『キャット・ピープル』(ジャック・ターナー監督、1942年)を観た。
ニューヨークのセントラル・パーク動物園。
セルビア出身でイラストレーターのイレーナが黒ヒョウをスケッチしながらクズを出したところ、通りがかった船舶設計師のオリバーが拾う。
イレーナは、快活なオリバーに心を許し、家まで送ってくれた彼にお茶を振る舞う。
その後、二人はお互い恋愛感情を抱き、やがて結婚にたどり着いたが、イレーナには秘かな悩みがあった。
彼女の生まれたセルビアの小さな村は、昔から呪われた魔女の村として、嫉妬や欲望を持つ者はヒョウに変身すると言われていた。
イレーナの父は森で不審な死に方をし、それが元で母親は猫女と罵られていた。
そのためにイレーナはいじめのトラウマを持っていた。
オリバーとイレーナは、結婚してからも寝室は別々のままであった。
イレーナからすると、本心から恋に落ちキスでもしようものなら邪悪な心が芽生えて、相手のオリバーを殺しかねないとの警戒からだった。
そんなイレーナを見かねてオリバーは、精神科医ジャドのカウンセリングを受けるように勧める。
ジャドは、イレーナの症状からみて、これは幼少期のトラウマからくる妄想だと診断する。
イレーナのことを心配するオリバーは職場の同僚であるアリスに悩みを打ち明け、この親身な話を契機に、二人は互いに友情以上のものを意識する。
そのような二人の関係に気づいたイレーナは、やがてアリスに付きまとうようになり・・・
ナスターシャ・キンスキー主演の『キャット・ピープル』(ポール・シュレイダー監督、1982年)を観て、もう40年も経つ。
あの作品では、ナスターシャ・キンスキーが黒ヒョウに変身していく様が印象深く残っている。
その元作品である1942年版を一度観てみたいとかねがね思っていて、今回やっと観た。
この作品は当時B級作品として作られ、上映時間もわずか73分足らずである。
しかし、出来は丁寧であり、シモーヌ・シモン扮するイレーナの愛することへの不安感、“猫族の血筋”に対するジレンマが素直に伝わってくる。
そしてホラーとしてのおどおどろしさは微塵もなく、イレーナはひょっとしたら黒ヒョウなんかではなく、これは単なる本人の妄想かなとの思いも想定させるようにも作ってあり、
その辺りの手腕が優れていて、今でも通用する作品であると感心した。
ニューヨークのセントラル・パーク動物園。
セルビア出身でイラストレーターのイレーナが黒ヒョウをスケッチしながらクズを出したところ、通りがかった船舶設計師のオリバーが拾う。
イレーナは、快活なオリバーに心を許し、家まで送ってくれた彼にお茶を振る舞う。
その後、二人はお互い恋愛感情を抱き、やがて結婚にたどり着いたが、イレーナには秘かな悩みがあった。
彼女の生まれたセルビアの小さな村は、昔から呪われた魔女の村として、嫉妬や欲望を持つ者はヒョウに変身すると言われていた。
イレーナの父は森で不審な死に方をし、それが元で母親は猫女と罵られていた。
そのためにイレーナはいじめのトラウマを持っていた。
オリバーとイレーナは、結婚してからも寝室は別々のままであった。
イレーナからすると、本心から恋に落ちキスでもしようものなら邪悪な心が芽生えて、相手のオリバーを殺しかねないとの警戒からだった。
そんなイレーナを見かねてオリバーは、精神科医ジャドのカウンセリングを受けるように勧める。
ジャドは、イレーナの症状からみて、これは幼少期のトラウマからくる妄想だと診断する。
イレーナのことを心配するオリバーは職場の同僚であるアリスに悩みを打ち明け、この親身な話を契機に、二人は互いに友情以上のものを意識する。
そのような二人の関係に気づいたイレーナは、やがてアリスに付きまとうようになり・・・
ナスターシャ・キンスキー主演の『キャット・ピープル』(ポール・シュレイダー監督、1982年)を観て、もう40年も経つ。
あの作品では、ナスターシャ・キンスキーが黒ヒョウに変身していく様が印象深く残っている。
その元作品である1942年版を一度観てみたいとかねがね思っていて、今回やっと観た。
この作品は当時B級作品として作られ、上映時間もわずか73分足らずである。
しかし、出来は丁寧であり、シモーヌ・シモン扮するイレーナの愛することへの不安感、“猫族の血筋”に対するジレンマが素直に伝わってくる。
そしてホラーとしてのおどおどろしさは微塵もなく、イレーナはひょっとしたら黒ヒョウなんかではなく、これは単なる本人の妄想かなとの思いも想定させるようにも作ってあり、
その辺りの手腕が優れていて、今でも通用する作品であると感心した。