乾いた空気 VS 雲のやる気
先日、取材で長野県中部にある、日本一手軽に登れる百名山のひとつ、車山(1,925m)に行ってきました。昨年末に完成したテラスからは、南北・中央アルプス、八ヶ岳、富士山など中部山岳の大パノラマが広がります。リフトを乗り継げば、山頂までわずか徒歩2,3分の登りという手軽さも魅力です。まさに老若男女が楽しめる山です。
写真1 車山山頂テラスから八ヶ岳の眺望
そして、車山は何といっても雲を観察するのには絶好の場所で、「空の百名山」にも選定しています。ここまで来ると、空の広がり、大きさを感じることができます。そして、雲が手に届きそうな近さです。私が特に好きな景色は、夏の車山です。真っ青な蓼科ブルーの空の色、緑色の草原、黄色に草原を染めるニッコウキスゲ、ポカリポカリと白く浮かぶ雲。山頂で寝っ転がって、雲を見ているだけで至福の時間が流れていきます。
取材で訪れた日もダイナミックに変化していく雲を間近に観察でき、「晴れ」と「曇り」の天気の境界になっている、まさにその場所で空を見ることで、山が天気に与える影響や、雲ができる仕組みなどを理解することができました。
空を見るときに、今後の天気を予想するには、まず西の空を見ていきましょう。日本の上空は、夏を除いて偏西風(へんせいふう)と呼ばれる西風が吹いているので、低気圧や高気圧が西から東へ動いていきます。そのため、西から天気が崩れたり、回復することが多くなるからです。八ヶ岳の南西側から西側には中央アルプスがあり、中央アルプスに雲がかかったり、その上空の空が暗くなってきたりすると、八ヶ岳の天気が崩れることが多くなりますので、中央アルプスに注目します(写真2)。
写真2 南西から西側の空をのぞむ。中央アルプスが雲間から見える。左は空木岳。
写真2を見ると、中央アルプスは雲の間から姿をのぞかせています。白い雪山は空木岳~檜尾岳ですが、その右側の木曽駒方面は雲に覆われて見えます。しかしながら、これは手前側の積雲(せきうん)と呼ばれる雲で、その後ろに青空がのぞいていることから、木曽駒方面も晴れていると予想されます。ということで、今は車山上空や八ヶ岳は雲に覆われていますが(写真3)、この後、雲が取れていくことが期待できます。
写真3 もくもくとした雲に覆われる八ヶ岳
一方で、心配な点もありました。写真3をご覧いただくと、モクモクとした雲が見えます。八ヶ岳をすっぽりと覆っている雲です。この雲は雄大積雲(ゆうだいせきうん)と言いまして、写真2で見られた積雲がやる気を出して成長していった雲です。入道雲(にゅうどうぐも)といった方が馴染みがあるかもしれません。この時点で午前9時頃でした。午前中早い時間からこのような雲が見られるときは、その日の午後、積乱雲(せきらんうん、別名雷雲)の発達に注意が必要です。積乱雲は、入道雲がやる気を出してさらに成長した雲で、落雷や降雹、強雨をもたらす危険な雲です。雲がやる気を出して、積乱雲に成長するのは、地面付近が温められ(地表付近の気温が上昇し)、上空に寒気(冷たい空気)が入ってくるときです。
この日は、5,500m上空でマイナス以下30℃以下の強い寒気が午後から入ってくる予想でした(天気図1)から、雲がやる気を出しやすい状況だった訳です。ただし、雲がやる気を出すには、ある程度の水蒸気が必要です。中央アルプス方面で晴れているということは、雲を発生させるのに十分な水蒸気がなく、乾いた空気に覆われていることになります。その乾いた空気が西からやってくるということは、雲がやる気を出せない可能性もあります。
天気図1 取材当日の5,500m付近の気温と風予想図
ということで、この日は 中央アルプス方面からの乾いた空気 VS 雲のやる気の勝負になりました。結果を見ていきましょう。
写真4 雲が取れて姿を現した八ヶ岳
写真4は午前11時頃の写真です。雲は次第に取れていき、八ヶ岳が姿を現してきました。ということで、午前中は、乾いた空気の勝利ということになりました。ただし、午後は天気の急変に注意が必要です。再び雲がやる気を出してくるかどうか、観察しましょう。
雲の発生する仕組みなど、難しいことを考えなくても、ただ空を見上げているだけでも、「あの雲、●●に似てない?」、「あの雲可愛い!」など雲遊びを楽しむことができますし、青い空を見上げていると、下界の色々な悩みもチッポケなことに思えてくるから不思議です。
文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
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