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【再現動画】 第一次世界大戦で起きた奇跡「クリスマス休戦」 ベルギーで

2014-12-24 17:02:17 | シェアー

Christian Today, Japan

http://www.christiantoday.co.jp/…/20141…/christmas-truce.htmより転載

第一次世界大戦で起きた奇跡「クリスマス休戦」 ベルギーで再現(動画あり)

2014年12月24日03時21分 記者 : 竹村恭一 
第一次世界大戦で起きた奇跡「クリスマス休戦」 ベルギーで再現(動画あり)
(写真:セインズベリーのCMより)

第一次世界大戦の激戦地の一つであったベルギーで20日、当時の英国軍とドイツ軍の兵士に扮(ふん)した人々がサッカーの試合をした。これは、100年前にこの地で起きた一つの「奇跡」を再現したものなのだ。

100年前の1914年7月28日、当時のオーストリア・ハンガリー帝国が隣国セルビアに宣戦布告し、第一次世界大戦が開戦した。その年、大戦が始まって初めてのクリスマスイブを迎えたベルギー。英国軍とドイツ軍による西部戦線では、鉄格子を挟んで緊迫した状況が続いていた。

近代戦に革命をもたらした塹壕(ざんごう)戦。見通しの良い平地での被弾率を下げるために広大な「塹壕」と呼ばれる溝を掘り、兵士たちは砲弾の雨から身を守っていた。塹壕の中でにらみ合う両軍。互いに国王と皇帝からのクリスマスカードを開封し、故国に残した家族や友人、恋人を思い、ある者は寒さに震え、ある者は銃座から敵陣をにらんでいた。両軍とも、相手の陣地からは、補給する弾薬を運ぶ音が聞こえるほど近くでにらみ合っていたという。

しかし、イブの夜にこの奇跡は起こった。両陣営からから聞こえてくる何曲ものクリスマスソング。普段は砲火から身を潜める吐息の音だけが聞こえる戦場は、その夜、両軍の大合唱に包まれた。これがきっかけで翌朝のクリスマス、兵士たちがイエス・キリストの誕生を祝うために戦闘を中断。塹壕から出て食べ物や酒、タバコなどを分け合い、共にサッカーを楽しんだ。

欧州だけでも、犠牲者が1000万人を超えたとされる第一次世界大戦。この「奇跡」も公式な記録には残っていない。通常、戦闘の中断は軍の上層部の命令によって行われるものだが、この奇跡は兵士たちが自発的に戦闘を止めたことで起こったのだ。彼らの多くは次の日から殺し合い、多くは犠牲となった。しかし、この日の出来事は「クリスマス休戦」と呼ばれ、心温まるエピソードとして生き残った兵士たちによって語り継がれ、現在にまで伝わったという。

第一次世界大戦の開戦から今年で100年に当たることを記念して行われたのが、冒頭で紹介したこのクリスマス休戦を再現したサッカーの試合だ。NHKによると、試合に参加者の一人は、「とても疲れましたが、象徴的な出来事を共有するのはとてもいいことだと思います」とコメントした。

この他、英国の大手スーパーマーケット、セインズベリーはこの実話を元にCMを制作。ユーチューブで先月中旬に公開したところ、1週間で約1000万回再生されたという。


■ クリスマス休戦を元にして制作されたセインズベリーのCM

 

Sainsbury's OFFICIAL Christmas 2014 Ad

 

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 ≪関連≫
http://blog.goo.ne.jp/koube-69/e/88d1e7f7ad791683f8920c15f94712f0


 

【Peace on Earth】感動の実話:第一次世界大戦中に起こった「クリスマス休戦」の奇跡

2014-12-24 02:24:42 | シェアー

Peace on Earth(地に平和を

http://matome.naver.jp/odai/2141830336632708601より転載

 

