黒斑山で見られた雲partⅡ ~雲海と日射による上昇気流~
前回に続き、日本山岳ガイド協会更新研修中に黒斑山(長野県・群馬県)及び、長野県小諸市の安藤百福記念自然体験活動指導者養成センターから見られた雲についての解説です。プロ(登山ガイド)向けの講習ですので、中~上級者向けの内容になっています。
まずは、この日の天気図を見ていきましょう。
図1 11月26日午前6時の地上天気図(気象庁提供のものに猪熊が作図)
この日は高気圧が日本海北部に進み、黒斑山の北側にある状況でした。高気圧周辺では時計周りに風が吹きますので、高気圧の南側にある黒斑山付近では東寄りの風が吹きます。
26日の朝、小諸市南側の高台から見た雲の様子が写真1です。
写真1 小諸市から北側の空を見る
写真を見ると、低い雲が右(東側)から左(西側)に向かって帯状に延びていることが分かります。高気圧が関東地方の北側にあるときに、関東平野では太平洋からの湿った東風の影響で低い雲が広がり、この湿った空気が関東山地を越えて軽井沢方面から小諸方面に入ってきます。雲の厚さは右側(東側)の方が厚く、左(西側)に行くにつれて薄くなっています。これは関東山地を越えて下降気流となったため、雲が次第に蒸発していることを現しています。また、③の所では山の斜面を空気が上昇して雲が再び、成長していることが分かります。図2と併せてご確認いただくと、地形によって雲のでき方が大きく変わることが分かります。
図2 長野県東信地方周辺の地図と湿った空気の入り具合
写真2 高峰高原から南側を見ると、雲海が広がる
さて、千曲川流域の低地からチェリーパークラインを上がって高峰高原へ。高原ホテルの前からは眼下に雲海が広がっています(写真2、図4の④)。この雲海は、関東側から佐久盆地に流れ込んできた湿った空気(図2の②)が夜間の冷え込みで雲になり、安定した層に抑えられてできたものです。雲海のできる仕組みについては、jROの「雲から山の天気を学ぼう」第42回 https://www.sangakujro.com/%e9%9b%b2%e3%81%8b%e3%82%89%e5%b1%b1%e3%81%ae%e5%a4%a9%e6%b0%97%e3%82%92%e5%ad%a6%e3%81%bc%e3%81%86-42/
をご参照ください。この雲海の上には、別の雲の帯があるのが分かります。さらにその上に、もう一つ雲の塊があります(写真3)。
写真3 写真2に説明を加えたもの
これらは、それぞれ雲ができている高さに湿った空気が流れ込んでいることを現しています。また、雲海の上端には安定した空気の層があり、それに蓋をされる形で雲がそれ以上、上昇できず、横に広がっていることも分かります(図3)。つまり、下から順に湿った空気、安定した層、乾いた空気、湿った空気、安定した層・・・と空気の層がサンドイッチのような状態になっていると想像できます。美味しそうに見えてきましたか(笑)?
図3 雲海の雲が安定した層に抑えられている様子
写真4 高峰高原から見た北西側の空
今度は、反対側(北西側)の空を見てみしょう。遠くに妙高・火打から高妻山が望めますが、その手前に雲海が広がっています。この雲は、関東平野からの湿った空気が吾妻川に沿って流れ込み、嬬恋付近の盆地に溜まって夜間の冷え込みによって雲になったものです(図2の⑤)。やはり雲海の上には安定した層があり、雲がそれより上に行くことができなくなっています。
写真5 佐久平からの谷風で発生した雲
日中になると、この雲海が姿を変えていきます。雲の頂が平らだったものが、写真5のように、上方へ盛り上がっていったのです。これは、日射によって南斜面で気温があがって上昇気流が発生し、安定した層が破壊されて雲海の下の湿った空気が雲海の上に飛び出してきたためです。佐久平の湿った空気は、写真5の右手前側の山を越えられませんが、山と山の間の谷を湿った空気が通ってきて、それが写真の左側にある浅間山に向かって上昇して再び雲ができています。一時は、この雲が黒斑山を多い、視界が悪くなりましたが、湿った空気の流れ込みは次第に弱まってきました。そのため、写真6のように山頂のみ雲が残る光景が見られました。
写真6 浅間山にかかる笠雲
浅間山がこの日、もっとも姿を現してくれた瞬間です。雲の帽子をかぶったような姿ですね。こんなお山もいいもんです。
文、図(気象庁提供を除く)、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
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