水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(28) 広がる <再掲>

2024年12月19日 10時53分18秒 | #小説

 マッチ棒でミニ模型の家を工作していた清は、模型が出来上ると、じっとそれを眺(なが)めた。以後、この模型はコーヒーを飲むときのケーキ代わりとなり、酒のツマミになった。それからしばらく、そうした日が続いた。
 ある日、いつものようにビールを飲みながら模型を眺めていると、清はなぜか物足りなさを感じた。もう少し大きめのサイズ・・そうだな、犬小屋程度のものを作ろう…と清は夢を膨らませた。上手い具合に飼い犬のリュクの小屋が老朽化していたから一石二鳥に思えた。
 次の日、職場の帰りに材料を買い求めて帰宅した清を、妻の珠代は横目に見て渋面(しぶづら)で迎えた。
「あらっ! また何か作るの? 置き場がないから困るのよね、そういうの…」
 テーブルへ手料理を並べながら少し不満げに珠代は言った。視線が自分に向いていないときはご機嫌ななめ・・とは、清が長い年月で培(つちか)った洞察力の成果である。事実、珠代は食事中、ひとことも話さなかった。清は、まあいいさ、そのうち冷めるだろう…と鷹を括(くく)り無視することにした。
「おい! 昼、いいのか?」
 職場の同僚が、昼休みに席を離れない清を訝(いぶか)って、声をかけた。
「ああ、いいんだ。これがある」
 清はコンビニで買い求めておいたサンドイッチと牛乳パックが入った袋を示した。デスクの上には犬小屋の設計図面が所狭しと広がっていた。
 次の日曜、清はさっそく犬小屋の工作にかかった。材料を買って帰宅した日から四日が経っていた。この間は清にとって至福のときで、家でも職場でも、空き時間は設計に時間を潰(つぶ)した。犬小屋が完成したのは夕方だった。綿密に練った構想と図面があるから、工作はすべて順調に進んだ。リュクを真新しい犬小屋に入れて、その様子を眺めながら清は缶ビールを飲んだ。清にとってふたたび訪れた至福のときだった。それからしばらく、そうした日が続いた。ところがある日、いつものようにビールを飲みながら犬小屋を眺めていると、清はなぜか物足りなさを感じた。もう少し大きめのサイズ・・そうだな、物置を作ろう…と清は夢を膨らませた。上手い具合に珠代が楽しんでいるガーデニング用の肥料や用具を収納する保管場所がなく、それらは軒(のき)の片隅に保管されていたから、夏場に臭(にお)うと珠代は愚痴っていたのだ。だから、有難がられこそすれ、不満はないだろう…と清には思えた。夕食時にその話をすると、案の定、珠代はOKを出してくれた。今までの流れではマッチ棒の模型からすべてが順調に広がっていると清には思えた。
 ひと月が経ち、清は出来上った物置を前にビールを飲み、悦に入っていた。至福のときだった。それからしばらく、そうした日が続いた。
 ある日、いつものようにビールを飲みながら物置を眺めていると、清はなぜか物足りなさを感じるようになった。ふと、我が家が清の視線に入った。家は買い取った雨漏りがするボロ屋だった。よし! 家を建てよう…と清は思った。清はそれから猛勉強をして建築の知識と技術、技能を磨いた。二年の月日が流れていた。生来持ち合わせた器用さと持久力がそれを可能にした。
 五年後、家が完成し、清と珠代は物置から移った。工事の期間中、生活は物置だった。珠代はもう不満は口にしなくなっていた。清の実績がそうさせたのだった。清は完成した我が家を見ながら美酒に酔いしれた。しばらく、そうした日が続いた。
 ある日、いつものようにビールを飲みながら家を眺めていると、清はなぜか物足りなさを感じるようになった。ふと、遠方のビルが清の視界に入った。その瞬間、構想が広がった。清はビルを建てようと決意を新たにした。
 五十年後、清が眺めていた近くにビルが立っていた。清が建てたビルだった。だが、人の気配はなかった。そのビルのだだっ広い一角に、そこに住むはずだった清と珠代の埃(ほこり)にまみれた遺影が飾られていた。その遺影には蜘蛛の糸が戦(そよ)いで揺れていた。

                THE END


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世相ユーモア短編集 -28- 訃報

2024年12月19日 00時00分00秒 | #小説

 最近の世相で気づくのは訃報が華々しく報じられることである。それだけ情報が早く伝えられる時代になった・・と考えれば、それだけの話になるが、有名な方々の訃報が大きく報じられれば、高齢者ほどテンションが下がってしまうから如何なものか? と言わざるを得ない。訃報も地震災害も気分を右肩下がりにさせる情報だから、出来れば報じてもらいたくないし、報じるにしても小さな内容にしてもらいたいものだ。
 氷室(ひむろ)は朝刊を読んだあと気分が深ぁ~~く沈んでいた。ファンだった某女性歌手の訃報が大々的に紙面に報じられていたからである。
『正月早々…』
 氷室の気分が沈むのも当然で、この女性歌手と氷室は歌を通じて共に人生を生き続けてきた戦友のようなものだった。まあそれは、氷室の一方的な想いで、女性歌手は一ファンである氷室のことをまったく知らなかったのだが…。^^ 氷室とすれば、正月早々に陥ったぅぅぅ…気分を拭(ぬぐ)いたいから、新聞を読むのをやめ、テレビのリモコンを押した。すると、また、女性歌手の訃報が報道されていた。テレビもか…と、氷室はテレビを恨めしやぁ~~と思った。まだそれでもネットがある…と、氷室はパソコンを立ち上げた。パソコンは流石に…と、しばらくは目に触れることはなかったが、何げなくキーを弄ったとき、ブラウザ画面に女性歌手の訃報が流れていた。氷室はノック・ダウンし、グラスに注いだウィスキーをオン・ザ・ロックで飲み干すと寝室へ飛び込んだ。
 応援歌手の訃報はファンとしてかなりのダメージでしょうが、氷室さん、気落ちせず、頑張って下さいっ!^^ それにしても訃報を見聞きするのは嫌ですよね。^^

                   完


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