今日の雨は、おそらく桜の「花散らし」の雨になるだろう。
先日,国道166号を通って「中央構造線;月出露頭」に行こうとしたとき、大宇陀の「又兵衛桜」の近くは車と人でかなり混雑していた。
この「又兵衛桜」は、2000年のNHK大河ドラマ「葵・徳川三代」のオープニング画面で使われ 一躍有名になった桜だ。
「又兵衛桜」は、大坂夏の陣で活躍した後藤又兵衛にちなんで名づけられたそうだ。
幼くして父を失った彼は、戦国随一の智将・黒田如水の庇護のもとに育った。やがて如水の子・長政を凌ぐ大器として朝鮮の役、関ヶ原の合戦で活躍。筑前大隈城一万六千石の城主になるも、長政との確執の果てに、又兵衛は浪々の身となった。だが、豊臣秀頼に招かれて大坂の陣に参戦、縦横無尽の働きぶりを示して、華々しく散ったという。しかし一説には,又兵衛は戦いに破れここ大宇陀の地で僧侶になり,この場所は後藤家の屋敷跡だという。
この「又兵衛桜」の樹齢は300年と言われている。
今年の桜もこの雨で終わりなんやろかなぁ~
「写真;又兵衛桜」
先日,国道166号を通って「中央構造線;月出露頭」に行こうとしたとき、大宇陀の「又兵衛桜」の近くは車と人でかなり混雑していた。
この「又兵衛桜」は、2000年のNHK大河ドラマ「葵・徳川三代」のオープニング画面で使われ 一躍有名になった桜だ。
「又兵衛桜」は、大坂夏の陣で活躍した後藤又兵衛にちなんで名づけられたそうだ。
幼くして父を失った彼は、戦国随一の智将・黒田如水の庇護のもとに育った。やがて如水の子・長政を凌ぐ大器として朝鮮の役、関ヶ原の合戦で活躍。筑前大隈城一万六千石の城主になるも、長政との確執の果てに、又兵衛は浪々の身となった。だが、豊臣秀頼に招かれて大坂の陣に参戦、縦横無尽の働きぶりを示して、華々しく散ったという。しかし一説には,又兵衛は戦いに破れここ大宇陀の地で僧侶になり,この場所は後藤家の屋敷跡だという。
この「又兵衛桜」の樹齢は300年と言われている。
今年の桜もこの雨で終わりなんやろかなぁ~
「写真;又兵衛桜」
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます