守る立場の人がいるっていうこと」

貴族社会において孤立無援ではないということ。表立ってそうとは解らなくとも。

それを理解して欲しかったのではないか、とそう言われて、ミカは歩みを止めた。

唐突に立ち止まられて、ウイが軽くよろめく。そしてミカをみる。

「ミカちゃん?」

「複雑すぎる…」

なんなんだ。対外交の話じゃないのか。

ミカが対外交室での立ち位置を誤っているがゆえの、書記官としての勧告ではないのか。

「あ、うーん、それもあると思うけど」

では何故、それらを雑多にかき回し秩序なく一つの話にしようとするのかが解せない。

順序とか、手筈とか、そういう…。

「書記官としてのその人も、ただ一個人としてのその人も、一緒なんだから解ってあげないと」

わかるかあ!!

と、難解すぎて何かに八つ当たりしたい気分を、吐き出すように、ため息をひとつ。

くそ、知恵熱が出そうだ。

「それが、ミカちゃんの世界なんだよね」

自棄になったミカの心を静めるように、ウイの言葉は穏やかだ。

「階級があって、陰謀があって、戦いで、騙しあいで、真実が真実の形をしてなくて」

ああ、そうだ。

それは、嫌というほどわかっていたはずの事を、改めて指摘される重み。

「でもね、その中にも、心はあるんだよ」

その言葉で、解っていたはずの事に、一つの波紋が広がっていく。

心があるから、人が動く。

人の本質には、心が深く関係している。

そうした人の中から発される言葉の嵐をかいくぐって、生き抜かなくてはならない現実。

「それが解らなくなったんだったら」

ウイに手をひかれ、目を上げる。

「そこから出てくる事が、自由だよ」

自由。

あいまいで、頼りなくて、明確にとらえる事が出来ないもの。

「ミカちゃんの自由は、ウイたちが持ってるでしょ」

そう言われて、瞬く。

ウイが、ヒロが、ミオがいる。

その存在。それは、あいまいではなく、頼りなくもなく、明快で単純で、この手に捉えられる。

「ミカちゃんが複雑だ、って思うならウイたちが助けるよ」

一緒に考え、悩んで、答えを導き出す。そうすることができる、自由がある。

正しくても、間違っても、何度でもやり直す。何度挫けそうになっても、もう一度やり直す。

そうやって強靭になっていく魂。

「そうしたら、いつの間にか人の期待なんて軽く超えちゃうよ」

簡単でしょ、とウイに容易く言われると、先行きの不透明さも晴れていくようだ。

そうだ、この仲間だからこそ、築ける関係だと思った。

ウイたちは、ミカのもつ階級をものともしない。

もっといえば、ミカのいる世界を壊滅させるほどの破壊力をもって、つながっている。

それを自由だというのなら、確かに、自分は自由を手にしている。

そして、そのことをこそ期待されているというなら、その期待が指し示すものは、

階だ。

世界を取り巻くもの。

嘘と、真実。人と、心。期待と、…反骨。

そういうものを結び合わせる存在であればこそ、という働きを担う。

確かに、それは対外交室の誰でもなく、今のミカにしかできないことだろう。

…なるほど、簡単だな。と、嘯けば、でしょでしょ?とウイが応える。

「そんなミカちゃんに、朗報です」

うわ、とたんに胡散臭くなりやがった、と憎まれ口を叩けば、ウイもにやり、と笑う。

「ヒロの家に行ってミオちゃんは、里心がついたみたいなのであります!」

それには、へえ、と素直な声が出た。

目標を果たすまで帰れません!えっと目標は今から考えます!とか何とか。

つまらないことを主張していたミオが家に戻る気になったというなら、それはそれで

彼女の中で何かが変わったのだろう。

「だから、今度はナザム地方でございます」

と、敬礼のポーズで報告してくるウイに、解った、と告げる。

ちょっとここで待ってろ、とも。

「待ってるけど」

「対外交室に報告してくる」

そう言えば、解っていたかのようにウイが晴れやかに笑った。

「それでこそ、ミカちゃん」

と、後押しされて、今来た道を戻る。

戻りながら、間髪いれず戻ってきたミカの出国報告を聞かされて、ヤンがまた渋い顔をするのか、と思えば

なぜか、愉快な気分になった。

 

 

 

 

 

きざはし。

離れた場所と場所をつなぐもの。その在り様。

 

檻から外へ、つなげる役割を担い、型にはまらず世界を広げ続ける、階。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

何故か今日唐突に思い浮かんできて慌てて書きなぐった突発SS

なので、話に意味とかオチとかありません!

推敲とか構成とかもしてないので、本当にだらだら生まれる文章を記録しただけの

下書き状態になっちゃってます

(マンガ的にはただのイメージ画、って感じ)

 

実は以前、公爵とヤンさんがミカの事を噂するSSが唐突に浮かんだことがあって

「やったね、いつか書こうっと♪」

なんて温めていたら、脳内ノートから影も形もなくなってしまっていたので…

多分それの鎮魂歌…的な…

(公爵との話しがあったがゆえに今回ヤンさんが心配して気遣ってくれてるっていう) 

それはそうと、公爵と侯爵がややこしくてすみません(;'▽')

書いてる時もこれだけは間違ってはならぬ!!とそればっか気が気がじゃなくて困るっす 

(ミカのターンで、貴族階級の設定も公開しますよ)

 

 

 

 

 

 

脳内ノートに、「いつか」などない!と思った日

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凍夜の断罪

2015年01月31日 | ツアーズ SS

物ごころついた時にはすでに、親というものはいなかった。

親に捨てられたのか、あるいは親元からさらわれたのかすら定かではなかったが、

自分は窃盗団の一味として生きていた。

 

生きるために盗む、それがどうやら普通ではないと気づいたのはいつだったか。

その窃盗団では、自分も含め、様々な子供が大人たちにこき使われていた。

『ガキなんてものは、ただの道具だ』

それが大人たちの口癖だったから、道具は道具らしく役に立たなくてはならなかったし、

使えなくなった時点でお役御免という終焉があるだけだった。

そんな自分たちと、村や町で見かける子供たちの違いはなんだ。

何故あの子供たちにはあるものが、自分たちにはないのか。

どう考えればいいのか解らなかった。周りにそれを知っている子どももいなかった。

 

そうして考えることをやめて、ただ生きることだけに費やしてきた身体。

その身体に、心がある事を知ったのは、あの冬の夜。

凍てつくような記憶はいつもこの胸にあり、張り裂けそうなほどの痛みがある。

これは、凍えた魂が寄りそう、遠く近くの昔の話。

 

 

* * *

 

 

盗みを繰り返す毎日。誰かから奪い、それを窃盗団の大人に奪われる。

成功すれば次の仕事に駆り出され、失敗すればただ捨て置かれるだけの日々。

そうして生きてきただけだ。 

もう慣れたもので、その頃の手口としては、大人と数人の子供で家族を装い、集落を訪ねる。

わずかな路銀で一宿一飯を乞い、仮の身の上話をして同情を誘う。

小さな子がいれば容易く、表向きは兄弟の面倒をみる年長者として振る舞う。

そうして村人を安心させ、夜半に財産を根こそぎ奪い、仲間と共に逃走する。

町での盗みから、そういった旅回りでの『仕事』を任されるようになったのは、幾つの頃だっただろう。

親がいない自分には、歳を知るすべがない。

だから聞かれれば適当な年齢を口にしていたが、あの日、彼女は「私と同じね」と言った。

 

秋の始まりに訪れた村で、その少女と出会った。

 

収穫期を終え、どの村も豊穣に沸き立っていたが、標的にしたその集落はさらに豊かで、

今までにない待遇を受けた。

集落の長である家に招かれ、働き口を探しているなら領主に口ききもしてあげよう、と言う。

信頼を築ければ、土地をもらい、定住も可能だ。勤勉に励みなさい。

そんな言葉を嘲笑うかのように、自分たちは盗みを働いた。

いつものように、簡単な仕事のはずだった。だがやはり、その村は別格だったのだ。

ならず者にも夜盗にもそれなりに対策がしかれていた。

呆気なく村の自警団によって捕まり、裁きを受けるために領主の地へと送られる罪人となる。

刑を執行されるのだ、という大人たちの怒号をかきわけて、少女は現れた。

長の家の娘だった。

「こんな小さな子なのにひどいわ」

そう大人たちに抗議する背中に、もう10だ、と言えば、彼女は振り向いて言った。

「じゃあ、私と同じね」

そう言って、手を握る。

「あなたの罪は、無知であるということだわ。今からでも遅くない、神の教えを学ぶべきよ」

彼女が何を言っているのかは解らなかった。

だが、村人たちにこの自分の助命を嘆願していたのだと解ったのは、その処遇を聞かされた時。

「お前は町の孤児院へ送られる事になったよ」

と、数日後、村の長に告げられた。

他の仲間たちは一足先に、領地の刑場へと送りだされていた。

彼らと離れることも、これから行く孤児院とやらにも、なんの感情も湧かなかったが。

「大丈夫よ、神の教えのままに、あなたは正しくやりなおせるわ」

孤児院へと連れて行かれる自分に、そう声をかけてきた彼女は、大丈夫と繰り返した。

大丈夫、大丈夫、…その言葉は確かに何かを訴えていた。

だがその時の自分は空っぽで、その言葉に、ある感情が生まれた事さえも理解できなかった。

 

彼女との思い出は、ただそれだけ。

言葉に何を与えられたとも思えず、また、彼女に言葉を返したこともない。

それなのに、この胸に焼け付くような残像。

孤児院での暮らし、そこで経験していくことすべてが初めての事ばかりであり、

「やりなおせる」と言っていた彼女の顔が繰り返し繰り返し浮かんでくる。

神の教え、正しくあるべきこと、善と悪、人の弱さと過ち、愚かさと、…再生。

孤児院にいる大人たちはそうして自分に善を施し、更生させようとする。

その誰もが、彼女のように見え、彼女の声に聞こえる。

礼拝堂の天使像も、讃美歌も、呪縛のように彼女の姿を纏い、自分を責める。

 

そうだ、責められている。

 

生まれてきたことを、生きていくことを、罪をかさねていくことを、責め立てる。

その息苦しさに悶え、賛美を呪詛に、光を闇に代えて、救いを求めた。

正しいことからの解放を望み、数年でその孤児院から逃げた。

 

それからは、また同じことの繰り返しだ。

見知らぬ町で子供一人が生きていくには厳しく、ただ生きるために盗みを重ねていくうちに、

いつしか同じような子供が集まり、大人のいない窃盗団が出来あがっていた。

それは居場所としては、以前の窃盗団や孤児院よりはるかに居心地は良かったが、

人に関わることが苦痛でならなかったから、一人でこなす仕事の精度を上げた。

仲間内では、大人をしのぐほどの腕だ、と認められてもいた。

そんな生き方が、数年。

 

町から外れた農村地帯は、かつてないほどの大飢饉に突入していた。

 

数年前からささやかれていた天変地異、それらのツケがこの年に一気に降りかかった。

秋の実りがほぼない中での、経験したことのないくらいの豪雪。

さらに、凶悪な魔物たちの数が増え、人の集まる村を襲った。

多くの村が壊滅状態で、そこから逃れてきた人々が町にあふれ、治安も悪化していた。

そこから聞こえてくる辺境の状態に、数年まえの残像が甦っていた。

 

あの村が、瀕死に直面しているのだろうか。

あの長は、村人は、少女は。

 

何故、それらが思い起こされたのかは解らない。

それでも、衝動的に、意識はそちらへと向かわざるを得ない。

気がつけば、引っ張られるように、身体がその方向へと進みだしていた。

あらがえない、何かが自分を突き動かしていた。

 

少女の名を、ベニと言った。

 

驚きだ。5年余りも前の事を、昨日のことのように思いだせる。

豪雪に埋もれた家屋のひずみ、かすかな人の気配、尽きかけている命のもたらす闇。

それらをどうやって探り当てたのかも、わからないまま。

ただ、小さな小屋で身を寄せ合っている子供たちの中に、彼女の姿を見た。

記憶の中と変わらず、天使像であり、神父であり、修道士であり、…ただの少女だった。

「生きていたのね」

と、彼女は言った。

修道院から消息が消え、町での良からぬ噂が立ち尾ひれがついて、自分は亡き者にされていたようだ。

あれから幾度もあなたの事を考えていたのよ、という声は潤いもなく焼け爛れたように痛ましい。

「盗みのおかげで、生きている」

盗みの腕は冴え、人を欺き、のし上がり、明日の生死に脅かされることなく生きている。

それに引き換え、この小屋の中にいる子供たちはどうだ。

「暴動が起きたのよ」

と、ベニは言った。

中央の領主が財産を抱え込み、周辺の集落を締めだした。

飢えた村人たちは、堅牢な領主の屋敷には太刀打ちできず、憤懣は身近な長たちに向いた。

ベニの長といえども、ここ数年の飢饉で村人全員が冬を越せるほどの備蓄はない。

当然、村人たちへの施しも明日を見据え切り詰めながらに日々をしのいでいたが、

とある長が村を捨て一家で備蓄を持ち逃げしたという噂がり、村人の緊張が崩壊した。

家は暴動で焼け、備蓄は持ち逃げされ、魔物たちが徘徊し、村の大人たちは散り散りになった。

「私の両親も、使用人も、食べ物を探しに行くといってしばらく帰ってこないわ」

どこまで探しに行ったのか、帰るあてがないのか、あるいは捨てられたのか、知るすべはない。

残された子供たちがひっそりと集まり、火を絶やさぬようにいるだけで精いっぱい。

家具らしい物もほぼ燃やしきった。

「もう何もないわ」

そう言う彼女は、周りに集まっている小さな子供たちの頭をなでる。

泣くほどの力も残されていない、静かな静かな終焉がそこにはあった。

「それが、神の教えか」

何に対する腹立ちなのかは解らないまま、声を押し殺した。

ベニはただ微笑む。困ったようにも、泣きそうにも見えた。

「これが、正しいということか」

神の言葉に耳を貸さず、正しきことから目をそむけ、悪事に手を染め生きてきた。

やり直す事もなく、悔い改めることもせず、こうして裁かれることもなく、ある自分。 

正しいとは、なんだ。

荷を下ろし、乾燥させた穀物を取り出す。火にかけられている鍋の中に放りこんで、炊いて戻す。

そうして簡素な重湯を作り、目の前の子どもたちに突き出した。

「食え」

空腹に立ちあがることもできず、その鍋を受け取る力もないほど弱っているのに、

誰もそれに手を伸ばさない。

子供たちは、ベニに救いを求めるような視線をおくるだけ。

ベニはといえば、何の感情も読めない表情で、ただ口を引き結んでいる。

「盗賊から施しは受けないとでもいうのか」

この期におよんで。

正しさとは、清らかさとは、死と引き換えにするほどのものか。

では、そうではない自分ばかりが生き残り、蔓延る世界とは一体なんだ。

「そうだ、これは盗んできたものだ」

己の為だけに蓄え、囲い込み、分け与え助け合おうともしない強欲な層から盗む。

いくらでも盗める。いくらでも、活かしてやることができる。

「そうやって俺は生きている!死ぬしかないお前らと違って、生きる手段がある!」

怯えたように身を寄せ合う子供たち。

罪を拒み、この手からすり抜けていくというのなら、いっそ自分の手で終わらせてやろうか。

今の自分なら、その首に手をかけ、命でさえも奪えるだろう。

そうして人として大いなる罪を背負い、天を嗤いながら生きていって見せる。

どちらが正しかったか、神に問うために。

そんな独白を、この場の誰にも届かないであろう虚しさを、吐き出し続ける。

それは、悲鳴。

悲鳴のようだった、と、後にベニが言った。

やわらかい腕で抱きしめ、だから貴方と生きていこうと思った、とささやく声は凍えたまま。

今も、自分たちの心は、この日の夜のように凍えている。

 

「私たちの罪は、私たちが終わらせましょう」

 

いただきます、と、ベニが最初に重湯を口にする。

それを大切に大切に口にふくんで、飲み下し、一筋涙をこぼす。

それを、信じられない思いで見ているしかない。

何も言えずにただ見ているだけ、ベニは幼い子たちにも少しずつ重湯を与えていく。

ゆっくりと、ゆっくりと、全員がそれを食べきる前に冷えてしまうので、何度も温めてやった。

その夜、言葉は何一つ発されることがなかった。

そうして命をつないで、十数日、手持ちの穀物が尽き、吹雪の止んだ日に一人外へ出た。

村には人が残っていない。領主とやらがいる地まで足を延ばし盗んできても良かったが、

その間に、ベニたちが命を断ってしまうような気がしてならなかった。

罪を背負う、と言って盗人の食料に手をつけたベニ。彼女の真意が解らず、ただ恐ろしかった。

だから山へ入り、手当たり次第に土を掘り、野生動物を探した。

凍った川を割り、一日中、生き物を探した。

もう、どんなものを口にすることにも、誰も異を唱えなかった。

そうして、ただ生きる。

凍える身をよせあって、わずかな食料をわけあい、ただひたすら眠る。

この冬さえ持ちこたえれば、この地を離れられる。それが希望。

眠りの中で、ベニの歌声が聞こえる。それは子守唄なのか、讃美歌か。

音楽を知らない自分には解らない。

それでも、その歌声を聴いていられることが、唯一の安らぎ。

…生まれて初めて知った、安らぎだった。

 

「この村を捨てよう」

 

春が近くなってきた日、準備を始めなければならない、と切り出した。

この地を離れ、少しでも生きる可能性がある地を目指し、旅をするための準備。

それを提案すれば、ベニたちも了承した。

そのためには手段を選ばない事も、暗黙の了解。自分たちは同じ罪を抱いている。

 

長い長い旅が始まる。

 

道沿いに人家を探し、生きるための交渉をする。

自分が盗んで蓄えた金はまだある。

これが尽きる前に、ベニたちが暮らせる村を見つけなくてはいけない。

冬が終わったとはいえ、この辺りでは飢饉の影響が強く、子供たちを受け入れられる余裕はない。

かと言って、町で暮らしていくこともできない。

自分が盗みで蓄え、養ってやることは簡単だが、おそらくもう、ベニはそれを受け入れないだろう。

いや、ベニが、というより、何よりも自分が、もう盗みはできない、と思い知らされる事件が起こった。

 

それを、罪というのだ。

 

どの村も蓄えはない。

いくら自分たちに路銀があっても、引き換えに食料の備蓄を出せる村はそうない。

何度も邪険にされ、暴力をもって追い払われ、思いあまって盗みに入ろうとした夜。

ベニが全力でしがみつき、泣きじゃくってそれを止めた。

「あなたが捕まって殺されるのが恐いのよ!」

必死のその叫びに、初めて、罪というものの存在がわかった気がした。

神の教えでなく、聖書や神父の言葉でもない、たった一人の人間の本音だったからこそ、

心に衝撃が走った。

捕まるようなへまはしない。けれど、罪とは、この少女を悲しませるものだ。

自分がそれを背負い続ける限り、この少女は恐怖と悲哀に苦しめられ、幸せにはならない。

それを、身をもって理解した。

やっと、理解できたと思った。

 

そこからの旅は苦しく、常に恐怖に身を寄せ合い、助け合いながら僅かづつ前へ進む。 

そうした途中、立ち寄った村で、小さな子を引き取らせてくれないか、と言われた。

南下をつづけていくと、飢饉からの立ち直りを見せ、少しずつ余剰が出てきている村がある。

その集落では、失った我が子の代わりに、小さな子を育てたい、という夫婦があった。

別の集落では、子供の面倒をみる年長者が欲しいと、乞われた。

また別の場所では、小さな子を哀れに思い、引き受けている教会もあった。

確かに幼子を連れての旅は疲労を極め、たびたび頓挫することも多い。

それを解っていて尚も渋るベニに、自分が数年ごとに様子を見に来るから、と言い聞かせ、

了承させる。

子供らの居場所をすべて記憶し、彼らが満足していない時には引き取りに来るという約束で、

別れた。

そうやって子供を減らしながら旅を続け、季節は変わり、また、冬が近づいてきている。

 

