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書評「EVのリアル」

2022-08-18 | 読書(政治、経済、社会, 科学)

本書は、EVによる自動車の産業構造のダイナミックな転換の最前線を、欧州における5年間の取材に基づいて紹介しており、日本の電力構成や充電インフラの現状ではEVに懐疑的な読者にも一定の説得力があるはずだ。

 

EVの販売シェアが5割を超え、そのユーザーの94%が「次もEVを購入」と回答する「EV最先端のノルウェー(第2章)」では、ガソリンスタンドがEVスタンドに衣替えをし始め、オスロ湾を周航するフェリー70台は、動力をディーゼルから8000kW(!)でチャージされるEV船に姿を変えた様子が写真付きで紹介される。

 

「電池の熱狂(第4章)」では、世界の自動車メーカーや電池メーカーが、欧州で18ヶ所、米国で9ヶ所、計27ヶ所で工場を建設し、合計1000GWhの電池生産計画を発表済というリストが載っており、これはわずか16ヶ月の間に3倍以上に増大しているという。巨大な装置産業である自動車においても稀に見る早いペースで、EVへの巨額の投資が進みつつある。

 

半導体ならぬリチウム電池資源の争奪戦の様相も呈するが、リチウムはチリやオーストラリアだけでなく、ドイツのライン河沿いの地下にもリチウムを豊富に含む巨大な地下水源が見つかり、これを地熱で汲み上げて水酸化リチウムを取り出すベンチャー企業に、既に大手自動車OEMからも引き合いも来ているという。

 

さらに、リユース、リサイクルを含めてEV産業のライフサイクルが始動し始めている。自動車メーカーによる使用済みバッテリーを再利用した定置型の充電設備の計画が進み、化学メーカーのBASFがコバルトやニッケル、リチウムを回収するリサイクル工場を稼働させている。

 

これらは本書で紹介されて「EVのリアル」いくつかの例にすぎず、EVにまつわる疑問、例えば「日本の電源構成―火力8割では、EVはCO2削減にならないのでは?」といった問いにも、国際エネルギー機関(IEA)による将来の自然エネルギーシフトの計画を盛り込んでの試算(世界平均でEVのライフサイクルを通したCO2排出量はICEの約半分)も紹介される。

日本ではトヨタが2014年に燃料電池車「MIRAI」を発売し、合成燃料(e-fuel)も開発して選択肢を残すべきという議論もあるが、水を電気分解して水素を取り出し、それに炭素を合成して炭化水素族の液体燃料を作り、内燃機関で燃やすのは変換損失があまりに大きいというのは、既に欧州では常識になっている。「EVガラパゴス日本の夜明け(第1章)」はようやく来たようだが、これからが本当の勝負になりそうだ、と本書からは実感される。

 

自動車産業の劇的な変化を取材してきた筆者の結論は、「そのスピードは正確にはわからないし、踊り場もあるだろうが、EVは間違いなく普及する」というものだ。「地球温暖化による気候変動を食い止めるための脱炭素が新しい世界のルールだとすれば、輸送分野(少なくとも乗用車)においてはEVが現状で最も合理的な現実解であり、避けては通れない自動車の新しいルールになりつつある」というのは、世界の自動車産業の動かし難い趨勢なのである。

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