感動の実話!100年前に起こった「クリスマス休戦」の奇跡

今から100年前の1914年のクリスマス。第一次世界大戦、戦時中のクリスマス。あることがきっかけで対立する敵同士である兵士たちが手を握り、サッカーをし、物を交換するなど、クリスマスを祝福する出来事が起きた。「クリスマス休戦」と呼ばれるこの出来事を当時の画像と共にまとめてみました。

 

更新日: 2014年12月19日

rainshineさん

 

1914年、第一次世界大戦でのとある戦場

1914年・第一次世界大戦。冬の12月。ドイツ軍とフランス軍・英軍が、100メートルぐらいで隔てあう塹壕(ざんごう)戦は、砲撃の応酬で悲惨なものでした。

 

戦場に響き渡った「きよしこの夜」

第一次世界大戦が始まって最初のクリスマス。ドイツ塹壕に慰問に訪れたテノール歌手のヴァルダー・キルヒホフよる「きよしこの夜」が戦場に響き渡ります。

当時、世界で最もチケットをとる事が困難といわれるバイロイト音楽祭に、1911~14年にかけて4年連続出演するほどの高名なドイツのテノール歌手です。

この歌が奇跡を起こす

その歌声に聞き覚えがあることに気付いたフランス将校は、ドイツ軍の塹壕に向かって大きな拍手をおくった。すろと、その拍手を聞いた、キルヒホフは、殺しあって憎むべき敵でありながら、自分の歌声に拍手を送ってくれた人がいることに感動する

彼は、相手の気持ちに応えるために、思わずドイツ軍の塹壕から飛び出して、笑顔でゆっくりと敵に向かって歩き出した。

その瞬間、戦場は、戦場でなくなってしまった。 この様子を見ていた両軍の兵士たちが、塹壕から出て来て敵兵と交流してしまったからである。休戦というのは交戦国の上層部が取り決めるのが普通だが、現場の兵士から生じるのは稀なことであった。

 

その響きは木霊のように荒んだ戦地を包み込み、徐々に兵士達の声が一つになった。ぬかるんだ塹壕に、「クリスマスおめでとう!」という声が響き渡った

そして「クリスマス休戦」となる

各国の軍隊は、危険を冒して塹壕から出て非公式の休戦に合意したのだった。このクリスマス休戦が10日にも及んだ所もあった。

前線の至る所で、兵士達はクリスマスを祝おうと努力した。1914年のクリスマスの奇跡は、イギリスとドイツが対峙する前線のおよそ1/3の地域で起こったのだった。

敵同士が分け隔てなくクリスマスを祝福した

 

やがて互いに手を握り、死者を埋葬し、チョコレートや菓子、お酒、タバコなどの配給品を交換したりした。

ドイツ兵は戦場でクリスマスキャロルを斉唱し、イギリス兵も英語で応じ、そして互いにトミー(イギリス兵)フリッツと呼び合い互いの塹壕に招き、イギリス兵はウィスキーを、ドイツ兵はソーセージでもてなしたそう。

サッカーの試合までも行われた

12月25日、兵士たちは銃を置き、サッカーに興じる。場所はベルギーのイープレスの中間地帯。

しばらくすると戦地には、サッカーを始める兵士で溢れかえる。イギリス兵とドイツ兵で行なわれたサッカーの試合は、ドイツの第133ザクセン連隊の公式記録にも残っている。

ただ不幸なことにボールが鉄条網に刺さりパンクして終了。

3対2でザクセンが勝利した

その日は他の試合も行われた。「見渡せば、あちこちで塹壕から出てきた兵士たちが互いに語り合い、サッカーを楽しんでいた」と第133ザクセン連隊のヒューゴ・クレムは語っている。 

しかしそれも長くは続かなかった...。

新年を迎える前に停戦は終わり、戦闘が再開された。その後、戦時中に3回のクリスマスを迎えたが、二度とこうした奇跡は起こらなかった。

出典特集:世界をひとつにするサッカー 2006年6月号 ナショナルジオグラフィック NATIONAL GEOGRAPHIC.JP

 

クリスマス後も停戦を続けたいと願う兵士がいたが、やがて、両軍の将校は上層部の命令で戦闘を続行。

 

