「朱雀よ、いでませ」
朱雀に問うてみたい事があると正眼に云ってみたものの
澄明の声にかすかな迷いがある。
が、守護をしく紅き鳥は澄明の迷いさえみすかしてあらわれた。
「妖狐とおなじことなぞいいはせぬ」
朱雀は澄明の今日の出来事をすべてしりつくしているようである。
「はい」
朱雀の瞳は半眼になり澄明の言葉を待ちじっと、持している。
「とうてみたいことがございます」
「なんぞ?」
「楠のことです・・そのおり」
澄明の尋ね事が神への批判に繋がるかと思うと
言葉を吟味せざるを得ない。
「久世のことか?」
気取るに早いはいかに朱雀が澄明を守護しようと
焦点をそそいでいるかにすぎないが、
見透かされる気分と云うものはこうかと壇上の飾のように
身体が固まってくる。
「久世のことをどう悪態をつこうがかまわぬ。
お前の心をさらけてしまわねば、底に沈めた思いを気取られ、
久世にやられるほうがおそろしい」
心のそこで久世観音に悪しき思いを持っておれば
何の折、久世の懲罰をかぶるか、わからない。
「そのほうがおそろしい」
「はい」
それは澄明もじゅうじゅうに承知している。
承知して居ればこそ正眼にさえ話さなかった。
もし正眼が澄明の批判につい、頷くという
取るに足らないほど些細な同意をうっかり示したとしても
久世観音の懲罰は正眼にも及ぶ。
「私が倫をしく」
間違えた人間の思いを諭しなおす説教をする
と、いうことにしておけばよい。
澄明を矯正するためにあえて、心のうちをはきださせる。
久世の悪態をいくらついたとしても、朱雀の名において、澄明を守れる。
『胸をかります』
心のうちで朱雀の守護を謝し、
久世観音がえらんだ行動のわけに深き物があることをいのった。
で、なければ久世観音をにくみさえしそうだった。
「それで?」
やっと、心のうちのつかえをとることができそうである。
「はい」
澄明が久世観音に思った事は実に簡単な事である。
久世観音ともあろうものが
楠が人と通じ子をなすまでになった事に
もっと、早くにきがつかぬわけがない。
ならば、何故、切り倒しひき倒す懲罰を与えねば成らなくなるまで
見ぬふりをしたのか。
もっと、先、楠が人に化身して、男と情を交わし始めた時に
それこそ、なぜ倫をしいてとめてやらなかった?と、いうのである。
「久世観音ともあろうものが」
「なるほど」
「そうでしょう?久世観音のしきりの中のことではないのですか?
己がほっておいて、懲罰をとる?」
「だがの。成らぬとわかっておって、楠が命をかけておったら?」
「え?」
「澄明。私も前言を翻すしかない。
おまえは妖狐に云われたように情の怖いおなごじゃ」
「え・・・」
「久世はどんなにか、辛かったろうとぞおもう。
命をかけてまでの恋に、決めとはいえ懲罰なぞあたえたくなかろう?」
「そ・・そうでしょうが」
「おまえごときがそんな事くらいをわからぬとはおもえぬ」
朱雀は大きくと息を突く。
「かわりにいうてやろうか?」
「え?」
何をかわりにいうという?
「何もかも見ぬふりは久世でなく澄明おまえのほうだ」
「な?何をいわせられる?澄明はけして」
続く言葉をすらりと奪い取ると
「見ぬふりはしておらぬというから、
かわりにいうてやろうといいおるのだ」
朱雀の言葉の意味がむすべない。
じっと考え込んだ澄明だったが、やがて、
「おきかせください」
と、くちをひらいた。
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