今冬は、氷ノ山や大山など西日本の日本海側の山岳で遭難が相次いでいます。ここ数年、地球温暖化の影響などもあって、西日本の日本海側の山岳では降雪量が少ない傾向が続き、晴天の日も比較的多くなっていました。昔は当たり前だった、吹雪が何日も続くということも少なくなっていて、ここ数年で雪山登山を始めた登山者にとっては、久しぶりのこの地域らしい天気となり、その洗礼を受けた形です。
ここ40年の大山山麓及び、氷ノ山東麓の兎和野高原におけるシーズンごとの降雪量、及び最深積雪の変化を見ていきます。
図1 大山山麓の降雪量の年変化(1982-2021年)
図2 大山山麓の積雪の年変化(1982-2021年)
年間の総降雪量(正確には日降雪の深さの合計値)は、この40年、減少傾向が続いていることが分かります。それに対して、日降雪50cm以上の日数に大きな変化は見られません。この10年で見ても日降雪50cm以上の大雪は、年に1~2回程度は出現する年が多いことが分かります。
また、積雪の傾向を見ていくと(図2)、一年でもっとも深い積雪を観測したときの積雪深(年最深積雪)は、年による差が大きく、長期的な傾向が見られませんが、2018年頃から少ない年が続いています。3cm以上の積雪日数には大きな変化は見られず、200cm以上の積雪を観測した日数も同様で、年による差が非常に大きくなっています。
これらの観測データから、大山山麓では、シーズンの総降雪量は減少傾向にあり、日降雪50cmを超える大雪は年1~2回発生する年が多く、長期的な変化の傾向は見られないこと、年最深積雪など積雪量に関しては、この40年で大きな変化が見られないことが分かります。また、氷ノ山東麓の兎和野高原では、大山山麓ほど明瞭な特徴は見られず、シーズン総降雪量、日降雪50cm以上の日数、日降雪量の最大値ともに大きな変化は見られないことが分かります。
図3 氷ノ山東麓(兎和野高原)の降雪量の年変化(1982-2021年)
2021/22年も大雪の期間はあったものの、総降雪量は2月12日現在、大山では平年(1991-2020年)の86%、兎和野高原で同95%と平年並みかそれ以下になっています。日降雪50cm以上の日数は大山1回、兎和野高原で2回と近年の傾向と差異はありません。一方で、積雪深は、大山では2016/17年以来、5シーズンぶりに200cmを超え、兎和野高原でも5シーズンぶりに150cmを超えました。2018/19年以降、3シーズン連続で降雪量、積雪深ともにかなり少なく、今シーズンは久しぶりに平年に近づいたことと、この数年の暖冬少雪に慣れてしまった登山者や、この数年で雪山登山を始めた登山者にとっては、厳しい積雪、気象条件になったことが遭難多発の理由のように思えます。
それでは、具体的に今冬発生した3つの遭難事例について見ていきましょう。
●2021年12月25-26日 氷ノ山
キャンプ目的で氷ノ山に入っていた男性5名が下山予定の26日になっても帰宅せず、兵庫県警と消防が捜索に入り、4人が救出されましたが、残る1名が車中で死亡しているのが発見されました。
ネット上で調べた限りでは死因は掲載されておらず、4人が車での脱出を諦めて自力下山したとの記事がありますが、なぜ1名だけ車内に残ったのかなどは良く分かりませんでした。
雪中でのキャンプが目的ということで、大雪の情報が出ていたにも関わらず、現地に赴いたそうです。現場に近い兎和野高原の25日から26日にかけての降雪の観測データを見ていきましょう(図4)。
図4 12月25日夕方から26日にかけての1時間ごとの降雪の深さ、積雪深のデータ
25日19時には積雪がゼロであったのが25日夜遅くから26日未明にかけて1時間に5~6cmという非常に激しい降雪が続き、26日の午前中は一旦小康状態になったものの、昼前から再び1時間に3~5cmの降雪が長時間続いて、26日24時には積雪が75cmに達しました。26日21時までの24時間に60cm以上の大雪が降ったことになります。この観測データは標高540mのものです。25日の日中は気温が高く、雨だったのですが、標高が高い氷ノ山では日中から雪が降っていたことを考えると、24時間で100cm前後の降雪になっていた可能性があります。
それではこの大雪はどのようにしてもたらされたのでしょうか?26日午前6時の天気図を見てみましょう。
図5 12月26日午前6時の地上天気図(気象庁提供)
オホーツク海と千島列島の東海上に発達した低気圧があり、シベリアには優勢な高気圧があります。日本列島から見て西に高気圧、東に低気圧がある形なので、「西高東低型」あるいは、冬に多く現れる気圧配置なので「冬型」とも言われる気圧配置です。山陰地方から近畿地方北部では等圧線の間隔が狭くなっています。風は等圧線の間隔が狭いほど強く吹くため、氷ノ山や大山の上部では暴風が吹き荒れていることが分かります。この天気図のように、本州付近で4本以上線が走っているときは、日本海側の山岳で猛吹雪になることが多く、注意が必要です。
また、上空に強い寒気が入ると、日本海の暖流によって温められた海面付近の空気との温度差が大きくなり、大気が不安定になって雲がやる気を出します(雲が上へと成長していく)。発達した雪雲が山にぶつかるとさらに、雪雲は成長して大雪を降らせる雲になっていきます(図6)。
図6 日本海で雪雲ができる仕組み(山岳気象大全「山と溪谷社」より)
そのため、上空に強い寒気が入っていると、大雪になることがあります。上空の寒気は上空3,000m付近の700hPa面と、5,500m付近の500hPa面の気温予想図で確認しましょう。
●雲がやる気を出す(雪雲が発達する)条件
3,000m上空(700hPa面) マイナス21℃以下
5,500m上空(500hPa面) マイナス30℃以下(西日本)、マイナス36℃以下(北陸、北日本)
上記のいずれかひとつに該当するときは大雪に警戒が必要ですので、3,000m上空と5,500m上空の気温予想図で確認してみましょう。
図7 3,000m上空(700hPa面)の気温予想図(i.yamatenki.co.jp/ 山の天気予報より)
図8 5,500m上空(500hPa面)の気温予想図(i.yamatenki.co.jp/ 山の天気予報より)
図7、8より氷ノ山付近では3,000m付近でマイナス21℃以下、5,500m付近ではマイナス27℃前後の寒気に覆われていることが分かります。つまり、雪雲が発達しやすい条件にひとつ当てはまることになります。
また、このときは、JPCZと呼ばれる日本海寒帯気団収束帯が発生しました。これは風と風がぶつかる所で、そこでは上昇気流が強まり、雲がやる気を出しやすくなります(図9)。
図9 風と風がぶつかる所では雲がやる気を出す(山岳気象大全「山と溪谷社」より)
JPCZが現れるかどうかを見分けるコツは次の通りになります。
1.地上気圧+降水予想図で、強い降水域が線状に表現されている(図10)
2.850hPa面の気温予想図で等温線が楔状に、気温が高い方から低い方へ張り出している(図11)
これらの条件が揃ったため、大山や氷ノ山など山陰地方の山岳では大雪となりました。このようなとき、過去に大山でも雪崩の事故が発生しています。今回はキャンプ目的の方の遭難でしたが、登山者にとっても危険な状況であることに変わりありません。
PartⅡでは、大山で発生した遭難について見ていきます。
文、:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
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