昨日見切り千両の話になりましたが。
そこで前職の創業者がバナナの引き売りをしていたこと。
バブル崩壊の洗礼を受けたが、不況こそ伸びるチャンスにしたこと。
バナナを取り巻く環境は当時と現在では違ってくるのでしょうが。
でもバナナですから、今でも共通点はありますよね。
コンビニでバナナは1本100円くらいで売ってます。
スーパーでは3-5本で100-200円くらいでしょうか。
それでも価格差はありますね。
フィリピン産、エクアドル産など。
○○農場の有機栽培などと、ブランド育成にも注力していますね。
以前テレビでバナナの効用が取り上げられて、スーパーで売り切れ続出など。
今ではそんな事はありませんが、それでもコンスタントに売れてる商品ですね。
栄養価も高いし、価格も手頃ですしね。
バナナに詳しくない赤カブ不動産屋も或時知ったのです。
その秘密を。
前職時に、地主さんのゲートボール大会や選挙の差し入れなどしてまして。
社員に卸売り会社に買いに行かせたのです。
この会社は今でもあると思いますが、八潮にあるU社で。
帰ってきた社員が倉庫の状況など報告してくれまして。
創業者が当時取引していた会社らしいのです。
倉庫の中には2週間、1週間とか3日とかの商品があるとのこと。
その期間によって価格が全く異なるのです。
1本40,30,20円そして1本5円などと。
バナナを食べるときには柔らかくなって、黒いしみのようなものが出てる時が。
甘さが出て大変美味しいのですが。
でもそれではスーパーなどでも売り物になりませんしね。
創業者が扱ってる頃はバナナは高級品で、お見舞いやお土産に利用されてたのでしょうね。
しかし、当時でも黒いしみが出てしまうと商品にならなかったんではと。
創業者は期限の残り少ないバナナを安く購入して、引き売りしていたのですね。
でも食べると一番美味しい、食べごろバナナですよ。
反面1-2日で売りませんと腐ってしまい、商品にはなりませんよね。
仕入れたすぐに。
昼は団地に引き売りに行き、試食させながら売ったり。
夜は駅前に車をつけ(今では珍しくありませんが)、終電まで帰宅者のお土産用に売ったり。
深夜はトラック運転手さんに売ったりね。
何せ期限まで売り切らないと腐ってしまい、お金になりません。
トラック一杯のバナナで、それも2日くらいでね。
創業者はバナナを扱ったことから。
売り切るためにあらゆる努力をすること。
時間も身体もそして知恵までね。
トラック一杯のバナナを1-2日で売り切った状態を想像しますと。
一日で5万円とか稼いだんだと思います。(一日5万円はバナナで稼げると言ってました)
当時の5万円(昭和40年代)ですよ。
しかし、在庫を残すと廃棄しなくてはなりません。
期限まで売り切ることが命題だったのです。
そこから「見切る」決断が出来たのでしょう。
単に安くするではなく、あらゆる努力を惜しまないが前提ですが。
「見切り千両」とはあらゆる努力をしたけれども、これしか方法が無いと。
この失敗を次は生かしていこうと。
そんなところでしょうか。
適当な価格をつけ売れないから見切りました。
営業努力もしないで売れないから見切りました。
そんなんでは見切り千両専門会社、いわゆるバッタ屋さんになりますよ。
見切り千両は「伝家の宝刀」と思いますがね。
生鮮野菜や果物でも言える事なのでしょうが。
バナナたたき売りや引き売りの利益の秘密は今でも変わらないのでしょう。
そんな創業者はバナナを売りながら住宅も売っていたのです。
住宅会社創立当時ね。
「奥さん、バナナも売ってるけど、家も売ってるよ」とね。
不動産屋よりも何時も来るバナナ屋さんが信用があったのでしょう。
家も売ってるバナナ屋さんの話はまた書きましょうーかね。
ゆっくりの土日でした。
何か少し仕事がしたいなーと、思うくらいしっかり休めましたね。
明日からもどうぞ宜しくお願いいたします。
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そこで前職の創業者がバナナの引き売りをしていたこと。
