前回に続き、4月14日(土)~15日(日)にかけて八方尾根・栂池高原で行われた空見ハイキングの際に見られた雲の変化と、現場での天候判断についてお話しします。今回は2日目、4月15日(日)の状況についてです。
15日は、ヤマテンでも北アルプスに「大荒れ情報」を発表していたように、数日前から天候が荒れることが分かっていました。しかしながら、2日間のツアーで前日の14日は歩行できそうな天気であることや、15日も中腹以下のハイキングに変更することが可能なため、ツアー自体は催行することになりました。天候が荒れることが予想されるときに、登山を実施するか中止するか、あるいは違うコースに変更するかを考えることになります。
さて、気象リスクを減らすためには、登山前日に予想天気図を見ることが大切ですが、登山前日に、予想天気図(図1)を確認すると、15日は気象遭難が多発する気圧配置となっていました。
図1 14日の段階で気象庁ホームページから入手した15日9時の予想天気図(気象庁提供)
図1を見ると、低気圧が発達しながら北日本へと抜けつつあり、低気圧通過後に北アルプス付近では等圧線が込み合っています。つまり、風が非常に強まり、等圧線の向きから日本海からの北西風が吹きつけてくるため、北アルプス北部では暴風雪(雨)の大荒れの天気となることが予想される形です。
今回の登山コースが白馬乗鞍岳登頂や八方尾根から唐松岳往復であれば、森林限界より上部を長く歩くことになるため、登山を中止、あるいはコース変更をせざるを得なかったでしょう。栂池自然園の散策であるため、気象リスクを想定したうえで、予定通り実施しました。
しかしながら、午前中は寒冷前線が抜けていくものの、等圧線が込み合い、二次前線(天気図上には現れていないが、寒冷前線の後ろ側にある前線)が通過することもあって風雨が強まると予想しました。一方で午後になると、風は強いものの、二次前線が抜けていき、上層の寒気の南下が弱いことから、天気は上部から回復に向かうと判断しました。
図2 14日9時を基準とした15日15時の地上気圧+降水予想図(細い線が2hPaごと、太い線が4hPaごとの等圧線。色がついている部分が降水域)
山の天気予報「専門・高層天気図」https://i.yamatenki.co.jp/より
この日の最大のリスクは午前中、雨の中歩いて体が濡れてしまい、栂池自然園の開けた場所に出て強風に吹かれ、低体温症になることでした。そのため、雨が予想される午前中は、濡れないように出発を遅らせて、例年より2週間も早く満開となった、ミズバショウやザゼンソウがある落倉湿原を散策することに。その後、のんびりとロープウェイ駅に到着。しかしながら、栂池のロープウェイ乗り場に行ってみると、栂池高原へのロープウェイは栂の森から上部が運休。時間を潰すために、麓の展望台で観天望気をおこないました。
写真1 雨雲に覆われた栂池高原スキー場
厚い雲から雨が降り続いており、天気が回復する兆しは見えません。ただし、この日は低気圧や前線が抜けていく午後は、低い所には寒気が入るものの、上空高い所の寒気は弱く、上下の温度差が小さい、いわゆる大気が安定した状態になる予想でした。
図3 14日9時を基準とした15日15時 500hPa面(高度約5,500m)の気温予想図
この時期は、-24℃以下の寒気が入ると、雲がやる気を出し、低気圧の通過後は日本海側の山岳で吹雪となることが多い。
山の天気予報「専門・高層天気図」https://i.yamatenki.co.jp/より
上図をご覧いただくと、4月中旬の目安-24℃や-27℃の寒気はずっと北にあり、-12℃ラインがかかるかどうかという、上空の気温が非常に高い状況でした。
図4 14日9時を基準とした15日15時 850hPa面(高度約1,500m)の気温予想図
山の天気予報「専門・高層天気図」https://i.yamatenki.co.jp/より
一方、図4を見ていただくと、高度1,500m付近では0℃前後のやや強い寒気が入ってきています。このようなとき、雲は「やる気」を出せず、山麓では天気の回復が遅れても、標高の高い山や、その風下側の山腹では晴れることが多くなります。
そのため、山麓で時間を潰すよりも上部に行った方が天気が早く回復すると見越し、とりあえず、栂の森まで行くことにします。すると・・・
写真2 ゴンドラから見た雲海
乗車後、すぐにガスガス(濃い霧)になってしまいましたが、中腹を過ぎると、雲の上に出て視界が開けました!
さらに、栂の森に到着すると青空が!
