今回は観天望気講座はお休みし、昨日、関東地方に大雪をもたらした低気圧についてです。
大雪をもたらした犯人は「南岸低気圧」です。ニュースや天気予報で何度も耳にしたことがあると思います。
九州から本州の南岸沿いを東に進む低気圧のことで、関東甲信地方にたびたび大雪をもたらします。
2014年2月14~15日の甲信地方と関東内陸部の記録的豪雪による災害は記憶に残っていることでしょう。
今回の大雪はそこまで特異なものではありませんが、いくつかの点でこれまでの南岸低気圧と違いました。
1.関東地方平野部の積雪が気象庁や民間気象予報会社の発表より多かった。
2.諏訪地域や上伊那・下伊那地域の降雪が気象庁や民間気象予報会社の予想より少なかった。
図1 22日22時の積雪深(気象庁ホームページから抜粋したものを猪熊が作図)
アメダスの観測データによりますと(上図)、東京都心の方が、諏訪よりも積雪がずっと多くなっています。
南岸低気圧が通過する際には、ほとんどの場合、諏訪の方が東京よりも積雪が多くなります。降水量は東京など関東南部の方が多くなりますが、東京では0℃前後の気温で雨や雪が降ることが多く、水分を多く含む雪のため、降水の割には積雪が増えないのに対し、諏訪では東京よりも気温、湿度ともに低いため、雪水比(何ミリの降水量が何センチの降雪量に相当するか)が大きくなるため、降水の割に降雪が多くなります。
したがって、私が諏訪地域の中でも標高の高い蓼科地域に住んで7回目の冬を迎えますが、南岸低気圧による降雪で東京の方が積雪深が多かったことは一度もありません。もちろん、7年というのは自然のサイクルでは非常に短いので、この期間起きなかったからと言って珍しいこととは言えませんが、今回驚いたのはその差です。東京ではもっとも深いときで23cmに達したのに対し、諏訪では3cm、蓼科でも5cmでした。
どうしてこんなことが起きたのか?この疑問を解決したい!ということで色々調べたり、南岸低気圧の降雪に詳しい方からの助言もいただき、答えに近いものにたどり着いたのでここでご紹介します(しかしながら、あくまで猪熊の私見です)。
まず、1の関東南部で降雪が予想より多かった理由ですが、2つあります。
1.降り始めから気温が低かった。
通常は、南岸低気圧が通過する前は高気圧に覆われているため、日射により気温が上昇することが多く、その温かい空気が残った状態で低気圧が接近するため、関東平野では降り始めは雨になることが多いです。それが雨による冷却効果と低気圧が発達しながら接近することで、北からの冷たい空気を引き込むため、気温が下がっていき、雪に変わっていきます。しかしながら、今回は地上付近に寒気が残っているところに夜間の放射冷却で冷え込み、平野部でも気温が下がりました。そして朝には雲に覆われたため、気温が上がりませんでした。東京では10時の気温は2.4℃、八王子では0.4℃です。この時点で、私は関東の降雪は予想より多くなるなと自分の予想を修正しました。なぜなら雨や雪が本降りになり、低気圧が接近して北風が強まっていけば、さらに気温が下がっていくことは明白だったからです。
2.低気圧が接近する前の、午後早い時間から本格的な降雪となった。
さらに、関東地方では、低気圧がまだ九州の南海上にある午前中から雪や雨が降り出しました。
関東地方ではこのように低気圧が接近する際に、他の地域に先行して雨や雪が降り出すことがあります。これを「関東地方の先行降雨(雪)」と言います。
それではなぜ、関東地方で他の地域より早く雨や雪が降り出したのでしょうか?