皮肉にも戦争は激化する

この休戦の後、第一次世界大戦が激しくなる。

 

現場で勝手に交流されたら戦意が落ちるということで、両軍の休戦に合意した兵士たちは、上から厳重なる注意を受けたのだという。両軍の上層部は、翌年のクリスマスには砲撃を増強するよう命じたのだった。

真実の物語はいつまでも語り継がれる

1914年のクリスマス休戦についての公式記録は存在しない。戦場の最前線で自然発生的に生まれた非公式の休戦だったためである。兵士たちが様々なかたちで体験を家族たちに伝えたため、語り継がれるようになった。

形を変え様々なメディアでもその奇跡は語りつがれる

映画

第一次大戦下のクリスマスの日に実際に起こった出来事を基にした感動の戦争ドラマ。フランス・スコットランド連合軍とドイツ軍が対峙する最前線で、一つの歌声がきっかけで期せずして一夜限りの休戦が実現、敵対する兵士どうしが束の間の温かな交流をもつさまを描く。

クリスチャン・カリオン監督は、軍の正式記録には残されていないが、ヨーロッパ各地に今も語り継がれる戦場の奇跡を忠実に映画化した。


クリスマスの喜びをあなたに・・・<感動を呼んだクリスマス劇>

2014-12-24 02:23:46 | ご案内


http://www.christiantoday.co.jp/articles/14871/20141223/christmas-2014-kishi-yoshihiro.htmより引用

2014年12月23日06時52分 コラムニスト : 岸義紘

クリスマスの喜びをあなたに 

・・・<感動を呼んだクリスマス劇>

アメリカの小さな村の教会で起こった、クリスマスのできごとである。教会学校でイエス様誕生の劇をすることになった。子どもたちはそれぞれに役をもらった。ところが一人の発達障がいの男の子が役をもらわずに帰ったことがわかった。先生たちは相談して、その男の子のために役をつくった。馬小屋付きの旅館の男の子にした。セリフはひとつ「だめだ。部屋はない」。そして、裏手の馬小屋を指さす。男の子は喜んだ。そして、何百回も家で練習をした。

クリスマスの日、村中の人が教会に集まった。お祝いの最後を飾るクリスマスの劇が始まった。日の落ちたベツレヘム。長旅に疲れ果て、すべての旅館で断られたヨセフとマリヤが少年の旅館にやって来た。「私たちを泊めて下さい」。少年は大きな声で言った。「だめだ。部屋はない」。重い足を引きずるようにして二人は馬小屋に向かった。その後ろ姿を見ていた少年の目に、涙があふれた。男の子は、わあっと泣き出すとヨセフにしがみついて言った。「馬小屋には行かないで。ぼくの家に泊まって」

劇は中断した。先生が舞台に飛び上がって、男の子を引き離した。

長い村の歴史において、これほど感動を呼んだクリスマス劇は後にも先にもなかった。

 

イエス様は、十字架の身代わりの審判で、罪の赦しを与えて下さる救い主。
イエス様は、3日目の復活によって、永遠のいのちを与えて下さる救い主。
イエス様は、信じる私たちにいのちと愛の聖霊を下さって、イエス様のように生きられるようにして下さる救い主。

クリスマスは、世界史の中心となるできごと。
クリスマスは、あっと驚くような逆転的できごと。
クリスマスは、大きな喜びのできごと。

2014回目を迎える今年のクリスマスにあたって、すべての民、すべての人に与えられた救い主・イエス様を信じて、私たちの心の一番良い部屋に、罪と死と滅亡からの救い主としてお迎えしようではありませんか。あなたの人生は、新しい時代に入ります。


聖書より(ルカによる福音書2章1節~17節)

「そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。

人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。

さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。彼らに会った上で、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた」

 

<関連> 

*「ああベツレヘムよ」(讃美歌115番)… 「四国学院」清泉礼拝堂聖歌隊 7周年記念。

https://www.youtube.com/watch?v=gvfAP_27Frs  

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