ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

成瀬巳喜男・20~『驟雨』

2020年04月14日 | 日本映画
『驟雨』(成瀬巳喜男監督、1956年)を観た。

結婚後4年、並木亮太郎と妻文子の間には冷い倦怠の空気が流れている。
ある日曜日の朝、些細なことからいさかいを始め、亮太郎はプイと家を出て行った。
味気ない思いの文子が買い出しから帰ると、新婚旅行に行っているはずの姪のあや子が待っていた。
旅行先で、花婿が偶然会った友人とそのまま飲みに出かけて、朝帰りしたので喧嘩をしたという。
帰ってきた亮太郎もその話を聞き男の立場を弁護してみたものの、夫に不満を持つ文子は嫌みを言う。

数日後、隣家に新婚間もない今里念吉と雛子が引っ越して来て、亮太郎には雛子の若々しい肢体が眩しく映った・・・
(映画.comより修正)

亮太郎と文子は二人暮らしで結婚してまだ4年だというのに、完全に心が離れている。
たまの日曜日ぐらいどこかへ一緒に出掛けようと言う亮太郎に対して、
毎日家事をしている文子の方は、夫婦顔を付き合わせて会話のない状態にウンザリしている。
だから、ひとりで出掛けていらっしゃいよ、と言う。
この文子は、日々の生活費のやり繰りについても何かと疲れている。
そんな妻の心理を亮太郎は理解していない。というか、理解力そのものがない。

文子は、「男って朝出て、晩帰ってくるように出来てるのね。
よその奥さんは、旦那さんが留守だと気楽でいいって喜んでいる、私、不思議だったけどわかったわ」と言う。
以前CMにあった“亭主、留守でいい”の先駆けを聞いて、いつの時代も世の夫婦関係は同じかと、苦笑してしまう。

こんな並木家に突然、姪のあや子がやってくる。
あや子の愚痴を聞いていると、新婚だというのに、並木夫婦を原形とした二人の将来がボンヤリと見えてくる。
しかしあや子としては、おじさん夫婦は理想と思っていたから、現実を見せられて目をシロクロさせてしまう。

この夫婦パターンは、隣りに越してきた今里家も多少似た感じで、
突然の驟雨の時、念吉が隣りの文子に大声を掛け、干してあった洗濯物を一緒に取り込んでやる。
それを見た雛子は、「念ちゃん何してるの、表にまだ荷物が置いてあるんじゃないの」と念吉を睨み、こちらは奥さんの方が強そう。

そもそも亮太郎も念吉も、隣りであるよその奥さんの方が魅力があると内心では思っているようで、親切にする。

このような日常の中で、それでも小さな事件らしきものが起きる。
文子は家で野良犬に餌をやっているが、その犬が靴を咥えて、片方消えてしまったと近所から怒鳴り込まれたり、
幼稚園で飼っている鶏が噛まれて死んでしまったので園長から買い取らされたりする。

それより重大な出来事は、亮太郎の会社で人員整理を4人する必要があり、退職を自主的に申し出れば退職金の上乗せが出ると周知されたこと。
亮太郎は文子に、田舎に引っ込んで農業でもやりたいと言い出す。
夕方、会社の同僚らが家にやって来て、新しく飲み屋かバーのような商売をやろう、
そして、文子がそこのマダムをやってくれるといいが、と提案したりする。
文子は面白そうじゃないの、と乗り気だが、妻は家にいるものだと考える亮太郎はむくれてしまう。

と、このようないつもの成瀬特有の雰囲気ある物語だが、今回は特に全編ユーモアが散りばめられていて、コミカルで面白い。

傑作場面は、亮太郎の同僚が相談のために突然やって来た時、文子は何を食べさせようと考えた末、
タマゴを産み過ぎているから肉が固いかもしれないと思いつつも、例のニワトリをさばいてこっそり出す。
それを、客の方は案の定、ちっともかみ切れない肉を必死で食べるシーン。

それとラストシーン。
同僚らが来た翌日、まだ気分的に面白くない二人。
そこへ、向こう隣りから紙風船が庭に飛んできて、小さい子が二人、取ってほしいと言う。
亮太郎が打ち返してやろうと風船を打つが、、子供の方へは中々行かずに一人遊びの体になる。
そこへいつの間にか出てきた文子が打ち返す。
亮太郎も打ち返すと、文子は「もっと強く」と励まし、いつしか風船は打ち合う二人の間をいつまでも行き来する。
このラスト場面で、笑いと共に、二人のわだかまりも自然と解けてメデタシ、メデタシだね、とホッコリした気分になる。

並木夫婦には、佐野周二と原節子。それに姪が香川京子。
今里夫婦の方は、小林桂樹と根岸明美。

場所の設定は世田谷の小田急・梅ヶ丘駅付近。
戦後から10年ほどの当時の風景、雰囲気がみごとに忍ばれて、今では時代考証の参考にもなる価値ある作品と言える。
コメント
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