第四部 Generalist in 古都編

Generalist大学教員.湘南、城東、マヒドン、出雲、Harvard、Michiganを経て現在古都で奮闘中

留学先としてのアジア

2016-09-01 20:45:53 | 総合診療

出雲大国での初日。

色々な方にご挨拶に行きたいのですが、中々かなわず。個人的に見学させて頂いたシュミレーションセンターの巨大さにもはや民間病院では不可能な機材が揃えられており驚愕しつつも心踊りました。 

今後このようなシュミレーション教育の勉強や卒前卒後教育への応用とその研究も検討したいと考えPubmed と医中誌をみて見ました。アイデアが今後山程出てくると思います。今後ここでもその内容を写真で紹介したいレベルです。

さて、今日は色々な方に何故バンコク?という事を良く聞かれた為に、やはり正確な言葉で表現しておく必要があることを実感しました。以前のものになりますが、おそれ多くもメディカルトリビューン誌のエッセイに掲載して頂いたものを一部訂正してここに転載しておきます。

題名は【留学先としてのアジア】です。

https://medical-tribune.co.jp/rensai/2016/0529503634/

所属も新しくなったので、心機一転、昨年までの事を総括してみたいと思います。

過去には囚われず、されど未来を恐れず、このブログのタイトルも微妙に変更致します。

出雲的キャッチーなものが頭の中に浮かぶまでは(いや、出雲なので御降臨か?)そのままでいくとしましょう。

----------------------以下 メディカルトリビューン誌より-----------------------------------

初めて旅行で訪れたバンコクの街は、多種多様な人種と国籍が入り混じった国際都市であった。Mahidol大学臨床熱帯医学大学院で学び始める約1年前のこの日、不思議と僕はこの多国籍で熱気を帯びた街で勉強する事になるだろうと感じていた。僕の留学の理由は極めてシンプルだった。日本では診る事ができない希少疾患を診る事、多国籍な医師達と共に学ぶ環境に身を置いて競争をする事、臨床研究の手法を体得する事の3つだった。

 Mahidol大学はタイのランキングで1,2位を争う大きな学閥組織で、臨床熱帯医学の分野では卒後実務経験のある外国人医師に対するprofessional schoolがあり、歴史が長く好評を得ている。僕が参加したコースはDiploma in Tropical Medicine and Hygiene (DTMH)の6ヶ月間と、現在は引き続きMaster of Clinical Tropical Medicine(1年コース)に在籍中である。DTMHは主に熱帯医学の臨床的知識や技術の習得に特化しており、ミャンマー、カンボジア、フィリピン、バングラディッシュ等の熱帯地域のアジア諸国だけではなく、ロシア、イギリス、イタリア、ドイツ、オーストリア等の各国から集っており、まさにバンコクの街を象徴するかのような無国籍かつカオスな環境で研鑽が行われる。顕微鏡を用いた研修、臨床的なレクチャー、ケースカンファレンスやそれらの試験以外に、フィールドワークと病棟回診等が濃密に用意されてありミャンマーやラオスの国境付近での診療や情報採取なども行う。Mahidolの世界で最も優れた長所の一つは、自分の所属するHospital for Tropical Disease(300床)にデングやマラリア、レプトスピラ病といった実際の患者が入院している事だ。教科書を読み、講義で聞いただけでは定着しない知識や、五感で感じなければ体得できない身体所見や症状等は『試験の為だけの短期記憶』ではなく貴重なエピソード記憶として自分の脳裏に焼き付ける事ができた。回診で実際に患者を診察し、他国の同期の医師達と、毎晩酒を飲みながら一緒に学んだ経験は人生で代え難い貴重な時期になった。とりわけ、自分は日本人としてプレジデントという数十名の医師達のリーダー職を担う事になったが、その経験は文化と言語が全く異なる人間達と心底分かり合い仕事を一緒に進める為には、本質を見抜き、小さな事にはこだわらないという姿勢が大事だということを気づかせてくれた。

勿論海外において闘う武器は英語であるが、英語は単なる道具である事に変わりない。各国の医師が自信満々にそれぞれ独特のアクセントで議論している姿をみれば、発音が変だのと誰も気にしていない。その点、日本人の潜在意識下に存在する英語の発音に対する苦手意識は僕も含めて露骨に目立つ。だからこそ、ネイティブを主体とする場所よりは、このように様々な国から集まっている所の方が少なくとも日本人には向いており、またより面白いと思う。

 海外留学といえば、私もこの経験をするまでは北米や欧州が一般的だと思っていたが、まさかのまさか今後の時代はアジアにあると思うに至った。食事や文化が近く体調面も維持しやすく、生活費も安くまた日本食チェーンも多い。医局派遣で行く研究留学も確かに良いのではあるのが、目的が明確かつ可能であれば、入学して卒業するまで色々な国の医師と切磋琢磨し、実際に競争をして学ぶのも悪くないと感じている。最後に一番悔しかった経験を述べると、日本の医学部を出た医師よりも、インドやフィリピン、シンガポールなどで学んだ医師の方が実臨床において世界的に評価が高く、また実際に通用する実力を持っている事であった。それは仮に各国の研修医や医師を連れて一緒に回診すれば一目瞭然だろう、素人でも分かもしれない。日本国内では意外と思われるかもしれないが、どの外国の医師に聞いても感覚としてそう思っている事が日本人として辛い。実際に日本が誇る東京大学でさえ、世界からみればあの小さな領土の国立シンガポール大学(NUS)や中国の北京大学に世界大学ランキング等の評価ではかなわない時代であり、今後もアジア各国の追い上げと追い抜きは加速するだろう(勿論、単なるランキングではあるが)。

勤勉性とモラルに長けている日本人医師が今後世界の舞台で活躍する為には、高名な黒川清先生や我が師徳田安春先生が幾度も発言しているように、理由は何であれとにかく一回外に出て空気を吸って、外から自己を、そして日本という国家やシステムを自分の目で見つめなおす事なのかもしれない。自分自身の強みや弱みだけではなく、日本の研修制度や、研究スタイル、臨床技術においても、それらを明確に認識する事が長所を活かし、短所を改善する事につながると考えている。例えその留学先が、アフリカでも、南米でも、東南アジアという地においてでも、世界は若人へ門戸を開いている。