『ミモザ館』(ジャック・フェデー監督、1935年)を観る。
1924年。
南フランスの町にある下宿屋のミモザ館。
女将のルイーズと夫ガストンの間には子供がなかったが、名付け親としてピエールという子を育てていた。
そのピエールの初聖体拝領を祝っている夜、刑務所に入っていた実の父が、減刑されてピエールを引き取りにきた。
我が子のように可愛がっていたピエールがミモザ館を去って行くことになり、ルイーズとガストンは悲しみに暮れる。
1934年。
下宿屋からホテルに変わったミモザ館のもとに、ある日、パリで暮らすピエールから病気だという手紙がくる。
ピエールの父親はとっくに亡くなっていて、独り身のピエールを心配するルイーズは、決心してパリに出かけて行く。
パリの宿でルイーズがピエールの帰りを待っていると、殴られてグルグル巻きの包帯のピエールが運ばれてきた・・・
ピエールは今では、賭博に明け暮れ、おまけにボスの情婦ネリーとねんごろの仲になっている。
ピエールが自堕落な生活を送っていることを知ったルイーズは、何とかして彼を連れ戻そうとする。
一旦は拒否したピエールだったが、ボスから身を隠すためにミモザ館に自らやって来る。
ルイーズもガストンも、ピエールが身に付けてしまっている安易な生活習慣を改めさせようとする。
ピエールもその気になり、自動車セールスの仕事に励む。
しかし、愛しているネリーからの連絡で、ピエールがミモザ館に呼び寄せようとする辺りから、だんだんと話がややこしくなってくる。
ネリーが来る旅費をせびるピエール。
それを拒否し、家から出て行けばいいと言うルイーズ。
その時の、育ての親だとしても母親としての子に対する“フランソワーズ・ロゼー”の表情が凄い。
口にする愛情表現はないとしても、グゥッと抑え込んだ感情の、ピエールに出て行かれてはまずい、ルイーズの思い。
ひょっとしてルイーズは、ピエールを男として見ているかもしれないともとれる混沌とした表情。
ネリーがやって来てからの、ミモザ館でのルイーズとこのネリーの心理的緊迫感が、観ている方の身を引き締める。
二人は、表に出さない敵意を秘めて、対峙する。
それが引き金となって、知らずとラストの悲劇に進んでいく。
風に吹かれて大金が部屋で舞うラスト・シーン。
ジャック・フェデー夫人の“フランソワーズ・ロゼー”の何気ない素振りの印象に残る数々の表情。
脚本、俳優などが混然一体となって作られたこの作品は、時代を超えて超一級の輝きに満ち溢れている。