「おまえは、いづなだった頃に、雷神の傍らに随身のごとく、はべっていたのだが・・・。
雷神は、こともあろうに、若狭から、京の都までつづく、三十三間山、息吹山、比叡山、近江富士・・これらを総括する山の主の妻女に想いをよせた」
「雷神がですか?いづなだった私でなく?」
因縁が同じ事を繰り返すというのなら、山の主の妻女に懸想したのは、前世のいづなであるべき、気がする。
だが、銀狼には、見えない前世の世界である、まずは、繕嬉を信じて聞く以外ない。
「そうだ・・。もちろん、成らぬ恋であることは、雷神も承知していただろうが、
いづな・・おまえがの、随分、しゃしゃりでて、雷神の密かな想いもなにもかも、山の主に知れることに成ってしまった。
もちろん、おまえが雷神の想いを阻むにも、わけがある。
雷を帯びる雷神が水におちたら、雷神が死ぬか、水の精霊が死ぬか・・。
どちらにしろ、ただではすまないことになる。
雷神を案じ、雷神から片時もはなれなかったのだが、雷神もおまえの目を盗み、
一目だけでもと、菅の湖にしのんでいくことになる。
こうなると、おまえも、不安一方から、先手まわりして、菅の湖を徘徊する。
当然、山の主におまえのことが知れ、雷神の懸想もあからさまに成る。
水の精霊も湖から姿を現さなくなる。
そっとしておいてくれれば、良かったものをと雷神が荒れ狂い、
激しい怒りの中、おまえに呪詛をかけた。
もちろん、雷神も意識して呪詛をかけたわけではない。
だが、「この気持ち、おまえにわかるか。
そっと、物陰から見つめるだけでも、それでも苦しい。
そんな心を押してでも、想う。その人に避けられることになる・・
この想い、おまえにわかるか・・」
そんな雷神の怒りが知らずのうちに因を結んでしまったのだ。
だから、おまえは、今生、雷神の怨念をうけて、成らぬ恋、思う人に避けられる。
想う人の暮らしまで壊していく。
と、同じ想いにたたされて、「おまえにわかるか」を知らされているのだ。
だが、おまえは、今の今まで、前世をしらずにいたわけだから、いくらくるしもうとも、
雷神に対して、「こんな想いだったのか、すまなかった」と、詫びる事が無かった。
雷神にしても、いくらお前が苦しもうとも、意趣返しのすさびに自分が虚しくなるばかりに成る。
それでも、いくらか、おまえの苦しみをみれば、雷神も「ざまあみろ」と、なって、
いくばくか、気が済むはずだったのだが、
ところが、雷神はまもなく、榛の木の精霊に二つにわかたれ、閉じ込められ、お前の苦しみをみて、気を済ますことも叶わなくなった。
そして、榛の木からすくいだされたとき、雷神は、怨念も憎しみも悲しみも榛の木の中においてきてしまった。
そんな負の感情がつまった榛の木に精霊がもどると、同時に榛の木が浄化されはじめる」
繕嬉は、銀狼から目をはなし、澄明が頷くを見届けると
「雷神の怨念が具象化し、浄化されようと地の中をつたい、澄明の屋敷からはいあがってきていたのだ」
「と、いう事は・・・」
やっかいである。
通常ならば、
鏡の理、あるいは、反古の理で怨念を派生させた雷神に怨念を返すことが出来る。
ところが、銀狼にとって、雷神は前世の朋友とも言える。
あげく、今なら、それも良いが、20年前の怨亡が沸いてきているのである。
雷神に返すことも出来ず、怨亡は銀狼のもとを目指す。
目指すがこれが、また、いづなで無くなっている。
昇華されぬまま、怨亡が土にもぐる。
いわば、呪縛霊といってもよい。
「やはり、まずは、雷神を探すか・・」
腕を組んだまま白銅は銀狼を見つめた。
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