霧ヶ峰空見ハイキングでの天候判断partⅠ ~天気を予想して快適、安全登山~
今回は、旅行会社とヤマテンとのタイアップ企画「霧ヶ峰の空見ハイキング」の際に行った私の天候判断について書かせていただきます。
このツアーは、ヒュッテみさやまに宿泊する(新型コロナ感染症対策のため、貸し切り)1泊2日の行程です。当初の予定では初日に、車山高原スキー場からリフトで山頂近くまで上がり、車山からニッコウキスゲの群落が美しい尾根を経由してヒュッテみさやまへ歩き、2日目に八島ヶ原湿原、山彦尾根を経由して車山の肩に向かう行程でした。
しかしながら、初日に茅野駅から出発した時点で日程を変更することにしました。具体的には、初日に八島ヶ湿原をハイキングして物見の岩まで往復し、翌日にヒュッテみさやまから、苔むした美しい樹林帯を抜けて、ニッコウキスゲの群落がある草原を抜け、車山山頂に向かうプランです。ツアープランを修正した理由は以下の通りです。
- 2日目は青空や陽射しが期待できそう。晴れているときに、ニッコウキスゲ咲く草原の景色を見ていただきたい
- 1日目は車山より八島ヶ原湿原の方が雨が弱く、落雷のリスクも小さい
- 1日目の午後は、14時過ぎには雨がやみ、遅くなると晴れてくる可能性もある ので、15時頃、展望の良い場所に到着する方が景色が楽しめる可能性が高い
- 雨の中、リフトに乗りたくない(笑)
このような判断にいたった理由を天気図から見ていきましょう。
図1 ツアー初日(18日)午前6時の地上天気図
この日は、山麓(茅野市)では朝はどんよりとした曇り空だったのが、次第に雲が切れていき、陽射しが出る時間もありました。朝の天気図(図1)を見ると、梅雨前線が関東から九州の南海上に停滞し、紀伊半島沖を低気圧が東へ進んでいます。この影響で関東から東海地方の沿岸は天気が崩れるものの、前線から離れた霧ヶ峰(△印)や茅野市付近では、午前11時頃までは天気の崩れは小さくなりました。
図2 18日21時の地上天気図
一方、夜の予想天気図(図2)を見てみると、佐渡沖に低気圧があります。低気圧を取り囲む等圧線は1つのみで、前線も伴っていません。このように、前線を伴わない小さな低気圧が海上、または日本列島にあるときは、上空に寒気を伴った低気圧である可能性が高いです。上空に寒気が入ると、大気が不安定となり、低気圧の周辺、特に南東側では雲がやる気を出して、積乱雲(雷雲)が発達しやすくなります。
6時の天気図では、この低気圧は描かれていませんが、日本海の西部に隠れています。これが昼頃、能登半島沖を通過し、霧ヶ峰(△印)が低気圧の南東側に入りました。実際、11時頃茅野駅を出発するときから雨が降り出し、途中、雨脚がかなり強まりました。しかしながら、車山を過ぎて八島ヶ原湿原に近づくと、雨は小降りになりました。
ツアープランを修正した理由の2番目に、「1日目は車山より八島ヶ原湿原の方が雨が弱く、落雷のリスクも小さい」というものがありましたが、その通りになった訳です。その理由は、地形と風向きにあります。
図3 上空1,500m付近の風予想図(18日午前9時)
これはヤマテンの「山の天気予報」専門・高層天気図のひとつ、上空1,500m付近の風と気温を予想した図です。風向きと風の強さの見方は図4をご参照ください。霧ヶ峰(△印)付近の風向は南南東です。
図4 風向きと風の強さ
南南東~南東の風が吹くときは、八ヶ岳と入笠山から守屋山に延びる尾根との間の谷間を風が通り抜けていきます。基本的に、山では海側から風が吹くときに、海からの湿った空気が山の斜面に沿って上昇して雲を発生させますが、海から遠い、この辺りの山でも大きな川や谷に沿って、海からの湿った空気が入ってくることがあります。特に、夏や梅雨の時期は水蒸気が多いので、そのような傾向があります。地図を見ますと、この南東風は、八ヶ岳の西麓で諏訪湖方面に行くものと、谷に沿って車山方面に向かうものとに分かれます。この風が車山の斜面に沿って上昇し、雲を発生させます。しかしながら、車山を越えると、山越えの下降気流になるため、雲は弱まっていきます。また、湿った空気が車山などで遮られることもあり、車山の北西側にあたる八島ヶ原湿原では、車山より天気が良くなる訳です(写真1)。
写真1 南東方向からの湿った空気が車山を越えて下降していくと、雲が消えていく様子
図5 車山周辺の地図(Google Mapより)
さて、ツアープランを変更した3番目の理由「午後遅くなると天気が回復する可能性がある」と判断したのはなぜでしょうか?
ひとつには、先ほど説明したように、お昼頃、上空に寒気を伴った低気圧が霧ヶ峰の北西側に達するため、“雲がやる気を出しやすい(つまり、発達しやすい)”こと、そしてもうひとつは、温かく湿った空気がお昼頃に入ってきて、夕方になると抜けていく予想だったことが挙げられます。
温かく湿った空気の入り具合は、「相当温位予想図」を見ます。聞きなれない言葉だと思いますが、相当温位とは簡単に言えば、水蒸気と気温を併せ持ったような指標です。相当温位が高いほど、温かく湿った空気、低いほど冷たくて乾いた空気ということになります。温かく湿った空気が上昇すると、雲がめちゃくちゃやる気を出して、積乱雲が発達しやすくなります。大雨や落雷のリスクが高まるのです。
それでは、18日の朝から夕方にかけての、相当温位予想図を見ていきましょう。
図6 上空1,500m付近の相当温位と風予想図(18日午前6時)
図7 上空1,500m付近の相当温位と風予想図(18日12時)
図8 上空1,500m付近の相当温位と風予想図(18日午後3時)
ヤマテンの相当温位予想図では、暖色系(赤系、ピンク系)の色が相当温位が高いところ、寒色系(水色、緑色)の色が相当温位が低い場所を表しています。345K以上のピンク色のエリアは、非常に温かく湿った空気になります。
図6~図8を見ていただくと、345K以上のエリアが昼頃に霧ヶ峰付近を通過していることが分かります。午後になると、このエリアは北に抜けていき、南から比較的相当温位が低い、つまり乾いた空気が入ってくることがわかります。これらの図から、午後は遅くなるほど天気が回復していく傾向にあることが分かったのです。
このように、天気図を見ることで、ツアープランをより快適に、安全にすることができます。今回の内容はちょっと難しかったと思います。地上天気図からだけでもいいですし、山の天気予報も利用しながらでもいいので、登山前に天気図を見る癖をつけておくと、少しずつ天気が読めるようになると思います。
文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
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