「そこは、行き場のない人間が集い、隠れ住む村だ」

 

そんな噂を聞いてたどり着いたのは、世間と断絶されたかのような頂きが連なる場所。

村としての体を成してはいたが、あまりにも粗末で質素な集落だった。

そこにたどり着いた時には、自分とベニ、ベニの妹と弟、元の村の少年が一人、という有様。

そんな子供たちを、村長だと名乗る老人は良いも悪いもなく、受け入れた。

「ここで自力で暮らしていけると思うなら好きにすればいい」

来るものは拒まず去る者は追わず、だ。と、突き放したような口調。

老人に、行き場のない人間が集まっていると聞いたが…、と、それとなく探りを入れれば、

不愉快そうに笑い飛ばされた。

お前も探られたくない腹があるからだろう、と見透かされたような事を言われれば、

それ以上は何を聞くこともできない。

仕方なく、いいのか?とベニに尋ねれば、神に近い場所だわ、とベニが笑った。

適当なあばら屋をあてがわれ、細々とした生活が始まる。

ベニや、その妹は村の中で手伝いを探し、わずかに食料を分けてもらう。

ベニの弟と、村の少年は、自分と一緒に山を降り、仕事を探して歩いた。

毎日食べていくことはできない、けれど、あの冬を超えて来た以上、簡単に挫けることもなかった。

毎日を必死で生き抜き、夜になればただ眠った。

それだけの事が続いていくうちに、ベニの妹は村の中心にいる人物に見染められた。

ベニの弟は村に時折くる商隊に見込まれ、その仕事を任される下の村に降りた。

そして村の少年は、隣にすむ年上の女性と所帯をもつことになり、ベニと自分が残された。

「お嫁さんにしてください」

と、ベニに言われて、心臓が止まりそうなほど驚いた事を、今でも覚えている。

勿論、あの村を捨て長い旅をしてきたのは、ベニを幸せにすることが最大の理由だった。

本当はこんな粗末な辺境ではなく、もっと裕福な村で、何不自由ない暮らしを与えてくれる男の元へ

ベニ自身が嫁いでくれることが望みだったのに。

自分でいいのか。何故、自分のような男を選ぶのか。

この村にしてもそうだが、ベニの選択は全く理解できない。

「私は、あなたに多くのものを背負わせてしまった」

始まりの咎、冬の夜を超えた責、村から村への旅路、子供たちの未来、この場所での懺悔。

「罪を背負って生きるということ、そのせいで心が凍えてしまっているから」

あなたにぬくもりをあげたい、とベニは言った。

「この場所で、わたしたちの罪を終わらせましょう」

それは、神の裁きか。

 

神は、命あるものに生きよといいながら、試練を課すのはなぜなのか。

 

生まれたての命、その無垢なものに触れることが恐ろしかった。

そんな自分に、ベニが身体を預けてくる。

「名前をつけてあげてね」

そんな資格はない。自分が名前をつけようものなら、きっとこの命は断たれてしまう。

直前まで、母子ともに危ない、と言われていたのだ。その恐ろしさが解るだろうか。

やはり自分はベニと夫婦になるべきではなかった。

そう言えば、ベニに怒られた。

「今からそんな気弱な事言っててどうなるの」

これからもっと恐ろしい事が起こるんだから、と、脅され、その赤子を見た。

なんだか赤くてうにょうにょしてて、自分たちと同じ生き物とは思えないそれを見て、

ヒイロと名付けた。

 

命の、色だ。

 

それは何度も何度も消えそうになりながら、必死に呼べば命を吹き返す小さい魂。

幾度となく危機に直面しては自分たちを心胆寒からしめる。

そうして大切に大切に守り育て、恐怖も、喜びも、愛おしさも、ありとあらゆる感情を与えてくれるもの。

空っぽだった身体が、こんなにも多くの激情で満たされていく。

あなたにぬくもりをあげたい、と言ったベニの本意はここにあったのだと、今ならわかる。

ヒイロに続く子供たちが、自分を父と慕い、無条件に頼り、求めてくれるという幸福。

それは人から奪うものではなく、人に奪われるものではない。

唯一無二の、許された光だ。

 

ベニは、小さな子供たちに言い聞かせる。

 

友達の玩具をとってはいけない。

誰かの物を壊してはいけない。

人を傷つけたり、嘘をついたりしてはいけない。

なぜなのか?それを悲しいと思う人がいるからだ。

日常茶飯事に起こる他愛ない諍い事をひとつひとつ言い聞かせる言葉は、子供たちにではなく、

自分自身に言い聞かせているかのように思える。

そして、それはかつて孤児院で神の教えとして神父が、修道士が語っていた事だ。

あれらの言葉は、こういうことだったのかと、子供たちと一緒にそれを聞く。

それは、自分も子供時代をやり直しているような感覚。

やり直せる、といったベニの言葉に今なら、頷ける。

 

神の教えは、人が幸せに気づくためにある。

 

「正しいことをして報われないからといって、正しくないことをしてしまったらそれは不幸なんだわ」

あの日、あなたの言葉が悲鳴のようだと思ったのはとても辛そうだったから。

何が正しくて何が正しくないのか、もう解らなくなったけれど。

「誰かを不幸にするのは、やっぱり正しくないと思うのよ」

だから自分で考えることにしたの、とベニは言った。

神の教えに従って、その言葉を借り物のように言って聞かせるのではなく。

誰も悲しませない。その単純な思い一つを、子供たちを導く判断基準として守りぬく。

「それを忘れない為に、この場所を選んだ」

天に向かって、高くそびえる峰。

「子供たちには、この過ちを受け継がせないために」

私たちの罪を、私たちの手で終わらせる。

そういうことか、とベニの覚悟を受け止める。信頼の証に、手と手をつなぎ合う。

もう十分だ。

ベニにも、子供たちにも、これ以上はないくらいのぬくもりを与えてもらっている。

だから、この凍えた心さえも愛おしい。

そう言えば、「わたしもよ」と、ベニも笑った。

 

いつも、思いだす。心が完全に凍えた、あの日の事を。

だからこそ、生きていける。

どんなささやかなぬくもりも、他愛ない幸せも、この凍えた心に寄りそう。

そうしてくれたのは子供たち。そして、あなた。

こんなふうに、一緒に生きていきたいと思える人に出会えた。

 

もうこれ以上、何も望むことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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うちへかえろう

2015年01月19日 | ツアーズ SS

ヒロの生まれ育った村に滞在した数日間は、目まぐるしく過ぎて行った。

初めは右も左もわからず多くの人たちに翻弄されまくっていたミオだったが、

お互いに慣れてくると、人の人の付き合い方も大らかで過ごしやすい村だと思った。

そろそろセントシュタインに帰ろうかと言われて、名残惜しく思ったくらいだ。

人の輪に入ることが苦手だと自覚があるだけに、それはミオにとって驚きの体験だった。

「ミオちゃんは平気そうだから、ほっとくよ」

と、ヒロに言われて気づいたことだ。

 

 

 

滞在して数日、ヒロとミカが頻繁に村を見て回ったり、周囲を散策しているのは解っていた。

だから、きっとヒロの「村を発展させる」という計画が始まっているのだと思って、

ミオはヒロに自分にもできることがあれば手伝う旨を申し出たのだが。

違う違う、とヒロに笑われた。

「まあ、そういう話もしてるんだけど、まだ実行の段階にないって、いうところで」

と、ミオの申し出を拒絶しないような前置きをして、単にミカの気分転換、と説明する。

「ミカはさ、人が大勢いるのが苦手って言うかさ」

「あ、はい」

大勢の人の中は勿論、普段自分たちだけの時でも、一人になりたがる。

そうして適度に一人の時間を作ることで精神の均衡をとっているらしい、と気づいてからは、

ウイもヒロもミカの好きにさせよう、と放任しているようだったから。

それを、この村でもやってるだけ、とヒロが言った。

「ミカはまあ自分から弱音はいたりしないじゃん?だから俺が理由つけて連れだしてる」

「そうだったんですか」

そうそう、と頷いて、ヒロがにこやかに続ける。

「その点、ミオちゃんは自分から言ってくれると助かる」

「え?私?」

「うんそう、ミオちゃんの方は平気そうに見えたから、ほっといてるんだけど」

そう言われて、びっくりした。

それは、家族や村の人たちとの間を忙しそうに動き回っているヒロがミオにも気を配ってくれていた事と、

人の輪の中にいるミオが平気そうに見えていた、という事、二重の驚き。

そして、実際そうして放っておかれる事にミオ自身、負の要素を感じなかった事も。

「まあウイもいるから大丈夫かな、っていうのもあるけど」

女の子同士で色々楽しそうに見えるし、と言われて素直に頷いた。

村にいたころは、年上の女性はもちろん、同年代の女の子も、年下の女の子も苦手だった。

村の女性たちは常に競争競争の関係で、腕力でも話術でも、負かされる事しかないミオは、

同じく輪に入れない(入らない?)レンリと二人きりだったから。

この先もずっと、そうなのだと思っていたのに。

「あの、皆さんが仲良くしてくださってるので」

「うん」

「すごく優しくて、良い方ばかりです、嬉しいです」

「なら、良かった」

けど。

優しいばかりだと、不安になる。

それは、自分に自信がもてないところ。

「あの、…お母さんやアサギさんには、迷惑じゃないでしょうか」

ずっとミオの側にいて、あれこれ構ってくれるけれど、彼女たちの生活を乱してはいないだろうか。

お客さんとして、うまく振る舞えているだろうか、という不安をヒロに打ち明ける。

「うん、そういうの、ミオちゃんは自分で言ってくれるじゃん?」

「え?」

「ミカはそういう、不安な事とか弱音とかいちいち言わないから、なんか目が離せなくてさ」

だからついそっちにかかりきりになるけど、と言い、ミオちゃんの方がしっかりしてる、と言う。

「俺としては、ミオちゃんがいてくれて助かる」

「…はあ…」

「あ、ごめん、今の俺の話。ミオちゃんが迷惑かどうかっていうのね、全然ないから」

「全然、ない、ですか?」

「大体が何にもない村だから、ミオちゃんがいようといまいと、何っにも!ないから」

と、力説したヒロが笑う。

「日がな一日だらだらして、ぼけーっと終わるだけだから、ほら、お客さんがくると祭り状態」

と言って、村全体を示すように腕を広げる。

「あ、はい」

「だからむしろミオちゃんが、母ちゃんとか妹とかの面倒を見てくれてるようなものだから」

「え?そう、…そう、ですか?」

「そうだよ、助かるって言ったっしょ。普段俺がやってることを、ミオちゃんがやってくれてる感じ」

だから皆喜んでるし、ミオちゃんに構ってほしくて寄ってくるんだよ、と。

そんな風に見られているとは、にわかには信じがたい。

思いがけず賞賛されて、なんと返していいか固まっていると、だから、とヒロがミオを見る。

「そういうお祭り騒ぎが、ちょっと疲れた、って思ったら、俺かウイに言ってくれていいから」

母ちゃんやアサギに言ってもいいけど、あの人たち舞いあがってるから。

「なんか、見当違いのことしそうだし」

といって笑う。

そうして、弱音を出してくれた方がヒロは安心するのだ、という話なのだとわかった。

「あ、はい、私、大丈夫、ものすごく弱音とか言えますから!ちゃんと言いますから!」

「う、うん、そうしてくれると助かる、です」

「はい、お任せください!」

そんな決意をヒロに表明しての、滞在。

どんな弱音も、不安も、ヒロに話してみようと覚悟していたことが嘘のように、過ぎた。

 

 

 

「私、髪結い屋さんになる!」

と、ヒロの従妹の一人が嬉しそうに宣言し、誰よりもミオに懐いて、ずっと一緒にいた。

他の小さい女の子や男の子たちはというと、ミオに構い慣れてしまうと安心したのか、

数日もすれば(おそらく普段のように)自分の好き勝手に行動するようになった。

「活発な子たちは、ウイとかひい兄と遊ぶのが面白いんだろね」

と、アサギが子供たちが銘々ばらけていくその様子をミオに話してくれる。

「ムーはおとなしい子だから。いつもはあの子たちに合わせて走り回ってるけどね」

ミオちゃんが来てくれて凄く嬉しいんだと思う、と安心させてくれる話し方は、ヒロそのものだ。

「そういうのって、普段、気づかないじゃん?皆と集まったら、皆同じ遊びしなきゃ、って思うし」

でもミオちゃんが来たことで、ムーは自分の好きな事や、やりたい事が見つけられたね。

来てもらって良かったね、とアサギが年下の従妹の頭をなでている。

そんな風に自分の事を歓迎してくれて、認めてもらえると、嬉しくて泣いちゃいそうだ。

皆が優しい。

ヒロがミオを放っておく、と言ったけれど、それを不安に思うことなく過ごしてきたのは、

誰もかれもがヒロのようであり、ミオを慮ってくれているおかげだったと思う。

「私たちのことはヒイロと思って何でも言ってね」

と、ヒロの母やアサギが言っていたけれど、本当にヒロといる時のように居心地が良い。

ここは、ヒロの故郷なのだ。

彼が育ち、彼らを育てた土地なのだと思った。

だから、なぜヒロがこの地を離れ、一人遠くまで旅をしようと思ったのかが解らない。

勿論、出稼ぎだという物理的な問題は解る。

けれども、今、滞在しているこの時でも、ヒロは村を出ることを常に考えている。

こんなにも居心地が良い場所で、確かな家族があって、それを恋しいと思う情。

ミオでさえ、帰る時の事を考えると、とても去りがたいものがあるのに。

「ヒイロは兄弟の中で一番、甘えん坊だものね」

と、ヒロの母は困ったように言った。

 

 

 

夜、眠るときには「女子寮」とヒロが命名した母屋の方で、女性陣は固まって眠る。

こんな風に布団を全部くっつけて寝るのも初めてで、なんだか自分もこの村の子になったような感覚。

「あら、ミオちゃんもウイも、もう完全にウチの子よ」

「そーよ、いつでも帰ってきていいのよ」

そんな風に言われて感激のあまり泣いちゃった夜もある。

ヒロくんの家族って良いな、と素直に言えば、ミオちゃんの家族は?と聞かれた。

「父が村に残って服飾の仕事をしてます。母はずっと昔から旅に出ていていません」

一番上の姉が母代り、二番目の姉たちもすぐに旅に出たので、ろくに会っていない。

そんな家族形態が、村を出てからこっち、わりと珍しい部類だと気づいた話もした。

ミオが語ることを、とても興味深そうに聞いていたヒロの母が、なるほどね、と相槌をうつ。

眠くなるまで他愛ない話をするのも、もうすっかり慣れた。

聞き上手のヒロといる時のように、落ち着いて話す事が出来る。

「それでいうと、うちは子供が働きに出て、親が村に残ってる家族よね」

これも珍しいかな?とアサギも話に加わる。

「そんなだから、家は末子が継ぐのよ」

「へー、ミカちゃんたちは長子が継ぐんだって。女子に相続権はないだよ」

「それ男子が生まれなかったら困るんじゃないの?」

「あ、私の村では一番強い人が継ぎます」

「ええー、それも凄いな、兄弟で争うってことでしょ」

色々だね、と皆で布団の中で興奮して盛りあがって、結局、とヒロの母が口を開く。

「その色々が、多いか少ないかの違いだけよね」

その中で自分にとって一番いいと思える方を選んでいくだけだ。

「ヒイロは、自分が働きに出た方が要領よく稼げる、って言って出稼ぎに出たの」

それが、「兄弟一、甘えん坊な所以ね」とヒロの母は言うけれど。

ミオには、小さい頃からそうして独り立ちしているヒロは随分しっかりしてたのだろうと思える。

自分たちと旅をしている時でも、この村に帰ってきている今も、誰からも頼られる存在なのに?

「違うのよ、ちやほやされたいの。もうとにかく必要とされたいのよ」

わかるかしら?と、ヒロの母は隣にいるアサギを示す。たとえば。

「この子はね、家事をしても子守をしてもそれが普通だと思ってるの」

自分の仕事としてやるべきことを淡々とこなす、それがアサギ。と言い置いて。

「ヒイロはね、いちいち言いにくるの。お皿洗ったよ、とか、おむつ換えたよ、とか」

自分の行動に関して、周りの反応を欲しがる。

仕事をして、報告して、周りの誰かに褒められたり、感心されたりして、やっと仕事完了。

「もう、超!めんどくさい子でしょ?」

でもそれが親の目からしたら可愛くて可愛くて、と母親独特の視点で語る。

「初めての子だったし、いちいち可愛いし、もう面白可笑しかったから好きにさせてたら」

あんなめんどくさい性格の子に育っちゃったわ、と、おどけて困って見せる。

だから、嫁は出来ても友達はできないと思っていた。特に同性の友達なんかは。

そういう母の言葉に、アサギも大いに同意するように、頷いている。

「テキトーにおだてられて良いように使われちゃう典型だよね、ひい兄って」

「そうそう、でもヒヨコちゃんが全然そういう人じゃなかったのが驚きよね」

「ひい兄にしては、良い人つかまえたね」

「はあ…」

ヒヨコちゃん、とはミカの事である。

子供たちには『大王さま』、で定着したあだ名だが、大人たちは別だ。

(だいたいヒロかウイのあとにくっついていて頭が黄色いので影でそう呼ばれている)

あのミカがそんな風に軽ーく扱われたりするのも、ミオにとっては一大事だったが。

ヒロとミカが損得勘定抜きで友情が成り立っているというのが、女性陣には一大事らしい。

不思議だ、とミオとウイは顔を見合わせる。

自分たちはごく自然にヒロに馴染んだし、なんだかんだ摩擦があるミカとヒロの関係も対等だ。

ごく当たり前のヒロの像は、家族からすれば、手のかかる甘えん坊になるらしい。

「だから、出稼ぎに出てるのもその延長だと思ってるわ」

勿論外の世界の楽しみ方を知って村から出たのもあるのだろうけれど、それにしては。

「いつ戻ってきても何の成長もなく甘ったれな部分は健在だからねえ」

とため息をひとつ。

それでも子供たちの中で一番、可愛いと思ってしまうのが親心かしら、と言う母に。

「結局そう思わせてしまうんだから、出稼ぎしてるひい兄の作戦勝ちだよね」

と、からかう妹。

寂しい?と尋ねるウイに、ヒロの母が笑う。

「いいのよ、好きにしてくれて」

ただ、帰りたいと思った時に、帰る何かの理由を探すのではなく。

「ただ、ただいま、って言うだけでいいわ」

それが出来るなら、どこへ行こうとも、どれだけ帰ってこなくとも、好きにすればいい。

そう言うのが、親の気持ちね、と言う母の言葉に。

ミオは、何故か父親ではなく、姉の顔を思い浮かべていた。

帰る理由を探すのではなく。

(ただ、ただいまって)

帰りたいと思う、その気持ち一つ。家に戻る事に対して、他に理由なんていらないのだ、という。

ミオは一人それを考え、そうか、と気づく。

自分の家は父親が待つ下の村だけど、母親がわりなのは、あの厳しい姉だから。

(だから、帰りたいって思ったら)

