天気図、雲から雷雨、局地豪雨を予想しよう後編
前編に続き、穂高連峰の岳沢(だけさわ)で行われたガイド協会更新研修時の天候判断についてです。後編では雲などを見て落雷や強雨などのリスクを察知し、早めの避難行動につなげていく方法についてお話しします。
朝、起きると青空が広がり、上高地の清々しい空気が優しく包んでくれました。梓川沿いに河童橋へと進んでいくと、明神側には霧が立ち込め、明神~前穂の稜線を越えて岳沢側に流れ込んでいきます。雲が生き物のように動いていく様は、幻想的でした。
写真1 早朝の上高地からの穂高連峰
その様子を見ていると、職業柄、「どうしてあの雲はあそこに浮かんでいるのだろう?」「どうしてあんな形をしているんだろう?」と考えてしまいます。
折角ですので、皆様も雲の世界にお付き合いください。
写真2 写真1の解説
はじめに、写真1の②付近の雲について解説します。
この写真の右方向が梓川の上流、明神方面で、左側が下流の大正池方面になります。写真には入っていませんが、右側の明神方面には濃密な層雲(そううん、別名きり雲)がありました。この雲は、前日の雨が蒸発して空気中に水蒸気が溜まったものが朝方の冷え込みで冷やされてできたものです。地図を見ると、上高地平は盆地状で水蒸気が溜まると、外に逃げていきにくい形状をしており、その中でも明神は、徳本峠側を越えて湿った空気が入りやすくなります(この日は東風が吹いていたので)。つまり、明神~徳沢辺りには他より濃密な雲ができやすい条件でした。そこで発生した雲が明神岳~前穂高岳を越えて吹き降ろしたものが岳沢の方に流れ込んできたのが、②の正体です。
次に、①の雲です。これは岳沢付近の上空に浮かんでいる雲です。岳沢はお椀のような形をしていて、冷気が溜まりやすい地形です(冷たい空気は重いので、お椀の底のような地形の岳沢に溜まりやすい)。前日の雨で水蒸気が溜まっていた空気で、既にお腹パンパン状態の空気が、夜間に山から冷たい空気が吹き降りて岳沢付近に溜まり、空気の胃袋が小さくなっていきます(空気は冷たくなると、胃袋が小さくなります)。そこで、水蒸気を含みきれなくて吐き出したものが雲に変わっていきます(汚い話ですいません)。また、前穂~明神の稜線を越えてきた②の帯状の雲は、この付近で空気がお腹パンパン状態であることを示しています。このお腹いっぱいの空気が岳沢から西穂の斜面で上昇すると、冷やされて胃袋が小さくなり、含み切れなくなった水蒸気が雲粒に変わっていきました。それで、雲が②と同じように帯状になっているものと思われます。
こうやって色々考えていくと、雲の気持ちが分かって楽しいですね。
楽しくなってきた所で後ろを振り返ると、梓川の下流方面にも層雲が見られました。
次は、この雲について解説していきます。
写真3 梓川の下流方面にできた層雲
写真4 写真3の解説
この雲は、大正池方面から流れてきたものです。大正池は明神~徳沢同様、盆地状の地形をしていて水蒸気が溜まりやすい地形です。前日の雨で既に、お腹いっぱいに近い状態にあった空気が、大正池から蒸発した水蒸気の補給を受けてこれ以上含み切れなくなり、雲になります。こうして、大正池では雨上がりの早朝に霧が発生します。その霧は、太陽が昇ると、温められて空気の胃袋が大きくなるので蒸発していきます。蒸発すると、また空気中の水蒸気が増えます。風が吹くと、その水蒸気をたっぷり含んでお腹パンパンになった空気が斜面を上昇し、冷やされた結果できたのが写真3、4の雲です。そして、その雲がさらに上昇していくと、上方の乾いた空気に触れて蒸発して消えていっています。
朝の雲鑑賞はこの辺りにしましょう。これまでの写真から分かるように、この日は朝から良い天気で、絶好の登山日和に見えますね。
しかしながら、歩き始めてすぐに気になる雲が現れます。写真5の雄大積雲(ゆうだいせきうん)、別名入道雲です。この時点で午前9時前。これが午前10時、11時の時間帯でしたら普通の状態ですが、8時、9時台までに現れたときは要注意です。
写真5 常念山脈方面に現れた雄大積雲(別名入道雲)
日中、陽射しによって地面付近が温められていくと、地面付近と上空との気温差が大きくなり、雲がやる気を出し始めます(雲のやる気については前編を参照)。そうすると、写真5のような入道雲が発生するのですが、まだ地面付近が十分に温まっていない朝のうちから、入道雲が発生するようなときは、上空に強い寒気が入っている証拠です。昼頃になって地面付近が温められると、さらに雲はやる気を出して成長していきます。そうなると、怖い怖い落雷や強雨をもたらす積乱雲(せきらんうん)になっていくのです。
このように危ない兆候が見られる日は、絶えず、雲のやる気をチェックしていきましょう。雲を見るポイントは以下の通りです。
