和尚に声をかけられたときと同じに気分は低く地を這う様であった。
空に闊達に伸び上がる杉の木立を抜け澄明は白河にかえろうとしていた。
もやりとした思いを朱雀にぶつけ問い質してみたいことがある。
一刻も早く白河に辿り着きたい澄明であるのに足取りは重く、捗らない。
「苦しい」
胸のうちの塊を言い表せばその一言になる。
思わぬ呟きになった独り言を発した後、
澄明はぞっとした思いにつかまれた。
「なにもの?」
嫌な気配がある。
澄明が見据えた杉の木立の後ろから女がぬるりとあらわれた。
姿を見せた女の嫌な気配のわけをたぐるまでもない。
「妖孤?」
だが、何故、妖孤が澄明の前に姿を現したのか。
「お察しの通り」
姿形こそ人の姿を見せているが
その正体が何度も転生を繰り返す九尾狐であるのは
澄明の眼下においては歴としたものである。
女は澄明を舐めるように見すえた。
「よくぞ、むごいことよの」
澄明の心のうち、楠を伐る法を明かした後味の悪さが
澄明を責めている事をみすかしている。
見透かした上で哀れむような、嘲るような笑みを見せた。
「なにがいいたい」
妖孤如きが澄明の裁断に悶着をつけようとするに
如何なる訳と心根があるという。
「お前。楠を狩ると決めた裏に、己をくじる男をみただろう?」
「な、なにを・・いう?」
澄明が妖孤の正体を見破っているのと同様
妖孤も澄明の宿命を見破っている。
つまり、また、澄明の真の姿が女子である事も
判っているということである。
「人でない者が人と交わる。
あってはならない、あって欲しくない。赦される事でない。
お前は己の定法に当てはめて久世観音に乗じて楠を裁こうとしている」
「ば・・・ばかな」
「ばか?ばかはおまえだろう?
お前は一人の男を求めて何度でもそいとげようと、
輪廻転生を繰り返すこともできない。
何故なら、お前はあってはならない
人でなき白峰大神にくじられ、己の恋をまっとうする事も赦されない。
己の恋をまっとうする楠をねたみこそすれ・・・」
「妖孤。そこまで、澄明を愚弄するか?」
澄明の声が怒りに震え始めている。
九尾狐は九回生き返るという。
九回生き返って一人の男を追い求めるという
己の生き様を語るはよしとして、何故に澄明を責める?
「おまえ。楠を・・・なんで・・たすけてやらぬ?」
妖孤の声が涙に咽び懇願のいろをみせていた。
「私にできるわけがない」
「なぜ・・そういいきれる?」
「妖孤。それよりも何故、お前が楠がことをきにかける?」
「なぜ?ほ?は?」
妖孤は大きくわらいだした。
「存外に、人の心をよみくだすお前が
そんな事も判らぬ子供だとはおもわなんだ・・ああああ。是は笑止」
けたけたと笑ってみせるときっと眉をつりあげた。
「情の怖いおなごじゃのう」
澄明に鋭く、ぴしゃりと言い放つとくるりと転を結び妖孤の姿がきえた。
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