「ねえ、ツルゲーネフの初恋って本よんだことある?」
へ?
読んだことはないけど、内容は知ってる。
そんなことをいいだした、キャッシーは何をいいたいんだろう?と、
ボーマンはストーリーをなぞりながら、
キャッシーのなぞかけを考えていた。
で、その話ってのが、どいうことだというとだな。
「それさ、どっかのぼくちんが、年上の幼馴染かなんかを好きになったけど、
そのねえちゃんが、自分の親父とできてたって・・
え?
まさか・・
おまえ?」
上司の女房が5年前から、ねたきりで、そのあと、キャッシーが7年ほどつきあっている?
つまり、その上司の子供が、それなりの年齢になっていて?
「親父とのことを知らずにおまえにのぼせあがった・・・?
いや・・それなら・・」
キャッシーがぴ~ぴ~泣くことじゃないよな?
「ボーマン・・・その逆・・」
キャッシーが一番口にだしたくなかったことらしい。
どうにも、はっきり、いわないが、
やっと、ボーマンにも判った。
「つまり、おまえは、上司の息子とできちまったってことか?」
野卑ないいかたにキャッシーの目がつりあがってきた。
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ。彼とはそんな・・こと・・してないわよ」
いつものボーマンなら、そんなことって、どんなことだ?
って、すかさずいいかえすところだが、
ボーマンは胸の中でなるほどと思っていた。
上司のことは、不倫だのど~のこ~のいわれても
顔色ひとつ、言葉つきひとつ、かわらなかった。
だが、息子のことを野卑にいわれたとたん、キャッシーは変わった。
つまり、どっちにまじになってるかといえば、
まちがいなく、息子に対してだ。
「なるほどな・・」
さばさばと上司と別れてしまおうにも、
次のお相手が上司の息子じゃ、こりゃあどうにもならない。
上司と結婚したら、息子の心は悲惨なもんだろうし、
キャッシーも自分の心に嘘はつけない。
「もう、なにもかも、あきらめて、いっそ、彼の知らないところにいこうかとか・・」
この場合の彼は上司のことをいうのか、息子のことを言うのか
二人のことをいうのか?
そんなことよりも、ボーマンは尋ねてみたい事があった。
「で、そのぼっちゃんはおまえのことをどうおもってるんだよ?」
キャッシーの顔がうつむいた。
うつむいた影からぽたり、ぽたりと涙がおちてきていた。
「まじめな人なの。結婚を前提につきあってくださいって・・」
ボーマンにはため息しかでてこない。
「おまえさ・・キャッシング・キャシーはどうしたんだよ?
中身のない恋はしたくないってのがおまえだったんじゃないのかよ?」
いっそう、キャッシーの涙がこみあげてくるんだろう。
両手で、顔を覆うそのうでにまで、涙がつたいおちていた。
「私・・自分がかわいそうだって思ってたんだと思う。
誰にも本気になってもらえないって、そうおもいこんで、
彼が私にやさしくしてくれて、それで、ちょっと、ほめてくれたり
もっと、自信もって、もっと、綺麗にみせるように工夫していいんだよ。
とか、そんな言葉に癒されて、私もきれいになってこれたとおもう。
だから、彼に救われたって・・そんなきがして・・・」
彼を愛しているとおもいはじめたんだろうな。
だけど、それは、自分が愛されていないという寂しさを
彼にみつけただけにすぎない。
病気の奥さんがいて、寂しい彼の中に
寂しい自分をみつけて、その自分をなんとかしてやりたかったんだ。
「結局、同情っていうか、同病相哀れむだったってことか・・」
「うん・・そうなる」
「ふ~~ん。だけどな、俺一言言いたい事がある」
ボーマンの言葉にキャッシーが顔をあげ、涙でぐちゃぐちゃになったまま、
まっすぐボーマンをみつめた。
「あのな。おまえにそれが本物の恋じゃないと気がつかせてくれたのは、
ぼっちゃんだろ?」
「あ・・うん・・そうかもしれない」
「だったらな。お前が選ぶ相手はぼっちゃんのほうしかないわけだ」
キャッシーはボーマンの言葉に何度も首をふるしかなかった。
「できないよ・・そんなこと・・」
キャッシーの気持ちが判らないボーマンじゃない。
こいつもまだまだ、純なとこもってるじゃないかとおもいながら
ふっとボーマンはうすくわらった。
「だな。親父のおふるをおしつけるわけにゃいかないしな」
悲しそうに唇をかんだキャッシーだったけど、
ボーマンの言葉をみとめるしかなかった。
「そのとおりよ」
「ふ~~ん」
ボーマンはその言葉をきくと、急にばからしくなってきた。
だから、そのままキャッシーにつたえることにきめた。
「まあ、おまえの今の気持ちじゃ、どうあがいても、
誰かの愛人をやってるしかないさ。
おまえの思い方ってな。ほどこしてやるって
おえらいきもちしかねえよ」
「え?」
キャッシーにはボーマンがいう言葉の意味がわからない。
「ボーマン?それ、どういうこと?私そんな気持ちこれっぽっちもないわ」
思ったとおりキャッシーはわかっていない。
「おまえが、どっちをえらぶかより、どっちもすてるかよりも、
おまえ自身が履いて捨てるほどいるおえらい聖女とちっともかわらない。
おまえはその聖女きどりをやめることを先にしなきゃならない」
「ボーマン?私のどこが聖女だっていうわけ?
どこが、ほどこしなわけ?
私なんか、不倫でぼろぼろになったただのあばずれじゃない。
それも、かくさずに・・」
ボーマンのまなざしはきつい。
キャッシーはその瞳で、自分が理解していることと
ボーマンがいおうとしていることが違うことだけはきずいた。
だから、口をとざし、ボーマンの言葉をきくことにした。
「まず、お前は自分をろくでもないあばずれだとはみとめてないよ。
口先だけ、そういってる」
ボーマンの言葉はやはり、キャッシーに疑問しか、もたらさない。
だけど、なにかが、違う。
その言葉の表面だけの意味じゃないなにかがある。
キャッシーはそう思っていた。
「おまえが、本当にろくでもないあばずれだったらな、そんなお前を本気で思ってくれる人間をなくしたら、おまえのこの先の人生どうなるとおもう?」
ボーマンの言いたい事がすこし、見えてきた気がする。
「ボーマンのいうとおり、誰かの愛人とか、そんな生き方でおわってしまうとおもう・・」
「だろ?
だったら、お前のすることは必死でそいつについていくことじゃないか?
そいつが知ったら傷つくとか、嫌われるとか、そんなことじゃねえだろ?
お前の人生の生き死にがかかってるんじゃねえのか?
きっかけなんか、なんだっていいんだ。
あとになってな、こいつと一緒になってよかったって、相手におもわせりゃそれでいいんじゃないか?
お前にとって、本当に大事でお前が一生懸命てにいれなきゃいけないことをな、
おまえは、その大事なものをすてようか、どうしようか、
こんなぼろを相手にあげちゃいけないなとか、
だったら、おまえがぼろじゃなくて、高貴なものだったら、
相手にほどこすわけかよ?
ぼろだから、ほどこせないだけでさ?
あげく、おまえがえらそうにすてようか、どうしようか?
おまえのほうがひろってもらうんだよ。
ひろってもらう立場の奴がすてようか、ほどこししようか?
笑わせるなよ」
ボーマンの口からでてくる言葉はそりゃあ、ひどい言い方だと思う。
だけど、キャッシーに相手の本当の価値ってものをかんがえなおさせる一言・・いや・・多弁になったのはまちがいなかった。
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