「なんだ?また、木乃伊か?」
突然の乾いた声はかんらと明るい。
不知火らしく、抜け目無く澄明たちのすぐ傍におりたつように、山犬に指図したのだろう。
「不知火・・あいかわらず、こうるさい男だな」
繕嬉のにくまれ口などものともせず、不知火は銀狼のそばににじりよった。
「ふ~~ん」
かすかに首をひねると、「あはは」と笑う。
「澄明、おまえではらちがあくまい。こやつ、白峰と同じにおいがするわ」
澄明が敗退を喫した相手は、あるいは、白峰大神ただ独りであるかもしれない。
その白峰大神と同じ匂い。
すなわち、恋する相手に「想いひとつ」だけで、つながっている。
「たしかに、やっかいです」
白峰が身を引いたとは形だけで、結局、今も天空から澄明を見張っていることだろう。
想いをあきらめ、昇華し、消失できない。
そこまで、澄明とて、変転させることは出来ない。
『それが、繕嬉のいう、因縁が清算されてないということだろうか』
繕嬉の謎賭けをどこかで、よみとったのか?
あるいは、繕嬉と同じ考えで、このたびの事件をみすかしたのか?
だが、そんなことよりも、まず、大岩の呪詛を解くのが先である。
その法をしくより先に、まず、繕嬉の見透かした前世をしったほうが、得策である。
「繕嬉、不知火がきたことだし・・先の銀狼の前世から、わかったことをはなしてくれまいか?」
「もとより」
と、応じるとちらりと不知火を見る。
「お前の言うとおり、執着が解かれないのも、前世からの差配でしかない。
こやつの前世での行いが、わざわざ、成らぬ恋をする犬神へ転生させ、山の主という叶わぬ相手に懸想させる元をつくっている」
黙って耳をそばだてる銀狼をしりめに、こやつ呼ばわりが出来るほど膳嬉はなにもかも読み取っているようだった。
「こやつの前世は いづな じゃった」
「いづな?あの、いづなですか?」
「そうじゃ」
と、繕嬉はもう一度、うすく笑った。
「おまえは、どうも、次から次から、糸をたぐる女子じゃの」
「え?」
繕嬉のいう意味がわからない。
もちろん、繕嬉ひとり、何もかも見透かした上で物をいうのだから、澄明でなくとも判らない。
「いづな、は、霊獣じゃがの、さて、これは、なかなか、数奇な縁じゃな」
『いづな・・・』
澄明は腕を組み、白銅は空をにらみ、不知火は頭の中を見つめるか、黒目の焦点が宙にういていた。
「いづな・・」
飯妻とも書く。
猫ほどの大きさで、てんに似た姿をしている。
名前が現すように、妻を好んで食べると考えられている。
もちろん、妻というのは、人のことでなく、稲妻の妻を表す。
ようは雷獣である。おそらく雷の放出する力を何らかの形で生命源として取り込んでいるのであろう。
稲光り、雷鳴がとどろくと、どこからともなく現れ、空中を遊泳して、雷を食らう。
そのいづなが、銀狼の前世であると繕嬉が言う。
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