姉を、思い出すのだ。

アサギとは全然タイプが違う姉だ。厳しく、勇ましく、思い出すのは小言か叱責。

それでも、ミオにとって帰る場所は、姉の元だった。

そんな姉への思いに捕らわれて一瞬、周りの話から取り残されていたミオだったが、

「ヒイロを村から出した事を後悔したのは、一度だけね」

という、ヒロの母の言葉に、物思いの淵から意識を戻す。

子を手放した事を後悔するという、親の気持ちが、なぜか気になったからだが。

「モエギをうちの子にできなかったことよ」

と聞かされ、セントシュタインの城下町で知り合った貴公子を思い出した。

子の村の出身で、ヒロの幼馴染、奇遇にも貴族の養子入りをしたというモエギの話だ。

「あの子の母親が急逝した時、モエギをうちで引き取るつもりだったの」

生まれた時から一緒に育てたようなものだ、我が子同様に面倒をみるつもりでいたけれど、

モエギは、その幼さでありながら、しっかりと自立しようとした。

「ヒイロがもう外に働きに出ていたからね。自分にもできないはずがない、って言って」

長男が出稼ぎでいない家に、ただ厄介になることはできない、そう言って村を出た。

遠い親せきを頼って、一人、見知らぬ土地へと行ってしまった。

「あの時だけはもう本当に、ヒイロのあかんたれのせいで!!って歯噛みする思いだわ」

ヒイロは好きで外に出て行ってるだけなのに、モエギが気を使う羽目になったじゃないの。

ままならないものよね、と当時を思い出して苦々しい素振りを見せる母に、アサギが苦笑する。

「まあ、そのおかげでモエは大金持ちになっちゃったじゃん」

「そうよ、なっちゃったのよ。いいんだか悪いんだか…、ねえ」

遠い親せきの伝手で宿働きをしていたはずのモエギから、ある日突然使いが来た。

なんだか屈強そうな兵隊っぽい感じの男性が二名、モエギの事情を話に来、村が大騒ぎになった日。

今まで世話になった事の礼として、宿働き時に溜めたという小額の貯蓄と手紙を渡された。

もう自分にはいらないものだから、という彼なりの決意に手放しでは喜べなかった。

「だから突っ返して、金もらっても使うところがないから物送れ!って言ってやったわ」

「ああー、あたし、あの時、子供心に母ちゃん殺されるって思ったよ…」

「…私もちょっと思ったわ」

それくらい厳めしい使いが来て、それでモエギの何を知れというのだろう。

そんな思いが伝わったのかどうか、それから年に一度か二度、手紙が届くようになった。

中に、見知らぬ植物の種と、モエギの直筆。

「村にいた頃はまだろくに字も書けなかったから、それが本当にモエギの字かどうかは解らなかったけれど」

種という贈り物を選択した動機と、頑張ってます、という内容は間違いなくモエギを思い描けた。

「幸せだよ、とか、心配ないよ、とかじゃなくてね、こんな事頑張ったよ、っていう手紙なの」

だからもう、モエギも大丈夫だと思う事にした。

「ヒイロと同じ、外で頑張ってるだけじゃない、ってね」

だから自分たちはこの送られてくる種を育てる事を頑張っている。

穀物だったり、花だったり、こんな土地でも何とか育てられるように、毎日試行錯誤。

蕎麦は結構行けたわよね、とか、麻もまあなんとかぎりぎり…、なんて話を聞いていて。

「大丈夫だよ」

と、ウイが言った。

「モエちゃん、すっごく活き活きしてたもん」

そりゃーもーキラッキラだったよ、というウイの言葉に、顔を見合わせた母と娘が噴き出す。

「そっか、活き活きか、それは村にいたころにはないモエギだわ」

「だよね、モエといえばメソメソかもじもじ、だったもんね」

見てみたいね、という二人にウイが笑う。

「ただいま、って言えばいいんだよ、って伝えておくよ」

そう、帰る理由を探すことなく、ただ帰りたいと思った時には。

ただいまと言って、うちに帰る。

「そうね、モエギもうちの子だからね」

そうして、家は出迎える。

どうして帰ってこないの?とか、急に何かあったの?とか、…理由を尋ねる必要もなく。

ただ、お帰りと、いって迎え入れる。

それだけの事。

それが、家族。

(そうなんだ)

村を離れたモエをうちの子と言うように、余所の村のミオやウイの事もそう言うように。

(この場所は、そういうことなんだ)

そう言って迎えてくれる人がいる。そうして、自分もいつか迎える人になる。

そんな遠い未来がある一方で、ミオは自分の家族を思う。

家族の顔を思い描き、遠く離れた距離に思いをはせ、目を閉じる。

ずっと、未熟なあまりまだ帰れない、と思っていたけれど。

(ただいまって言えばいいんだよ、って)

ウイの言葉が、自分にも降る。

ただいま、って言いたい。

(言えるかな?)

ヒロの育った村で、一つ屋根の下に身を寄せ合って眠る夜。

ミオは、故郷の村を夢にみた。

 

 

 

 

 

 

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こどもの使命

2015年01月15日 | ツアーズ SS

「せっかくお兄ちゃんが帰ってきてるんだから、遊んでもらいなさい」

と、母に言われたコズミは、この数日間、下の妹の世話を母に任せて兄について回った。

数年ぶりに戻ってきた長兄は、優しいし気前がいいし全然怒らないし楽しいし、

母ちゃんが二人いるみたいだな、とコズミは思う。

 

 

 

まだ幼いコズミには、昔、兄に遊んでもらったはずの記憶はあいまいだ。

だから顔を見ても、一緒に過ごしても、血のつながった『兄ちゃん』という関係性がよくわからない。

ハッキリ言って、村の中のどこかの家の兄ちゃんたちと、どう違うのかも、解らないくらいだ。

それでも、甘えさせてくれるといい気分だし、何か新しいことを教えてもらえるのもわくわくする。

そうしてくっついていて、この数日で解ったことといえば兄は何でもできる人なんだな、という事だ。

ご飯は母ちゃんや姉ちゃんが作るよりずっと美味しかった。

勉強も教えてくれたし、壊れた玩具も直してくれた。

父ちゃんが作った厠を補修する、という兄を手伝いながら、その凄さを改めて実感した。

だから、素直にそれを口にする。

「ひい兄って凄いね、偉いねえ、何でもできるね」

「お、そっかー、コズミが褒めてくれるとやる気でるなー」

そう言われると嬉しくなる。褒めたらいいのか。どんどん褒めちゃおう。

「父ちゃんよりすっごいね、父ちゃんが作った引き戸、がったがただったからね」

それには、周りにいた友達や従妹ものっかってきた。

皆、この「兄ちゃん」を気に入っていたから、口々に凄い凄いと褒め称えたのだが。

お前らそれは違うぞ、と兄が手を止めた。

「兄ちゃんなんか、父ちゃんに比べたら全然だめだ」

「えー?なんで?」

「これ父ちゃんが一人で作ったんだぞ、一から勉強してあちこちで資材集めて」

で、こんな大きさの建物を作った、と手にした金槌で厠をぐるっと示す。

「それに比べて、兄ちゃんがやってるのはここだけだ」

と、今度は細い角材を、とんとん、と叩いてみせて。

「それもな、兄ちゃんは村の外でいろんな人に教えてもらって出来るようになっただけだ」

いっぱい聞いて、いっぱい手伝って、やっとこれだけだ、と言う。

そういう事を父ちゃんはたった一人でやってのけたんだから。

「お前らもっと父ちゃんを敬え」

「うや、まえ?」

「あー、えーとな、兄ちゃんより父ちゃんを、もっともっと褒めろってこと」

「えー、そうかなー?」

確かに厠が出来たときは、厠すげーって思ったけど、父ちゃんすげーって思ったことないな。

と、コズミが従妹たちと顔を見合わせていると。

「コズミが兄ちゃんをすげえ、って褒めてくれるのと同じで、兄ちゃんは父ちゃんをすげえって思ってるんだ」

だったらどっちがすげーと思う?

そう尋ねられて、思った通りの事を口にする。

「兄ちゃん」

それに周りも、うんうん、と頷く。

「うお!まじか!!」

だって、父ちゃんはこれ作ったけど、それをちゃんと直せる兄ちゃんの方が凄いんじゃない?

上手に作れない父ちゃんと、上手に作れる兄ちゃん。兄ちゃんのほうが凄い。

そんな主張を口々に訴えると、兄は腕を組んで、ぐうう、と唸る。

「父ちゃんの凄さがわからんとは…、お前らまだまだひよっこだな…」

「ひよっこ?なに?」

「ケツが青いガキんちょ、ってこと」

「ケツ青くないよ?」

俺も、私も、と騒がしくなると、やっと兄がいつものように笑った。

「わかったわかった、それがお前らのいいとこだ」

 

 

 

そんなやりとりがあった事、寝る前に母に報告すると、母は穏やかに笑った。

「ねー、ひよっこって何だろう?」

「そうねえ、未熟者、ってことかしら」

「みじゅくもの?」

「下手っぴ、かな」

やーい下手っぴー、と母が、子供みたいな声を出す。

あ、それは解る。毎日いろんな遊びをするけど、上手な子と下手な子がいる。

けんけんは上手なのに落書きは下手だったり、蹴り石は強いのにすごろくは弱かったり。

ん?てことは。

「コズミは兄ちゃんに下手って言われたってこと?」

「そうね」

「何?何がへた?」

「父ちゃんを認めるのが下手だって、言ってるんじゃないかな」

「んんん?」

父ちゃんを凄いって解ってる兄ちゃんは、父ちゃんの凄いトコ、いっぱーい知ってるの。

と、母がコズミの髪をなでながら、子守唄のように聞かせる。

「だから、父ちゃんが凄いってわからないコズミのこと下手っぴっていうの」

コズミも下手っぴじゃなくなったら、父ちゃんを凄いって思うかもね?と

いたずらっぽく額と額をこっつんこされて、コズミは目を閉じる。

「まだまだだなあ、ってことよ」

「まだまだかー」

「いいわよ、まだまだで。そんなに急いで大人にならないで」

コズミが父ちゃんを好きなことは、母ちゃんもちゃんとわかってるわよ、と言い。

もちろん、兄ちゃんもね、と言われて、どこか安心した。

そっか、いいのか。じゃ、いいや。

そんな風に、眠りに落ちた。

 

 

 

そんなことがあった後。

今度はコズミが兄に、「まだまだひよっこだなー」と、言わしめた事件があった。

兄の事を子供のころから可愛がっていた、灰取りのばあちゃんの所へ遊びにいった時。

ばあちゃんが何言ってるか全然わかんねー、という兄の代わりに色々話をした。

コズミは毎日遊びに行っているから、ばあちゃんの言葉が難しくても言いたいことは解る。

ばあちゃんもコズミを可愛がってくれるし、何の問題もないことだったが、兄は凄いな、と言った。

だから、解った。

そっか、兄ちゃんは父ちゃんにはへたっぴじゃないけど、ばあちゃんにはへたっぴなんだ。

けん玉も上手な子と下手な子といるし、それと同じようなものなんだろう。

だから、ひよっこだなあ、とからかった。

からかった後に、これで(使い方)合ってる?と聞けば、合ってる合ってる、と頭をなでられた。

コズミにとって、兄とのやりとりはどんな些細なことでも、勉強のようなものだ。

村の誰も、こんなこと教えてくれない、というような新しいことをどんどん覚える自分がいる。

そんなコズミの満足感につきあってくれた兄が、なあ、と真面目に声をかけてきた。

「ばあちゃんさ、コズミのこと俺だと思ってるだろ」

「うん、そうだよ、なんかねーコズミ見てるとひい兄の小さい頃のこと思い出すみたい」

それはよく母に言われていたことだから、そのまま兄に告げたが。

兄は、複雑そうな顔をしていた。

「それさ、コズミはいやじゃないか?」

「ん?」

「嫌なのに、ムリしてないか?」

それも、初めて言われた。村の人にも、母ちゃんにも言われたことはない。

「嫌じゃないよ、どして?」

「そっか?コズミが嫌なんだったら、可哀想だな、って思ってさ」

可哀想、か。それも初耳。

やっぱり、兄ちゃんと一緒にいると色々、面白いことが起こる。

「ヒイロじゃなくてコズミだよ、って解ってほしくないか?」

「んー?」

そういえば、ばあちゃんには小さいころから可愛がってもらってたけど、いつからかな。

ヒイロ、って呼ばれるようになったのは。

全然思い出せないけど、全然、気にしたことなかったな。

「だって、コズミ、ばあちゃんのこと大好きだし」

「うん」

「ばあちゃんも、コズミのこと大好きって言ってくれるし」

それに。

「今一緒にいるの、コズミだもん」

コズミがお手伝いをすると褒めてくれる。コズミが上達したことを喜んでくれる。

それは過去のヒイロを見ているのではなく、ちゃんとコズミの今を見てくれているのだから。

ばあちゃんが、ついヒイロと間違ってしまう事くらい。

「ちっとも問題ないね」

と、両手を腰にあてて胸をはるコズミを。

「わあ!」

兄が、ひょいっと抱き上げる。

「すげえな、コズミは。兄ちゃんなんかより、ずっと偉いなあ」

軽々とコズミ一人を抱え上げる兄の力強さもまた、コズミにとっては物珍しい。

そんなふうに新しいものをたくさん与えてくれる兄が、コズミは凄い、と感心したように頷く。

「ほんと?すごい?」

「うん、兄ちゃんはだめだな、色々ごちゃごちゃ悩みすぎだな」

「ごちゃごちゃ?悩んでるの?それって、困ってる?」

助けてあげようか?と身を乗り出せば、兄が破顔する。

「本当な、コズミにはいっぱい助けてもらいっぱなしだな今回」

お役立ち?と問えば、勿論、と大真面目に答えてから、コズミを地面に下ろす。

「兄ちゃんは村の外に出て、色々この村にない物を手に入れてくるけど」

うん、それは本当にそうだ。

「そのおかげで要らない物もいっぱい手に入っちゃうみたいだな」

「要らないなら持ってこなかったらいいのに」

要らない物を持ってくるのをやめて、要る物だけを持つ方がいっぱい持てるのに。

変なの。

「そだな」

でもそれは、と兄が手を伸ばしてくるのでそれにしっかりと掴まる。

「兄ちゃん、自分ではわからないから、今みたいにコズミが助けてくれな」

「わかんないの?」

「そーなんだよ、村の外に出ると解らなくなるんだよ」

だから、コズミが頼りだ、という兄のそれは、とても大事なことのように思えた。

兄ちゃんを助けられるのはコズミだけだ、とも言われた。

どうして?と問えば、兄ちゃんの妹だからな、と兄がいう。

「そうかー」

あたし、ニオのお姉ちゃんだけど、ひい兄の妹でもあるんだ。

村のどこの家にも「兄ちゃん」って呼んだら遊んでくれる人たちはいるけど。

助けてくれ、っていう兄ちゃんは、ひい兄しかいないな。

「そっか、そっか」

「うん、どした?」

「ひい兄は、村の兄ちゃんじゃなくてコズミの兄ちゃんなんだね!」

「お、おう、今頃か…」

「だって、兄ちゃん全然いないんだもん」

「…そだな、そりゃ兄ちゃんが悪いよな」

「いっぱい帰ってきてね」

「うん、そうする」

約束ね、と指切りをする。

指1本でつながる絆。それを大切な宝物として、コズミは大きくなる。

あんまり急がないでね、と周りの大人たちに言われながら、大人になる。

それは、子供の使命。

簡単で、純粋で、潔い選択。

大人たちを導いていく、命の使い。

 

その最強の力を、コズミは知らない。

きっと、まだずっと。

 

 

 

 

 

 

 

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青は藍より出でて2

2014年12月09日 | ツアーズ SS

目の前の子どもに、嫌いじゃないけど好きじゃないです、と告白された。

 

それはミカにとって、腹を割ってうちとけてくれたらしい、という認識でしかなかったが。

(別にまあ、大人げなく、俺は嫌いだな、とかいう感情が湧くでもなく)

「貴方はひい兄のことどう思っているんですか」

と、こちらにも「だからお前も腹を割りやがれ」と無遠慮に切り込んでこられては、それなりに身構える。

なんというか。

もう、その質問自体が子供だ。

そう問えば、相手から真実の答えが返ってくると思っているところとか。

返答次第じゃ、もっと嫌いになりそうだな、とあからさまに匂わせているところとか。

大人と対等に渡り合えていると信じて疑わないところとか。

(めんどくせえ)

と、宙を仰ぎ、苦い物を感じる。

かつての自分、子供であった自分が、セイランに重なるのはどうしてなのか。

考えれば考えるほど、あまり面白くない結果を導き出しそうで、それからは目をそらすことにする。

なにしろ、至近距離で凝視してくる子供から目をそらせそうもないので、まず片付ける問題はこちらだ。

セイランを見、その視界に映ったもの、ふと視線をそれにやる。

数式の書きこまれた紙。

使う前に一応、何が書いてあるのか、と確認したが、建築の図面のようだった。走り書きと、書き損じの様。

だからまあ本当にいらない紙なのだろうとふんで、セイランの勉強の書付につかったわけだが。

「それを、ヒロがお前にくれただろう」

と、セイランにも注意を促す。これ?とセイランが、広げた用紙を手にとる。

そういう手際の良さ。相手のことを思いやって、気を配ることができる細やかさ。

そういうところ、だ。

「ヒロには俺には到底、及ばない徳がある。それは無条件で尊敬している」

ミカがそう答えたものの、セイランには少し難しすぎたのか、何度か瞬きをして不可解そうにする。

ヒロから当たり前に受けている恩恵には気づきにくいのかもしれないな、と思いなおし、

裏を見ろ、と指示する。黙ってそれに従うセイランが、図面に気付く。

「それを理解して、物資を用立てて、実際に建築できるとか」

あいつは学校なんかに行くより、一人で何でもできるだろ、と言ってやれば。

その用紙をぎゅっと握りしめて、目を潤ませ、頬を紅潮させる。

「そーです!ひい兄はすごくすごくすごいんです!」

と、嬉しそうに笑う。

(単純すぎる…)

それまで、ミカに懐柔されまいと懸命に突っぱねていた子供が、たったこれだけでこのありさまだ。

その歓喜を見ているだけで、セイランの抱える問題は正にも負にも転がるのだと解った。

ならば。

「お前の兄は学校へ入る必要がないほどに、生きていく上で優秀だということだ」

そう言ってやれば、セイランは高揚したまま、力強くうなずいた。

まあこれでヒロの威厳も保たれるだろう、というミカなりの気遣いと、ヒロからの依頼を完成させるために。

「お前はそれに及ばないから、学校へ行くべきなんだ」

そのミカの言葉に、学校、とセイランがつぶやいた。

「確かにお前の学力は高い。だが、ヒロの手に負えない問題を100解けたとしても」

今のヒロを超えることはできない。

「たったそれだけで超えたと思っていることがおこがましい」

だからお前は子供なんだ、と仲間にはおなじみの辛辣なもの言いをとがめる者がここにはいない。

それでも、言われた内容はセイランにとって重みを持つのだろう。

じっと、ミカの言葉を頭の中で考え、自分なりに理解したようだ。

「だから、ひい兄も学校に行かせたがってるっていうこと?」

「そうだな」

「ひい兄を超える為に?」

「ああ」

「弟が兄を超えることが良いっていうことですか?」

そうだな、その感覚はまだセイランには難しいだろうな、と考え。

兄を超えてしまったこと、には異論を唱えて済んだこととして、自分が越えられない人、の話に移行する。

「俺のことを超えたいんじゃなかったのか」

「え?」

「ヒロの代わりに俺を倒すんだろ、お前は」

そう言ってやれば、俄然、就学することへの意欲をそそられたらしい。

身を乗り出して、くいついてくる。

「学校に行けば超えられるんですか」

貴方の事も?と言われ、ミカ自身が誘導したこととはいえ、それにはちょっと気分を害す。

「そう簡単に超えられるか」

との返答に今度はセイランが気分を害する。

これではまとまるものもまとまらない、と気づき。仕方がないので、大人である自分の方が譲るべきか。

「可能性はある」

セイランを説得する役目は自分には向かない、と、事前にヒロに言い置いていたというのに、

何故かここにきて、積極的に説得する流れになっているのはどういうことか。

そんなミカの困惑を知るはずもなく、セイランが俯く。

「じゃあ、行きます」

その不安そうな声で、つい今しがたまで、セイランに自分の幼き姿を重ねていた事を考える。

どうして、自分の幼少を思い出したのか。

そう考えれば、自分も学校へ入ったのは、このくらいの歳だった、と気づいた。

大人たちに囲まれ、正当な後継者としての教育を受け、世のしくみを叩きこまれてから入学したそこは

大人の介入がない子供たちだけの社会だった。

大人社会の構成を教えられた自分には、子供としてただ無邪気にそこに溶け込むことができなかったが、

セイランは違う。何もない、まっさらの素材としての強み。

この狭い世界から、家族という小さな囲みから抜け出し、純粋に子供社会へ解き放たれる。

セイランがそこに飛び込むことは、自分とはまた違う意味合いがあるのだろう。

それを知りたくもあり、その未来を生み出したくもある。

(ああ、これが)