写真3 青空が広がる栂の森付近
時折、風が吹くものの樹林帯なのでそれほどでもない。また、この時間から歩いても栂池自然園まで行けそうだ。自然園まで行くことができれば、樹林帯と森林限界を超えた場所の風の違いが分かるので、気象判断の勉強にはうってつけだ。また、テレビでも面白いシーンが撮れるだろう。ということで、宮城ツアーリーダーと相談し、栂池自然園まで向かうことにする。もちろん、タイムリミットを決めて。
さて、登っていくと次々に面白い雲が!
まずは下の写真。山麓方面はご覧の通り、濃密な雲に覆われてまだ雨が降っているが、尾根の所に白い雲(緑色のカコミ)が湧き立っています。尾根の反対側(向こう側)で姫川に沿って入る北東風が上昇してできた雲たちですね。
写真4 栂池の山腹で上昇流が雲によって可視化
次はアスペリタス波状雲。これは108回 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/0c3b48094b0370ced7f069c952347ef6 で紹介したのでここでは省略します。
写真5 アスペリタス波状雲。もちろん私は大興奮!
写真6 地形による雲のでき方が一目瞭然
また、地形によって雲のでき方が違うことも良く分かります。上の写真は、南西方向の五龍岳~唐松岳方面を見たものですが、緑色のカコミ部分の雲は、ここだけに現れている雲です。ここの稜線は、北側や南側と比べて標高が低く、越中側(富山県側)からの湿った空気が山で堰き止められずに、風下側に流れ込んでいるのです(図5参照)。さらに、山全体に厚い雲がかかっていますが、これは山で上昇気流が発生してできた雲です(図5①の雲)。
図5 地形による雲のでき方の違い
写真7 白馬バレー、東山~柄山方面の雲
東側を見てみると、山麓方面は厚い雲(写真の上側の暗い雲)に覆われています。これは、姫川に沿って日本海から入ってきた湿った空気に対応しています。
さらに、白馬の谷の東側に連なる山の奥には低い雲(緑色のカコミ)があります。これはその東側の谷に沿って妙高方面から入ってきた湿った空気に相当するものです。このように、雲は、目に見えない空気の気持ちを語ってくれています。
雲に興奮しながら歩いていると、やがて森林限界が近づき、風のゴーゴーという音がしてきました。また、雲はすごい速さで流れていきます。稜線で強風が吹いている証拠です。このようなときは、リーダーが森林限界上や尾根上まで偵察に行き、風の強さをチェックしましょう。今後、進んでいくうえで転滑落や低体温症のリスクがあるときはそこから引き返します。今回は栂池ヒュッテという建物があるので、そこで判断することにしました。実は、栂池ヒュッテはゴンドラが運行していなかったので、営業していなかったのですが、スタッフの方のご厚意で休憩させてもらいました。ありがとうございます!
ということで、ここでお昼を食べながら、強風に備えて身支度を整えます。
写真8 山越えの下降流による青空
案の定、栂池自然園に出るとビュービューと平均10m/sを越える強風。最大13m/s位でした。突風が吹くと、体のバランスを少し崩される位です。このように、体のバランスを崩す位の風になったら前進してはいけません(前進した方がリスクが少ない場合はこの限りではありません)。樹林帯の中まで引き返しましょう。
今回も強風とタイムリミットが迫っていたため、自然園の一番奥までは行かず、10分程歩いた所で引き返すことにしました。
風が強いことは雲にも表れています。雲の上端を見ると、いかにも風によって右から左へと流されているような感じがします。この強い風が山を吹き降ろす下降流となり、風下側では雲がなくなって晴れているのです。特に風上側に白馬三山~小蓮華山という、この付近でもっとも高い山が聳える栂池自然園は青空のポケットのように、雲がないエリアになったのです。
下っていくときにも面白い雲が見られました。
写真9 収束により成長した雲
下山を開始すると、山麓側の雲も取れて晴れてきました。しかし、写真の雲は最後まで残っていました。どうしてでしょう?おそらく、山から吹き降ろした風と、姫川沿いに入ってきた湿った北風とがぶつかって(収束して)上昇することにより発生した雲ですね。
写真10 下山中に見られた穴あき雲
最後の最後は穴あき雲(100回参照 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/0105aa31a53a8e36b6528f0efd3a9701 )まで現れました!まさに、雲三昧。天気が荒れるときは、その中でも崩れの少ない場所を選ぶと、面白い雲が色々見られます。台風が接近するときもそうですね。でも良い子はマネしないでください(笑)。
文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
※図、写真、文章の無断転載、転用、複写は禁じる。