憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―沼の神 ― 9 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:14:48 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話

「おまえの頭の中にある事は白峰の暴挙のことだ」
まるで、妖狐とおなじである。
だが、あえて前言撤回と言った朱雀である。
「おまえは、命かければ恋を、願いをかなえられる事に憤っておる」
「・・・」
「もっと、言えば、白峰の暴挙に命かける誠なぞあってほしくない。
誠があるばかりにお前は虫けらのごとくに白峰に翻弄される」
「いえ」
否定はしたものの其の通りですとばかりに澄明の頬につたうものがある。
流れ落ちる涙を拭いもせず澄明は朱雀をみすえた。
「なにゆえ、望まぬ事を強いるが許されるのです?
片一方の誠だけを掬い取って、願いを遂げねばなりませぬ?
白峰が神格だからですか?
神だから得手勝手な願いが叶うのですか?」
「澄明。そこがお前の情の怖さよ」
ふるふると握った拳がふるえだしてくる。
「白峰が誠であれば澄明は供物として、おのれをさしだすに
こんな光栄なことはないと?そう考えよと?」
語気荒く朱雀に食いつきそうな勢いである。
「それより以前に神に望まれ、不足をいうは、
人間の奢りだとおもわぬか?」
「神?」
古より、天空界におわす神ならば、
人と交わろうなぞと云う欲をもちはすまい。
地に居る神は欲を律しきれず欲の重さで
天空界に上がれぬうつけであろう。
神であろうがなんであろうが、
なぜ其の欲をはらす手伝いに憤るを奢りだと言われねばならない。
「そこがお前のたらぬところよ」
朱雀の言葉が癇にさわる。
「足らぬ?何がたらぬといいます?」
「妖狐があきれるわけだ。御前は・・・」
「なんだといいます?」
「優しゅうない」
「優しいというは、白峰のくじりをよろこべということですか?」
「そうだといったら・・どうする?」
「楠の如き、双方が惹かれあうならまだしも、澄明には解せません」
「ふむ。その情の怖さが同じ情の怖い白峰をよぶのだろうの」
「ど・・?どういうことです?」
「白峰の心が晴れぬ限り、お前は来世でも
同じことをくりかえすであろうの」
はっと息を飲んだ澄明である。
朱雀の言う事は沼で見た異様な生物が云った事と相通じるのである。
「し・・白峰の心を晴らせば同じ事を繰返さずにすむというのですか」
「そうだな」
「白峰の心を晴らすためには、澄明が喜んでくじられるしかないと、
つまり、こういうことですか?」
「それだけでは、足らぬがの。
が、今の御前の心は己のための解脱でしかなく、
心から白峰を受けてやろうなぞと云う気持ちはなかろう?」
「・・・・」
この先に起きる白峰との事を諦めるのもやっとであるのに、
どうして、白峰を心からうけいれられよう。
「できるわけがない」
『だから、情の怖い女子なのじゃ』
神格である白峰が澄明恋しさになりふりかまわぬ嘱望をよせ、
じっと、澄明が大人の女子になるのをもう五年もまっている。
が、澄明はかほど恋いうる白峰を憎しと思う事はあっても、
白峰の想い一つを哀れと思う事は露のかけら一つない。
無理はないと思うが白峰の嘱望を陵辱に染めるものこそ、
澄明自身の思いかたひとつでしかない。
澄明が白峰の恋情にほだされるなら、ことの事実は凌辱にならずにすむ。
たった一つの思い方の違いでしかないが、
白峰の凌辱に晒されると思うか、
白峰に愛されると思えるかで
澄明の苦しみは天と地ほどにかわってくる。
そのためには、
心のどこかに白峰への情のひとかけらがあればよいのにと
朱雀は説きたいのだが、
いかんせん、澄明自身が沸かすしかない思いである。
いくら、口で言ってみて
澄明の頭が判っても所詮気持ちがついてゆかぬ。
おまけを云えば朱雀の云いたい事にたどり着こうにも
澄明の気持ちは硬くこわばって、憤る感情を
ますますさかなでするばかりになっていた。



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