「なるほど・・」
使いなるもの大きな黒い山犬だった。
山犬は澄明に背をむけ、背中におぶされと示す。
「おまえのあるじは、いったい、どうなっておる?」
澄明の問いかけに答えず、澄明がせなにつかまると山犬ははしりだした。
飛ぶがごとく、谷をこえ、岩をとび、みるまに、烏たちがとびさわぐ森のきわにおりたった。
山犬はおおきな岩のむこうに一礼をし、澄明の到着をしらせていた。
そこにーなにものかーがいるのは、間違いが無い。
澄明は大きな岩にむかって、歩んでいった。
「あっ」
澄明の眼に無残な死骸が見えた。
落石だったのだろう、大きな岩におしつぶされ、灰色の狼がひしゃげ、ひからびていた。
「生きている?」
見た目は確かに死骸だったが、灰色の狼は澄明に確かに語りかけた。
「この有様だ」
「いったい・・どうして?」
澄明よりも、高い法力をもっていると思える銀狼が落石にのまれるのが、不可思議に思える。
「山の主の意趣返しだ。避けられぬ」
「意趣返し?山の主を怒らせたのか?」
「ああ。遠い昔に・・。わたしが不死身になったのも、山の主の呪詛をかぶったからだ」
「いったい・・」
なにをしでかして、山の主を怒らせたのか、判らぬが、
銀狼を不死身にするという意趣返しをかぶせられるということが、
山の主の怒りの深さを物語っていた。
銀狼が生き永らえている事自体が山の主の怒りの表れでしかない。
一思いに銀狼の息の根をとめるでは、おさまらぬ怒りがあるといえる。
哀れに岩の下で生きながらえる銀狼であるが、それでも、周りを見渡せば、
そちこちの物陰に山犬達が潜んでいるのが判る。
どうやら、山犬の頭として、群れを引き連れていたらしい。
山の主の懐に住むものでしかない銀狼が、なにをしでかせたというのだろうか?
今、この銀狼を岩の下から救い出しても、山の主の呪詛を解かぬかぎり、
銀狼は呪縛から解放されない。
そのためにも、まずは銀狼がしでかした事を知るのが、早い。
山の主の怒りを解くにも、原因がわからぬでは、解くに解けない。
「おまえの白峰大神と同じことよ」
澄明の思いを掠め取った銀狼はしでかした事がなにであるか、澄明に告げた。
やはり、銀狼は澄明より、よほど、上の法力を持っている。
澄明が銀狼の思いひとつ、読み取ることが出来ないのに
銀狼は澄明の過去まで探り当てていた。
「それは・・どういうことだ?」
銀狼はくすりと笑ったように見えた。
「だから・・おまえには、話せるといった。今から、話すが・・おまえ、犬神をしっているか?」
銀狼がそこまで、澄明に語りかけたとき、物陰に身を潜めた山犬の隙を狙って、猩猩が木々から降り立ち始めた。
とたん、物陰から山犬が飛び出す。
猩猩が、銀狼になにかをしでかすのを防ぐかのごとく、すばやさである。
「猩猩もこの身をひきちぎりにくる。烏どもも、この眼をほじくろうとする。
奴らはみな山の主に操られている」
銀狼を守るために、山犬たちは猩猩を烏のねぐらに追い込んだのだ。
猩猩に食われまいと烏の攻撃の的は銀狼から猩猩にかわり
山犬が見張るのは猩猩だけでよくなった。
『そうか・・・それで・・・猩猩が、森から下りれなかったわけか・・・』
だが、いつまでも、猩猩を森に追いやっているわけには行かない。
まずは、この岩から銀狼を助け出し、安全な場所に身をうつすが、先決である。
「話はゆっくり、聴く。まずは、この岩から、お前の身体を出す。私の仲間をここに呼んでもらえまいか?」
澄明の言葉に銀狼は承諾をみせた。
「呼ぶのは、かまわぬが・・。山の主の呪詛を・・・」
言いかけた言葉が止まると、しばらく、澄明を読み下すようであった。
「なるほど」と銀狼が頷いたのは、澄明が榛の木に囚われた雷神を救った法を手繰ったせいである。
「おまえなら・・・山の主の呪詛をほどけるかもしれない」
銀狼がうなづくと、澄明は白銅はもとより、不知火、九十九に式神を飛ばした。
銀狼の指図で、3匹の大きな山犬が飛ぶがごとく走り去るのを見送ると
澄明は、銀狼に尋ねた。
「白峰大神とおなじとは、いかなることだろうか?」
銀狼は澄明の問いに先と同じ言葉を返してきた。
「犬神・・を、知っておるか?」
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