答えを求めるために、天気図を見てみましょう。
図2 22日12時の地上気圧+降水予想図(ヤマテン専門・高層天気図より)
図3 22日15時の地上気圧+降水予想図(ヤマテン専門・高層天気図より)
図4 22日21時の地上気圧+降水予想図(ヤマテン専門・高層天気図より)
図2は12時の地上気圧と降水予想図です。これを見ると、低気圧から離れた関東地方の南部付近で等圧線が込み合った部分があります。
等圧線が込み合うということはこの付近で気圧差が大きくなっており、天気図には現れない前線帯(低気圧から延びる温暖前線とは別)があることを示しています。
また、850hPaの気温と風予想図(図5)を見てみますと、関東南部付近で等温線の間隔が狭くなっています。つまり、温度差が大きいことを示しており、北の冷たい空気と南の温かい空気が関東の南海上でぶつかり合っているということになります。性質の異なる2つの空気がぶつかる所で前線ができますから、関東の南海上には天気図には書かれていない前線があります。さらに前線付近の風向は南東風で、温かい空気が冷たい空気の上を滑昇していることが分かります。このようなとき、前線の北側で雨雲ができます。そして、もう少し高い、雲の高さの平均位の高度では南風が吹いていることから、関東の南海上で発生した雨雲が関東平野に流れ込んできたわけです。
図5 850hPa(上空1,500m付近)の気温と風予想図(ヤマテン専門・高層天気図より)
さらに、関東地方のすぐ南では東寄りの風が吹いていますが、八丈島付近では南寄りの風になっています。
ウィンドプロファイラの1km上空でも同じ傾向が見られます。つまり、関東の南海上にある前線付近で東風と南寄りの風がぶつかっているのです。
風と風がぶつかり合うとそこでは上昇気流が生まれ、雲が発達しやすくなります。
これらの理由で、関東では南部を中心に午後早い時間から降雪が強まった訳です。さらに、その後で低気圧本体の雪雲が入り、雪はさらに強まっていくことになります。
次に2.の諏訪地域で降雪が少なかった理由を見ていきます。
図6 22日12~13時の解析雨量(気象庁ホームページから抜粋したものを猪熊が作図)
この時間帯、関東南部では雪が降り始めていますが、諏訪地域では関東南部の前線帯による降水と、低気圧本体の降水の間で降雪はほとんどないエリアに入っています。本来であれば、低気圧が四国沖に達するこの時点で降雪が本格化するのですが、今回はそれがありませんでした。
図7 22日14~15時の解析雨量(気象庁ホームページから抜粋したものを猪熊が作図)
さらに、14~15時の解析雨量(上図)を見ると、関東南部の降水域が大きく広がっています。その北側の一部に諏訪地域もかかっているように見えますが、アメダスを見ると、日本海側の降水域と、東海から関東地方にかけての降水域との間に入って、諏訪盆地から岐阜県美濃地方にだけ降水を観測していません(図8)。
図8 22日15時までの1時間降水量(気象庁ホームページから抜粋したものを猪熊が作図)
図9 22日17~18時(気象庁ホームページから抜粋したものを猪熊が作図)
さらに、夕方になると低気圧本体の雲と北側の雲がひとつにまとまって諏訪地域もようやく雪が降り始めましたが、アメダスの1時間雨量を見ると、諏訪地域のみ降水が弱いことが分かります。
図10 22日18時までの1時間降水量(気象庁ホームページから抜粋したものを猪熊が作図)
上記の考察から諏訪地域で降雪が少なかった理由は、2つ考えられます。
1.低気圧が諏訪地域にもっとも接近する東海道沖に達したとき、低気圧の発達段階がまだ成熟期を迎えていなかったこと
15時頃までの降水域がいくつかのエリアに分かれている状態は、低気圧がまだ成長段階であることを示しています。
低気圧が十分に発達し、関東の南海上に達する18時頃には降水域はひとつにまとまっており、21時には北側に強い降水域が大きく広がっています。
これまで、諏訪地域に大雪をもたらした南岸低気圧はいずれも、東海道沖、少なくとも関東南部に達する頃には閉塞期を迎えているか、閉塞記に近い段階にありました。つまり、降水域が北に大きく広がる状態であったということです。
2.諏訪地域の地形的な特性
南岸低気圧による降水の際、北東風による地形性上昇やそれに伴うシーダーフィーダー効果で降雪が多くなる松本盆地、あるいは富士川に沿って湿った空気が入りやすい山梨県側に比べて諏訪盆地は降雪が少なくなる傾向にあります。南岸低気圧の際は南側や東側に南アルプスや八ヶ岳などの高い山岳があるため、この方面からの強い雨雲が侵入しにくいことも大きな要因です。
1と2の要因が重なって今回、諏訪地域では少量の降雪で済んだものと思われます。
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写真、文責:猪熊隆之