ヒロの言っていた、「自分が選ばなかった将来への希望」ということか。

先に生まれた者が、後から追いかけてくる者に、「超えていけ」と願う真意。

後から来た者に倒されなければ、先を行くものは自分を超えることができない。

「不安か」

「え?」

理解した。人として、当然の渇望として、理解できたと思う。だからこそ。

「お前が望むなら、俺が後ろ盾になってやってもいい」

「後ろ盾?」

「エルシオンは世界の学部の権威だ。辺境から一人身で飛びこんで肩身が狭いこともあるだろう」

ミカの指摘する世界のありように、セイランは少し首をかしげた。

「田舎者だから、いじめられるってことですか」

なるほど、そういうことは想像できるらしい。

「あと、貧乏だから?お金ないから、お金持ちの貴方に頼れ、ってことですよね」

子供なりに出した幼稚さは否めないが、それなりに的を射て、どうしてなかなか、というところか。

そう感心してみせれば、本をいっぱい読みました、という。

本ばかりで実際の世界を知らない子供は、でも、とミカを見上げる。

「僕の後ろ盾になっても、貴方は得しないんじゃないですか?」

そういうのって、もっと武功とか手柄とか取れる人につくものじゃないですか?という疑問に、

ミカは知らず、苦笑する。

良くできたお子様だが、やはりお子様だ。口にすることすべてが。

「そうだな、だからお前は一刻も早く、就学しろ」

いいだろう、ここからは利権の話だ。

「俺がお前の後ろ盾に名乗りを上げるのは、お前がヒロの弟だからだ」

「ひい兄の」

「ヒロには一目置いている。俺が見込んだ男の弟なら、それなりに未来があるだろうと思う」

先行投資だ、と言いおいて。

「それが、ひとつ」

そうして、指を立てる。

「先にも言ったが、エルシオンは学部の権威だ。そこに、俺の家の名前を売り込む」

一国で名高い貴族の名を、学院の内部へと刻み込むことでそこに介入する機会を見出す。

外つ国と関係を持ち、つながりを強くするための伝手。

そうして国外に権力を置くことで、王室にも貢献するための地脈となる、それがひとつ。

「そうして外国の権威とつながりを持つことで、国内での侯爵家の基盤を強化する」

国内の貴族間の水面下での抗争は、一瞬でも気を抜けない日常だ。

均衡が崩れぬよう、どの家が力を増したとしてもそれらを圧し、抑え込まなくてはならない。

国内の安定、外からの目、それこそが繁栄の確約。

「それが、ひとつ」

三本立てられた指に呆気にとられ、何かを申し立てる気力もなさそうな様子に、ちらりと笑い。

「お前一人の入学で、一国を左右するほどの権力が後ろ盾になるんだ」

世界は。

そんな風に、複雑に絡み合い、うごめき、刻一刻と変動している生き物だ。

「そこに身一つで立ち向かう為に、お前には何がある?」

この3本の指に見合うだけものを、セイランは手にすることができる。

可能性という名の未来。

「僕に、あるもの?」

「ああ」

ミカにとって、この3本の柱は、本音をいえばどうでもいいことだ。

先行投資も、外国の権威の掌握も、国内での爵位の基盤も、複雑な世界なんてどうでもいい。

ただ、ヒロが助けてくれと言い、それに力を貸したいと思っただけだということを、

今のセイランに言って、心から理解を得られるとも思えないから言うつもりもない。

だから。

ミカを真実動かしたのは、ただ友人であるから、というそれだけのこと。

たったそれだけの単純な世界がある事を。

「お前の誇りはなんだ?」

その決意ひとつで、見てくればいい。

そうすれば、きっとセイランにも解ることがあるだろう。

ミカの示す三本の利権の柱を見据え、セイランは、用紙を握ったままの手を、さらにきつく握りこんだ。

「僕は、兄が誇りです!」

その答えに。

セイランは、あの場所で戦えることを確信するミカ。

「いいだろう、合格だ」

後ろ盾になってやるよ、と、一国の権力に言わしめた小さな子供の運命は。

今、動き始めた。

 

 

 

* * *

 

 

 

「ひい兄は、ミカさんの何が好きなの」

様子を見に来たヒロに、開口一番、「学校へ行く!」と宣言したセイランの、次なるは問いかけ。

何が好きなのと問われた本人を隣に座ったヒロが、ええ?とミカに視線をよこす。

何この流れ、という困惑に、知らねえよ、と目線を返すミカを見て、うん、とセイランに向き合う。

「けんかしてもすぐ仲直りするところかな」

 

な ん じ ゃ そ り ゃ ー !!

 

とは、ミカの脳内絶叫。

そんなとこかよ!!と二の句が継げない。

いや、別に何を期待していたわけでもないが。特に期待するような、自惚れがあるわけでもないが。

それにしたって、それかよ!という思いが拭い去れないまま、セイランを見やると。

「うわぁ、そーかー、へー、そーなんだー」

なんてはしゃいだ声を出しながら、何度もうなずいている。

え?いいのか、それで。そんなことで納得できる程度の話か。ていうか納得されたらこっちが納得できん!!

と、ミカが一人で葛藤していると、あ、とセイランがミカを見る。

「僕ミカさんのこと好きじゃないって言っても怒らなかった」

「おいおい、そんな事言うとか、…刺されるぞ」

すぐ仲直りするところ、といった口でそれを言うか。

思いっきり冷やかにヒロをにらみつければ、まあまあ、なんてあいまいになだめてくる。

何が、まあまあ、なのか。

そんな男二人の無言の応酬など子供に解るわけもなく、セイランはヒロにべったりだ。

何言ってんだ、セイがミカに懐いてるから兄ちゃんだって寂しかったんだぞ、と聞かされてからずっと。

「ひい兄は、この図面で家建てられるからスゴイって褒めてた」

「ああ、これな」

セイも学校行けばすぐできるようになるよ、と何でもないことのようにかわす。

人がせっかく持ち上げてやったというのに、この野郎。

「でもひい兄は学校行ってなくても出来るって」

「まあな、兄ちゃんは学校に行かない分野のことなら大体、そこそこやれる」

「なんで?」

「学校に行ってないからな」

「学校に行ってないから出来る?」

「うん、学校に行かないことはな、学校に行かなくてもできるもんだ」

「へええええ」

あほか。

あほの会話か。

と、脱力していると、だからな、とヒロの声が真剣味を帯びる。

「兄ちゃんそっちで手が一杯だから、セイの勉強見てやれねえんだよ」

その言葉に、セイランが出す答えを、ミカも人ごとでもなく見守る事になる。

この数日で、こんなにも関わりが深くなるとは思わなかった存在。

セイランはヒロの言葉を考え、少し黙りこんでから、いいよ、と言った。

「ひい兄は、手が一杯だから学校に行かないんでしょ」

「うん、そうだな」

「だから、僕が代わりに学校行って頑張るよ」

そうしたらひい兄の手助けになるでしょ、と胸を張って、答える。

「そーか、セイは兄ちゃんの手伝いをしてくれるかー」

「うん」

そう言った顔は誇らしげだ。

「いや、セイはセイの好きなことやってくれていいんだけどな」

そう言いかけるヒロに、別にいいんじゃないか、とミカが声をかける。

「お前のことが好きで、お前の役に立ちたいっていう、好きなことをやるわけだから」

「え?そうか?」

それが、近衛を反逆で飛び出した俺の見解だ、とミカが言えば、ヒロが得たり、というように黙る。

一人親元を離れ、遠い異国の地で勤勉に励むには、それを支える誇りがひとつあればいい。

「それが力になる」

だから安心して世界に出せばいい、そのミカの意見を、ヒロはしっかりと受け止める。

「うん、ミカがそういうならそうかな」

「今は何もないからそう言ってはいても、そのうち自分で自分の道を見つけるだろ」

セイランの今はヒロの存在だけで一杯だ。

自由を知らない子に自由にやれとも言えない、そう言っていたのはヒロ自身ではなかったか。

「まずは世界を知ってから、それからでも言ってやればいいんじゃないか」

セイランが自分の進むべき道を選択するときに、この村が、兄の存在が、足かせであると思うほど

自由を切望した時に。

初めて、自由と言う言葉が重要性を持つ。

「なるほど、ミカがいうと重みが違うな」

「お前なあ」

「いや、真剣、真剣。俺には自由しかなかったからさ」

と、ヒロがこれまでの道のりを振り返る。

村を離れることも商隊を出ることも、どこへいこうともそれを制限するものは何もなかった。

それに不安を覚える事もなく、当然のこととして世界をめぐり、正反対の道のりを歩んできたミカと出会った。

「ああ、そうか」

自由と束縛。反する世界に属するものとして、対立することなく同じ地点に立った。

そうしてきたからこそ、今がある。

「どうなるかなんてわかんねーもんだな」

「そうだな」

自分より年上の会話を頭上で聞いて、それにどう口をはさめばいいのか、と二人の顔を見比べている、小さな存在。

それを見て、ヒロが笑った。

「よし、じゃ、ちょっくら行って見てみるか、世界!」

そう言って、何かを言いかけたセイランを抱え立ち上がり、何、何、と驚くセイを家の外に出す。

「母ちゃんに言って来い、まずセイが母ちゃんを説得しないとだなー」

「今?」

「今、今。兄ちゃんがいる間にな」

今のうちなら兄ちゃんが援護してやれるだろ、と、水場の方を指さして、行けと身振りする。

「母ちゃん反対するかな」

「反対はしないだろうけど心配はするだろ。安心させてやらないとさ」

それが息子の勤めってもんだ、なんて説明するヒロの声に、セイランの声が重なる。

「ミカさんに後ろ盾になってやるって言われた」

だから大丈夫、と報告している。

「え、まじか!すげえ、そりゃ確かに最強だ、それも言ってこい」

やったな、と手を打ち合わせている兄弟の後に続いて、ミカも外に出る。

何もない村だ。

標高が高すぎて、木さえも生えない。

それでも、この場所に立ち、関わりあいになっていくことは素晴らしく貴重だと思えた。

行ってくる、とセイランが家の向こうへと駆けていくのを見送る背中に、声をかける。

「つまりこいつら全員、俺たちが選ばなかった未来の象徴ってことだろ」

母屋の周りに集う子供たち、その遊び声。

それらを見やりながら、ヒロが笑う。

「な?世話焼きたくなるだろ」

「まあ、お前のはどう考えても行きすぎだが」

「ミカの後ろ盾、ってのも結構な過干渉だと思うけどな」

「いや、あれは…」

と言いかけ、特に本人に言うべきことでもないか、と口を閉ざす。

「あれは?」

「あれは」

言い淀んだミカを珍しそうに眺めるヒロを見て、咳払いをひとつ。

「先行投資だ」

「おいー!だからなんでそう俺の貴重な人材を引き抜こう引き抜こうとするかな!」

「お前が、弟には好きにさせるって言ってただろ」

「だからって、今の内に根回しするとか汚ねえ…」

「汚いやり口が俺の十八番だ」

「うわっ、開き直ってるし」

いいよいいよ、俺は太陽のように温厚な仁徳でもって、ぬくもりを与える慈善事業に徹するよ、なんて言う背中に。

「…自分で言うな」

と、呆れた一声をかけておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓「なんじゃそりゃー!!」のアレを大人向けに言いかえれば、懐が深いってことですよ、のぽちっと♪

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コメントにお返事のコーナー

■Unknownサン

初めましてですね、コメントアリガトウです

書いてる方としてもミカとヒロのSSは安定の軽快さなのでついやりすぎてしまうほどです(笑)

そして王様ヒロ&大臣ミカの将来像、ままごとで終わらせてしまわないためにも

何が何でもここまでは書いておかなくては!という、数年越しに果たせた執念のSSだったので

そんな風に反応してもらえると、嬉しくてベランダから羽ばたきそうです!!

ミカとヒロはおじいちゃんになっても、縁側で将棋指しつつ、こんなしょうもない言いあいばっかりしてると思います

そんな二人を楽しんでいただいて、ありがとうございました


青は藍より出でて1

2014年12月08日 | ツアーズ SS

「僕の名前は、兄がつけてくれたんです」

そう言った小さな子供は、それだけが持てるべき誇りのすべてであるかのように、

この自分に挑んできた。

だからこそ、手加減なしで相対することが礼儀だと思った。

まだ学校という社会も知らない小さな頭脳に、数学者たちの至高である研究機関で議題されるような難問を、

これでもかと繰り出してやった。

結果。

この数日をかけて、「数の学問」という手段で築かれた信頼関係は、あっさり崩壊した。

潤んだ大きな目がにっくき敵に最大限の恨みをこめるようになったのを見てようやく。

(しまった、やりすぎた)

と、自分の手違いに気付いたミカは、その兄に救いを求めた。

 

 

 

* * *

 

 

 

「え?別にいいだろ、それは」

「あほかあ!良くねえからお前がなんとかしろ、って話をしてんだよ!」

とても人に救いを求めているとは思えないほどの高圧的態度にも慣れたもので、ヒロは一向に気にしない。

ミカの態度にも、…その話の内容にも。

「書物にない数学に触れられて、良い機会じゃん?」

そう、この事態を真剣に理解しようとしてくれないヒロは、厠として建てられた建築物の手直しとやらをやっている。

相変わらず小さい子供たちがまとわりついて遊びの延長のようにもなっているが、何かしらの図面を広げていて本格的だ。

それにかかりきりで、ミカの訴えを真剣に取り合ってくれないことも腹が立つ一因。

「その段階をとっくに過ぎた、って言ってるだろ!」

そうだ、最初はまだ良かった。

「仲良くやってたじゃん」

「初めはな」

ヒロに、勉強を見てやってくれ、といわれた、件の弟とともに過ごした数日はと言えば。

最初、古い本を持ってくるので、一緒に問題を解いてやってあれこれ指導していれば、妙に尊敬された。

翌日からは、どうやら数学が一番得意分野らしいと解ったので、本の内容を一通り終えてしまってからは、

それらの応用を示してやった。

それにもきちんとついてくるので、さらに翌日からは高度な数式をいくつか教えてやり、専門的な分野に入り込んだ。

が。

一気に反発された。

「反発?」

「解らない、やりたくない、とかじゃなくて」

ひい兄だって学校に行けば貴方よりずっとずっと賢いです。

ヒロの弟、セイランは突然何の脈絡もなく、そう言って黙り込んだ。

それから夕飯、就寝で勉強はお開きになったが、翌朝になって、朝食後の今でもミカには近づいてこない。

ちょうどその反発を見ていたウイが、

「お兄ちゃんのこと大好きすぎて、ミカちゃんのすごさを認められないんだよ」

と、説明してくれた。

セイランの中では、ヒロの低学力、ミカの高学力、という図を嫌でも認識させられて、我慢できないのだろう、という。

「そもそも、初めにお前が、手に負えねえとかいうから」

兄の威厳が地に落ちたぞ、いいのか。

そう言えば、何の問題もない、と言わんばかりにヒロが笑う。

「そんなの、これから何度も経験していかないといけないことだよ」

弟にとって自慢の兄で、あこがれで、絶対的な崇拝の対象であるヒロは、それを仕方がないという。

「いつまでも理想ばっかりの姿を追ってて、俺の真の姿を知らない、っていうのもなあ」

村の外に出てしまえば無理がある、と続ける。

世界を股にかけ、膨大な情報と物資とを村にもたらし、幼少の英雄説が知られている兄の姿を、

セイランの勝手な虚構であるという風にヒロは語るけれど。

「またお決まりのの謙遜か?」

そんなに自分の価値を下に置かなくてもいいと思うが、と呆れかえってミカが縁台に腰掛けると、

その框を補強する作業を続けながら、ヒロが苦笑する。

「そういうんでもないけどさ、理想と現実が違うなんてことは、ごろごろしてるわけじゃん」

そんなことにいちいちへこたれて、逆切れしてたって、きりがない。

むしろそれをちゃんと自身で受け止めていけるようならなければ、強く生きることもできない。

「俺が、セイに出ていけ、っていうのはそういう世界だからさ」

俺の威厳が地に落ちるくらい、セイの為になるならどうってことはないよ。

そんなヒロの話を聞いていると、向こうにその当人の姿が見えた。

石版を抱えてうろうろしていたが、こちらに気づいて、小走りに近づいてくる。

「よ、セイ、どうした?」

今までの話がなかったように、くったくなくヒロが話しかければ、頬を紅潮させてセイが口を開く。

「解けた!解けたと思う、から、えっと、…見てください」

開口一番、興奮したようにヒロに報告して、それからミカを振り返って石版を構える。

えっと、とそこに書かれた文字から解を導こうとするように逡巡するセイランの様子に、ヒロが気づく。

「そっか、もう石版じゃおいつかないんだな」

その言葉の意味が、初め、ミカもセイランも解らなかったが。

ちょっと待ってろ、といったヒロが厠の中に入り、これ使え、と折りたたんだ大きな紙を持ってきた。

そうだ。数式は複雑になり、二つの石版を駆使しながら解をやりとりしていた。

もう、そこに書き込めないほどの情報量を脳で処理しながらの勉強であることが、ヒロには解ったらしい。

「それ、もういらない紙だから。ほら、裏面使えるだろ」

と言い、家の広いとこでやりな、と言う。

そのヒロの好意を受けてセイランは大きくうなずき、ミカに、家の中にいきます、と声をかける。

それに否応もなく、先に行くセイランに続いてミカもその場を離れると、しっかりな~、とヒロの声。

はたして、セイランへの激励か、ミカへの後援か。

 

 

* * *

 

 

午前中は大概人が出払って家の中には誰もいない。

その静かな空間に、数式の解を説明するセイランの声が延々と続き、それに聞き入る。

時々詰まりながらも、ここ数日でミカの指摘したことはすべて吸収し、理解しているのが解る。

それでも。

「どうですか?」

と、一気に何十列もある数式を説明しきって高揚したセイランには言いにくいことだったが。

「違うな」

そう、一言で終わらせる。

それを聞いて、高揚していたものは一瞬で冷え、そうですか、とセイランは俯いた。

酷く落胆しているようだが、ミカは逆に興起したと言ってもいい。

セイランが説明の為に書きつけた紙を幾度も見返し、そこに至った思考をなぞってみて解る。

「ここまでやれるとは思わなかった」

知らずそう口にすれば、セイランが顔を上げる。

「でも間違っているんでしょう?」

「そうだな」

「じゃあ、何の意味もないじゃないですか」

そう言って、再び俯く姿があまりにも小さい事に改めて気づく。

ここ数日をともに過ごした時間、数式以外でセイランの口から出てくることはヒロの事ばかりだった。

ヒロが自分にどれだけの恵みを与えてくれるか、どんな存在か、その功績、絆、思い出、羨望。

セイランの成長すべてにヒロが関わってあり、実際、ヒロが旅先から送ってくるという書物にも、

ヒロの明確な意思が見て取れた。

何がセイランにとって必要で、何が不要か、ちゃんとヒロ自身が内容を把握し、選別しているのだと解った。

そういう兄弟に、今、外側から関わっている自分の存在。

それらを見て、判断してくれといったヒロの頼みが、ようやく現実味を帯びる。

「この数式には、すでに最新の公式が出ている」

「え?」

「だが、お前にはそれを教えなかった」

敢えて、という言葉の意味を感じとって、セイランが恨めしそうに下からミカをにらんでくる。

「意地悪して楽しいですか」

その物言いは子供そのもので、普段、子供と関わる機会のないミカにはひどく新鮮だ。

頭脳で理知的に渡り合えるかと思えば、感情むきだしで対人面での未発達さを際立たせる。

その均衡の危うさが、ヒロには外に出すべきか否かの迷いとしてあるのだろう。

それでも。

いや、それだからこそ。

「世界に出るべきだ」

それが、ミカの判断だった。

 

