「イザヤールよ、それがお前の責任かね?」
天使界の長老に問われ、当然のこととして肯定した。
責任とは、自らが起こした行為による損失、または制裁を一身に引き受けること。
そう答えれば、ふうむ、と頷いた長老は、だが…、と続ける。
「多くの上級天使たちは、己の過失とは無関係に弟子をとっておる。」
これをどう思うね?と問われては、即座に返答が出来なかった。
品行方正、成績優秀、勤勉実直、と自他ともに認める天使が答えに窮したのを見て、
長い時をかけ天使界を治めてきた長老はただ苦笑した。
「お前の時間はあの時から止まっているようだの」
あの時。
天使界で誰もが口にすることのないそのことを指しているのは解った。
だが、時が止まっている、と指摘されることと、今のこの問題と何の意味があるだろう。
教えを請えば、長老は穏やかに首を振った。
「弟子を育てていけば、自ずと答えは知れるだろうて」
そうすることが肝心、と諭すように言い含めた長老は、イザヤールが弟子を持つことを
勧めた。
昔から、ずっと変わらず。
そうして、天使界の長老を始め、周りからも弟子をとることを勧められていながらも、
今まで頑なに拒んでいた。
それがまさかこんな形で成すことになるとは、と、数奇な運命を、度し難いもののように感じる。
しかも相手はまだ意思の疎通もままならない天使の卵だ。
こんなことなら、優秀そうな人材を適当に見つくろっておくべきだったか、などと
自虐的に考えては、いや今更なにを都合のいいことを、と否定する。
こんなにも己が揺らぎ、心乱れることがかつてあっただろうか。
あの時にさえも…
そこへ思考が落ち込みそうになった時、天使の気配に顔を上げる。
「また地上へ降りるの?イザヤール」
人間世界への入り口を守る天使が、いつもと変わらずその場所へ立っていた。
その姿は凛として、ほんの数日前にあれほど動揺していた影はどこにも見えない。
それを確かめて、わずかな安堵感がその場を過ぎる。
「ああ、役目だからな」
いつも通り、なにもなかったようにその場まで足を運べば、彼女は大仰に溜息をつく。
「弟子をとった、って聞いたけど?さっそく放任?弟子より地上、ってわけ?」
そうたたみかけるように言われては、安堵感も消し飛ぶ、というものだ。
「ばかな!あれは、…なんというか、手に負える代物ではないぞ!」
「ええ?」
と、眉をひそめる彼女だって天使の卵には手を焼かされているのではないのか?
と思っていたが…、まさか考え違いか?と、補足を入れる。
「いや、手に負えん、というわけでは決してないが!」
まだ師と弟子としての関係を始められる段階にはない。それはよく解った。
だが責任を蔑ろにするわけにもいかない。
守護天使としての任務の合間をぬって天使界にもどり、頻繁に卵の指導に関わるのだ。
生真面目にそう返答すれば、その一部始終を見ていた彼女が、可笑しそうに噴き出す。
「…なにが可笑しい」
「いやいや、あんたにはそれくらいが丁度いいのよ、きっと」
思いっきり規格外の方がね、と彼女は笑う。
弟子をとる成り行きも、その弟子も、育成も、なにもかもが天使界の慣例をぶち壊している。
「型にはまらず変幻自在で、何が起こる解らないって、面白いじゃない」
「なにが面白いものか」
他人事だと思って、と軽くにらみつけると、平然とした態度が返ってくる。
「まあこれであんたは、1週間も天使界に戻ってこない、なんてことがなくなるわけよ」
「…」
今回の騒動、その核心には触れず、このまま日常に埋もれさせてしまうのだと思っていた。
その方が互いの距離もこれまで通り、変にぎくしゃくするより良いと、思ったのだが。
彼女は、目をそらして、それでもハッキリと言った。
「あんたが、あの卵を弟子にとったのって、私のためでしょ?」
それには、答えられない。答える必要がないと、解っているから。
「弟子をとらない主義のあんたがさ、あんなちっこい弟子を連れてうろうろしてたら目立つわよ」
おままごとみたいでさ、と顔を上げて笑う。
「そうやって周囲に、今回の事件の全責任は自分にあるって、知らしめたいんでしょ」
わたしのために。
「…アリーシャ」
なんと言葉をかければいいのか、ただ、落ち着かず彼女の名を呼べば。
「一人でかっこつけんじゃないわよ、ばーかばーか!ばーか!!」
「な…っ」
それまでのしおらしさをかなぐり捨てて、彼女が容赦なく糾弾の言葉を浴びせかけてくる。
「私だって、かっこよく、責任は私にあります!とか言いたかったわよ!それが何よ!」
「い、いや」
「こっちにはなんの相談もなく、一人でさっさとオムイ様に直談判しちゃってさ!」
あんたはいつだってそうなのよ!と決めつけて、地団太を踏みそうな勢いだ。
しまった。まだ、情緒不安定だったか?
