雪山登山ブームが始まっているようで、今年も雪山デビューを考えている方も沢山いらっしゃることでしょう。雪山は他の季節にはない魅力が沢山詰まっていて、その魅力に多くの方が気づいて実際に体験していただけることは、とても嬉しいことです。しかしながら、事故も多く起きています。雪山には大きな魅力がある一方で、夏山にはない危険も潜んでいます。しかしながら、その危険について知らないまま、雪山を登っている方が多くいらっしゃって、経験者でも誤った知識を持っていることがあります。そこで、ここでは雪山に登る登山者が陥りがちな間違った情報を挙げていきます。
①ネットやyou tubeの情報は正しい
最近は、ネットやyou tubeなどで情報を仕入れて登山の計画を立てられる方が多いと聞きます。もちろん、役に立つ情報もあるのですが、投稿している方の主観が入っているものも多くありますので、それをそのまま鵜呑みにするのは危険です。例えば、日帰りで軽装で登っている情報があったとします。しかし、日帰りで行くことができるかどうかは、その人の体力やスピード、技術、経験、そのときの雪の状況(雪が深かったり、足跡がないと雪をかきわけなければならないので時間がかかり、体力が消耗します)によって大きく異なってきます。また、アイゼンやピッケルが必要かどうかもその人のレベルやそのときの雪やルート状況によって異なってきます。最悪の場合を想定して準備をし、ご自身の装備や体力、スピードでは難しかったり、危険だと感じた時点で引き返すことが重要です。そうした経験が次の山行に生きていきます。
②先行者のトレース(足跡)をたどっていけば良い
先行者のトレース(足跡)があると助かりますよね。雪をかきわける労力が減りますし、雪山では登山道が隠されていて自分でルートを見つけ出さなければなりませんが、その必要がなくなります。しかし、先行者のルートが間違っていることもありますし、雪庇の上を通っていたり、雪崩地形を横切っていたりすることがあります。たまたま、先行者は雪庇を踏み抜いたり、雪崩に遭遇しなかっただけで、あなたもその危険から逃れられるとは限りません。雪山では先行者のトレースも疑ってかかる必要があります。
③雪山の経験者だからその人の言うことは正しい
一人で初めて雪山に行くのは誰しも怖いものです。ですから、初めは経験者と一緒に行くことは正しい判断だと思います。しかしながら、雪山に何度も行っているからといって、その人が正しい知識を持っているとは限りません。昔は、雪山と言えば、大学山岳部や社会人山岳会のみが行くところでした。そうした組織では雪山に登る前に、色々な訓練をして雪山のリスクについてしっかりと学んだうえで、先輩から実際の山で色々なことを学びながら、次第に山のレベルをあげていきます。ところが、最近はそうした組織に入る人は少なく、ほとんどの方はネットや本などの情報から知識を得ています。それらは間違った情報もありますし、正しい情報だとしても断片的な情報になってしまいます。雪山の経験者でも自己流で始めた方は、そうしたネットや本などの情報を参考にして登られている方が多く、そうした方のアドバイスが正しいとは限りません。また、断片的な知識では現場でいざ危険に直面したときに、判断できないことも多いです。したがって、ガイド登山やツアー登山を除いては、連れていってもらうという感覚で山に行くことは危険です。雪山の危険性についてしっかりと学ぶ必要があります。
④晴れだからリスクは少ない
一日中、晴れマークがついていたら、それは山に行きたくなりますよね。しかしながら、晴れだからリスクが少ないというのも誤りです。前日に大雪が降れば、当然雪崩のリスクは高まりますし、晴れていても平均20m/sを超える風が吹いていたら、凍傷や低体温症、転滑落、テントが倒壊するなどのさまざまなリスクが考えられます。お天気マークやABC判定からはそのような危険を知ることができません。そこで、ヤマテンが発表している「山の天気予報」の気象予報士のコメントを見ていただきたいと思います。どの位の雪が降るのか、雪崩のリスクが大きいのかを知ることができます。
事故が発生した前々日に発表したヤマテン「山の天気予報」の気象予報士コメント
⑤天気予報が晴れ(AやB判定)だから、山頂でも天気は崩れない。