 

* * *

 

 

何を言われたのか解らなくても当然だな、と、目の前の子どもの呆気にとられた顔を見て、反省する。

小さい子にはやさしく、と初日にウイが言っていた事をミカなりに守っていたつもりだが。

優しく、ではなく、易しく、とウイは言っていたのか。

子供には大人並みの頭脳がある。だが、大人並みの経験がない。

理系としてどんな高度な数式を解けても、それを超えるような文系の部分が追いつかない。

知恵とは経験を積んでこそ蓄えられていくものであるからこそ、セイランにはそれが必要に思える。

「ヒロに、お前が学院に入学してやっていけるかどうか、見てやってくれと頼まれたんだ」

自分もハッキリいって理系脳だ。事の始まりから順を追って説明する。

「だから来た」

と言えば、セイランも、ひい兄が?、と姿勢をただし、ミカと向き合う。

話を聞いてくれる気になったようだ、と判断し、その先を話して聞かせる。

「ヒロは、学力は問題ないと言っていた。俺もそう思う」

入学試験に通るかどうかなら、ミカの目という判断材料は不要だっただろう。

ヒロの頼みを意識していたかどうかは明確ではないが、この高度な問題に踏み込んだ真意は。

「お前なら、公式さえ理解すればそれなりに解に近付けただろうと思うが」

と、セイランの書きつけた用紙を指ししめす。

「公式を教えなかったのは、学力を見るためじゃない」

ミカの言葉を、真摯に聞くセイランの。

「思考する力があるかどうかを知るためだ」

難問に取り組む姿勢、その過程、そして結果。

一度、反発してそれでもミカの元に戻ってきた。動機はどうあれ、やり遂げようとした事は評価できる。

そして、自力で考えぬいた式を誇りに思っていい。

「数式がある。そして公式を説明する。その通りに解いて、解けたとして、それはただの作業だ」

「作業?」

「決められた手順どおりに答えを出す、という、作業だな」

それをさせず、セイランの自由に答えを求めさせた。

ヒロの教えと、書物から得た知識だけを武器に、高度な難問に挑んだ。

「答えは間違っているが、考え方としては悪くない」

いや。

「俺の想定していた水準を、はるかに超えていて驚かされた」

考える、ということ。

身の回りにあるすべて、取り巻く現象、起こりうる事態、それらに相対するとき、人は何故なのかと考える。

考えて、行動する。

物事には、原因と結果だけにとどまらず、そこに予測と、判断、そして選択という人としての営みが必要だ。

そのために、考える力がある。

考えることさえできれば、見知らぬ世界へ飛び込んだとしても、万事立ち向かえるだろう。

意味がない、とセイランはいったが、それも大きな間違いだ。

意味はあった。とても重要な意味が。

学力の高さではない、思考力の高さを持ち合わせることがどの社会においても生き抜く条件だ。

そう説明してやったが、セイランは今一つ解っていないようなので単純に言いそえる。

「だから、解は違っているが、試練には合格だ」

それでもまだミカの言いたいことをつかみきれなくて困惑している小さい子に。

「お前は、この俺の出した試験に勝った、ってことだ」

そう言ってやれば、かたくなにこわばっていたセイランの頬が緩んだ。

兄の事が大好きな、ただの子供の笑顔だった。

 

 

* * *

 

 

セイランとミカの二人きりの授業は、三日ほど。 

その間、兄の事ばかり話すので、何がそんなに好きなんだ、と思わず言ってしまったことがある。

ミカとしては純粋に、ただの疑問だっただけで

(何しろほぼ出稼ぎで家にいない、やりとりは手紙か物資、という希薄そうな兄弟関係であるわけで)

特にセイランの兄貴像をけなしたつもりはなかったが。

その時。

「僕の名前は、兄がつけてくれたんです」

と返ってきて、え?それが?と、ますますミカは怪訝になったものだ。

その反応を不満に思ったのか、セイランは字を書く手を止めて、話をはじめた。

「僕が生まれた時、ひい兄、行方不明になってて」

「ああ、知ってる」

「それに、僕もすごく病気がちで育たないんじゃないかって言われてたらしくて」

そう話し出すセイランは、確かに細身でよわよわしい印象を受ける。

(だが村全体が裕福に肥えているというわけでもないので、今のセイランが標準なのかそれ以下なのか、

ミカには判断しかねるが)

「だから、僕の名前、最初は、ベニヒってつけられてたって…」

「ベニヒ?」

「母親の名前を一字もらうとその生命力をもらえる、っていう俗信があって」

「へえ」

「あと、ひい兄がいなくなって皆悲しんだから、ひい兄の名前も一字もらって、…ベニヒ」

そうしてベニヒと名付けられていた赤ん坊の頃の事は覚えていないから、よく知らないけれど。

その後に、行方不明だったヒロが無事戻ってきた。

ヒロは、不在だった間に生まれた初めての弟の名前を聞いて、「可哀想だ」と言った。

「俺の身代わりみたいなのも、母ちゃんの生命力奪うような言掛りも、可哀想だ」

大きくなったら絶対傷つく、そういって、両親にかけあい、村長にかけあって、新しい名前をつけてくれた。

「夜明けの綺麗な色だよ、って、希望の色だよ、って、ひい兄が言ってくれたから」

だからこの名前が大事だし、ひい兄のことが大好きなのだ、という話をしたのが昨日か、一昨日か。

ミカは特にそのことについて、興味をひかれ感心はしたものの、それがセイランにとって

どういう感情の発露だったかという事までは気に止めてはいなかった。

だが、ここ数日の間、セイランの身の回りで起こったことといえば。

大好きな兄が戻ってきたのが嬉しくて、ただ褒めてもらいたくて、一人努力した成果を披露した。

それだけだったのに、兄に、「手に負えない」といわれるほど高度な問題を自力で解いてしまったと解った。

そのうえ、そんな高度な問題を歯牙にもかけず一瞬で解く人が現れた。

しかも、その人はさらに高度な問題を延々と出してはダメ出ししまくる始末。

まだ小さな子供には、受け止めきれないほどの衝撃が立て続けに起こっていたことを、

その口で説明されて、ようやく、ミカは理解した。

 

 

 

敢えて、公式を教えず難問に挑ませたことを「意地悪」と非難され、それの意図を説明し、

ようやくわだかまりが無くなって、もう一度同じ問題を公式を用いて説明してやった後に。

少し落ち着いたセイランが、白状してくれたのだ。

自分が兄を超えてしまったこと、それでも越えられないミカをどう思えばいいのかということ。

「だから貴方のこと、嫌いじゃないけど好きじゃないです」

と言われても、もっともだな、としか言えない。

そういえば、セイランが驚いたように身を乗り出す。

「怒らないんですか」

「まあ、当然だろう」

この流れで好かれても意味不明だしな、と思う。

これが、万人にもれなく好かれたい!と恥も外聞もなく豪語するヒロなら阿鼻叫喚なんだろうが

ミカ自身は、むしろセイランが意思を明確にしてくれた事の方がありがたい。

しかし。

「でもひい兄は、貴方のこと、大好きみたいです」

何でですかね?と真顔で問われ、これは自分がセイランにした質問の仕返しだな、と悩み。

「なんでだろうな」

と、返しておく。

良く考えれば、なんだか意味もなく懐いてくるな、と出会ったばかりの事は思っていたものだ。

まあそれが、万人にもれなく好かれたい、というアレだろうし。

…今は。今は、どうだろう。まさか、万人の中の一人として数えられるわけじゃない、と、…思うが。

「いいです、後でひい兄に聞きます」

「うん、そうだな」

それが早い、と思っていると、さらにセイランが突っ込んでくる。

「貴方はひい兄のことどう思っているんですか」

ああ、子供というものは。

 

抜き身の剣だな。

 

と、天を仰ぐように、宙を見据える。

自分も果たしてこうだったか?いや、自分の行動も、周りの大人にはこう映っていただろうか?

その愚かしさと、賢しさが、大人に何を考えさせるものか知りもしない。

 

今、セイランの姿に、過去の自分が重なる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓一話で行けると思ったけどやっぱり長引いた!!!の見通しの甘さで二話にわけるよ、ぽちっと♪

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家族について

2014年12月06日 | ツアーズ SS

「家に来てくれるんなら、ミカにひとつ頼みがあるんだけど」

と、数年ぶりに帰省するという友人に、出発前に言い寄られたことがある。

なんだまたつまらない後ろ向きな話をされるのか、と、正直げんなりしていたら、

弟のことだけど、と続けられ、余りにも想定外だったことに、ミカはその場で固まった。

だから、返答がシビアになったことは仕方がないと思う。

「入学できるかどうか、見てやってほしいんだよね」

「なんで俺が」

そんなもの、学院に直接送り込んで入学試験を受けさせれば済む話ではないか。

そう返せば、ヒロは、部屋を訪ねてきたまま戸口で、ムリにとは言わないけどさ、と弱腰になっているので

(面倒くさいことこの上ない)が、いいから座れ、と空いた椅子を指す。

それで、とりあえず話を聞く意思表示にはなるだろう。

慣れたもので、ヒロも完全拒絶されているわけではないと分かったらしく、向かいの椅子に座った。

「いや、学力は十分あると思ってんだけど」

と言い、前にエルシオン学院で入学要項の話を聞いた限りでは大丈夫そう、なんて話し出すので、

ミカは再び不可解な流れに固まる。

「費用も当面は俺の仕送りで問題なさそうな額だし、ミカの保障さえあればいつでも行けそうなんだよな」

そこまで一気に説明して、相手の無反応さに気づいたヒロが、おーい?と机を叩く。

前にエルシオン学院で入学要項の話を聞いた限りでは?

「いつの話だそれ」

「え?いつって、ミカも一緒に行ったじゃん?学長の幽霊、倒しただろ」

「はあ?あの時の話かよ!」

「それ以外にいつ行くんだよ?」

あんな騒動の中、弟の入学交渉までしてたのか。どういう神経してんだ。と思わずにはいられない。

「だって気軽に行けそうなとこじゃねーな、って思ったし」

どんなチャンスもがっちりモノにする!と、異様な自信で言い切られると、こちらが不当なのかという気にさせられ、

それ以上は不毛な応酬になると踏んで、ミカは話を元に戻すことにした。

随分と、この関係に慣らされた感はある。

「学力と金銭面に問題がなく、当の本人が行く気なら、別におれの保障はいらんだろう」

「そう、それそれ、その当の本人が一番問題っていう」

「…行く気がないのを説得しろ、とかいうのはやめろよ」

そんな役回りが出来る人間じゃないことくらい、お前にも了承済みだろう?という一線をひくミカに。

違う違う、とヒロが手を振る。

「俺さ、学校ってのに行ったことがないから、実際、なじめるのかどうか解んねえんだよな」

「そんなもの俺にだって解るか」

「だってミカは寮生活も学校も経験済みだろ」

経験者が言うのと、全く知らない俺が話すのとじゃ、違うと思うんだよ。

そう言うヒロの、めずらしく慎重な姿勢が、なんだか似つかわしくなくて、ミカは違和感を覚える。

いつも大体、なんだって率先してやりきってしまうのがいつものヒロであるのに。

「大体日頃家族としか触れ合わないし、村の外を知らないし、学校なんて解るわけがないんだよ」

だから、と、いつになく生彩を欠くヒロの様子をただ見やるしかない。

「俺が、学校に行け行け言ってるから、行く、って言う、それだけのような気がして」

本当に、家族と引き離して、遠く離れた場所に一人おいやってしまっていいのかどうか。

「悩んでるんだよな」

なあどう思う?と聞かれて、いつものように、くだらねえ!!と一蹴できる空気じゃないことに、

居心地の悪さを感じる。

これは一体、なんだろう?

「ていうのを、実際、弟の勉強ぶりみて、ミカなりに感じたこと言ってほしいんだけど」

そういう頼みです、と話をたたまれ、たたんだものを、ハイドウゾ、と手渡してくるヒロは、

そんなに普段と変わらないような気もするが。

…俺にそういう微妙なかけひきみたいなことは端からムリだな。と、諦める。

ウイならそれなりにヒロの態度がおかしいことをまず何とか解きほぐそうとするだろうけれど、

この自分にはどうあがいても、そんな芸当はできそうもない。

だとすれば、確実にあるものを確実に片付けていくだけだ。

「そうしろと言うなら、そうしてもいいが」

「が?」

「俺には、そこに何の問題があるのか、わからんな」

「そこ?」

「俺も祖父に学校に行けと命令されて、それに従っただけだが?」

兄であるヒロが弟の学力を見込んで学校に入れる、それではいけないのか?

「自分の意思ではなかったが、寮生活と学業をこなして、卒業しただけだ」

「うん、それで、王室の任命で近衛兵団に入ったわけじゃん」

「そうだな」

そこにもミカの意思などというものはない。

貴族の子息としてそうしなくてはならないので、それに従った。それ以外の選択肢はなかった。

「それに嫌気がさして近衛ぶん投げて冒険者の酒場にきたわけじゃん?」

そこの所どうよ、とヒロに突っ込まれて、三度、固まる。

しばし、ヒロの言葉を反芻して、思わず出た言葉。

「え?何だって?」

「え?何が?」

だから、エリート兵団から飛び出した反抗的な行為をミカはどう思ってんの?と問われ。

思ってもみなかった事象を突き付けられて、思わず立ち上がっていた。

「俺は反逆的精神で近衛を休職したのか?!」

「はあ?違うのかよ?」

違うのかと言われれば。

「違う…ような…」

「じゃあ何、どういうつもりで飛び出してきたわけ?」

「それは…、だから、民衆の立場に身を置きかえることで集団の役割とその構成力を学ぶために…」

「いやいや、それただの建前」

「た、建前、だ?」

「建前。何がしかに対する人の感情と態度との違い」

くっそコノヤロウ、それくらい解ってんだよ、とこぶしを握り締めてヒロを見返せば。

いつからかヒロはいつもの余裕を取り戻し、飄々とミカの視線を受け止めている。

そして。

「よく考えてみ?団長に休職届を書いていた時の気持ちになって、あの時何がどうしたのか」

「何がどうって…」

そういわれても別に。

「その当時に今のミカが戻ったとして、言いたいことがあるだろ色々」

「言いたい事って言われても、な…」

団長にくだらない嫌味を言われ、貴族にはくだらない追従をされ、平民にはくだらない中傷をされ。

そんなのはもう当たり前に慣れ切った事だ。

特に何を感じることもないただの日常で、ずっとそれが続いていく。死ぬまで、続くだけだ。

だから。それに異を唱えたり、憤懣を抱いたりすることこそが愚かで、意味もない無駄な行為。

ただ自分が自分であればいいだけのこと。

それだけのことが。

「だああああうっぜえええええ!!!」

ヒロの誘導にまんまとひっかかって、その当時の状況に自分を置いてみて、…思わず叫んでいるミカである。

それを、満足げに腕をくんで、うんうん、と頷いているヒロまでもが憎らしい。

「そう、それそれ。それがな、ミカを動かした動機だよ、動機」

もう、ものすごくくだらない事につきあわされた虚脱感で、何を言う気にもならず再び椅子に座りこむ。

「反抗期、ってやつ?」

と、くだらない事をしかけたヒロは、相変わらずしれっと話しかけてくる。

それを無視するにもできない一言で。

反抗期か。

「つまらないな」

そういう類のものかどうかは判断しかねる。

だが、当時を思い返して、一番心に引っかかった事は。

「自分をぶったおしてやりたくなる」

知らず、そう口にしていたことにミカ自身、胸を突かれたような気がしたが。

ああ解るなそれ、とヒロの声がして、反射的にそちらに振り向いていた。

「わかるか?あるか?そういうこと」

「俺はまあ大体、夜寝る前とかに今日一日の自分を思い出して、うおお消えてぇえ!とかやってたけどな」

昔、と何でもないことのように言われ、多くねえか?という思いと、今は違うのか、という思いが交差する。

だがそれ以上は何も考えられなくてヒロを見ていると、それを受けて、ヒロがにやりと笑った。

「ミカのそれをカッコ良く言うと、自分の殻を破るといいます」

「なんだそれ…」

何が格好いいんだ、それの。

「一皮むけた、とかな」

劣化してるぞ。

「んー、檻を壊す、とかかな」

「…檻」

そういえばウイに昔、小さな檻が窮屈になったんだよ、と言われたことがあった。

もっと大きな檻に入ったんだよとオチをつけられて、不毛すぎる、とただ聞き流していたが。

「な?決められたことに納得してるつもりでも、やっぱ、うっぜえ、ってなるじゃん」

「ちょっと待て」

「ん?」

「お前の弟の話だったよな、これ」

「そうだけど?」

なのに何故ミカ自身がこんな疲労感を感じなくてはならないのか、ということはこの際置いておいて。

「じゃあ、好きにしろ、って言えばいいんじゃないのか」

「自由を知らない子に、好きにしろ自由にやれ、っていうのも違う気がして」

「あのなあ…」

お前はどうしたいんだ、と問えば、そりゃ学校に入れてやりたいよ、と返ってくる。

そのくせ、本人の意思を尊重したいという。

「俺はさ、兄貴だから。バカなこと言ってるのは、まあ解るんだけど、あいつら可愛いんだよね」

そう言ったヒロはまた、先にミカが感じたような違和感を漂わせている。

「自分のことならさ、良いんだよ。苦境でも困難でも、自分で片がつけられるから」

でも弟妹の事になると、どうしても甘いんだよな、と白状されて、その違和感の正体を知る。

そうだ、この弱気な感じは、ヒロが自身の弱みを見せているのとは違う意味合い。

上手くいえないけれど、自分とヒロとの間に見えない壁があるような気がする、とミカは思っていた。

それは。

弟という存在が、そうさせる。

よく知っているヒロが、ミカの知らない一人の存在に手を焼いていることが、面白くない感じ。

そうか、これは面白くないな。

「…兄弟っていうのは、そういう弱みになるものか」

「ああ、ミカはいねーのか。兄弟っていうか、まあ家族全員に関わりたいっていうか」

「その関わりたい、っていうのが良く解らんな」

自分の家族は、とにかく一人一人が自律している。

侯爵家に関わることならともかく、個人の抱える問題を共有することなどあり得ない。

各々常に単独であり、つながりや支えもない。それこそが自立であり、個の存在意義だ。

そういえば、厳しいなあ、とヒロが頭を抱える。

「うちは、…ていうか、俺なんだけど」

俺はさ、と前置いて。

「なんでもかんでも手を出して世話やいて、もう一から百まで俺一人でお膳立てしてやりたいわけ」

「相当、過保護だぞ、それ」

「だよな」

わかってるんだよ?と言いつつ。

「それに弟たちが違う生き方をすれば、俺もそっちの道を選んでたらこうなってたのか~、っていう希望もある」

などという、さらに理解不能な兄の心境とやらを、披露するヒロ。

「いや、ぜんぜん解らねえ」

どうして他者にそこまで自分自身を投影させるのか。

それをヒロは、家族だから、という。家族とは、そんなに境界線があいまいな集団なのか。

今までにないヒロの一面を見て、その家族とやらを見てみたくなった。

他人の動向には意味がなく、自分が自分でありさえすればいいとかたくなに自律してきたミカにとって、

それは初めての興味だった。

だから、引き受けた。

「わかった」

と、言えば、「え?急だな」と、ヒロが驚いていた。

何がミカを動かしたのか、ヒロ自身は解っていない様だったが。

「とにかく、その弟とやらを見てから考える」

事にした。

 

 

それが、出発前のやりとり。

 

 

実際、ヒロの村に到着し、ヒロの家に足を踏み入れた瞬間から。

ミカは想像を絶するほどの、「家族」という集団の持つ破壊力に、それまでの価値観を粉砕された。

家族どころか、親戚だの隣近所だの、とにかく群れになった状態から、一切の境界がない。

自分のものは他人のもの、他人のものは自分のもの、と言っていたヒロの言葉にもうなずける。

個が群れであり、群れが個でもあった。

それに取り込まれまいとするだけで、圧倒的な、ストレス!!

