江戸期の子育て関係の本を調べていた十数年前に出会ったのが貝原益軒の「大和俗訓」「和俗童子訓」と、この「養生訓」。その頃は、まだまだ若い気でいましたから、じっくり読もうとはしませんでした。
所が今年の夏は殊の外暑く、各地で熱中症などの災難に見舞われています。私もこの本を読み終えた数日後に体の不調をきたして、急遽病院に行き諸検査を受けたりしたのでした。この『養生訓』に書いてある事に思い当たることもあり大いに反省した所です。
養生というと体のことだけのように思えるのですが、「よりよく生きる、特に老年に至り大いに楽しむ」ための人生訓あるいは老年学とでも言った方が良いかもしれません。
『養生訓』については、タイトルにあるように大方の男子は特にこの「接してもらさず」の言葉が独り歩きしているので知っているのではないでしょうか。
つまり、「人、年二十の者は四日に一度もらす、三十の者は八日に、四十の者は十六日に、五十の者は二十日に一度それぞれもらす。」としたうえに、「六十の者は精をとじてもらさず。もし体力盛んなれば一月に一度もらす。六十過ぎてその気が出なければ無理にもらすことはない。」云々とあります。寿命が50,60の頃の話です。
面白いのは、あまり盛んになさるなと言いながら、決して禁欲主義ではないのです。気力盛んな人や欲望を抑え過ぎてもらさなければ、腫物を生ずとあります。単なる封建道徳ではなく貝原益軒自身も無理をせずに楽しんで生きたように、長生きするための性の大切さを説いているのが出色ですね。もっともこの部分は、男性についてのみで女性については触れていません。時代のせいでしょうか。かつて半藤一利氏も妙なこととして『歴史のくずかご』の中で触れていました。
このように知られている部分のみではなく『養生訓』(中公文庫)と、20年ほど前のNHKの人間講座「養生訓の世界」(立川昭二氏)をもとに、私が興味をひかれた部分を記してみます。益軒は85才という長寿でしたから、時代は元禄期で17世紀から18世紀。その時代と現代の共通点もいっぱいありました。(次回)
所が今年の夏は殊の外暑く、各地で熱中症などの災難に見舞われています。私もこの本を読み終えた数日後に体の不調をきたして、急遽病院に行き諸検査を受けたりしたのでした。この『養生訓』に書いてある事に思い当たることもあり大いに反省した所です。
養生というと体のことだけのように思えるのですが、「よりよく生きる、特に老年に至り大いに楽しむ」ための人生訓あるいは老年学とでも言った方が良いかもしれません。
『養生訓』については、タイトルにあるように大方の男子は特にこの「接してもらさず」の言葉が独り歩きしているので知っているのではないでしょうか。
つまり、「人、年二十の者は四日に一度もらす、三十の者は八日に、四十の者は十六日に、五十の者は二十日に一度それぞれもらす。」としたうえに、「六十の者は精をとじてもらさず。もし体力盛んなれば一月に一度もらす。六十過ぎてその気が出なければ無理にもらすことはない。」云々とあります。寿命が50,60の頃の話です。
面白いのは、あまり盛んになさるなと言いながら、決して禁欲主義ではないのです。気力盛んな人や欲望を抑え過ぎてもらさなければ、腫物を生ずとあります。単なる封建道徳ではなく貝原益軒自身も無理をせずに楽しんで生きたように、長生きするための性の大切さを説いているのが出色ですね。もっともこの部分は、男性についてのみで女性については触れていません。時代のせいでしょうか。かつて半藤一利氏も妙なこととして『歴史のくずかご』の中で触れていました。
このように知られている部分のみではなく『養生訓』(中公文庫)と、20年ほど前のNHKの人間講座「養生訓の世界」(立川昭二氏)をもとに、私が興味をひかれた部分を記してみます。益軒は85才という長寿でしたから、時代は元禄期で17世紀から18世紀。その時代と現代の共通点もいっぱいありました。(次回)
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