影車 水本爽涼
第一回 悪徳商法(10)
59. 回船問屋、上総屋の店外(路上)・朝
大勢の町人(野次馬)。その中に瞽女(ごぜ)の、お蔦や同心の
仙二郎もいる。役人に連行される店の者達。黒山の人だかり。
お蔦 「やっておくれだねえ(微かな声で)」
仙二郎「おお、瞽女(ごぜ)さんも見物かい?」
お蔦 「はい、通り縋(すが)りの者でございます。何事でござん
しょう?」
仙二郎「いやぁ、つまらねえ馬鹿騒ぎだあな…(笑う)」
と云って、群衆の中へ消え去る。
60. 大黒屋の店内(座敷)・夜
忍びで戸田が来ている。上座で酒を飲む戸田。前に豪華な料理
膳。酌をする嘉兵衛。
戸田 「(嗤って)これで、そちが申すとおりの筋書きになったのう」
嘉兵衛「全ては、戸田様のお蔭で…」
戸田 「見返りは高くつくぞ(嗤う)」
嘉兵衛「分かっておりますとも。あとは、入札(いりふだ)を手前ど
もにお申しつけ戴ければ…(戸田の杯へ酒を注ぎ)」
戸田 「悪どい奴よのう。だが、今は一存ではいかぬ。佐倉様の
奉行職を引き継いでのことじゃ」
嘉兵衛「はい、それも充分、承知いたしております。ご用立ては如
何ようにも」
戸田 「(頷いて)その節は、頼みおく…。して、上総屋の娘は如何
する?」
嘉兵衛「遠国の女郎屋へ売り飛ばす算段が、すでについておりま
する」
戸田 「(悪どく)そうか…。抜け目がない奴じゃ」
嘉兵衛「その前に、お殿様にお一つ、…お味見して戴くということ
で…」
嘉兵衛、いやらしく嗤い、戸田も無言で頷いて嗤う。
61. 大黒屋の店内(座敷・屋根裏)・夜
お蔦が天井に忍んで、戸板の節目より下の様子を窺う。
お蔦 「悪どい奴らだねぇ…。こりゃ、手筈が早まるよ(微かな声
で)」
62. 北町奉行所(内部屋)・昼
大勢が机に向かっている。眠っていた仙二郎、目覚めて欠伸
をする。背を伸ばしたところを上司の村田、目敏(ざと)く見つ
ける。
村田 「またか…板谷(諦めきって)」
仙二郎、村田を見て苦笑いし、ボリボリと頭の後ろを掻く。隣
席の宮部(オカマ)、それを見て小声で、
宮部 「下を向くのよ、下を!」
と、諭す。仙二郎、軽く舌を出し、従う。
63. 大黒屋の店内(部屋)・夜
行灯の灯り。布団が敷かれている。肌襦袢一枚で後ろ手に括
(くく)られ猿轡(さるぐつわ)をされた、お美代が寝ている。戸田
が寄り添うように寝て、
64. 大黒屋の店内(部屋の外・廊下)・夜
行灯の光が障子越しに戸田の覆い被さる姿を影絵に映す。
暫(しばら)くして戸田が突然、絶叫する。
65. 大黒屋の店内(廊下)・夜
戸田の声を聞きつけ、嘉兵衛が廊下を早足で部屋前へ。
嘉兵衛「戸田様、如何なされました?」
と、障子前に座り、訊ねる。
戸田 「苦しゅうない、…入れ!」
嘉兵衛、障子を開ける。
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