何事にも気配りに長けているヒロがミカに気づいてたびたび集団から連れだしてくれるおかげで、

なんとかやり過ごしているものの。

(あのヒロができあがったのが理解できる)

と、心底思う。

いつも旅の間中見ていたヒロの働き、面倒ごとを見極めて、段取りと采配をして、仲間の世話を焼くことが生きがい!

という姿が、そっくりそのまま、ここにある。

旅の間では見せなかったヒロの、兄、という立場は、自分たちに対するそれと変わりない。

それを見ることで、ミカの中にあった、ヒロのあの違和感が完全に消失してしまったのだから、

聞いた百より見た一つ、という教えがいかなるものか、身をもって知る、というものだ。

そのヒロが気にかけている弟がいる。

女ばかりの中で男二人兄弟だから余計に可愛い、と言われ、そういうものかなと思う。

自分に弟がいれば、そういうこともわかっただろうか。

いない存在に思いをはせて、そこに答えを求めることは苦手だ。

だから、ただできることは、今目の前にいる存在に向き合うことだけ。

 

「兄が教えを乞えというので、きました」

 

と、利発そうなもの言いで、そのくせそれにはまだ全然足りていない幼さで、挑んでくる。

全く認めていないけれど兄に言われたので仕方なく、という響きをあからさまに含んだセリフは、

こちらを不快にさせようと意図したものか、否か。

今のミカには、それはどちらでもいいこと。

実際に見て判断してほしい、というヒロの頼みも、一事棚上げだ。

初めて、子供と向き合う。

その今までにない緊張感と、冒険心は、あの日、休職届をだした時の気分に似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓いよいよ青藍登場!あと、ミカの「面白くないな」ってのは、ただの嫉妬です本人気付いてないけども、にぽちっと♪

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通り道

2014年12月04日 | ツアーズ SS

 

金は、あればあるだけいい。というかありすぎて困る、ということがない。

そういうわけで、もうこれだけあればいい、という目標値が定まらなくて焦る。

どーすりゃいーんだろーなー、これ。

と、隣にいる友人にこぼしてみると。

「…つまり?」

何が言いたいのか、と聞き返され、小高い場所から自分の生まれ育った村を見降ろしていたヒロは。

「最低限、死ぬまでにここまではやっとけ、っていう提案をください、せんせー」

と、外部からの意見、を期待して今の自分の問題点を披露してみたのだが。

せんせー、こと友人であるミカは、あいた口がふさがらない、というそれそのものの呆れ方をしてみせた。

旅先で知り合って、共に世界中を見てきた仲間の内の一人だ。

相手の出自も自分の出自も、付き合いの中では理解し合ってはいたが、今回、こうして

ヒロの帰省に付き合わせた甲斐あって、ミカはヒロの現状を目の当たりにしたわけだから。

「なんかそれなりに思うことがあるかなー、と思って」

と、控え目に促してみれば。

まあ、とミカがようやく口を開く。

「ハッキリ言って、この場所を捨てて、新たに住みやすい場所に移動する方が早い」

「だよなー」

あまりにもハッキリ言ってくれるので、いっそすがすがしい。

村全体で移住なんて大がかり過ぎることは置いておいて、家族だけでも、と思ったことが、ヒロにもないわけでもない。

だが、両親はここを終の棲家にする、と決めているようだった。

子供たちにはどこへでも好きな場所へ行け、という代わりに、自分たちの決意は一徹そのものだ。

「だから少しでも楽になれば、って思ってんだけどな」

村は、ぎりぎり暮らしていけないこともない。だが一日のすべてが生きることだけに費やされている。

外の世界を知ってしまったヒロとしては、もっと娯楽や勉学、文化などを取り込んでいければいいと考えているのだが。

「そういうのは行政の仕事だって、言ってるだろ」

ヒロのとどまることを知らない野心の話にいつも付き合ってくれるミカにしても、それは何度も繰り返した話だ。

それを今また、こうして改めるのは。

実際、村で寝起きしてこそつかめる糸口もあると思っているからであるし、だからこそミカの方も

いつものように、そこで話を終わらせたリはしなかった。

「全くやる気のなさそうな行政だってのは解ったけどな…」

ここ数日、あちこち村を見て回ってのミカの感想がそれだ。

村長以下、村の中心部分が文化の発展、などという方向そのものに、興味がなさそうだ。

「それさー、蔓延だよ、蔓延」

「蔓延?」

水を汲むために下の川まで往復2時間、それだけ時間をとられても、勿体ないと思えないほど、他にやることがない。

特にやることもないから、のんびり水汲みに一日費やしたりしていて、ますます勉学や娯楽の時間がない。

そのおかげで日々の発展や進化もないから、とりあえずやれることを、…この場合、水汲みを、やるに尽きる。

水汲みの仕事ひとつは例えだが、一事が万事そういう調子だ、とヒロが言えばミカも渋い顔をする。

「なんかこう、さあ、出口のないところをぐるぐるぐるぐるやってる感じ」

「…そういう住人たちを焚きつけて先導するのも行政の意義なんだが」

「ムリだなー、水道施設にしたって建設には金かかるだろ。そんなことで税金が上がるのを、村の人が望まない」

「自分で汲みに行けば良い、っていうわけか」

「そりゃ金かかるくらいなら自分の足で汲みに行くよ」

とにかく何でも金のかかることは自力で解決、を信条にしているヒロが言うのだからミカには痛切に理解できるだろう。

「俺は外の世界を知ってるからさ、もっと便利になって、もっと豊かになる、ってわかるけど」

それを知らない、今の現状にさほど困っていない村人に言っても賛同は得られないから。

「まず、俺の周辺からやって見せればいいか、って思ったんだよな」

ヒロの野心、せめて上下水道の設備が整い、食料の地産を安定させて、最低限の医療と、就学。

そういう「楽」の部分を提供できる施設を自分の家から発信させていけば、おのずと理解と賛同を得られると考えた。

だから、「金がいくらあっても足りないぜ」状態だ。

「まあ…一個人ではムリだな…」

せめてお前が権力を持ってるならまだしも、とミカが続ける。

「あー権力、なあ…」

「仮に、俺が侯爵家の実権を握ったとして」

「おお」

「投資という名目で、この村を買い上げて資本を出して行政を操作するのはたやすいが」

「…容易いんだ…」

「それをしたとして、俺の代でそれらすべての出資を回収できるとも思えない」

そうなれば、さらに下の代、子や孫の代にまで関わらせることになる。それほどの事業と言えるかと言えば。

「まったく旨みがない」

「…そりゃそうだよな」

「あと、俺の子や孫がこの村を優遇するという保証はない」

他からの資本が入ってくるというのはそういう賭けだ、というミカの話には頷ける。

他の地域では国取りや領地争いなど、稀な話ではない。

この場所が余所からの干渉もなくただ安穏としていられるのは、まさに何の利もない地だからだ。

逆に、それだからこそ、利を追求しない、細々と生きるだけの人が集まり暮らしているということでもある。

「お前が村長に名乗りを上げるなら、まだ支援してやれないこともないが」

「うんまあそれも将来の展望として、一応、視野には入れてますが」

まだまだそこには到達してないな、と言えば、ミカも解っている、というように応じる。

「それまでの基盤か」

「そーそー、何の実績もないひよっこが名乗り出てもまあ無理っしょ」

「そうだな」

つまりそれまでに何をしておけばいいか、という話だとすれば。

「最低限、死ぬまでにやっとけ、っていうことなら」

「うん」

「お前にとって現実的なのは、奨学金制度を作るくらいか」

「奨、学、金」

「とりあえず、一人でやることの範囲を超えてるってのは?」

「理解してまっす」

「うん、だから今お前が村に投資しようとしてる金を、人材育成に使え」

まず学を高めるために、子供たちを外の学校へ通わせる支援をする。その資金。

そうして就学を希望する人数の金銭面の負担をするための制度をつくること。

話はそれからだ、とミカが方向性を定める。

施設ではなく、その施設を必要とする人を増やせば、おのずと必要性が高まり住人の理解も得られる。

そっちから攻めろ、と言われて、しかしそれも今一つこの村の気性には合わない気がする。

「外に出てきたい子は自分から行くんだよ。で、行っちまって帰ってこない」

出稼ぎにしろ、奉公にしろ、外の世界を知ってしまった人間は、もう村で生きることの意義を失う。

外で稼いだ限られた資金を村に送り、村はわずかな資金で限られた生活を営んでいく。

そうやって成り立っていることに大いなる不満を抱かない村だったからこそ。

「打開策としては、弱いだろうな」

と、ミカも同意する。

「だが、やるしかない」

本気の使いどころは、そこだと思う、というミカの考え。

「弟を、エルシオンに入学させるんだろ」

「ああ、うん、なんか無駄に頭いいみたいだから、無駄にするの勿体ないと思って」

「…その勿体ない、ってやつを一度、どこかに置いておけ」

え、どこに、と思ったものの、ミカは至って真面目だ。

「弟の費用は全部お前が都合するよな?」

「まあね」

「で、そうやって就学させた弟がどの方向に進むかだが」

お前に賛同して村の発展に尽力するか、独自の思想を得て村を出ていくかは解らない。

「そだな、それはあいつの自由にしていいと思ってるけど」

「それを、村の人間にも施す」

「俺が?」

「そう、お前が。どの分野でもいい、学ぶために掛る費用を全額負担する」

そのための条件が。

「学び終えた人間はこの村に戻って、得た知識で村の為に貢献すること」

こうすれば、人材の流出は少なからず防げる。

「そして、村に戻りたくないという意思がある奴らには費用の全額返還を強制する」

人材を失う代わりに、次の世代を育てるための資金を回収する。

「そうすれば、お前が一人で村を支えることもないし、その為に捻出する負担も減るだろ」

「…なるほど」

「これなら俺も出資しやすいしな」

次世代までもつれこませずとも危ないと思えばいつでも手を引ける、と言われて笑ってしまう。

容赦ない金銭面での線引きと、全く同じ重みで、ヒロを手助けしようとしてくれる心根が嬉しい。

それについては触れず、ミカは、そういう目標でどうか、と目線で問いかけてくる。

「どこまでやれるかは未知数だが」

「そだな、うん、基金として溜めこむ分には、けっこう目標値が解りやすいな」

俺の稼ぎによって、今年は2人、とか今年は5人、とか募集すればいいわけだろ?

それに返還額を足して、なんなら利息制度も考えて、収入面を安定させ継続すれば、話題にもなる。

各地域で活動を理解されて、出資者も募れる。てことじゃね?

「…お前、そういう勘定早いな…」

「まーな、やるべきことが定まってさえいれば後はやるだけだから楽じゃん」

「後はやるだけ、の、やるだけという部分が一番困難だと思うが」

「え?そっか?おれは構想練ってる時のほうがじれったくてもやもやするけどな」

「ふうん」

やるべきことがある。それらのどれもこれも、手を付けてやり始めるのは苦にならない。

ただ、終わりが見えない道を、いつまでも全力で走ることができない。それが歯がゆい。

そんなヒロの行き先に、ミカの一声が投げられるだけで萎えかけていた脚力に力が宿る。

それは、自分では成しえない奇跡だ。

「あー、早くやりてえ!ヒイロ基金!やりがいあるう!」

村の為の投資に迷いはない。それが必要な人への投資、となればなおさら。

ミカの助言は、人に関わりたくて人に感謝されたい自分にはもっともな方向だと思えた。

「ありがとな!やる気でた!」

いつから始めるかな、とミカを見れば、単純な奴だと笑われる。

「あ、ミカも出資してくれるなら、ヒロミカ基金、とかにしよーぜ、名前!」

「…いいけど…、それなら俺の領地で働けばそれも返還無用の条件でいいぞ」

「な?ちょっと待て、それって貴重な育成人材をミカに取られるってことじゃねえ?」

「俺も出資する以上、それなりの利はもらうに決まってるだろ」

「…ミカってお金持ちのくせにそういうとこきっちりしてるよな…」

「くせに、ってなんだよ。金なんかありすぎて困るってことがないんだろ」

俺だって同じだ、と、先にヒロが言っていたセリフでやり返されてはぐうの音も出ない。

ミカでも、あればあるだけいい、とにかく金がいくらあっても足りねえぜ!ってのは一緒なのか?

「その代わり、俺の領地からの人材もそっちに流してやるよ」

「え?いいのか、それ」

希望者がいればな、とミカの含み笑い。

「この不毛な土地を開発したい、とか、むしろ人身御供になりたいとかいう奇特な人材がいれば、だが」

「人身御供…って」

相変わらず容赦のない奴だ、と不平を主張すれば、気にする風もなくむしろ晴れやかに笑う。

「面白くなってきたな」

それは。

この村の現状を人ごとのようにからかう響きではなく。

生まれて初めて立ち向かう困難さに関わっていくことへの奮起そのものだった。

だから、ヒロも同じように笑った。

「ミカで良かった」

ただそれだけを返せば。

何を、とも問わず、ミカも言った。

「俺もだ」

そこには、同じ未来を見据えているものたちの共感がある。

生まれも育ちもまるで違う、あんなにも離れた土地にいて、それでもめぐりあう。

世界は果てしない。

人一人の心も同じくらい果てしない。

 

それでも、通じ合う。

 

生きることを通して、人は心を通わせる。

険しい道のりの途中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓次回もSSだよー、ミカとセイランのお話でっす、てことでぽちっと♪

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天使に弟子入り

2014年12月02日 | ツアーズ SS

シロちゃんは天使になるんでしょ、とマシロの「師匠」は笑顔をくれた。

 

* * *

 

ここ数日、マシロは、帰省した兄にくっついてきた友人たちの一人、ウイと行動をともにしていた。

彼女の口から語られる「守護天使」の話はとてもマシロの趣味に合っていたし、

話しても話しても尽きない程あふれてくる事柄すべてが面白すぎた。

母親以外にはうちとけないマシロが珍しい、と周りに驚かれることも、どうでも良く思えた。

「随分、気が合うのね?」

と、母に言われて、これは気が合ってるからなのか?と疑問に思ったが、それよりも

もっと解せないことがあったので、反対に問うてみる。

「あたしと、あの子と、何が違うのかな?」

マシロは、自分以外の世界が苦手だ。

家族はまだしも、村の人たちが苦手だから家の外には出来るだけいたくないし、それ以上に

村の外、もっと広い大陸、さらに広い広い世界なんて、一生関わることはないのだから興味もなかった。

ただ自分と、自分の中で遊んでいられる空想世界だけが無限に広がっていく。

それがマシロにとっての、一番の安心、安全、安泰というものだ。

だから、マシロは一人でも平気だったし、一人が好きなのね、と周りの理解もあった。

ところが。

朝から晩まで延々と「守護天使」の話を聞かせてくれるウイは、自分の中に閉じこもって空想の世界を創造するような、

「一人ぼっち」仲間ではなかった。

やたら誰とでも仲良くし、常に多人数と楽しそうで、それでいて周りも放っておかない。

荒唐無稽な話を周囲にばらまきまくるところは、少し前までのマシロと同じなのに、

その動機はまるで違うように思えた。

「そうねえ」

と、母が考えるポーズでマシロを見て、うん、と頷く。

「ウイの話は、空想小説じゃなくて、真実だからじゃないかしら?」

その母の答えは、マシロを驚愕させる。

「ええ?!母ちゃん、あの子の言うこと、真実だって思ってるの?!」

「あら?マシロは、嘘だって思ってるの?」

「嘘、っていうか…」

空想の中で作り上げた世界で、空想の友達がいて、空想の出来事が起こって…、という遊び。

マシロが何よりも得意とするものだから、それと同じことだと思っていた。

思っていた、と気づいて、ああそうか、とマシロは腑に落ちた。

ウイの話にわくわくして、もっと話が聞きたくて、彼女とずっと一緒にいたのは。

マシロ自身、そういう遊びを共有したかったからだ。

何よりも、自分が創り出す世界よりもっと緻密で、謎めいていて、刺激的だったからだ。

それらがすべて。

「真実なの?本当にあの空の上には世界があって、天使が住んでいて、神様がいるっていうの?」

「それを、母ちゃんに聞かれてもねえ…」

火を噴く山があって、塩辛い水が波立つ場所があって、砂が流れていく大地がある。

本を読んでも、旅をしてきた兄ちゃんの話を聞いても、実感なんてないでしょう?

それをどうすれば真実だと確信できるかと言えば、自分の目で確かめることだけよ、と母が言う。

「だから、母ちゃんは真実かどうか言えないけれど」

と言ってマシロをがっかりさせておいて、信じてるだけよ、と言う。

ただ信じる、何を根拠にそれができるというのか。

こともなげに母は言った。

「ヒイロに、嘘はつくな、って育てたんだもの。そのヒイロに初めてできた友達よ?」

あの子たちが嘘をついてるとは思ってないわ、と、明日も晴れそうね、という時と同じ顔で言った。

そういわれては、マシロには何も言い返す言葉がない。

「マシロは小さいおじいさんとか羽のある人とか見えてたんでしょ」

「…うん、そう、だけど」

「同じことじゃないかしら?アサギたちに見えないものが見えていたマシロと」

マシロに見えないものを見ているウイと。

そういわれて、初めて、姉や、妹たちの気持ちがわかった気がした。

そうか。あたし、今、アサ姉で、あの子がちょっと前までのあたしなんだ。

兄は今も不思議なものが見える、と言う。そして、一緒にきた仲間たちも見えている、と言った。

あたしも見えていたのに。

見えないものを信じるって、難しい。

それを軽々と成し遂げる母のことも、なんだかよくわからなくなってきた。

「あら、私は見えないものじゃなくてヒイロを見ているのよ。ヒイロを、信じているの」

マシロの信じているものはなあに?と尋ねられ、ややあって、マシロは母を見た。

これ言ったら怒られるかな?兄の旅の話も、母の信じる言葉も、いまいち信じられない。

でも、嘘は言えない。マシロの世界は、たった一つだ。

「あたしは、あたししか信じてない」

そう言いきると。

「そうね、マシロのそういうところ大好きよ」

と、母がマシロの頭をなでる。

あれ?なんだろう、褒められた。

「だったら、マシロが次にすることはただ一つ、よ」

そう言って、おでこを人差し指で軽く押された。いたずらっぽく笑む瞳にはマシロが映って見える。

「天使になるんでしょう?」

ああ。

そうだ。

ウイの話を聞いているうちに、知識として蓄えられ、マシロの中でどんどん広がっていく世界に、高揚した。

感化されやすい、とは兄が言ったことだったか。知らず、天使になる、と宣言していた。

それも母に聞かれていたのか。

「やるなら、とことん!」

と、母に背中を押されて、声もなくマシロは頷いた。

あたしはあたしを信じる。あたしが、天使になればいい。

 

 

* * *

 

 

「だからね、なんで子供のうちは不思議なものが見えるの?」

「あー、それ説明するのむつかしーなー」

色々な要因がいっぱいあるんだよね、と自称天使は人差し指を軽く顎にあてた。

考え事をしたりするときの、彼女の癖のようなものらしい、とマシロはそれを見る。

そんなことまでわかってしまうくらい、随分と密接になった。

そうして待つのはほんの数秒、そのわずかな間に生み出したとは思えないほど膨大な情報がウイから語られるのも

もう、すっかり解ってしまっている。

「一番の要因はやっぱり、なんにもないまっさらだ、ってところかな?」

怪しげな飾りをひとつひとつはずして、マシロが造り上げた城を片付けていく作業。それを二人で行っている。

長い間「ひきこもって」いた場所を明け渡すことに、さほど喪失感がないのは、それよりももっと心を占める、

ウイの話を取り込もうとしているからか。

「生まれてすぐの命って、住みわけがまだしっかりしてないんだよ」

「住み分け?家とかに住んでるのに?」

「家じゃなくて、世界だね。人の世界、天使の世界、妖精の世界、霊の世界、そういう、世界」

世界は全部一緒に存在しているけれど、住人たちはちゃんと住み分けている。

そして人は人の世界を識っていくことで、人としての魂が定まっていく。

「小さい子たちってまだ定まってないあやふやな状態だから、世界の境界を時々越えちゃうんだよ」

「でも、あたしより小さいセイとか、コズミとか、全然見えてなかったよ?」

それは何?と問えば、すぐさま、答えが返ってくる。

「興味かな。人の世界の方に興味が強いとそっちに意識がいっぱいいっぱいになるでしょ」

逆にシロちゃんが見えやすいのは、とウイが垂れ幕をはずしながら、首をかしげる。

「あんまり人の世界に興味がなかったからかな?」

それが全部じゃないけどねー、と言われたものの、その説明には納得してしまった。

コズミは友達や家族と関わることが最優先だし、セイは絶えず書物に没頭している。

それらを人の世界を識ることだと言えば、確かに、マシロにはそういう執着はない。

自分の内にとじこもっているのが一番だから、周囲はどうでもよかったのに。

「じゃあ何で、あたし、見えなくなったの?」

今でもそんなに人の世界に興味があるとはいえない。そう問えば。

「それは興味がないふりをしてるだけだね」

「ふり?!」

「あ、自覚とか、意識的にじゃなくてね」

もうずっと人の世界に住んでるんだもん、人として定まっちゃうよ、と言われてため息が出た。

なんだ、そんなの。…結構、つまらないな。

つい先日、自分で出した答えの方がずっと素敵だ。とマシロは思ったけれど。

それを、ウイに教えてあげるのはなんだかもったいない気がした。

だから、またウイに質問する。

「じゃあ何で兄ちゃんとかウイは、今でも見えるの?」

「そりゃー、ほら、いろんな世界に関わってるようなものだし」

ウイが天使だから、ずっと一緒にいるヒロたちにも影響しちゃうんだよね、と言い、そうだ、とマシロを見る。

「ミカちゃんとミオちゃんは見えなかったのに、見るようになったんだよ」

「なにそれ!」

それは聞き捨てならない。

「じゃあ、あたしも?あたしもウイといたら、また見えるようになる?!」

それは、マシロにとって何よりも重要な、誰にも譲れないほどの重要なことなのに。

「うん、そうだね」

と、いやにあっさりウイは頷いた。

「なにそれ」

と、さっきと全く同じセリフを、全然違う声音で吐き出していたことに、マシロ自身、びっくりする。

なんだろう。もう、浮き沈みが激しい。嬉しいのか嬉しくないのか、なんでそんなことを思うのか、自分でもわからない。

そんなマシロをしばらく見ていたウイが、

「見えるようになりたいの?」

と聞いてきて、その無頓着さに神経を逆なでされた気がした。

「当たり前じゃん!見えてたのに、見えなくなるって、どーいうことかわかんないでしょ?!」

だからそんな風に無神経に聞けるんでしょ?

