水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《剣聖①》第二十六回

2009年11月29日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖①》第二十六回
 瞼を閉ざしていると、眼に映るものが無いだけ聴覚が鋭敏になる。左馬介は、既に四半時は座り続けていた。眠くはないが、心は雨音で幾らか集中を欠いている。未だこの程度の自分なのだ…と、思えた。そうこうしている内に、辺りは少し明るさを増していた。左馬介は瞼を開けるとスッ! と立ち、薪入れ小屋を素早く出ると一目散に分の小部屋へと急いだ。手燭台に灯りを入れていない分だけ手
は省けた。
 小部屋へ戻って暫くすると、魚板を叩く音が響いた。皆を起こす合図である。叩き手は、誰が決めたのか定かでないが、新入りの案内係を仰せつかっている大男の神代である。この男の背丈からすれば、腕をそう伸ばさずとも叩けるから疲れることはない。音も
きくなるよう造作なく強く叩ける訳だ。
 魚板が鳴れば、辺りには急に喧噪が漂う。云う迄もなく、門弟達が各々の動きを始める為である。堂所横に設けられた水洗い場は、歯を磨いたり顔を洗ったりする者達で、ごった返す。左馬介も、その要領は既に心得ていたから、手拭いを袴の腰紐へと通しな
がら、洗い場へと急いだ。
 洗い場には井上と神代がいたが、後の者達は未だ来ていなかった。


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