「いいかい、よく聞いてね。タネはあるけど、持ってないんだよ」と、帽子の男は、無邪気そうな笑顔を浮かべた。
赤ら顔の両脇にピタリと寄り添っていた女子達が、プププ――と、嬉しそうな声を上げた。
「バカ野郎、その帽子を貸しやがれ――」と、赤ら顔の男は指輪だらけの手を伸ばすと、チェック柄の帽子を取り上げた。
「――ちょっと、なにするんです」
と、帽子を取られた男は困ったように言った。
「ふん。俺は知ってンだ、この帽子の中にタネが仕込んであるんだよ」
赤ら顔の男が帽子の中に腕を入れると、するりと肩まで腕が入った。
「おー」
と、歓声が沸いた。
チェック柄の帽子は確かに大きかったが、人の腕がすっぽり隠れてしまうほど大きいようには、とうてい見えなかった。
なにか新しいパフォーマンスが始まるのか? と、集まった人達は揉め事には関わりたくない、といった意思の伝わる距離を保ちつつ、しかし好奇心で目を輝かせていた。
帽子の中に腕を入れた赤ら顔の男は、周りで見ていた人達とは違い、一人だけ青い顔をしていた。
「ねぇ、ちょっと。どうしたの?」
と、赤ら顔をした男と一緒にいた女子の一人が、心配そうに顔を覗きこんだ。
赤ら顔の男は冷や汗を浮かべながら、覗きこむ女子の顔を見上げると、帽子の中に入れた腕を、ゆっくりと引き抜いていった。
「ちょっと不機嫌かもね。さっき出番が終わったばかりだから――」
と、帽子を取られた男は、にっこりと笑いながら言った。
帽子には似つかわしくないほど大きな獣の顔が、赤ら顔の男の腕にぱっくりと噛みついたまま、文字どおりひょっこりと、帽子の中から外に出てきた。
前髪をカールさせたライオンに似た獣が、
「ガオウーッ」
と、牙を剥いて咆吼すると、赤ら顔の男は、腰を抜かして路上に倒れこんだ。