そんな感情的な声音に、ウイがびっくりして動きを止め、マシロを見ていた。

しまった。またやってしまった。だから他人と会話するのは嫌だ。イライラするし、嫌な気持ちになるし。

…きっと、相手にもそんな気持ちに、させるし。

そんな重い思いに引きずられて、地面を見る。

そうすると、父や弟はそーっといなくなるし、姉や妹にはハイハイ落ち着いてー、とほっておかれるし。

いいんだ、もう慣れてるし。

そう俯いているマシロの頭を、よしよし、とウイの声と手が優しく撫でる。

驚いて顔を上げると、大丈夫だよ、とウイがマシロを見ていた。

「見えなくなるっていうことはね、シロちゃんが、ちゃんと強くなってることの証だよ」

「え?」

「悲しいことじゃないんだよ。人として生まれて、もう人として生きていけるってことなんだよ」

ウイたち守護天使は人を助けるためにずっと地上を守ってきたけれど。

もう人は大丈夫、って神様が決めたことだから。

「ちゃんと強くなれるんだって、ウイは安心してるよ」

そうして強くなって。人として強くなって、人にしかできない力を手に入れたら。

「そうしたら、他の世界の住人が、シロちゃんに力を貸して、ってお願いに来るよ」

だから悲しいなんて思わなくてもいいんだよ、と言い聞かせられて、涙が出た。

「…そんなんじゃ、ないもん…」

言ってほしかったのは、そんなことじゃない。けど。

言いたいことも、そんなことじゃない。

「…ごめんね、怒鳴って」

もうほとんど相手には届かないくらいの声だったが、ウイはまた頭をなでてくれた。

「いいよ、いいよ。怒鳴りたい時は思いっきり怒鳴ったらいいんだよ」

だって、とウイがたたんだ布を広げてマシロの涙をふく。

「ウイはシロちゃんのお師匠様だもん。シロちゃんのこと、どーんと受け止められるよ」

ちょっと、これ。

あたしにおしゃれ着作ってあげて、って言って兄ちゃんが特別に送ってくれた良い布なんだけど。

「弟子はお師匠様に迷惑かけるのがお仕事なんだよ、わかった?」

「…うん」

まあ、…いいか。鼻かんじゃえ。

 

 

* * *

 

 

「なんで神様は、人のこと助けてくれないの」

すっかり装飾品もかたづいて、マシロの城は、ただの厠の外側に戻った。

今、その軒先で、ウイと二人並んでおやつの干し芋を食べている。

「ええー、そりゃムリだよー」

マシロのゴメンネ、からの怒涛の質問攻めにも一切途切れることなく、ウイの「授業」は続いている。

そうか、これ授業なんだっけ、とマシロはウイを見た。

そう言えば、村の子たちがウイの「授業」を胡散臭がって寄りつかないのに同情してしまって、

つい、近づいてしまったのが、この、ウイとマシロの関係の始まりだった。

「神様は神様で、大変なんだから」

なんてお気楽そうな口調で言われても、全然授業でも大変そうでもないけれど。

「変なの。あたしが立派になったら他の世界の住人があたしに助けて、っていうようになるんでしょ」

「そうかもだけど」

「じゃああたしが神様に助けてって言ってもいいんじゃないの?」

あたしよりずっと立派なんでしょ、神様。

と、マシロが言えば、ウイが片手を振る。

「立派すぎて、シロちゃんの声なんか聞こえないよ」

「なにそれ」

心狭いな神様。と、思っていると、ウイが軒の隅っこを指さす。

「あそこ、蜘蛛の巣」

「うん。…え?恐いの?蜘蛛」

「ううん、蜘蛛は恐くないけど。あ、シロちゃんは恐いの?」

「恐いわけないじゃん」

あれを恐いっていうの、あの人がおかしいだけだし。そんなマシロの心の声が聞こえるはずもなく。

ウイは、それは良かった、とにこにこして、もう一度、蜘蛛の巣を指す。

「あの蜘蛛の巣、嵐がきたら壊れちゃうよね」

「嵐がきたら屋根飛んじゃうよ」

蜘蛛の巣どころじゃないよ、と言えば、はい!それ!!と、ウイが両手を叩く。

「な、なに」

「今のシロちゃんのそれが、まさしく神様のお言葉です」

「はあ?」

「シロちゃんは風に飛ばされた蜘蛛が助けてーって言っても聞こえないし」

「当たり前じゃん」

「万が一聞こえたとしても、蜘蛛の巣を作ってあげることもできないし」

「作れるわけないでしょ」

「神様も同じだよ。シロちゃんが、水汲み大変だからこっから水出して神様ー、って思っても」

思わないし、そんなこと。

「神様は、どうにもできないんだよ」

世界が違うの、と言われて、ウイの話が「どうして神様は助けてくれないの」というマシロの質問への

返答だと分かった。

「…ウイって教えるの下手だね」

「だってウイ初めて師匠になったんだもん、そこは広い心でどーんと受け入れてよー」

それも弟子のお仕事です、と言われて適当に頷く。あーはいはい、ってなもんだ。

あ、なんだろう。これ、アサ姉がよく言うな。あー、はいはい、って。あたしに。

「だからね、神様は神様のことしかできないの。人が人のことしかできないのと同じだよ」

わかった?と聞かれても、先に気付いたアサ姉のあーはいはい、の真意が頭から離れなくて、

素直に頷けない。つい、ひがむような声がでる。

「じゃあ、神様は何してるの?何が大変なの?」

が。

「世界を正しくしてるんだよ」

そう言われては、それはそれで聞き流せない。

「なにそれ」

そのマシロの合の手ももう慣れたのか、ウイがさらりと続ける。

「お日様が消えたり落ちたりしないように、とか」

「え?あれ落ちてくるの?!」

「この山がさかさまにならないように、とか」

「ちょっと!逆さまになるようなとこに住んでるの、あたしたち?!」

「水がからっからになって無くなっちゃわないようにとか」

「死んじゃうじゃん!困るじゃん!!」

「だから、世界が困らないように、日々頑張ってるんだよ、大忙しだよ?」

だから人の事は人が頑張ってください、と大真面目に言われては、余計胡散臭い。

「…頑張れる、って、神様が決めたから?」

「そうそう」

それってただ小事をめんどくさいから人に丸投げしてるんじゃないの?とうがっていると

ウイが黙って、地面を指さす。

そこに蟻の一列を見て、マシロは、ひとつため息。

「そうだね、蟻の巣が壊れても、あたし何にも手伝えないもんね」

でも干し芋の一粒くらいあげちゃうけど、と食べ残しを地面にまいてやる。

マシロの背後でそれを見ていたウイが、笑った。

「それが、天使だよね」

そう言われて、マシロはウイを振り返る。

「え?」

「人を助けてあげなさい、って、神様が天使を作ったでしょ」

マシロのこの気まぐれの一粒が、神の一声で生まれた天使か。…ちょっと、しょぼすぎない?たとえが。

いいの?芋にたとえられて、と当人を見れば、ウイはにこにこしている。

その笑顔が、さっき、マシロの涙を拭いてくれた優しさに重なる。

ウイは、天使だから。

「でも、もう人に助けはいらない、って神様が決めたんでしょ」

もう天使は助けてくれないんでしょ。

じゃあ、今目の前にいるウイは。それを信じようと、天使になると言いきったマシロは。

どうなるの?

マシロの問いかけにも、ウイは動じなかった。

まるで、それこそがマシロを納得させる最大の真実であるかのように。

「シロちゃんは、天使になるんでしょ」

それで、いいんだよ。

それこそが、天使の本当の役目だよ。

人が、天使になる。

「天使は、人を助けるために神様が送り出した真実だよ。天の使いは、その御心」

それは、ウイからウイにかかわったすべての人につながっていく真実。

誰かを助けたいと思い、強くなり、一人が一人を救い、人が世界を救う。

人の世界を、あるいは、妖精たちの、精霊の、目に見えないものたちの世界。

命たちを、守り、導く。

すべての命あるものたちを、存在している魂を、人が守れるのだと、気づく。

そのための力。

そのために、人としてある命。

「人間にしか、できないことだよ」

そんな壮大なこと。途方もない、まるであり得ない、そんな力が自分にあるとは思えない。

「む、むりだよ。あたし、何もできないよ?」

「そりゃそうだよ、だってシロちゃんは今ウイに弟子入りしたばかりだもん」

今から、修行は始まるんだよ、と言われて、肩を叩かれる。

「ウイは世界中のどこにでも行くけど、シロちゃんはここで」

「ここで?」

「ここでしかできないこと、シロちゃんにしかできないことをやるんだよ」

身の回りで起こることすべて、出来事に動かされる感情のすべて、それらが全部、天使の修行。

そうして、たった一人の存在になっていくこと。

自分になっていくこと。

「それが、修行?」

「そう」

美しくも、劇的でもない。ただそこにある日々の暮らし、それを人として過ごしていくことこそが。

天使になるための大切な修行だ、とウイは笑った。

「だって、ウイはそうやって、もう一度天使になれたんだもん。シロちゃんにもできるよ」

お師匠様がいなくなった話をしたら、早く見つかると良いね、って言ってくれたでしょう?

さっきも怒鳴ってごめんね、って謝ってくれたでしょう?

「それが、どれだけウイを救ってくれたかシロちゃんはまだ分からないかもだけど」

確実に、シロちゃんはやれているよ、と笑顔をくれる。

「…そんなことで、いいの…」

見つかったらいいな、とか、悪いことしたな、とか、そんなちょっとしたことで?

ひどく単純なことを指摘されて不信を顔に出すと、そんなことじゃないよ、とすかさず返される。

「すごく難しいことだよ。言いたいけど言いにくかったり、伝えたいのに伝わらなかったり」

ああ。

そういえば、アサ姉やコズミたちにも謝ろうと思ってて、でも、改まって近づくのがなんだか後ろめたくて、

まだ謝ってない。

そういうこと?

「謝りたい人がいるの?」

「…うん」

「じゃあ、行こう。ウイが一緒にいってあげる」

「ええー?」

それもなんだか、と気後れしていると、修行だよ、とウイに手をひかれる。

「言ったでしょ。ウイは、お師匠様だから。ウイもね、一人でできない時、できるまでお師匠様に助けてもらってたよ」

だから、今度はウイがそうしなきゃね、とマシロを促す。

甘えていいんだよ、と言われて、納得する。

「そうか、あたし、弟子だから」

「そうそう、できないことがあっても当たり前、できるようになる為の修行だから」

大丈夫、それで大丈夫。

自分でいること、自分の好きなところも嫌いなところも、捨てたりあげたりできない。

悩みも苦しみも喜びも、そのすべてのことが自分を作っていくこと。それで間違ってないんだよ。

「ここが、シロちゃんの場所だよ」

ここ、と「自分」を指して、マシロの師匠は、最大限の保障をくれる。

「少しづつ、積み重ねていこうね」

「うん」

できることも、できないことも、まず自分を知ること。

そこから、はじまる。

皆が集まっている広場へと連れだって向いながら、そうだ、とウイが振り返る。

「ウイのお師匠様が見つかったら、シロちゃんに真っ先に会わせてあげたいな」

「あたし?」

「ウイのお師匠様はねえ、上級天使様だから。もう絶対、天使!ってシロちゃんにも解るよ」

「へえ…」

「それに、シロちゃんが弟子になったってお師匠様に言ったら、すごく喜んでくれると思うよ」

「ふうん」

そうか。もう、あたしの天使は始まってるんだ、と唐突に実感する。

目に見えないものを信じるのは難しい。けれど、目の前にいる人のことは信じられる。

母の言っていたことは、これだ。

それは、まだ、自分を信じると言い切れる少女の純真さ。無垢である強み。

それでも、この先、何があっても進むべき道はマシロの中に伸びている、とウイがいうから。

迷い、恐れ、不安に駆られても、ウイがくれた天使の指針はここにある。

 
 
 
「あたし、天使になれる」
 

 

マシロは今、それを信じる。

 

 

 

 

 

 

天の心は、ここにある。

 

 

 

 

地上にひとつ。

 

また、ひとつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


特別な日2

2014年11月15日 | ツアーズ SS

朝早く目が覚めたマシロは、ひとまず、兄の姿を探すことにした。

午前中に済ませるはずの仕事が始まってしまうとなかなか二人きりにはなれないし、

午後からはチビたちがまとわりついて離れないからもっと無理だし、

夜になると男性陣は別の棟に引き上げてしまうので、完全に機会が失われる。

 

そう考えたから、素早く行動を起こしたはずなのに、兄はもう友人と何やら話しこんでいた。

 

ここ数日、午前いっぱい、兄はこの金髪の友人とつれだって村を歩きまわっている。

時には村を離れ、その下の畑から、もっとくだったふもとの村の方にまで足を伸ばしているらしい。

それだけ動き回って、午後からはチビたちの相手で暴れまくっているのだから、

体力が有り余って仕方ないのかしら、なんて母と姉は感心しているくらいだ。

けれど、マシロにはそんなことはどうでもいい。

兄が連れてきた村の外の人間を、邪魔だな、と思うくらいで、特に関心はない。

こっちは数年ぶりに兄に会ったのだから、少しは気を利かせてくれたっていいじゃない、と思う。

そんなマシロの内心が伝わったわけでもないだろうが、友人の方が先にマシロに気づいた。

地面になにやら絵をかいているらしい兄に声をかけ、それを受けて兄がこちらを見る。

「おー、マシロか早いな、おはよう」

マシロの葛藤など露知らず、屈託なくヒイロが笑顔を見せる。

マシロの態度がどうあれ、いつもだいたい機嫌よく相手をしてくれるのは母とヒイロくらいだ。

父や弟には気まずい顔をされ、姉妹たちには適当に放っておかれることに慣れている。

「ん、どうした?」

おいで、と手招きされたので近くまで歩いていく。

歩いて行って、話をしたいんだけど、とだけ言ってみた。

それ以上は口をつぐんでいると、兄と友人が顔を見合わせる。

そうして友人の方が先に、行ってこいよ、と告げる。そのことになぜか、ヒイロの方が困っている。

「…ミカ…一人で大丈夫か?」

なんてわざわざ訪ねている様子に、バッカみたい、と思う。

こんな小さな村で何があるっていうの。イイ大人のくせに、ずっと兄ちゃんに面倒見てもらっちゃってさ。

そんな、妬む思いを抱えながら背を向けて、速足でその場を離れる。

わずかもたたないうちに、ヒイロがおいかけてきた。

おいかけてきて、くれた。

 

「なんだなんだ、母ちゃんたちにも秘密の話か?」

 

のんきそうな声に足を止めると、ちょっとした胸の痛みを覚えた。

だから、聞いてみる。

「何してたの?」

「ん?兄ちゃんか?下水道と上水道の仕組みとか、技術量とか、投資金とか、そういう話な」

「とーしきん?」

「お幾ら万ゴールドで、この村に上下水道をひけるかっていう…」

「どうでもいい」

「…そうだな」

なんだ、別にどうでもいい事だったじゃん。

強引に連れ出したことを、ちょっとは悪かったな、って思ったのに。

と、再び苛立ち始める気持ちを抑えるために、マシロはその辺りの岩を適当に指さしてみた。

「あそこ、見える?」

「ん?」

ただの岩だ。そんなことはわかっている。だから、ヒイロの返答は至極、的を射ていた。

「いや、なにも、いないな」

見える見えない、ではなく、いない、と言えるのはヒイロだからだ。

そのことに、忘れていた胸騒ぎがよみがえった。

そうか。見えないんじゃなくて、あの不思議なものたちが、いなくなっちゃったんだとしたら。

アタシが見えなくなったわけじゃない。

そのわずかな希望。まだ、どこか期待している自分を抑えきれなくて、マシロはヒイロを見上げた。

「村の、どこにもいない?」

「村の?…あ、そうだ、赤い首巻のじいちゃん、段々岩のとこじゃなくて、草だまりのとこに立ってたぞ」

それは、村の者だけが使う地形の名称。

そして、『赤い首巻のじいちゃん』は、ずうっと昔から段々岩にしゃがんで空を見ていた不思議なモノ。

ヒイロとマシロだけが、そう呼んでいた小さなお爺さんだった。

「段々岩も崩れてたなー、あれって、どうかした?」

「…段々岩は、ずっと前の地震で崩れちゃったんだよ」

「あー、地震かあ」

けが人が出たくらいで済んだって聞いたけど、とヒイロは、草だまりがある方角を振り返った。

「そっか、お気に入りの段々がくずれたからあっちに移動したのか」

草だまりの方にも、小さい岩が重なった段がある。

よっぽど段々好きなんだな、なんてことを何気なく口にするヒイロに、たまらなくなって、

マシロはそれをさえぎるように声をあげた。

「どうして、どうして、兄ちゃんは今も見えるの?どうしてアタシは見えないの?」

驚いたようにマシロを見たヒイロに、もう一度、どうして?!と叫んだ。

八つ当たりだ。そんなことはヒイロにも答えられないし、ヒイロのせいでもない。

ヒイロでも、どうしようもないことなのだ。解っている。だから。

「そうか、マシロは見えないのか」

そう言ったヒイロの言葉が、マシロを責めているように聞こえるのも、八つ当たりの、お返しだ。

多分。

多分、それはマシロのおろかな思い込みの末の、被害意識。

そうであるように、ヒイロはマシロを責めたりしないで、そっとその手で頭を撫でてくれた。

「そうだよな、大人になるにつれてそういう感性はなくなっていく、っていうもんな」

マシロが悪いんじゃない、だいたいの人がそういうもんだ、と諭されて、マシロは両手を握りしめた。

「アタシだいたいの人なの?特別な人にはなれないの?兄ちゃんだけ、特別な人なの?」

「いや、兄ちゃんも別に特別な人じゃないけどな」

「だって見えるんでしょ?今も、村の中に見えるんじゃない」

「うん、だから、特別な人じゃなくて、兄ちゃんは『見える人』、なんだよ」

「なにそれ、わかんない」

「うーんー、そうだなあ…、マシロはこの村から出たことないからなあ…」

村の外なんて、今、関係ない。興味もない。そんなことはどうだっていい。

マシロが欲しかったものは。

「アタシも、特別な人が良かった」

アサ姉みたいに仕事ができたり、セイみたいに頭がよかったり、コズミみたいに誰とでも仲良くなれたり。

皆がそんな風に当たり前みたいに出来ることよりもずっと、特別なこと。

村の誰もがなれない、特別に、なりたかった。

そうでないと、アタシ、何をして生きたらいいのかわからない。

マシロの思いを、切なる願いを、ただじっと聞いていてくれたヒイロは、解るよ、といった。

「…そんなわけない」

嘘だ。解るはずない。ヒイロは、だってずっと特別な人で、今も特別を持っているのだ。

無くしてしまったアタシのことなんて、解るはずない。

「解るんだって。…マシロ、俺が村を出たのは、特別な人になりたかったからなんだから」

その言葉に驚いて顔を上げると、ヒイロはいつになく神妙な面持ちでマシロを見ていた。

その真剣さにも驚く。

なんだか、ヒイロがマシロの知っている兄ではないように思える。

「あー、俺が神隠しにあったの、覚えてるか?」

「…覚えてない…けど、知ってる」

「うん、マシロはまだ小さかったからな、あんまり解ってなかったかな」

村では有名な話だ。小さい子がひとりふもとの村で行方不明になって、探しても探しても見つからない。

もう神隠しにあったと思って諦めよう。そう村長が捜索を打ち切ったあと、何百日も経って子供は帰ってきた。

村人の捜索範囲の何倍もの距離を超えた見知らぬ村で。嗚呼これぞ、神隠しの真骨頂!

