夏の怪奇小説特集 水本爽涼
第三話 抜け穴(5)
月は地球の衛星であると、科学的には説明されています。私もそれが当然の思考だと思っていました。しかし、ここに大きな抜け穴があったのです。
井戸が、もし我々の住む銀河系宇宙だと云えば、貴方は私を狂人だと思われるでしょうし、腰を抜かされると思いますが…。
さて、話を元へ戻しましょう。
昼食を終え、二人は会社で仕事を続けました。その後も、私は平静さを保ちましたし、同僚も何も訊かなかった風に仕事を続けておりました。ところが、勤めを終えて家に帰宅すると、また異変が起きていました。妻も消えてしまっていたのです。
もう私は、精神錯乱の一歩寸前といった状態に陥り、『私だけが、何故こんな不幸に見舞われるんだ!』と、いった怒り、失意、そして途方に暮れる気持などが入り混じった状態となり、何をしようという気持も失せたのです。只々(ただただ)、何時間も椅子に座り氷結しておりました。それでも時折り、無意識に日常の雑事で動くことは、しておったようです。事実、私はその後も会社を休まず出勤しておりましたので…。
それから、数日が経過していきました。
仕事を終え、通勤電車に揺られ、今となってはもう慣れてしまった、静けさが漂う家へ着きました。すっかり諦(あきら)めきった心境で、夕食用にコンビニで買い求めた弁当、缶ビール、それに僅(わず)かな食品をテーブルへと置きました。そして、肩を揉みながら背広を脱ぎ、ハンガーに吊るし、ネクタイを無造作に緩めました。この時点では、妙に落ち着いておりました。『先に風呂にするか…、いや…』と、誰もいない部屋で自問自答しながら、結局、私はバスルームに向かいました。
その時、ピピピッっと携帯が鳴りました。同僚でした。
「実は、友達から連絡が入ってな。どうも、お前と同じらしい。家族が消えちまったって、云うんだが…」
電話は続きました。
「そいつの家にも思えの家と同じように、井戸があるそうなんだが…。ところがな、話にはまだ続きがあってな。奴も数日前に消えちまったってことだ。近所じゃ、夜逃げでもしたんじゃないかと噂になってるそうなんだがな」
「そうか、…有難う。その話は会社でゆっくり聞くよ」
「お前の家で、ゆっくり話そうと思ったんだが、結構、いろいろあってなぁ…。余り気落ちすんなよ、じゃあな」と、慰めを云い、同僚は電話を切りました。
続