なんだか、ボーマンはセリーヌに似ていると想っている。
(イッツ・オンリー・ユアマインドシリーズ参照)
セリーヌは本当の自分を見せられないとクリスを諦めようとした。
綺麗じゃないままに自分でも愛されたいという思いと
受け止めてもらえるわけがないと逃げ出そうとする心と・・・。
キャッシーの科白がセリーヌの相似形にみえて、
ボーマンはいっそう、キャッシーの薬指にリングの跡さえないのが気になった。
「で?どこのどいつ様があんたをこんなにべっぴんにしちまったんだい?」
女を「綺麗」に、かえちまう方法なんてのは、たったひとつしかない。
どこのどなた様がキャッシーが女でしかないことをおしえてやったか?
その意味がふくまれてることをキャッシーも充分に承知しているのだろう。
「うふふ」
と、妙に鼻にかかった声がでるばかりで、肝心なことには答えようとしない。
だから、いっそう、ボーマンは思い当たってしまう。
ーなんだよ。誰かいえない相手ってことかよー
誰かいえない相手。
恋人ですと公言できない立場といったら、-愛人ーって奴しかなかろう?
ーそうだったな。セリーヌも同じようなことを考えてやがった。
ラ・マンでいい。そんな言葉を漏らしたきがするー
だが、そいつと一緒になれないから、
そいつのラ・マンでいいと言ったセリーヌとはちょいと、違う匂いがする。
たとえ、愛人であっても、その恋に満足してるなら、
妙なポリシーでブスを貫き通したキャッシーが俺を懐かしんで遭いにきたりはしない。
だいいち、俺のことなんか、思い出しもしない。
と、いうことは・・・・?
「お前、そいつとうまくいってないな?」
ボーマンのひょんな言葉におもいのほかキャッシーは狼狽を見せた。
「ち、ちがうわよ。仕事でこっちにしばらく滞在するから、どうしてるかなあ?って・・」
「は~~ん。お相手はその仕事の上司ってわけか・・」
「え?」
違うという言葉をのみこんだまま、キャッシーの瞳に暗い影がさした。
すくなくとも、ボーマンにはそう見えた。
「おまえ、相変わらず嘘がつけない性格だな」
キャッシーの瞳がボーマンをまっすぐみつめなおした。
「私のこと、・・・」
名前さえおもいだせないほどの存在でしかないとボーマンにつきつけられていただけに
キャッシーの性格を相変わらずといえるほど、見ていてくれたと知ると
キャッシーの瞳から大粒の涙がこぼれおちはじめた。
「おい、おい、おいいいいいい」
店先で妙齢の美女が大声を上げている図式なんか
だれがみたって、ボーマンのせいにしかみえないだろう。
「あら?」
って、見ろ。
ニーネにまで、きこえちまったじゃないか?
「ボーマン?」
店先にかけつけたニーネの顔が怒っていやしないかと、
ボーマンはニーネをうかがいながら、小声で美女の名前を告げた。
「キャサリンだよ。キャサリン・ヘイワード」
「え?キャシー?」
大学を卒業して以来、あった事が無いキャシーだったけど、ニーネはちゃんとおぼえていた。
なきじゃくるキャシーの傍に寄ると、ニーネに中においでと肩をだきしめた。
「あ・・ニーネ・・あ・・ごめんなさい・・あの・・」
「いいのよ。ここじゃなんだもの、中にはいろう。ゆっくり、きかせて・・」
ニーネの優しい言葉にさえ、すがりたくなる悲しい思いが胸にわきあがってくるのだろう。
キャシーはまだ、大粒の涙をこぼしながら、うなづいていた。
二人が店の奥にはいってしまうと、ボーマンはなんだか、
とんびにあぶらあげをさらわれたような気分になる。
なんだよ?
俺じゃなくても良かったのかよ?
そりゃあ、女同士のほうがしゃべりやすいってのはわかるけど・・。
ニーネが不倫の悩み事なんか、解決できるわけないだろう?
つ~か、ニーネのほうがショックをうけちまうんじゃないか?
いつにまにか、心配する相手がニーネにかわってしまていることにも、頓着なしで、
ボーマンはそっと、聞き耳をたてていた。
「コーヒーでいい?」
ニーネがキャシーにたずねている。
「うん・・う・・あり・・がと・・」
まだ、大声をあげて泣いてしまったあとにくる、「平常心」ではないようで、
キャシーの声が涙に上ずっている。
ま、キャシーもそのうち、俺と同じおもいになるだろう。
と、ボーマンは思っていた。
しばらく、沈黙が続く。
ニーネは自分からあれこれ、詮索するタイプじゃないから、
キャシーが喋りだすのを待っている。
コーヒーものみおえて、キャシーがすこし、おちついてきたのだろう。
とりとめない話がはじまりだした。
「子供は?」
「まだなのよ・・」
「あ・・」
話が途切れてしまう。
これが、ボーマンだったら、キャシーは?って、すぐにききかえすだろうし、
キャシーもそのことから、
「子供どころか結婚もまだ・・」
だって・・・と不倫の悩み事を離すきっかけになる。
ニーネのへたくそといおうか、
察しがつかないしあわせぶりに、ショックなことを聞かせたくないって思わせて
上手にショックな話を聞かないで済む防御術を身につけてるといおうか・・・。
「でも、ボーマンがいるから・・」
ば・・馬鹿が、そんなこといっちゃあ、キャシーがますます自分の不幸をはなせなくなるじゃないかよ。
そんなニーネだから、傷つけたくないって、キャシーに思わせるんだろう事はよいことなんだけど・・・。
聞き耳を立てればたてるほど、堂々巡りの煩悶がボーマンをひっつかんでしまう。
『仕方ねえな』
ボーマンは早仕舞いをきめこむと、調剤室を手早くかたづけて、
二人の間にわりこむことにした。
「俺にも、コーヒーをいれてくれるかな?」
キッチンのむこう、居間のソファーに腰掛けているニーネに声をかけるボーマンだが、そのニーネが座っている場所も問題半分。
コーヒーカップの位置からみても、最初は対面に座ったのだろう。
だけど、今、ニーネはキャシーの横に座っている。
キャシーが涙をみせるもんだから、ニーネは隣に座ってキャシーの手でもにぎってやったか、肩をだいてやったか、
確かにスキンシップってのは、心を癒す事が出来る。
だけど、横にすわるということは、キャシーにとっては
「自分で解決しなきゃ、ニーネに心配させるだけ」という感情を生じさせるだけだ。
一方で対面に座るという事は、まさしく対峙状態になる。
キャシーはできるだけ、客観的に自分のことを対面する相手に伝えなければいけないと考える。
ニーネのしていることはテーブルの上に「キャシーの悩み」をよけることであり、
対面に座るという事は
テーブルの上に「キャッシーの悩み」を検討物件としておくという事になる。
こういうちょっとした人間心理がわからないというより、
問題点ごとつつみこんでしまうニーネの優しさというべきかもしれない。
ボーマンは今までも独自な解決法でみんなの迷いに当たってきていたけど、
ヤッパリ、問題からの悲しみをいやすより、
時に悲しみより辛い場合だってあるだろうけど、
問題点はきっちし、修繕すべきだと考えている。
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