「ずいぶん騒がしくなっちゃいましたね」
と、言ったマジリックは、どこか他人事のようだった。
「狙いはあんたに違いないが、こう囲まれてちゃ、どこにも逃げ場はないみたいだぜ」と、ニンジンは頭を掻きながら言った。
「困りましたね」と、マジリックはベンチから立ち上がった。
「さあ、レイラさん。ちょっと騒がしくなってきましたから、この中で休んでいてください」と、マジリックは帽子を手に取ると、抱いていた小さなアシスタントを、脱いだ帽子の中にそっと潜りこませた。
「――どうなってるんだ、その帽子」と、ニンジンが不思議そうに帽子の中をのぞいていると、パトカーから降りてきた警官が言った。
「おい、おまえ達。放した猛獣はどこにいる」
と、パトカー越しにメガホンを握っているのは、眼帯をした刑事だった。「市民が危険な目にあうんだ。我々に協力してくれないか」
「君塚さん」と、ニンジンは訴えるように言った。「勘違いしてますよ。猛獣なんか放しちゃいないし、見たとおり、ここにそんな動物はいません」
わずかな沈黙があった。パトカーが即席に作ったバリケードの向こうで、なにやらひそひそと、話しをしているようだった。
「――あれって、誰ですかね」
やきもきとした時間の中、マジリックが遠くに視線を向けた。いそがしい通勤時間も過ぎ、静けさを取り戻しかけていた街が、またにわかに騒がしくなっていた。ざわざわと、野次馬の人だかりができ始めていた。
「――? 誰だろう」
と、ニンジンは目をこらした。
マジリックが見ている方向に、似つかわしくない大きな外国車が止まっていた。
「知ってるヤツか?」と、ニンジンはマジリックに聞いた。全開になった後部座席の窓から、スキンヘッドの男が顔をのぞかせ、意地悪そうに大口を開けて笑っていた。
マジリックは、「さぁ……」と首を傾げた。