思わず周りに他の天使がいないか確認してしまったのは、先日の後遺症とでもいうべきか。
幸い、他の者はいなかったが、それでも彼女の攻撃は手厳しい。
「なんで結果的にあんたの株が上がってんのよ!」
「…すまん」
とりあえず、彼女の気に触ったのなら謝っておくか、などという余裕もなく
ただ勢いにおされて出た言葉だったが、それが逆効果になるか?と身構えた時。
「ありがと」
「はあ?」
思いもよらない言葉に、思わず面喰っていると。
「ありがとうって云ってんの!」
と、そっぽを向いて云い放った。
「…そ、そうか」
この流れでは何に対する礼なのか。あやふやにしたまま、投げつけてくるのも彼女らしい。
彼女らしくて、自分の立ち位置を持て余す。やはり、困った奴だ、といういつもの感想しかない。
そう、いつもの。
いつも通りの関係が、ここにある。
煩いも気遣いも、互いを知るからこそ。長い付き合いで築いた、壊れそうで壊れない距離。
その距離を大事にしてくれる彼女だからこそ、どんな言葉も無意味ではなく。
「…でもさ、私はあんたが弟子をとるって聞いて、嬉しかった。それは本当よ」
「一人でかっこつけてるのに、か」
「そうよ。あんたが、一人でかっこつけてる場合じゃなくなるんだもの。」
あんたの時間が動き出すんだわ、と、彼女が視線をよこす。
「ずっと一人で、ただ一人で、そうやって時間を止めている場合じゃなくなるのよ」
「時間、を」
それは、天使界の長老にも云われた言葉だった。
孤独に何も生まず何も進めず、そうして留まっていれば、恰好はつくが。
「カッコ悪くないと成長しないわよ!」
びしっ!と、指を突き付けて宣言した彼女が、にっ!と笑う。
「規格外のちびっこに振りまわされて、じたばたカッコ悪くあがけばいいんだわ」
そう言われては、苦笑するしかない。
苦笑させられるのは、彼女にか、自分か。
一人、完璧に任務を遂行していれば良いと思っていたが、周囲にはそう見えていたのか。
長老や、彼女がひそかに心配していたように、他の者もまた同じように、
この自分の事を心配しているのか。
それは、ずっと「時間を止めて」いることに対しての、不安が「あの時」に繋がっているから、か。
一人だとなにも成長しないよ
それが、答えか。
自分が弟子をとることに対する、周囲からの答えなのだ。
ならば、せいぜい足掻いてもがいて、何かをつかみ取らなくては礼を欠くと言うものだ。
自ずと答えは知れるだろう、と期待を込めてくれた長老にも。
「そうね。そうしてあんたがじたばたしてる隙に、私も自分の責任を誇れる天使になるわ」
今度は先を越させないわよ、と笑う目の前の友人にも感謝を。
感謝を込めて、ただ、そうだな、と頷いておく。
「地上へ降りる。道を開けてくれ、アリーシャ」
「了解。地上での任務に幸いを、神の使いの名のもとに」
彼女の一言で、地上へ降りる天使が無事戻る事を祈り、星の道が開く。
光の導くままに、天使界の翼は地上を目指し、地上の翼が天使界を目指す。
いつでも、天使たちのはじまりは、ここにある。
ラフェットとはちょっと違う意味で仲の良いアリーシャとの話。
けんか友達。かな。
それにしても、文中で「一人」とか書いちゃってますけどわざわざ「一天使」とかいう
ややこしい表現を使うのもなんだかな…、と思ったので「一人」にしてますよ。
あ、そこはどうでもいいですか。
長い話をここまで読んで下さって、ありがとうでっす(*'-')b
↓ここをぽちっとすると、「読んでやったぜ!」の会心の一撃でっす♪