どの天気を利用するかによりますが、基本的に誰でもネット上などで見ることができる予報は、山頂のものではなく、山麓の天気予報か、ABC判定など天気予報ではない指標になります。これは気象業務法によって山頂の予報を一般に公開するには厳しい規制があるからです。そのため、ヤマテンの「山の天気予報」は会員に登録された方向けの限定されたサービスになっています。気象遭難は、山麓と山頂とで天候が大きく異なるときや、登り始めるときは晴れていても、途中で天候が急変するときに多く発生します。たとえば、一般に見られる天気予報が晴れであっても、山頂では風雨が強かったり、吹雪いていたりするときです。低体温症、落雷、沢の増水、強風による転滑落など、具体的な気象リスクをイメージすることが大切です。それができない場合には、ヤマテンなどの気象リスクを具体的に教えてくれる気象情報を利用することが安全登山につながります。また、ヤマテンでは登山者の生死に関わるような重大な気象リスクが予想されるときに「大荒れ情報」を発表しています。そして、大変残念なことに、ヤマテンが「大荒れ情報」を発表しているときに、気象遭難が多発しています。
北アルプス、白山に発表された大荒れ情報
⑥朝のうちは雪が安定している
よくメディアなどで、気温が上がると雪崩が起きる、春になると雪崩が起きると報じられるので、真冬の気温の低い時期なら雪崩のリスクが少ないと思っている方がいます。しかしながら、雪崩は条件が揃えばいつでも発生しますし、雪崩の種類によっては真冬の気温が低い状況の方がリスクが高い場合もあります。例えば、表層雪崩(ひょうそうなだれ)という種類の雪崩がありますが、ある積雪層から上の部分だけが崩れ落ちる雪崩です。こうしたタイプの雪崩が起こる理由のひとつとして、弱層と呼ばれる脆い雪の層の存在があります。こうした脆い層は、気温が低いときには長期間、維持されやすくなります。また、積雪は雪の結晶同士の結合が強くなると安定していきますが、気温が低いときは雪の結晶が安定するまでに時間がかかります。気温が高すぎても積雪が水を多く含んで結合が弱くなりますが、気温が低い朝のうちはまだ安定している、というのは誤りです。
写真1 2023年3月に甲斐駒ヶ岳で6名が巻き込まれた雪崩の破断面
上記の写真は、2023年3月に甲斐駒ヶ岳黒戸尾根で発生した雪崩発生後の写真です。発生地点に岩があり、その影響も受けた可能性が大きいですが、日本雪崩ネットワークなどの調査班によりますと、ここ数日の暖かさで融けた雪が夜間の冷え込みなどで凍結し、その上に多量の降雪が降ったことで、凍結した層がすべり面になったようです。
⑦樹林帯は雪崩が発生しない
これも誤りです。ある程度の傾斜があり、雪崩が発生する条件が揃えば、雪崩は発生します。もちろん、大きな木が密に生えている場所はそこで、積雪が支えられるので雪崩が起きにくいですが、今回のように森林限界に近く、木と木の間隔が広がっていて、雪崩が起こりやすい斜度(30~60度)の場合、雪崩が起きることも十分、あり得ます。
⑧尾根道だからビーコン、ゾンデ、スコップなどは持っていかなくても良い
尾根ルートでも雪崩が発生することはあります。万が一、雪崩が発生したときに、積雪はすぐに固まってしまうので、スコップがないと掘り出すことができません。雪崩に埋まってる人が助かる確率は、18分後(文献によっては20分後)から急速に低下していきます。窒息してしまうからです。したがって、一刻も早く救助しなければなりませんが、ビーコンがないとその人の居場所を特定できませんし、ゾンデとスコップがないと雪の中から救出することができません。雪崩のリスクが多少なりともある所では必ず持っていきましょう。
⑨一度、雪崩が発生したらもう大丈夫
これも誤りです。破断面の上にも斜面が続いている場合、次の雪崩がいつ起きてもおかしくありません。ですから雪崩捜索の際は必ず、見張り役を置き、絶えず上方をチェックしながら捜索をおこなうようにしましょう。ましてや、雪崩が発生した斜面を時間をおかずに登るということは絶対にやめましょう。19日午前中、中央アルプスの千畳敷カールで、そのような登山者を沢山見かけました。しかも数珠つなぎで間隔もあまり開けずに登る方もいらっしゃいました。これらは非常に危険な行為です。
中央アルプスで雪崩が起きた後、雪崩地形を数珠つなぎで登る登山者
事故は起きると、多くの方に影響を及ぼします。ご家族はもちろん、救助にあたってくれた警察、消防、山小屋、遭難対策協議会のメンバーなどです。最悪の事態になれば、ご家族や友人の悲しみは計り知れません。もちろん、天気予報で全ての気象遭難や雪崩の事故を防ぐことはできませんが、それを上手に活用することで絶対に防げる事故はあります。
なお、雪崩は様々な要因が重なって起きるので、積雪や地形、気象などについて学ぶことが重要です。日本雪崩ネットワークが主催する講習会などに参加されることをおすすめします。
日本雪崩ネットワークについてはこちら
https://nadare.jp/
山の天気予報は、ヤマテンで。
https://lp.yamatenki.co.jp/