水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

助かるユーモア短編集 (5)お決まり

2019年06月23日 00時00分00秒 | #小説

 世間では誰が言うともなく行われる[お決まり]のコースがある。社会常識として日常で起こる現象で、別にしなくてもいい訳だ。^^ だが、しないと周囲の者から冷たい目で見られるから、それを避(さ)けるために、いつの間にか、するでなくさせられている行為である。自身がそう思えれば、それはそれで何の問題もない訳だが、そう思わない人にとっては目に見えない強制力があり、納得(なっとく)できる愉快なものとはならない。^^
 通勤、通学ラッシュ時の、とある駅に到着した電車内である。多くの乗客がドアが開いた途端、車内に雪崩(なだれ)れ込み、ごった返している。その中に紛(まぎ)れ込むように乗った老婆が、周(まわ)りを多くの客に取り囲まれ、苦しそうにしている。縦長(たてなが)の座席が目の前にあるのだが、状況は悪く、ぎっしりと人が座っている。老婆の周りに立つ客達は、気の毒そうな目で老婆に視線を送る。そして、その目は座っている客達を冷たい視線で舐(なめ)るように見回す。恰(あたか)も、『立って譲(ゆず)るのがお決まりだろうがっ!』とでもいう目つきだ。やがてその視線は、必死に小型ゲーム機を弄(いじく)っている中学生に一点集中した。中学生は気づかず、黙々(もくもく)とゲーム機の画面を見続ける。『こりゃ、ダメだっ!』と思えたのだろう。立っている客の視線は、次の獲物を探すかのように二人の青年サラリーマンへと向けられた。一人はスゥ~スゥ~と快(こころよ)い寝息を立てながら首を振り振りウトウトしている。もう一人は真面目(まじめ)に目を開けて座っているだけだ。
「ぼ、僕ですかっ!?」
 視線の圧力に屈(くっ)したのか、真面目に座る青年サラリーマンはそう言いながらヒョイ! とその場で立ち上がった。ウトウト眠るもう一人の青年サラリーマンは、頑張りの残業続きで睡眠不足だった・・という事情があった。
 頑張っていれば、結果としてお決まりのコースから逃(のが)れられ、助かる[注;助からない場合もある]・・という、これもどうでもいいような話である。^^

                                 


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