1.風上側の雲を見る(風が吹いてきている方向の雲を見る。雲が流れてきている方向の雲を見る)
2.風下側でも、その雲が10km以内にあり、その雲との間に高い山がなかったり、新た
に入道雲が発生してきているようなときは要注意
3.1と2に該当する雲の底が暗くなってきたら、避難開始(下記写真6参照)
4.1と2に該当する雲の上部が頭巾のような形をしていたら、即避難開始
写真6 頭巾のような形をした頭巾雲(荒木健太郎氏撮影)
5.1と2に該当する雲の上部が透けて見える白い雲の場合は、即避難開
写真7 雲の上部が透けている雲(巻雲、写真の緑色の破線部分)と目に見える降水(赤い破線部分)
6.雲の底から白いカーテンのような筋が見えたら、そこは雨が降っている証拠。その雨が近づいてきているようなら即、避難開始(写真7及び、写真11)
写真8 六百山の奥(東側)で雲底が暗くなった雲が出現
上高地から明神への遊歩道から分かれて岳沢の登山道に入ると、樹林帯になります。空を見渡すことができなくなりますので、登山口の所でチェックしましょう。振り返ると、六百山の東側に入道雲が見られます。雲の底がかなり暗くなってきて、雲を見るポイントの3に該当しますね。ただし、この時は、この雲と逆方向から風が吹いており、さらに雲と私たちの間には高い山があることから、すぐにこの雲が近づくことはないと判断して登山を続行しました。実際、この雲が山を乗り越えて、こちら側に来ることはありませんでした。
写真9 岳沢から南西側の空を見る
樹林帯を抜けると岳沢の本流の河原に出ます。ここで再び雲をチェック。特に、今日は天気図から南西風が吹くことが予想されていたので、南西側の空を確認します。幸い、岳沢では南西側の空が開けているので、雲をチェックするのに好都合です。この時点では南西側には特に発達した雲がありません。
もう少し雲を詳しく観察してみると、焼岳と、手前側の西穂高から上高地側に延びる尾根との間で雲がまとまっています。ここは新中尾峠という標高の低い場所で、飛騨(岐阜県)側からの水蒸気を多く含んだ空気が入りやすい場所です。
写真10 写真9の解説
一方で、逆の信州(長野県)側からは谷風が吹きあがっていきます。こちらは南東斜面で午前中、日射を強く受けますので、温まった空気が軽くなって上昇していくのです。この信州側からの風と飛騨側からの風がぶつかり合って上昇気流を強め、雲がやる気を出していきます。ここでできた雲が南西風に流されると岳沢に直撃します。ですから、今回は特に、この付近で雲がやる気を出さないかどうか、確認をしていきます。
さて、南西側で雲が発達することなく、岳沢に到着。また、雲を観察しているうち、上空では南西風ではなく、西風が卓越していました。飛騨側から湿った空気が入るたびに、西穂高岳付近の稜線で雲が成長し、稜線や飛騨側でにわか雨を降らしていましたが、穂高連峰を越えた雲は岳沢で下降し、雲が弱まっていきます。そのため、岳沢では雨が時折パラつく程度で、岳沢上空では最後まで青空が残っていました。
休憩を取った後に下山開始。すると、空の様子が一変してきます。
写真11 南西側で見られた黒い雲と降水
写真9、10と同じ方向の写真ですが、雲の底が暗くなった部分(赤いカコミ部分)が現れ、また、雲からカーテンのような、もやっとした部分(青い破線のカコミ)が見られます。これは雨が降っていることを示しています。これが見られるとき、進行方向の上高地では間もなく激しい雨が降る可能性が高いです。岳沢では進行方向からズレているので雨がパラつくだけで済むかもしれませんが、この雲が発達すれば土砂降りになり、落雷のリスクも高まります。ということで、このような特徴が見られるときは即、避難開始です。どこに避難したらいいのかは、次号でお伝えします。
今回の講座で、地形が雲に与える影響が非常に強いことが分かりました。特に、谷は水蒸気の通り道になり、山風と谷風(詳細は98回 https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/65ff7031ab34f28cac97b35fe03dff08 をご参照ください)がその水蒸気を運んでいきます。谷風同士がぶつかり合うとそこで上昇気流が発生し、大気が不安定な状態のとき、雲がやる気を出していきます。それが上空の風に流されていくのです。さらに、積乱雲が発達して激しい雨が降ると、その雨によって冷やされた空気と谷風がぶつかり合って新たな子雲が生まれることがあります。ご参考までに穂高連峰周辺で当日吹いた風を記した図を掲載しておきます。上空の風は気圧配置によって変わりますが、晴れた日の山風と谷風は通常、この図のように吹くことが多いので、雲ができやすい場所も分かります。