…そうしていながら、真実は、旅の商隊に拾われて面倒を見てもらっていただけだ、という話も有名だ。

「その時、俺、なんかもう村の英雄みたいに騒がれちゃってさ」

実際、英雄のようなことは何もしてなく、ただ商隊で下働きをしていただけなのにな、と気まずそうに言う。

「そんな話は、世界中ごまんとあるんだよ」

だが、この小さな村では、世界と隔絶されたような場所にあるこの村では、語り継がれるほどの大事だ。

「しばらく村は大騒ぎだったし、父ちゃんと母ちゃんも、ものすごく俺に過保護になってさ」

家をちょっと離れるだけで母が探しにきたり、友人の家に行くだけなのに父がついてきたり。

「だけど、そういう特別なことって、ずっと続かないんだよ」

すぐに日常は戻ってくる。普段通りの生活が始まる。なぜなら、そちらの方がずっと重要だから。

人は、特別なことも、慣れてしまえば特別だと思えなくなる生き物だ。

「丁度、セイが歩き出して目が離せない時だったし、コズミも生まれたばっかで手がかかったしな」

ヒイロはこの辺りでは、早くから下の子の面倒を見るよう頼られる存在だった。

それに元々の性分からも、頼られることに不満を感じず、事実そのように育ったうえに、

商隊の下働きをして世間からも鍛えられて戻ってきたヒイロは、ほぼ、大人並みに手がかからなくなった。

「それに俺がいない間に、アサギとマシロもしっかり手伝いとかできる子になってたし」

俺の居場所、ないな、って思ったんだよ。

その告白は、マシロにとってこれ以上はない衝撃だった。

「居場所、なかったの!?アタシたちのせいで?!」

あまり人と一緒にいることが好きではないマシロも、時々そう思うことはある。

それでも自分は個室にこもってても誰にも怒られなかったし、母を独占することもできる。

だが、それさえもなく、ヒイロは一人、家族の外に出て行ったというのなら、あまりにも可哀想過ぎる。

「兄ちゃん、可哀想…」

「いやいやいや!別に可哀想じゃないから!単に俺がそう思ってただけな」

悲しいとか寂しいとか、全然そういうのとは違う、と言って、違うから、と大仰に手を振る。

「村の中でも、外でも、子供のやる仕事は一緒なんだよ」

大人の手伝い、お使いや、小さい子の面倒を見たり、掃除洗濯炊事、そういう雑用。

「ニオのおしめ洗ってもただそれだけのことだけど、商隊の赤ん坊のおしめ洗うと、給金もらえるんだぜ?」

やってることは同じなのに、すごくねえ?と、やけに熱っぽく語られては、そうだね、と頷くしかない。

「な?だったら、どうせ同じことなら、外に出て金稼いだ方がみんなのためになるって思ったわけよ」

俺がいないことを寂しがってもらえるし、たまに金持って帰って有難がられるし、一石二鳥。

万事丸く収まってイイことづくめ。

そうして、特別になりたかったんだろうな、とヒイロが照れくさそうに笑った。

「まあ今思えば、考えかたが子供だから。なんだそれ、って感じだけど…」

でも、その時は、それが特別に思えた。

特別、とマシロも口に出す。

「な、マシロと同じだろ」

これスゲー恥ずかしいから、皆に言うなよ?マシロにしか言わないからな、と勿体ぶって言われたけど。

特別な存在になりたかった子供。今のマシロと同じ。

ただ、マシロは何も行動することなく内にこもり、兄は外の世界へと飛び出した。

「でも、そうやって思い切って出ていっても、すぐにそれも特別じゃなくなる」

そもそも出稼ぎ自体がこの村じゃ特別なことでもなんでもないしな、とヒイロが笑った。

まあ子供の浅知恵だな、と付け加えて。

村の大人が普通にやっていることを、子供がちょっと早めにやっただけの、実に短い『特別』。

「特別なんて、そんなもんだよ。大してありがたいもんじゃないし、素敵なことでもない」

そう言われてしまっては。

「…夢も希望もないね…」

「そうか?」

「だって…、だって、変だよ…、兄ちゃんは特別になりたくて村の外に出たんでしょ」

それなのにいないことに慣れてしまう。それが日常になってしまう。

特別なんてあってないようなものだ。

なら初めから、全くなければいいのに。変に自惚れたりせず、打ちのめされたりしないのに。

「良いんだよマシロ。それで、良いんだ」

特別になりたくて村の外に出た。それも本当だけど。

「俺はさ、自分が特別になれない、って解った。その代わり、とっておきの特別を手に入れた」

なんだと思う?と、悪だくみでもするような調子で問いかけられ、でもそれに乗る気分でもなかったので、

マシロは黙って首をふった。

とっておき?

「この辺りで赤い首巻のじいちゃんが見えるのは俺だけだ」

だけど。

「俺と一緒にきた友達は、全員、見えてる」

「えっ?」

「それだけじゃない、世界中さがせば、見える人はまだまだいっぱいいるよ」

そんな人たちがたくさん集まったらどうだ?自分一人の存在なんて、特別でもなんでもない。

ただ単に、見える人たちの中の一人にしか過ぎない、とヒイロが言う。

そんな風に、世界には『特別』がいっぱいある。自分たちが勝手に『特別』だと思っていることが。

「そして、それを、一つ一つ、手に入れることができるんだよ」

たくさんの特別を集めて集めて、集まったものは『特別』なんかじゃなく、

当たり前、になる。

当たり前のこととして、自分のものになる。

「特別なものに囲まれている当たり前の日常、ってなんか最強、って感じじゃね?」

そう、言われても。

「よくわかんないよ。アタシ、なんにも特別なもの持ってないもん」

うん、だからさ、マシロ、とヒイロは幼い子に言い聞かせるように少し身をかがめてマシロと目線を合わせた。

「兄ちゃんと一緒に、村を出てみないか」

それは。

それは、マシロにとって一度たりとも望んだことのない『特別』。

アサ姉や、セイは時々、買い物や仕事の算段でふもとに降りる父について行く。

コズミだって、母と一緒に畑や水汲みに山を降りる。

それらを楽しい事のように行う彼らが理解できなかった。

「無理だよ、無理。アタシなんにもできない、何もしたくない」

「別になんにもしなくていいけどな」

「え?」

ただ、ちょっと外に出てみるだけでいい、と言い。

「安心しろ、マシロ一人くらい守ってやるし、簡単に養ってやれるから」

個室がいいんだろ?任せとけ、と付け加えられて、瞬く。

「マシロの望む場所に、個室を用意してやるよ」

個室が欲しいなら兄ちゃんがなんとかしてやるから、と帰ったばかりのヒイロが言っていた。

あれは、ヒイロの本心だった?

「テキトー言ってるのかと思ってた」

「おいおい、兄ちゃんが嘘言ったことあったか?」

そう言われてもよく解らない。

だって兄ちゃんなんて、ずっと村にいないんじゃない。いない方が多いじゃないか。

気にかけてもらえることが嬉しいのか、それがいつもそばにないことが寂しいのか。

マシロにもよくわからない感情が渦巻く。

「わかんない。アタシ、ここでいいもん」

「そりゃマシロがいいなら、俺だって全然イイよ。でもマシロが」

なんでアタシは特別じゃないの?って聞いたからさ、とヒイロが腕を組む。

「悩んでるなら力になりたいし、困ってるなら助けてやりたいだろ。でも兄ちゃんは神様じゃないから」

何が正しいことなのかは解らない。マシロに一番間違いのない、正解を答えられないから。

「兄ちゃんができることをやってるだけだ」

「できること…」

「兄ちゃんは世界中ぐるぐる回って旅することしかできねーだろ」

そうして、どんな答えを出すのかはマシロ次第だ。

「どんな答えでも、マシロが納得してそうしたんだったら、それでいいって思うけどな」

別に村から出ることを強要しているわけではない、ということをマシロに解らせておいてから

「まあつまり、兄ちゃんをお得に利用しろってことだ!」

それが、下に生れた者の特権だ、とヒイロは笑った。

「アサギはここがいいんだってさ。何でもある外より、何もないこの村の方が生きがい感じるらしい」

「アサ姉が?」

「セイにもな、行きたいなら学校に入れてやる、って言ってある。だから今、猛勉強してるだろ」

もう十分だと思うんだけどな、と言い、コズミはまだちょっと早いかな、なんて呟く。

だからマシロも考えてみな、とヒイロが姿勢を戻した。それを目で追って、見上げる。

「外の世界を見てみたいって思ったら、いつでも連れてってやるから」

そうして外を見て、視界を広げて、心を自由にすればいい。

自分で自分を縛っていることに気づけば、居場所なんてどこでも良い。

世界に出て行こうと、村の中へ戻ろうと、絶対に失わない物があるだけで生きていける。

特別と扱われることに酔わなくても、ただ一人の自分として生きていけるから。

「今すぐじゃなくてもいい」

ちゃんと考えてみな、とマシロの頭に手が置かれ、そうだな、とヒイロの声が降る。

「まだ、マシロが直接行くのが怖いなら、兄ちゃんがマシロの代わりを出してもいいな」

「アタシの、代わり?」

「トイレにさ、へんちくりんな飾りいっぱいぶら下げてたじゃん。あーゆーの、得意なんだろ」

本気で作って出来がいいやつ送ってくれたら、売りに出してやるよ?

それは大人しく聞き入れられる類の話ではない。

「あんなへんちくりんなの売れるの!」

「だって、ウイがめっちゃ可愛いって絶賛してたじゃん」

「あ、ああ…、あれ可愛いっていう…あの子、おかしいよね」

「おかしいよな、わかるわかる」

「アタシ、すっごい悪趣味だって思うけど」

「俺もだ、呪術の道具かと思った」

「そうだよ、すっごい恨み妬みこめて作ったんだもん」

変わってるよな、どういう趣味なんだろうね、なんて交わして、二人同時に笑いだす。

「一生懸命作ったのに、そんなヒドイこといわなくたっていーじゃん!」

「マシロだって自分で悪趣味だって思いながら作ってんだろ!」

マシロも十分おかしい、いや、兄ちゃんの方がおかしい、とやりあって、なんだか疲労感に包まれる。

久しぶりに、声をだして笑ったからかもしれない。

そんなことに驚きを感じているマシロを知るはずもなく、だからな、とヒイロが話を戻した。

「世界は広い。あれを可愛いとか言っちゃう変な人はまだまだいっぱいいるはずだ」

それこそ、すばらしい芸術だ!とかいって村まで訪ねてくる奇特な人もいるかもしれない。

そうなったら売れる!とヒイロは確信ありげだが。

「アタシ、そんな一攫千金の夢物語信じてないよ」

「でもなー、あのモエが今、おとぎ話の王子様みたいに晩餐会でお嬢様と踊ったりしてるぞ」

そう言われて、昔大事にしていた絵本の一場面を思い出す。

きらきら場所できらきらした服を着た男女が手を取り合って踊っている。

それを現実に叶えた村の人がいる。

「それはモエちゃんが特別なんだよ」

言って、特別、という響きに口をつぐむ。

特別は、世界中にいっぱいある。その話をしてくれたのが、ヒイロだ、と気づいてヒイロを見れば、

マシロが気づいたことを確かめて、ヒイロも頷いた。

「マシロがどんな特別なものを手に入れるかなんて、兄ちゃんにもわからないけどな」

でも兄ちゃんが持ってる特別は、全部マシロのものだ。マシロが好きにしていいんだ、と言う。

それが、マシロより先に生れて、兄と呼ばれる存在である自分の役目だ。

「世界中どこにでも行ける。なんでもできる。マシロが望むなら、いつだって手助けするよ」

だから、一人きりで閉じこもるな。心配になるだろ、と言われて、素直にごめんなさい、と口にした。

「いや、あれは母ちゃんもヒドイ。怒っといてやったから、安心しろ」

「え?母ちゃんを?怒った、って?」

「マシロは俺に似て寂しんぼうだから、あんましほっとくな、って言っといた」

それはなんだか、不思議な気持ち。

「アタシ、兄ちゃんに似てる?」

「似てる。すっげー俺みたい、って思う」

「アタシは、兄ちゃんに似てるって思ったことないよ」

「そりゃ俺が先に生まれたんだから、しょうがねえ」

兄の特権だ、と言われて首をかしげる。よくわからないけど。

「アタシ、兄ちゃんの特別なの」

「そうだな、家族の中ではマシロのことが一番心配だし一番気にかかるし一番面倒だな」

ちょっと最後の一言は余計だな、と気を悪くして

「あんまり、嬉しくないね」

と憎まれ口をたたけば。

「特別ってそんなもんだ」

と、ヒイロが返す。

それは、ヒイロが『特別』ということを軽んじているわけではなく、とても大切にしているのが解った。

大事、大事に抱え込むことだけが、大切に思うことではないということ。

自分はこれから知っていくのだろう。

外に出ることはまだ怖い。まだ踏み出せない。でも、そこに外の世界があることは、忘れない。

マシロと外の世界をつなぐために、兄が手を伸ばしてくれていることを忘れない。

今日、手に入れた『特別』を、きっとずっと忘れない。

 

 

 

ヒイロと一緒に、金髪の友人を待たせている場所に戻る。

そういえば、村の女性たちが集まって、この人のことを「ひよこちゃん」とか言ってたな、と

その金色の髪を見たときには思ったのだが。

「遅い!!」

と、妙なポーズで身動きしないまま怒鳴られ、きょとんとした瞬間に忘れてしまった。

「え、どうした?何やってんの」

小走りに寄っていくヒイロのあとを、ゆっくりとついていけば。

背中に変なものが入ったから取ってくれ、と、やはり身動きしないままで訴えている。

変なもの?

マシロが首をかしげている間に、ヒイロは友人の襟ぐりをちょいとつまんで、覗き込む。

「ああ」

その正体見たり、といった感じで裾をまくりあげて片手を突っ込むと、何かをつまみだした。

もしかして、赤い首巻のおじいちゃん?とかその類?と思って、マシロはヒイロに駆けよる。

「何?見せて」

アタシにも見える?と、期待を込めてヒイロの手をつかめば。

「蜘蛛?」

なんだ蜘蛛か、とがっかりしたマシロの声に、ぎゃー!という悲鳴が重なる。

なんだ、なんなんだ。

「大丈夫、大丈夫、刺さないやつだから」

「刺すかどうかじゃねーよ!それが存在することが許しがたい冒涜じゃねーか!」

お前この辺に蜘蛛はいねえって言ったよな!と、何やらヒドイ剣幕だ。

ええ?何この人。

「蜘蛛怖いの?」

「あー、うーん」

ヒイロが困ったようにそれを地面に逃がそうとしてるのを止めて、指でつまんで見せる。

「こんなちっこいのが怖いの?なんで?どうして?大人しいのに」

「持ってくんじゃねえ!!!!」

ほら、と見せようとすれば、ヒイロを盾にして隠れる。

おっかしい、この人。なげつけちゃおっかな、と思っていると、ヒイロにたしなめられる。

「マシロ、世の中にはどうしてもそれを受け入れられないって人もいるから」

「だって何もしないのに」

「何もしなくても」

「気色悪いんだよ!」

「ひどーい、気色悪いってなに?どこが?こんな綺麗なのに」

「マシロ、解ってやって」

ヒイロの困ったような声に、自棄になったような声が重なる。

「足が8本も蠢いてんだろうが!」

何言っちゃってんの、ほんと。

「足は12本だよ」

それを言った瞬間、ヒイロが「あ、それを言う…」とこぼし、その背中で硬直していた彼が。

地面に膝をついた。

顔面蒼白。

「じゅ…、じゅう…、……」

「あー、気を確かに!川で洗ってやるから」

「川にもいただろうが!8本のが!!」

「ミカって、怖がる割にめっちゃ探すよな」

「怖がってねえ!」

「あー、気色悪いんだよな、知ってる知ってる」

ちょっと川寄って帰るな、とヒイロがマシロに、先に戻ってるように言う。

その背中の向こうから、テメーそれ捨てろよ!といきがってる声がする。

ばっかみたい。自分の弱みを最大に披露しちゃって、捨てろとか言われたって。

「捨てるわけないじゃんね」

と、マシロの手のひらで大人しく脚を閉じて丸まっている小さなものを見る。

華奢な作り、七色に光る体躯、規則正しい動き、こんなにも素晴らしい生き物なのに。

なるほど、世界には特別変なこともいっぱいあるらしい。

「まあでもつぶされちゃったら可哀想だから、どこかに行ってなさいね」

と、帰り道の草の茂みに放してやる。

その向こうに見え隠れしていた、誰にも見えない羽はもう見えない。

見えないことが、当たり前になる。

「ああ、そうか…」

マシロは、この目に映る風景に、特別なものを思う。

不思議な存在たち。

あれは、アタシだ。

いつもいつもそこにいることが当然になって、それがどれだけ特別なことかを忘れられて。

「寂しかったの?」

見えていた子供が大きくなっていくにしたがって見えなくなる。

だいたいそうだ、とヒイロは言った。

自ら村を出ていくことで、家族の特別になりたかった兄の話。

特別になりたくて嘘をついたマシロの願い。

大人の目の前から見えなくなる不思議なものたちの声なき声。

それらが全部、寂しいよ、と訴えているようだ。

「大丈夫、アタシ、忘れないよ。…忘れらないと思うよ」

不思議なものたちがいたこと。それらが見えていたこと。

彼らも、マシロの日常の風景でいることに我慢できなくて、ただマシロの特別になりたくて、

この目に映らなくなったというのなら、その気持ちが解るから。

「大丈夫、特別な日になったよ」

草むらに声をかける。

返事はない。

それでいい。それが当たり前だから。当たり前だから、とても大切に思える。

大切に、なっていく。

特別な日。

 

 

 

 

 

 

 

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