バブル崩壊の洗礼を受けたが、不況こそ伸びるチャンスにしたこと。
バナナを取り巻く環境は当時と現在では違ってくるのでしょうが。
でもバナナですから、今でも共通点はありますよね。
コンビニでバナナは1本100円くらいで売ってます。
スーパーでは3-5本で100-200円くらいでしょうか。
それでも価格差はありますね。
フィリピン産、エクアドル産など。
○○農場の有機栽培などと、ブランド育成にも注力していますね。
以前テレビでバナナの効用が取り上げられて、スーパーで売り切れ続出など。
今ではそんな事はありませんが、それでもコンスタントに売れてる商品ですね。
栄養価も高いし、価格も手頃ですしね。
バナナに詳しくない赤カブ不動産屋も或時知ったのです。
その秘密を。
前職時に、地主さんのゲートボール大会や選挙の差し入れなどしてまして。
社員に卸売り会社に買いに行かせたのです。
この会社は今でもあると思いますが、八潮にあるU社で。
帰ってきた社員が倉庫の状況など報告してくれまして。
創業者が当時取引していた会社らしいのです。
倉庫の中には2週間、1週間とか3日とかの商品があるとのこと。
その期間によって価格が全く異なるのです。
1本40,30,20円そして1本5円などと。
バナナを食べるときには柔らかくなって、黒いしみのようなものが出てる時が。
甘さが出て大変美味しいのですが。
でもそれではスーパーなどでも売り物になりませんしね。
創業者が扱ってる頃はバナナは高級品で、お見舞いやお土産に利用されてたのでしょうね。
しかし、当時でも黒いしみが出てしまうと商品にならなかったんではと。
創業者は期限の残り少ないバナナを安く購入して、引き売りしていたのですね。
でも食べると一番美味しい、食べごろバナナですよ。
反面1-2日で売りませんと腐ってしまい、商品にはなりませんよね。
仕入れたすぐに。
昼は団地に引き売りに行き、試食させながら売ったり。
夜は駅前に車をつけ(今では珍しくありませんが)、終電まで帰宅者のお土産用に売ったり。
深夜はトラック運転手さんに売ったりね。
何せ期限まで売り切らないと腐ってしまい、お金になりません。
トラック一杯のバナナで、それも2日くらいでね。
創業者はバナナを扱ったことから。
売り切るためにあらゆる努力をすること。
時間も身体もそして知恵までね。
トラック一杯のバナナを1-2日で売り切った状態を想像しますと。
一日で5万円とか稼いだんだと思います。(一日5万円はバナナで稼げると言ってました)
当時の5万円(昭和40年代)ですよ。
しかし、在庫を残すと廃棄しなくてはなりません。
期限まで売り切ることが命題だったのです。
そこから「見切る」決断が出来たのでしょう。
単に安くするではなく、あらゆる努力を惜しまないが前提ですが。
「見切り千両」とはあらゆる努力をしたけれども、これしか方法が無いと。
この失敗を次は生かしていこうと。
そんなところでしょうか。
適当な価格をつけ売れないから見切りました。
営業努力もしないで売れないから見切りました。
そんなんでは見切り千両専門会社、いわゆるバッタ屋さんになりますよ。
見切り千両は「伝家の宝刀」と思いますがね。
生鮮野菜や果物でも言える事なのでしょうが。
バナナたたき売りや引き売りの利益の秘密は今でも変わらないのでしょう。
そんな創業者はバナナを売りながら住宅も売っていたのです。
住宅会社創立当時ね。
「奥さん、バナナも売ってるけど、家も売ってるよ」とね。
不動産屋よりも何時も来るバナナ屋さんが信用があったのでしょう。
家も売ってるバナナ屋さんの話はまた書きましょうーかね。
ゆっくりの土日でした。
何か少し仕事がしたいなーと、思うくらいしっかり休めましたね。
明日からもどうぞ宜しくお願いいたします。
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